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 そうじゃなくでも、今のわたしは、何やっても上手く行かないヒトなのに!


 これでバンドに入ったら、また宗樹に迷惑をかけるんじゃないかしら。


 それが一番怖かった。


「ごめん……やっぱり、わたしにCards soldierは無理かなぁ」


「……そっか……」


 長い間ずーっと黙って考えた。


 それで出たセリフに、宗樹が残念そうに息をついた時、電車は丁度君去津駅に滑り込んだ。


 相変わらず、どよよよんとした古い駅構内からわたしを守るように、宗樹は歩く。


 そして、いつもは別れる駅の改札口を通り過ぎ……言った。


「今日は、もう少し先まで一緒に歩こうぜ?

 実は、海で裕也や蔵人達と練習の待ち合わせをしてるんだ」


「珍しいね。どうしたの?」


 Cards soldierの練習場所は、もっぱら第三音楽準備室で、そこから移動することは無い。


 首をかしげるわたしに、宗樹が軽く肩をすくめた。


「ここで、蔵人の歌に歌詞が出来てさ。

 合わせようとしたんだけど、音に言葉を乗せると、蔵人の音程が歌うたびに変わるんだ。

 音が違うって言っても、蔵人にはわからねぇし。

 いろいろやったら元の音の出し方も忘れそうだっていうからさ。

 一番初めに歌を作った場所で、気分転換するんだってさ。

 ん、で。

 俺は、歌う蔵人に付き合って、音を聞こうと思って」


「えっ……!」


 それは、大変なことだよ!?


 蔵人さんの音程が毎回安定せず揺らいだら、それは誰にも曲を演奏出来ないってこと!


 これは、新曲の最大の危機かもしれない。


 心配しながら、すっかり新緑で覆われた桜の並木を抜け、海の見える場所に来た時だった。


 陽が射したり、曇ったり。


 安定しない、天気を変える海風に載せて、もっと安定しない蔵人さんの声が、聞こえてきた。


 これが、蔵人さんのラヴソング……?


 西園寺でお泊りした時に作ったヤツと、全然違うじゃない!


 こんなに変なのに!


 わたしは音楽準備室へ出入りしていて、気がつきもしなかったんだ。


 それは、わたしがCards soldierの一員どころか、軽音部員でもない『部外者』だからだ。


 作曲だけが担当の特別扱いされた存在だったからだ……!


 わたしCards soldierのメンバーではない。


 蔵人さんの歌を音譜に直し、紙に書きつけてから感じていた『仲間』つていう意識が急に薄くなる。


 大好きな宗樹の混じった、大切なバンドなのに遠くなる。


 呆然としているわたしの心を知らずに、宗樹が手を引っ張って、皆の所へ連れてゆく。


 そこには、蔵人さんの他に、神無崎さんと井上さんが、すでにいて。


 二人とも大げさに耳を押さえて、騒いでた。


「なんだよ、今の、ひっでーー歌は!

 ふざけてんじゃねえぜ!」


 叫ぶ神無崎さんに、蔵人さんが怒鳴る。


「るさいな! 僕は真面目にやってる、ぞ!」


「それにしても、酷過ぎ~~

 こんな歌聞いたら、西園寺さん泣くんじゃない……!?」


 一緒になって騒いでいた井上さんが、わたしと宗樹に気がついて手を振った。


「あ、ほら噂をすれば、来たよ~~!

 ねぇねぇ、聞いて! ライアンハート先輩ってね~~

 西園寺さんが居ないと、上手く歌えないんだってさぁ~~

 なんか、言ってあげて~~」


 井上さんの声に、わたしの手を放した宗樹が拳を握って走りだす。


「理紗は、俺んだからな!

 蔵人にはやらないぞ!!」


「おいおい、宗樹が蔵人に喧嘩売ってどーする!

 蔵人の相手は、いつだってオレサマなのにさぁ……!」


 皆が遠くで、あはははって笑ってる。


 Cards soldierのメンバーたちは、大変な時でも、なんか楽しそうだ。


 いいなぁ。


 わたしも、中に入りたかったなぁ。


 こんなことになって、初めてわたし、判った。


 わたしが、最初は確かにちゃんと出来ていた色んな部の活動が、どれも全く出来なくなっちゃった、一番の原因。


 Cards soldierのことが、大好きで、気がかりで、他の部での活動なんて、したくなかったんだ。


 だから失敗する、なんて。


 とても簡単なコト。


 だけども。


 わたしの気持ち的にも、条件的にも。


 ああ、原因が判った~~ じゃあ、今すぐCards soldierに入ってめでたしめでたし~~にはなり辛い状況に、ため息が出る。


 どうしようかなぁ。


 その場で、頭を抱えたくなった時。


 自動に設定された、宗樹のスケジュールを知らせるアラームが鳴った。


 ああ、弓道部の朝練に行かなくちゃ……


 せっかく宗樹の作ってくれたスケジュールが無駄になっちゃう……な。



 …………………………………



 …………………

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