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 一瞬、お化けかも! と身がまえて。


 それが、見知った顔だって判って息を吐く。


「……蔵人先輩」


 蒼い月光を浴びて、満月を眺めるその姿は、神無崎さんが言っていた『けだもの』ではなく。


 そのまま、月の世界に帰ってしまうヒトみたいだ。


 見ているうちに、闇に溶けて消えそうで。


 思わず声をかけると、蔵人さんは『やあ』と手を振って天使の笑顔を見せた。


「……宗樹の家が近い、から。

 この近所をバイクで通ったことは何度かある、けど。

 へいを一つ隔てただけでここは別世界、だね」


 西園寺屋敷って言われる塀の内側に来る日があるなんて、思わなかったから。


 なんだかめちゃくちゃ遠くまで来たみたいだって、そう蔵人さんは、はにかんで笑う。


「しかも本当にまさか。

 この僕がCards soldierのボーカル『ハート・クィーン』になるなんて、事。

 一週間前には全く予測出来なかっ、た」


 蔵人さんが、あんまりしみじみ言うものだから。


 思わずごめんなさいと頭を下げると、彼は、違うんだって、ぱたぱた手を振った。


「僕は本当にバイクに乗ること、と。

 あとはせいぜい。

 機械いじりぐらいしか出来、ない。

 音響効果の機械を設置したり、とか。

 完全に裏方やるつもりだった、から。

 今置かれている状況が嬉しいし素直に驚いてる、だけ」


 僕に、新しい可能性を見つけてくれて、ありがとう、なんて。


 真面目に言った蔵人さんの言葉に……なんか、照れる。


「蔵人先輩、機械を触るのが好きなんですね」


 このまま黙っていると、顔がゆでダコになりそうで、探した話題に、蔵人さんが、心良く乗ってくれた。


「実家が最先端機器を扱ってるSISINだから、ね。

 工場はあまり大きくない、から。

 家中にいろんな部品転がって、る。

 僕もずっと小さい頃、から。

 積み木代わりに配線組んで遊んで、いた」


 蒼い月に照らされて、蔵人さんは、ぽつぽつと自分のことを話し始めた。


 イギリス出身の蔵人さんのお父さん。


 ドイツとか、スイスとかヨーロッパで精密機械の修行したあと、最後に来た日本で、お母さんと出会ったんだって。


 二人は、あっという間に恋に落ちて結婚したけど。


 昔堅気の職人さんのお爺さん以下、お母さん側の親戚のヒトビトは『娘と技術を盗んで逃げた』って今でもお父さんのことを嫌っているらしい。


 そして、どちらの家の手助けも無いまま。


 蔵人さんは機械に囲まれて、独りぼっちで大きくなった……なんてことを。


 わたしも、爺とか、この家で働いてくれているヒトがいた、とはいえ、一人だったから。


 蔵人さんの気持ち……少し判るかもしれなかった。


「小さなころから一人なんて……寂しかったでしょう?」


 そんなわたしの言葉に、蔵人さんはふ、と笑う。


「まあね。

 だけど母方の爺や伯父兄弟が側にいる、時。

 しょっちゅう殴られてた、から。

 僕は一人が良かった、よ」


「……え。

 しょっちゅう殴られてた……って」

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