第5話 遊園地と尾行

 白髪のポニーテールを三つ編みにした少女シーディアと仮契約した後。


 午後の授業では担任の前田が黒板に何かを書き始めた。横長の長方形を四列に区切り、それをまた十行程に区切っていく。

 書き終わると生徒達に向き直り口を開いた。



「お前らに高校生活最初のイベント、新入生交流会だ。と言っても一日遊園地で遊ぶだけだけどな」



 遊園地という単語に生徒達がどよめく。

 数人は行きたくないという感情を顔に剥き出しにしているが。


 堂國高校では一年生を対象に新入生交流会と称して有名な遊園地に日帰り旅行に行く決まりがある。

 ただ、祝日に実施するので興味ない一部の生徒にとっては苦痛のようだが。



「席順決めるぞー。前の方がいい奴は優先するからなー」



 前田の言葉に手を挙げたのは八月一日の右隣に座る小鳥遊だった。


 黒板前に行くと右側か左側か質問されている。

 左側の一番前は前田が、右側の一番前は砂川が座るらしく既に二人の名前が書いてある。



「前田先生の後ろの席の窓側でお願いします」

「了解」



 小鳥遊はチョークを持つと目的の場所に自分の名前を書いていく。


 前田は他に座りたい生徒がいないか聞いたが誰も何も言わないので、この先は自由に決める事となった。


 騒ぎたい男子達は一番後ろの席に陣取ると残りの女子達が仲の良い友達同士で席を決めていく。

 勅使河原は騒ぎたい男子達に加わった為、最後に残ったのは八月一日だった。



「八月一日、小鳥遊の隣でいいか」

「はい、かまいませんよ」



 席順を決めるとその日の約束事について説明を受けた。

 朝の集合時間、当日は自由行動である事、集合時間、おやつの値段の上限は千円である事…等。



「しおりとかは配らないからな。後は自己責任って事でよろしく。お、時間だな。じゃあ今日から放課後の清掃をやってもらうぞ。前の掲示板に割り当てを貼っておくから各自確認しておくように。何回も言うけどさぼってもバレるから覚悟しろよ」



 鋭い眼光に生徒達は冷や汗を流すと、割り当てを確認しようと黒板横の掲示板に集まる。割り当てはローテーションで変わるらしく八月一日と勅使河原の2人は、今月は教室掃除だった。



「小鳥遊さんは…あれ、今月は休み?」

「休みの班かー。小鳥遊さんと別の班で悲し…いてててて!」

「勅使河原は一言余計だな」



 八月一日の心情を察したように勅使河原はにやにやしながら見つめてくる。

 耳を引っ張ると泣く振りをしながら掃除用具を取りに教室の隅のロッカーへと向かっていった。


 勅使河原が持ってきた箒を受け取り床の埃を払う。他の生徒達も黒板を綺麗にしたり机を移動させたりしている。



「遊園地かー」

「ゆっうえんちー、ゆっうえんち!」



 にこにこと微笑む勅使河原に若干の苛立ちを覚えたので八月一日は足を踏んでやった。



「痛い!」

「そりゃ、踏んだからな」



 埃をちりとりへ集めてごみ箱へ捨てると、大袈裟に反応する勅使河原を無視して掃除用具を教室の隅のロッカーへと仕舞う。机を元に戻すと八月一日は帰りの支度を始めた。


 初めての高校のイベント、しかも気になる相手の小鳥遊と隣の席。


 今まで生きてきた中で事が上手い具合に運ばれている気がしたが余計な事は考えずに楽しもう。

 そう軽く考えると八月一日は教室を後にした。




*******




 新入生交流会当日。


 一年生達は浮き足立っていた。集合時間が登校時間より早いため欠伸をしている生徒や楽しみで眠れなかったと周りに自慢げに語る生徒もいる。


 Aと書かれた紙が貼ってあるバスの乗降口には担任である前田の姿があった。



「決めた席順に座って待機。出発までまだ時間があるからそれまでトイレに行くなり自由にしていて構わないぞ」



 前田の言葉に隣同士で雑談に花を咲かせる女子達や事前にアトラクションを調べた生徒が最初に体験したい乗り物を相談している。


 前田が生徒達の名簿を確認していると八月一日がやって来た。



「おはようございます…ふああ」

「時間ぎりぎりだぞ、気をつけろよ。前に決めた席順に座って待機。もうあんまり時間はないけどトイレ行くんだったら早めにな」

「サービスエリアに寄るんですよね?」

「ああ」

「じゃあトイレはその時にすっか」

「八月一日、勅使河原から連絡きてないか?」

「きてないですけど…もう出発ですよね」

「まったく…クラスの代表が一番遅いってどういう事だ…」



 嘆いている前田と八月一日に向かって走ってくる姿がある。それは、今しがた二人が話していた本人である勅使河原だった。



「お、遅くなりました…!」



 半ば汗だくで集合時間ぎりぎりにやって来た勅使河原は前田に向かって手のひらを合わせている。



「楽しみにしてた奴が遅刻しかけるとはな」

「あー疲れた…」

「よし、全員揃ったな」



 生徒が全員揃ったようで扉が閉まり、バスが動き始める。


 八月一日が席に着く前から小鳥遊は座っていたようでぼんやりと窓の外を見つめていた。

 彼に気づくと嫌そうな顔をしつつも挨拶を交わした。学校から高速道路に移動中、小鳥遊はショルダーバッグから一冊の本を取り出した。



「バスの中で読むと酔うんじゃない?」

「酔わないように前の方の席を選んだのですが」

「俺よりも凄まじい読書愛だな…」

「…八月一日さんも本を読むのですか?」

「小説と…まあ色々」

〈しょうじょ、まんが〉

「ぶほおっ!?」

〈いすがぬれないように…わたし、まもる〉



 突如自分の前に現れたシーディアに驚いて飲んでいたジュースを口から出しそうになったが、シーディアのお陰で口から出たジュースは缶の中へと入っていった。



「…汚いですね」

〈きったねえな〉

「いや、いきなり目の前にこいつらが現れたら驚くだろ!」

「彼女達はずっと八月一日さんの傍にいましたけど、気づいていなかったんですか」

〈やっぱりこいつ馬鹿だろ。シーディア、ドッキリが成功したらどうするんだっけか?〉

〈…ぴーす!〉



 両手でピースをするシーディアの隣で、ベルフェゴールはドッキリ大成功と書かれた看板を持っている。



「余計な事教えんなよベルフェゴール!」

〈うっせえな、ただのだよ。それよりも…気づいてるか?〉



 ベルフェゴールの言葉に八月一日とシーディアは首を傾げ、小鳥遊は静かに頷いた。



「私達と一緒に擬人の反応が移動しています」

「こいつらじゃなくて他のやつって事か?」

〈ああ。ただ反応が曖昧でな…擬人本体が移動してるのか本と共に契約者が移動してるのか分からねえ。契約して間もないかもしくは力が不安定か…〉

「力が不安定っていうのは?」

「その点に関して二通りあります。擬人の力が不安定の場合と契約者が不安定の場合です。前者は契約して日が浅い為に主人の事をまだ理解できておらず意思疎通が足りない。後者は精神面の問題ですね。何か不安を抱えたりしていると擬人の力をきちんと発揮できません」

「へ、へー…」

〈何他人事みたいに聞いてんだよ、テメエもだよ〉

「俺も?」



 ベルフェゴールと八月一日のやり取りに小鳥遊が軽く咳払いをすると口を開く。



「八月一日さんもシーディアと契約してから日が浅いですから、まだ彼女の力を存分に発揮できないでしょう。私とベルフェゴールは契約してから期間が長いですから力を充分に発揮できます」

「…それでも、あの時は勝てなかったんだよな」



 八月一日は先日の戦いを思い出す。

 黒人形と死闘を繰り広げた隣に座る小鳥遊、あの時の顔がとても辛そうだった事は記憶に新しい。


 もう少し早く助けに入っていれば状況が変わったかもしれない、そう思うと自然と拳に力が入る。

 その様子を見たシーディアは不安げな表情でそっと八月一日の拳に自分の手を重ねた。



〈あぶない?まもる?〉

「大丈夫だ、シーディア」



 八月一日が拳を解いて彼女の頭を撫でると嬉しそうに目を瞑った。



「少し話が逸れてしまいました…敵の反応は一つみたいですから、私と八月一日さんの二対一で戦えば最悪引き分けにはできると思いますが」

〈敵の擬人次第だが…遊園地に着いたら擬人か契約者から狙われるかもしれないから注意しろよ。危なくなったら助けに入るが、人混みの中で戦いでもしたら周りへの影響が分からねえ〉

〈わから、ねえ〉

〈相手の属性も不明だし、今日は様子を見た方が無難だ〉

「そうですね…」

「だな」



 二人が話している間にバスはサービスエリアに到着すると、少しの間休憩の時間となった。


 トイレに行く生徒、店で何かを買う生徒と特に用事がないのでバスに残る生徒と三択だ。

 八月一日はトイレへ、小鳥遊はバスに残り読書の続きを、勅使河原はバスから降りてトイレの入口近くのベンチに座るとズボンのポケットから携帯電話を取り出した。


 携帯電話には通話アプリの通知が。アプリを開くと星から連絡がきていたようだ。



「星先輩からか…遊園地では八月一日と一緒に行動するなって、何か意図があるんだよな…?」



 ひとり言を呟くと了解と打ち込んで返信する。するとトイレから出てきた八月一日と遭遇し慌てて携帯電話をズボンのポケットに仕舞った。



「勅使河原はトイレ行かないのか?」

「騒いでたら酔ったみたいでさ、風にあたりにきた」

「出発してからずっと五月蝿かったもんな」

「テンション上がってるからね!」

「前田先生が手を振ってるな…そろそろ時間だな。戻ろうぜ」

「おー」



 勅使河原はポケットの中の携帯電話を握りしめると心の中で溜息を吐いた。


 二人はバスに戻ると、各々席に着く。

 サービスエリアから出て高速道路をしばらくの間走っていると有名な遊園地の建物が見えてきた。


 五月蝿い生徒達を前田が宥めていると一行を乗せたバスは遊園地の駐車場に到着した。前田は鞄から入場券を取り出すと前の生徒に渡していく。



「前の席のやつに渡すから一枚取ったら後ろへ回してくれ。入場券を入口で見せて遊園地に入ったら後は自由行動だ。何か困った事があったら電子端末から私にメールで連絡する事。電話だと聞こえないからな。このバスに集合するのが十六時だ。別のクラスのバスに乗ったり、集合時間を間違えるなよ。入場券は全員貰ったか?」



 前田の言葉に生徒達が返事をする。

 全員に行き渡った事を確認するとバスから降り始め遊園地の入口へと向かった。


 クラス毎に入口で入場券の確認を行い、遊園地に入ると誰かが八月一日に声を掛けてきた。

 その人物とは、先日、八月一日が上級生から助けた廿日だった。



「あの、八月一日くん」

「! おお、廿日か」

「この方はどなたですか?」



 小鳥遊は廿日に初めて会うため、八月一日に説明を求めた。

 八月一日が紹介しようとしたが、先に廿日が小鳥遊に向かって自己紹介をする。



「初めまして、B組の廿日心望です」

「私は八月一日さんと同じクラスの小鳥遊悠理です」

「上級生に絡まれてたところを助けたんだ」



 自己紹介を終えると八月一日に向き直り、もじもじと指先を弄りながら話を切り出す。



「八月一日くんにお願いがあるんだけど、一緒に行動してもいいかな?」



 八月一日は隣の小鳥遊を盗み見る。彼女は視線に気づくと廿日に気づかれないように控えめに頷いた。



「ああ、いいぞ」

「ありがとう!」

「何処か行きたい場所とかあるか?」

「ジェットコースターとか…どうかな」



 廿日の言葉に小鳥遊は渋い顔をしている。

 八月一日は彼女とは一緒に乗れなさそうだと考えて溜息を吐いた。



「…私は荷物番をしてます」

「小鳥遊さんはジェットコースターとか絶叫マシンって苦手?」

「何故あんなに人気があるのか理解できません」

「小鳥遊さん…」

「レールから乗り物の車輪とかが外れたらとか安全バーが外れて自分の体が投げ出されたらとか考えませんか?」

「小鳥遊さんの過去に一体何が…」



 過去に何かがあったかのような彼女の発言に驚く二人を差し置いて、小鳥遊は近くの店へ飲み物を買いに行こうとしている。



「二人で行ってきて下さい。私は出口近くの店で気長に待ってます」

「じゃあ行くか」

「うん」



 八月一日と廿日はジェットコースター乗り場の入口へ向かう。開園から間もないが祝日という事もあって客足は上々だ。

 形成されている列に並ぶと口を開いたのは廿日だった。



「あの…八月一日くんは小鳥遊さんとどういう関係なの?」

「んー、隣の席に座るただのクラスメイトだよ」

「隣の席…」

「名前順で隣なんだよ」

「そうなんだ…」

「廿日…顔色悪くないか?」

「大丈夫だよ。ジェットコースターに乗るのが久しぶりでちょっと緊張してきただけだから」



 廿日は首から下げている本を制服の上から握る。

 アスモデウスと契約できた自分なら大丈夫だと信じて。

 二人の順番がやってくると係員に案内される。先に八月一日が座り、乗ろうとして淵に躓いた廿日を受け止める。



「きゃっ」

「大丈夫か?」

「あ…大丈夫! ごめんね」

「失礼します。安全バーの確認をさせていただきますね」



 乗客が全員座った事を目視した係員は、正常に安全バーが下げられているか確認し終えると元気な声で挨拶をした。


 すると、ジェットコースターがゆっくりと動き出す。段々登っていくと頂上から一気に降下する。


 廿日は八月一日の隣にいられる事を嬉しく思いつつ、ジェットコースターの動きを楽しんでいるとふと頭の中に声が響く。



〈心望さん、彼の手を握って下さい〉

「アスモデウスさん!?」



 廿日の脳内にアスモデウスの声が響く。

 突然の事に驚き辺りを見回すが、彼女の姿は何処にもない。契約した際に一緒に行く事は出来ないと言っていたので傍にいないのが普通だが。

 八月一日は廿日の様子に気づく事なく楽しそうである。



〈貴女の願いを叶える為です、早く!〉

「は、はいっ」



 ジェットコースターが走る最中、廿日は自分の右側に座る八月一日の左手を握る。

 突然の事で少し驚いたが彼は何も言わずに楽しそうに叫んでいる。


 乗り場に戻ってくると足元に気をつけながら降りる。建物から出ると八月一日はぐっと伸びをした。



「楽しかったな!」

「そうだね…!」

「そういえば…さっきジェットコースターに乗ってた時なんで手握ったんだ?」

「! あ、あの…」

「?」

「ちょっと…怖くなっちゃって…」

「自分で乗りたいって言ったけどやっぱり怖かったんだな」

「えっと…八月一日くん、何処か行きたい場所ある?」



 制服のポケットから取り出した地図を広げて見せると八月一日が覗き込もうとして二人の距離が近くなる。


 廿日は肩が触れそうな近さにどきどきしていると、後ろからジュースを勢いよく啜りながら小鳥遊がやって来た。



「あ、小鳥遊さん。そのジュース美味いか?」

「…なかなかですね」

「…小鳥遊さんは、何処か行きたい場所ある?」

「そうですね。…遊園地と言ったら、あそこしかないでしょう」

「あそこって、まさか…!」



 小鳥遊の不気味な笑みに自然と背筋が寒くなる八月一日と廿日だった。




*******




 ジェットコースターの後、次の行き先を相談している三人のあとをつけているのは勅使河原だ。

 バレないようにこっそりと、アトラクションには乗らず携帯電話を片手に誰かに連絡しているようだ。



「んーと…ジェットコースターの次はお化け屋敷ねえ…。お化けよりも怖い経験しておいてよく入る気になれるよな、八月一日んは」



 小さな悪態をついたところで携帯電話に連絡が入る。

 通話アプリの通知が一件、星からでメッセージが受信されている。



 ”監視を続行”


「俺、遊園地に来ても遊べないの…」



 勅使河原の言葉を見透かしたようにまたメッセージが受信された。



 ”つべこべ言わない”


「星先輩何かの術でも使ってんの!?」



 周りをきょろきょろと見回した後に頭を掻き毟る彼を見た家族連れがひそひそと話しながら横を通り過ぎていく。


 しかし、家族連れは構わずに、勅使河原は遊園地で遊べないと決心をすると、再び三人のあとをつける事を決意した。




*******




 ジェットコースターから降りた後、三人が相談して到着したのはお化け屋敷だった。

 洋館の建物に周りは木が生い茂っていて余計に不気味な雰囲気を醸し出している。



「…ここか」

「私…怖いの苦手なんです」

「結構雰囲気がありますね。さあ行きましょう」



 怯える二人を尻目に小鳥遊は嬉々として建物の中へと入って行く。

 入口で少人数のグループに分かれると広間に案内され、アナウンスが流れ始める。途中で雷の音が再生され、足元なら地鳴りのような音が響く。



「きゃっ!」

「音がリアルだな…」

「素晴らしいですね」



 絵画が飾られている廊下を進んでいくと小さな広間の片隅に立っている係員が客を二人組にして乗り物に誘導している。

 どうしようかと迷っている二人に小鳥遊が声を掛けた。



「ここからは二人組で乗るらしいので、八月一日さんと廿日さんでどうぞ」

「えっ、小鳥遊さんはどうするの?」

「客の数が奇数なのでこのままだと一人で乗れそうですから一人で乗る事にします」

「八月一日くんと乗らなくていいの?」

「興味がありませんので」

「…ありがとう」



 二人乗りの八月一日と廿日は係員の指示に従い乗り込む。小鳥遊はその後ろにある二人乗りの席に乗り込んだ。


 乗り物はゆっくりと暗い中を進んでいく。すると突然辺りが開けた場所に出た。そこは地下にある洞窟のようで数多く並んだ水晶は澄んていて青色に光り輝いている。



「わあ…!」

「綺麗だな…」



 前の席の二人が景色に感動している中、後ろの席に座る小鳥遊は隣を見やる。すると青色の粒子が集まり青いドレス姿の少女ベルフェゴールが現れた。



「ベルフェゴール、前にいる八月一日さんの隣の彼女…どう思いますか」

〈ソイツで間違いないと思うぜ。擬人と本の匂いがするからな。しかも、アタシが大ッ嫌いな匂いだ〉

「ベルフェゴール…つまり怠惰にとって不利な属性、という事ですか?」



 小鳥遊の言葉にベルフェゴールは足を組み直すと欠伸をした。両手を頭の後ろで組むと彼女に向き直る。



〈まあ普通にいけば悠理の言う通りだけどな。八月一日の隣に座る奴は擬人の中でも特殊な力の持ち主だ〉

「特殊…というのは、まさか」

〈アタシを含めた全属性に有効、かつ全属性の攻撃も相手に有効って事だ。だが…アイツと契約できるなんて、余程叶えたい事があるんだろうな〉

「少し話が見えませんが…アイツとは」



 歯切れの悪い彼女の言葉に小鳥遊は頭を押さえる。彼女はアイツの事を思い浮かべると露骨に嫌そうな顔をした。



〈アイツの属性は七つの大罪の中でも人類の繁栄に関わる部分…色欲だ〉

「色欲…」

〈建物を出たら八月一日と話した方がいいかもな〉

「擬人の姿が見当たらないようですが…」

〈大方、契約者の近くにはいないだろうな。アイツの力は契約者自身の願望から生まれる。アイツはその願望を増幅するだけにすぎない〉



 ベルフェゴールは水晶の真ん中で悲しみの表情で洋書を抱いて座る少女を見つめている。



「水晶の海…」

水晶の涙クワルゾ・ラグリマ…〉

「何か言いましたか?」

〈何でもねえ…〉



 水晶の廊下を抜けると乗降口が見えてくる。

 ベルフェゴールは青色の粒子となって消えてゆくと、小鳥遊は足元に気をつけながら乗り物から降りた。

 係員の挨拶を聞きながら進むと出口近くで八月一日と廿日が話をしていた。



「あんまり怖くなくて良かったな」

「うん、怖くないし綺麗だった…!」

「お待たせしました」

「小鳥遊さん」

「あ、小鳥遊さん」



 小鳥遊は左手首に着けている腕時計を見る。

 まだ二つしかアトラクションに乗っていないが並んでいた時間が長かった為、昼食の時間となっていた。


 混んでいる時間帯だが、この瞬間を逃すと昼食を食べられない可能性もあるのを考えて、小鳥遊は二人に昼食を食べる事を提案する。



「八月一日さん、廿日さん。そろそろ昼食の時間ですがどうしますか?」

「あっ、もうそんな時間なんだ」

「近くの店で食べながらその後どうするか考えるか」



 廿日が地図を広げると両脇から八月一日と小鳥遊が覗き込む。


 土産の事を考えて昼食は安く済ませたいと相談してハンバーガー屋に行く事となった。

 三人とも同じチーズバーガーのセットを注文する。小鳥遊は席の確保を、八月一日と廿日は注文したセットの受け取りを担当した。


 注文してから程なくして出来上がると食べ物が載せられた盆を持ち、小鳥遊の待つ席へと運ぶと自分達も席に座った。



「美味そうだな!」

「そうだね…!」

「時間もないでしょうから、いただきましょう。いただきます」

「いただきます!」

「…いただきます」



 チーズバーガーやポテト、飲み物を各々食しながらこの後の予定を話し合う。



「それで…この後はどうする?」

「私は…もう一つぐらい何かに乗りたいな…」

「…今から食べ終わって並ぶ時間を考えるとアトラクションに乗るのは厳しいですね」



 小鳥遊の一言に廿日は肩を落とす。その姿を見て八月一日が励ました。



「落ち込むなって。アトラクションに乗れないんだったら土産を見ればいいんじゃねえか? 初めて来た場所だし、土産を見てるだけでも目移りするだろうからさ」

「…そうだね、そうする!」

「決まりですね」

「じゃあ、この後は遊園地の入口近くの店で土産を見るって事だな」



 昼食を食べ終わるとごみを片付け、遊園地の入口近くにある土産屋へと歩き始める。


 八月一日の両脇に廿日と小鳥遊の形で歩きながら、小鳥遊は廿日の様子を盗み見る。

 彼女に特筆するような変わった点はなく、普通の人間に見える。


 二人にバレないようにこっそりと距離をとって歩くと、左手の人差し指を突き出して銃を形作る。人差し指をくるくると回すと指先に水流が集まる。


 三人の周りを歩いている他の客達は気づいていないようだ。青色の粒子が小鳥遊の隣に集まると青いドレス姿の少女ベルフェゴールが現れる。



〈…仕掛けるのか〉

「物は試し、です」

〈反撃されたら全力で守る、いいぞ〉

「…穿てディスパラル



 銃を形作った左手を廿日に向けると、発射する要領で人差し指を上に向けた。すると指先に集まっていた水流は球状になり、廿日に向かって発射される。


 彼女に当たる寸前、体から現れた粒子が桃色の壁を形作ると小鳥遊が発射した水の球を吸い込み、何事も無かったようにゆっくりと消えていった。



「今のは…!」

〈…前のヤツで当たりだな。アイツは色欲の契約者だ。壁の力を見て確認したよ、あれは色欲が司る夢の力で間違いない〉

「いつ彼女に話を切り出すべきか…」



 小鳥遊が隣にいない事に気づいた廿日が後ろに振り返ると近寄ってくる。

 一瞬、先程の行動がバレたかと焦ったが、顔には出さずに平常心で話を進める。



「小鳥遊さん…! 良かった…八月一日くんの隣にいないから、はぐれたかと思っちゃった」

「…すみません、あまり人混みに慣れていないので…気分が…」



 咄嗟に嘘をついて廿日との距離を縮める。

 彼女はベルフェゴールに視線を移す事なく小鳥遊と話をしている。



〈コイツ…アタシに気づいてないのか?〉

「小鳥遊さん、どうしたんだ?」

「八月一日くん。小鳥遊さんが気分が悪いって」

「…もう大丈夫です。早く土産屋にいきましょう」



 心配する廿日に礼を言い、再び三人で歩き出す。

 しばらく歩いて到着した土産屋はこの遊園地で最も大きく品揃えが豊富だと評判だ。


 三人で行きたい場所がばらばらなので、分かれて買い物を済ませた後に入口で合流する事となった。


 廿日はストラップ売り場を見ていた。

 豊富な種類に目移りしてしまうが、ふと鍵の形をしたキーホルダーが目に留まる。


 遊園地へ行く為の扉を開けるというモチーフで作られた物らしく、幼稚すぎず大人すぎない事から鞄に付けやすく評判らしい。



「このストラップ、可愛いな。…誕生石毎に色が分かれてるんだ…!」



 全十二種類が並べられている棚から自分の誕生月であるアクアマリンを模した水色の石が埋め込まれた鍵を手にするとレジへと向かう。


 同じ頃、先に並んでいた八月一日と小鳥遊を見つけると廿日は二人の後ろに並んだ。



「小鳥遊さんは何を買うの?」

「無難にストラップですかね」

「私もストラップ売り場を見てたけど、可愛いのが多くて迷っちゃった」

「あとは…もちぽんのストラップですかね」

「ここの遊園地って、もちぽんっていうキャラクターが人気だよね」

「種類も多くて…とりあえず全部買う事にしました」

「全部かあ…何種類ぐらい?」

「十二種類でしょうか…中でもだるるん顔が最高に可愛いと思います」



 盛り上がる二人の会話を聞いていた八月一日は疎外感を覚え、今日乗ったアトラクションについて話を切り出した。



「そう言えば、今日行ったアトラクションって二つしか乗ってないけど、結構雰囲気違ったよな」



 八月一日の何気ない一言に小鳥遊がぴくりと反応を示す。彼に向き直ると鋭い目つきで見つめてくると口を開いた。



「この遊園地は七種類の場所それぞれにテーマがあり、その場所にあるテーマに沿ってアトラクションが考えられているんです。今日はあまりアトラクションに乗れませんでしたが、今度来る時はホテルに泊まりがけで一週間程を目処に予定を立てなければ…すみません、もちぽんから話が逸れましたね」



 小鳥遊が早口でまくしたてるのを隣で聞いていた八月一日は彼女の意外な一面を知る事が出来て、頬が緩んでいた。



「小鳥遊さん、結構遊園地に来るの楽しみにしてたんだな…。それで、さっき二人が話してたもちぽんって何だ?」



 興味津々の八月一日に小鳥遊は買い物かごに入れている十二種類のもちぽんを見せる。

 カラフルな球状の体に小さな手足が生えており、嬉しそうな顔や小鳥遊が最高に可愛いと豪語していた、だるるん顔等全体的にゆるい表情が多い。

 かごの中にある多数のもちぽんを見つめ、八月一日は数回、首を傾げる。



「…何処が可愛いんだ?」

「八月一日さんにはまだもちぽんの良さが分からないようですね」

「可愛いのに…」

「…可愛いかこれ…?」



 話している間に会計の順番がやってきてそれぞれ代金を支払うと、店から出て駐車場へと歩く。

 しばらく歩くと前田が待つバスが見えてくる。

 A組用のバスの乗降口近くで廿日が二人に向き直ると頭を下げた。



「私、こっちのバスだから。二人とも今日はありがとう! 本当に楽しかったよ!」

「おう。こっちこそありがとな」

「ありがとうございました。また学校で会う事があれば宜しくお願いします」



 三人はそれぞれ、今日の出来事を思い出しながらバスに乗り込んだのだった。




*******




 新入生交流会も終わりを迎え、バスは遊園地から遠く離れた堂國高校へと戻ってきた。

 到着したバスからは続々と生徒達が降り、自宅か寮へと戻っていく。


 正面の校門を出て道路を越えた先にある階段を降りていると八月一日が歩いていると足音が近づいてくる。

 振り向くと立っていたのは少し息を切らせた廿日だった。



「あの、八月一日くん」

「ん?」

「ゴールデンウィーク…なんだけど、勉強会をやらない? テストも近いうちにやるはずだし…どうかな」

「丁度いいな! 実は小鳥遊さんと勉強会やるかって話しててさ。折角だから一緒にやらないか?」



 小鳥遊も一緒、という八月一日の発言に廿日はもやもやとした気分になったが彼がいるならばと了承した。

 去っていく廿日の背中を見つめていると小鳥遊が足を踏んできたので思わずその場にしゃがんだ。



「た…小鳥遊さん…?」

「私は勉強会をすると言いましたが…テスト勉強ではなく、言語界についての勉強です」

「…え?」



 小鳥遊の言葉に八月一日は顔が青ざめていく。冷や汗も感じ始めた頃、彼女は不敵に微笑んだ。



「…八月一日さんがそんなに勉強好きだとは知りませんでした。私も教えがいがあるというものですね」

「あの、小鳥遊さん…二重で勉強とか、俺の頭がパンクしてしまうと思うのですが…!」

「いっそのこと勉強のし過ぎでパンクでもして、頭の中を空っぽにして最良な知識を詰め込めば良いと思うのです」

「俺のゴールデンウィークは死んだ…」



 気になる相手と二人っきりで勉強会が出来るという事実に気づかず、言語界と現実世界での二重の勉強の幕開けに八月一日は肩を落とすしかなかった。

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