夢見る少女の暴走編

第4話 暴走列車の試運転

 とある少女、廿日心望は夢を見ていた。


 目を覚ますと彼女はケーキのスポンジで寝ていた。

 部屋を見渡すと有り得ないことだらけだ。

 キャンディの枕、綿飴の掛布団、近くにある机はクッキーが合わさってできており、椅子は板のチョコレートだ。


 突然のことで動揺している彼女は慌てて起き上がると窓を開けた。

 何一つ変わらない街並み、学校、駅、近所の商店街。

 ただ一つ違うとすればそれは夜の空が桃色だということだった。



「これは、夢…?」

〈夢であって夢ではない、といった方が正しいです〉



 彼女が後ろへ振り返ると見知らぬ女性が立っていた。

 ロングヘアーに桃色のマーメイドドレスで微笑む姿は、美しいというより妖艶と表現した方が正しいだろう。



〈貴女には叶えたい願いがある…そうでしょう?〉

「…願いというか、こうなったらいいなとは思います」

〈その願い、私が力をお貸ししましょうか〉

「おまじないですか?」

〈そうですね…貴女が私を信じる限り永遠に続く、とだけ言っておきます〉



 ロングヘアーの女性の言葉に廿日は悩む。


 得体の知れない人からの提案による不安、夢だから何が起きても平気だろうという思いもある。

 悩んだ結果、廿日は後者の考えを尊重して彼女から力を借りる事を決めた。



「あの、私は何をすればいいですか」

〈私と契約を交わしてほしいのです〉

「契約…ですか。書類にサインをする、とか」

〈貴女は私が呼んでほしいと言った時に名前を呼ぶだけで良いのです〉

「名前を呼ぶだけですか?」

〈はい、アスモデウスと呼んで下さい〉

「わかりました。私、アスモデウスさんと契約します」



 夢だからと、廿日は軽い気持ちで彼女と契約する事を決めた。



〈眠ってしまうと貴女の願いは成就されませんので気をつけて下さいね〉

「は、はい」



 アスモデウスが胸の前で両手を組むと足元に桃色の魔法陣が展開される。

 瞬間、辺りを甘い香りが包んだ。



〈我、色欲を司りし夢の王なり。汝、契約を望むか。望むなら我が願いを聞き届けよ、言語の楽園を想像せよ〉



 アスモデウスが廿日と額同士を合わせる。

 彼女は甘い香りに瞼が重くなっていくが、意識を途切れさせまいと必死になる。



「眠っちゃ…駄目、眠っちゃ駄目…!」

〈彼の者の名は廿日心望。言語の加護と我の司りし色欲と夢の肝胆かんたんを彼の者に。恋の吐息は桃色に、望むがままに己が力を解放せよ! さあ、私の名前を呼んで下さい。それで契約は完了します〉

「わかりました。…アスモデウスー!」



 廿日がアスモデウスの名前を呼んだ瞬間淡い桃色の光に包まれる。光がだんだん弱まっていくと廿日が手にしていたのは小さな本だった。



「これは…」



〈契約の証、豆本です。誰にも見せないように大切にして下さい。この本が貴女と私を繋ぎとめるただ一つのもの、そして貴女に力を貸す際に必ず必要になりますからなくさないようにお願いしますね〉

「ありがとうございます、アスモデウスさん!」

〈期限は…そうですね、ゴールデンウィーク中の一週間がよろしいかと〉

「はいっ、頑張ります!」

〈ふふ〉

「ゴールデンウィーク初日は新入生交流会もあるから、その時に何かきっかけを…」

〈心望さん、楽しそうですね〉

「楽しい…確かに八月一日くんの事を考えると楽しいし、どきどきします」

〈ふふっ、頑張ってください。私は見守る事しか出来ませんし、その日心望さんと一緒に行く事も出来ませんが…〉

「そんな事言わないで下さい、アスモデウスさん。アスモデウスさんが私なんかと契約してくれただけでも嬉しいのに」

〈ものは試しに力を使ってみましょうか〉

「大丈夫なんですか?」

〈安心して下さい。ここは貴女の世界です、貴女が自由自在に操る事など造作もない。目を閉じて、まずは小さい頃によく出かけた場所を思い浮かべてみて下さい〉

「はい…」



 廿日は目を閉じて小さい頃よく出かけた公園を思い出す。

 すると、今まで二人が立っていた場所はだんだん公園へと姿を変えていく。


 先程彼女が寝ていたケーキのスポンジは変形してすべり台へ、部屋に置かれていた他の物もそれぞれ砂場やジャングルジム等別の遊具へ。

 目を開けた廿日は、先程のお菓子の部屋と光景があまりにも違うので何も言葉が出ないようだ。



「公園…さっきまでお菓子だったのに」

〈一瞬にして情景を思い出し、それを構築する…素晴らしいですね〉

「あの…?」

〈そして構築した後もまだ余裕がある…そうですね?〉

「えっと…体が少しだるい気がしますけど、まだ大丈夫です」

〈そうですか…次は学校の屋上を想像して下さい〉



 廿日は目を閉じて胸の前で手を組む。


 体から桃色の光が発生すると二人が立っていた場所は公園から学校の屋上になり、校舎や図書棟など付随する建物がどんどん形成されていく。

 少しして、目を開けた廿日は突然のことで言葉が出ないようだ。



〈凄いですね心望さん、素晴らしいです〉

「これを…私が…?」

〈はい、そうですよ〉

「凄い…これが私の力なんですね」

〈貴女は特殊な人間かも…あら、やられてしまいましたか〉

「どうかしましたか?」

〈偵察に行かせていた子が倒されてしまいました。残念です〉

「倒されちゃった…可哀想です…」

〈成果は充分にありました。相手の能力、力量、術の構成等…大まかではありますが把握しました〉

「アスモデウスさんって聡明な方なんですね!」

〈ふふ、これも心望さんのためですから〉



 微笑むアスモデウスは心望の手を自分の手で包むとふう、と息を吹きかけた。



〈時間のようですね〉

「時間?」

〈ゴールデンウィーク中は会えませんが、私は心望さんの傍にいますから〉

「そう、ですか…」

〈さあ、起きる時間です。起きた後、この夢の出来事は誰にも話してはいけません。私達二人の秘密です〉

「はい! 私、頑張ります!」



 気弱な少女が手に入れた夢の力は果たして吉と出るか凶と出るか。

 今後を考えてアスモデウスは楽しげに微笑んだ。

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