4. Feel The Something

 彼女が感じていた違和感。それは、彼女が無意識のうちに小惑星のあらゆる形にスミーアをあてはめようとしていた先入観が邪魔をしていた為、迷路に捕まっていた。

 今、それがハッキリと彼女の頭の中でセットアップされた。

 スミーアの形状が複数の重力波が影響しあう時に出来る干渉縞の交点の形にそっくりだったのだ。そして、その事が偶然ではないと彼女の直観が語りかけていた。

 しかし、ジョディはその事を誰かに話そうとは思わなかった。まだ、だから何なんだという段階でしかない。必然である証拠が確認されたらベンソン教授に相談してみようとは思っている。いや、教授なら現時点で話してもこの事を共有してくれるだろう。

 いずれにしても確証をつかむまでは思索の必要がある。そう考えがまとまった時、彼女は部屋を出た。


 調査チームは連絡船で外惑星へ行くための港、ML4へ向かった。港は地球と月のラグランジュポイントのトロヤ点L4の位置にある。ML4は月のL4という意味だ。

 ラグランジュポイントは二天体と微小天体(人工物も含む)間で力学上5か所あるが、トロヤ点以外の3か所は位置の修正にエネルギーを多く使う。その点、トロヤ点のL4とL5は安定していて、多少の位置がずれても復元力が働くので、太陽系内の港はすべてトロヤ点にある。

 木星のJL4やJL5には質の良い小惑星も数多く存在し、10年ほど前から木星系は自給自足が可能となっている。


 ML4ではすでに彼らが乗る船、メッセンジャー号にロケットエンジンが取り付けられていた。

 通常は100人乗りだが、ロケットエンジンの燃料タンクのために80人分の船室が取り除かれていた。調査チームは12名なので問題は無いのだが、ジョディは思った。爆発燃料がすぐ隣にある状態で旅をするのはあまり良い気持ちがしない。しかし、スミーアに着陸する時と離脱時だけでこれほどの燃料が必要だなんて、昔の人はよくもまぁ、このような船で月や火星へ行っていたものだと。


 スミーアまで61日と6時間。帰りは何事も無ければ20日と13時間。ただし、スミーア到着時、地球は内合を過ぎるので調査に時間を使いすぎると門限をオーバーする可能性がある。予定では滞在時間8日間。すべて調査機器の設置に要する時間である。

 現地での調査自体は人間の五感がすることなので大した情報は得られないだろう。それよりも各種調査機器を設置した後の情報を皆は期待している。

 しかしジョディは違った。やはりこの目で見て感じたかった。何しろ自らの直観を信じてスミーアに会いに行くのだから。


 港ではメッセンジャー号への機材や4カ月分の生命維持資源の積み込み作業が行われていた。大きく回転する港を背景に作業は進められている。太陽系内のどこの港も自転することによって人工重力を作っている。地球の3分の一の重力だ。長期間滞在型の施設では人工重力発生システムの備え付けが現行法によって定められている。ただし、レジャー施設や医療施設等で無重力を利用する場合はその限りではない。

 今回のような作業は造船施設と同様、無重力エリアで行われる。港の展望室にいるジョディ達からは、漆黒の宇宙を背景にメッセンジャー号が視野の4分の一を占める月とワルツを踊っているのが見える。


 いつの間にか展望室には調査チームのメンバー全員が集まっていた。それぞれコーヒーを飲んだり、親しい人とのしばしの別れをP-PAC(プライベートテレビ電話)で話している。ジョディはこれだけ離れて使うP-PACはあまり好きではなかった。なにしろ返事が返ってくるのに3秒近く待たなければならないからだ。家族や友人へはテキストで済ませていた。ジョディは静かに目を閉じた。


 人類が宇宙へ進出してからのことを瞑想していた。ジョディは子供のころスミソニアン博物館で見た、人類初の月面着陸に使われた船を思い出していた。その時の案内ロボットの説明を今でも鮮明に覚えている。量子コンピュータも無く、ハイダイヤモンドスチールも無い時代に、合金と電子集積回路のコンピュータだけで月へ降り立った。いつの時代もそうかもしれない。飛行機だって最初は木と布でライト兄弟は飛んだのだから。

 目覚ましいばかりの人類の科学技術の発展。素晴らしい!今、目の前に広がる光景を見て一層そう思う。キリストが生まれて2150年で人類は海王星にまで足を展ばしてきた。だが、しかし、ジョディはこうも思う。たかだか2150年でここまでになった。

 ならば、この宇宙のどこかで我々人類より1億年、いや一千万年いやいや、1万年でも進んでいる自我認識の出来る生命体が存在するなら、なぜ出会えない?

 それほど恒星間の移動は難しいものなのか?

 それほど相対論の壁は厚いものなのか?

 それとも・・・人類は孤独な存在なのだろうか?

 否、否、否、それほど宇宙は広く悠久の時を湛えているのだ。

 ジョディは叫ぶ。今でなくても良い。太古の昔でも良い。

 その時の彼の足跡は、必ずやこの太陽系のどこかに残されている。と。

 それは、物か、波か、あぁ!願わくば気配だけでも良い。残しておいてくれ。


 いつの間にか眠ってしまっていた。ジョディはベンソン教授の声で目が覚めた。

「さぁ!出発だ」

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