第6話 訓練&訓練&また訓練
――帝国歴212年8月12日――
「速度550……座標ヨシ」
宇宙空間を高速で疾走する物体があった。
周囲の星の光を吸収するような
その物体はわずかに傾くと斜め後方より白い炎を噴出した。角度ががくんと変化し、斜めに機動をはじめる。
「……角度注意して。慣性の法則は体で覚えて」
「わかってら!」
「そういう口のきき方はやめなさい」
サトルはぼうっとシートに座ってスピーカーから聞こえてくる通信を傍受していた。
ダン・リコが訓練に出ているのだ。
戦闘攻撃機FA-12A「ペルセウス」に乗っての戦闘訓練だ。
推進機関はプラズマハイブリッド。帝国のほとんどの艦艇と同じだ。
しかしこの手の「飛行機」はほとんどエンジンの上に座席が載っているようなもので、もちろん質量もはるかに少ない。そのため相当な速度が出る。全速力の駆逐艦の15~20倍は出る。
積める装備も少ないから防御装置はあってないようなものだが、それでも優速によって生まれる有利な戦闘というのはこの時代になっても捨てがたい。
「速度を最大までアップ……目標の小惑星を撃って」
「……」
今度はダンは無言だった。どうやら必死すぎてしゃべる余裕もないらしい。
「ペルセウス2、目標の小惑星Z28579に接近中、あと5秒程度で20mm砲の射程に入ります」
レーダーをにらんだ女性オペレーターが報告する。女性というのは間違ったかもしれない。サトルたちと変わらない年齢の少女だ。徐々にシャノン家のスタッフが学生に切り替わっているのだ。
「今!」
「うっひょおお!」
なぜうっひょおおなのかは不明だったが、どうやら射撃したらしい。
「Z28579に命中!わずかな振動を重力波レーダーが検知」
うまく当たったようだ。
(みんなうまくなってるな……)
サトルは目の前の「紙」を見つめた。
自分のタブレット端末に表示されている旧態然とした書類の山だ。
空間に3D表示して触ることもできるが、表示したところで何百枚とある書類にいちいち触ったりしたくない。
これはシャノン家の財務諸表だ。
すなわちシャノン家の財政の全てがそこに書かれているといっても過言ではない。細かくみればシャノン家が発注する細々とした領収書ひとつひとつにだって当たることができる。
○○年○月○日 厨房設備用ワイン樽×10購入
○○年○月○日 伯爵家祭礼用礼服×1購入
○○年○月○日 練習機補修用工具1式購入
○○年○月○日 20mm練習弾(電熱化減装弾)200発購入
○○年○月○日 庭園整備用地上車購入
○○年○月○日 パーティー開催費(交際費)……etc
といった具合だ。
それはもうとんでもない量で早くもサトルは頭が痛くなってきていた。
これを帝国財務省でなく、帝国貴族省に財務諸表の形式に整えて提出しなければならない。貴族省が財務省に報告し、税金額などを決定する。
この様式の中に色々と紛れ込ませ、シャノン家の武力であるところの
「スパイが多すぎるのよ」
目の前に赤毛の少女がいてサトルをのぞきこんでいた。リアだ。
はっとして顔をあげると彼女は微笑を浮かべた。
「……なんで自分がって顔してたからね」
リアがサトルの隣に座る。
「ほい、コーヒー」
彼女が紙コップを差し出す。正確には紙ではなく生産性の高い化学繊維なのだが、古いならわしで紙コップと呼んでいるのだからそれで良いのだろう。
「さっきも言ったけど伯爵家内部にもスパイが多いのよ。だからアカデミーはほぼ新しく作りなおしてるの。だけど、もちろんいつかはバレる。バレる前に行動を起こすのが目的」
彼女は遠くを見るような目で言った。
「……それが母様の敵討ちになる」
「……え?」
「今のは忘れて」
リアが笑顔を浮かべ、去っていった。ほんのりと甘い香りが漂う。
それはコーヒーなのか彼女の香水なのかは判断がつきかねた。
帝国は貴族と庶民、奴隷を露骨に区別している。
様々なところでそれは不都合として現れる。
それが貴族であったとしても色々とあるということなのだろうか。
もちろんサトルにも帝国に叛乱すると言われて特に反対する理由はない。
そうしなければならない根拠は彼にもあるのだ。
「こちら海兵隊! これより艦内防御訓練を実施する!」
急に全艦放送が入った。
サトルはあわてて書類を放りだした。
艦内防御訓練。
それは艦内に何らか敵の部隊などが入り込んだというシチュエーションを想定して行われる。すさまじいスピードで宇宙空間を疾駆する宇宙艦艇に敵が横付けしてどうこうというのは考えにくい時代ではあるが、たとえば停泊中だったり連絡船、物資などに敵の
次から次に訓練は行われている。
サトルは絶対に持ち場を離れられない一部の要員を残して、他の学生たちと一緒に走り出した。今いる指令室を出て廊下を走る。時々リアルな振動音や振動が発生する。そういう時は一時的に重力も失われることがあるのであわてて付近の手すりをつかむ。
どこまでも落下しそうな場所では確実にロープをつかんで移動する。
武器庫に到着すると腕章をつけた学生が小銃を配っている。
ラバー製の模擬銃ではなく実銃だ。もちろん弾倉は入っていない。
手に持つとズシリと重い。
多少は撃ち方や構え方を教わったが、日常的に扱うよう訓練は受けていないのもあり、皆どこかぎこちない。
何となくぞろぞろと腕章付きの学生についていく。
腕章は訓練担当官兼指揮官という意味だ。少し前までシャノン家のスタッフがやっていたが、最近学生に変わってきた。海兵の特技を持った学生なのだろう。
「さきほど補給を受けた物資に敵が紛れていることが判明! 人数不明! ただちに艦内防御せよ!」
……放送が響き渡る。
歩きが走りに変化した。
どこに向かっているかはわからないがとにかく走る。
時折重力も失われるので皆必死だ。通路が奈落に変わり、落ちていきかけた学生の足を誰かがつかんで助ける。
艦内の照明が一斉に落ちて漆黒の闇が辺りを包む。
携帯している銃のライトを誰かがつける。補給物資などの格納庫の扉の前に到着した。見回す限り10人くらいだろうか。訓練とはいえ不安そうな学生たちが銃を扉のほうに向けて構えている。
射撃訓練はほとんどしていないのでどこか手つきや構え方がおぼつかない。もちろんサトルもそうだ。
格納庫の向こうには接舷した仮想敵のシャトルと敵役がいるはずだ。
重々しい爆発音。
扉が向こう側に吹き飛んだ。
と同時に何か小さな物体が投げ込まれる。その直後それがまばゆい輝きを放つ。
サトル達は目を背けた。
その瞬間、何か小柄な影がすべるように侵入してくる。
打撃音が響いて誰かが倒れる。
誰かが射撃するが、どうも味方に当たっているらしい。訓練弾だから痺れてばたばたと学生が倒れる。
そうこうしている内にサトルも首筋の後ろに鈍い痛みを感じた。視界が暗転すると同時に地面が近づく。堅い床の感触。
もしかするとそれは床ではなく壁だったかもしれない。
鉄の味が口の中に広がると同時に意識は闇の中に落ちていった。
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