第5話 西方辺境の残党

「やぁやぁやぁ!」

 軍服の青年がにこやかに声をかけてくる。細い目で笑顔を見せているが、どことなく目は笑っていないような気がする。

 軽く会釈して見回すと、周りにいるのは不敵な笑みを浮かべたリア以外は、アーサー、ダン、エリカといつものメンバーだ。どうやらこの男が名簿に書かれていた最後の人物らしい。確かウージン・ヤンという名前だった。

 軍服の青年が立ちあがった。線はほそいが背の高い優男風の雰囲気だ。


「ドーモドーモ」

 サトルの手を握る。やはり目は笑っていないように見える。

「彼はウージン・ヤン。帝国の正規軍の軍人。ちなみに中佐」

 リアが紹介する。

「そして、あたしの婚約者でもある」

「えええー!」

 サトルも驚いたが、アーサーが大声をあげた。

「ずいぶん若く見えますけどねぇ~!」これもアーサー。

「ハハハ……宇宙軍大学を出ただけですよ」

「そりゃスーパーエリートですねぇ」

 アーサーが腕組みをしてうんうんうなっている。

 しかし彼は他のみんながぽかんとしているのに気づき、喜々として説明を始めた。


「帝国軍はですね、幼年学校から士官学校に行くのがエリートコースなわけですよ。幹部候補学校は専門学校とか短大相当、士官学校が一般大学相当ですかねぇ」

 それは聞いたことがある。貴族の子弟は無条件で士官学校に入校できる。サトルやダン、アーサーのような平民出身者は非常に難しい試験が課せられ、事実上入校できないと言われる。せいぜいこの太陽系学園アカデミーのように、貴族の私兵で幹部になるくらいが限界だ。


「でですね。2年以上の戦場経験がある現役の士官に限って、今度は宇宙軍の大学に行けるわけですよ。宇宙軍大学。ここで指揮上級課程とかを勉強して、卒業したら無条件に少佐になるわけです。まぁ将来の将軍とか元帥候補ってことですよ」

「いやいや……随分お詳しい」

「やっぱあれですか? 戦場で手柄を?」

「西方の辺境でちょっとね……」

「そこまで」

 リアが唐突に会話を遮った。

 一瞬ウージンの表情が消えたが、すぐに貼り付いたような笑顔を取り戻した。


「あたしの婚約者ということでもあるので、ウージンは全てを知ってる。……帝国に反乱を起こすという話を」

 リアやシャノン家はやはり本気なのだ。冗談でも何でもなく。

 貴族の私兵にありがちな「軍隊ごっこ」ではないのだ。……少なくともサトルはそう思った。


「じゃ、これからよろしくお願いしますね」

 ウージンは席に座り、にこにこと周囲を見回した。

 サトルは何となく心穏やかでないものを感じた。


「で……今日集まってもらった理由なのだけど、シャノン伯爵家に帝国より動員命令が来た」

「動員命令!?」

 アーサーが目を輝かせている。

(……不思議な奴……)

 サトルは嬉しそうなアーサーに素直な感想を持った。


 動員命令とは、帝国軍が動く際に貴族たちに兵の動員を命令することだ。

 もちろん帝国も直轄領があり、直轄領の兵=正規軍なのだが、辺境の小規模な反乱などであれば貴族の私兵だけで片付けることがある。今回もその一環なのだろう。


 過去最大の動員例は役100年前のパルテノン戦役だ。

 パルテノス公爵が起こした分離独立戦争で、銀河の帝国領各地から数百隻もの艦艇が集められて戦ったという。もちろん教科書などでは輝かしい皇帝の業績などが羅列されている。


「今回は西方辺境領での残党狩りを命令された。……当方辺境の貴族を中心に動員されるの」

「西方辺境領はまだ完全に帝国が再支配できてるわけじゃないですからね。まだまだ反乱軍がかなり潜んでるんですよ。民主主義の分離独立派がね……」

 ウージンがにこにこと説明する。しかしやはり目の奥は笑っていないように感じる。


「そこで!」

 びしっとリアが指を立てた。

「あたし達はその状況を利用することにした。西方の分離独立派と連絡をとる! それまでの間に訓練を繰り返しながら西方に向かう!」

「誠に僭越ながら、私が今回艦隊の司令官補佐をつとめさせていただきますね。……経験がありますからね」とウージン。


「で、サトルには重要任務!」

 びしっとリアが2本目の指を立てた。

「艦隊に同行してもらう間、軍政の業務を引き継ぐ。何とかして太陽系学園アカデミーの艦艇を増やしてもらう! 明日から司令部につきっきりね!」

「が、がんばります……」

 何とも言えない迫力に思わず即答するサトル。


「アーサーにはウージンの補助! 艦隊運用を勉強してもらう」

「えぇっ!」

 困惑と裏腹に嬉しそうなアーサー。

「……お願いしますね」

 笑顔を絶やさずにウージンがペコりと頭をさげた。


「エリカは海兵隊の訓練教官!」

「すでにやっていますが、承りました」

 エリカは優雅に頭を下げた。


「ダンは明日から戦闘機のパイロットね!」

「えっ!」

 目を白黒させるダン。どうやら完全に初耳だったらしい。

「土星の衛星鉱山で掘削機を操縦してたでしょ。それも6歳から」

「……確かにそうだけどよ……」

「だから練習機はすっとばしていきなり実機からね!」

 ダンは口をパクパクとさせていた。


 しかしこれで配置が決まった。そして太陽系学園アカデミーの生徒から、サトルやエリカ達を選んで「参謀部」に連れてきた理由が何となくサトルには分かった。貴族に染まっていない民間のスペシャリスト候補を探してきたのではないか。

 こうなるとウージンの立ち位置も、リアの婚約者とはいえ実に微妙であることが分かる。


「じゃ、このまま歓迎会! もう他の生徒はみんな集まってるよ」

 リアはそういうと風のように出ていった。


 ――夕刻、今回土星にやってきた3隻の艦艇から降りた太陽系学園アカデミーの生徒たちは、シャノン家の巨大な大広間に呼ばれ、食事にありついていた。現在の帝国法では18歳を成人とみなすため、酒を飲める生徒は大量のワインや見たこともない酒に目を白黒とさせている。

 全員にシャノン家の私兵の制服が配られ、身に着けている様はなかなか壮観だった。


 ホールは心地よい重力と空調が施されている。

 天井は高く、上空にはガラス窓と、画像ではあるが青空が広がっている。

 装飾は旧世紀時代のルネッサンス調で、柱の形状は美しいローマ風だ。


 テーブルには山もりのオードブルが並べ立てられ、中には地球の地上農園で作られた本物の肉や野菜が使われているものもあった。立食形式でそこかしこに仲の良いグループで固まっている。

 リアによるヴァイオリンの披露(何と天然木材製とのこと)もあり、伯爵家お抱えの楽団による生演奏もあり、盛況だった。


 何やらエリカが流れるような動きで演舞を披露するなどの一場面もあり、終始楽しく過ごせた。


 そして、明日は出撃だ。

 訓練をしながら西方辺境へ向かう。

 航海も長期間にわたる。


 本来は市民権を手に入れて自由になるための太陽系学園アカデミー入学だったが、今まさに歴史が動き始めているのかもしれない。サトルはそう感じていた。

(それにしても……)

 

 これまで12星ドゥオデキム・アストルムの紋章を昂然と掲げた汎銀河帝国パン・ラクティウス・オルビス・インペリウムは、皇帝と貴族支配の元絶対的な君主制が敷かれ、庶民や奴隷とは対をなすものと考えてきた。

 しかしどうやら貴族の中にも色々と矛盾があるらしい。ってしまうからだ。しょっちゅう起きている反乱はその証拠なのだろう。生まれた星から動けず仕事も変えられない庶民や奴隷が反乱を起こすというのは非常に難しく、どうしても貴族やその私兵が必要にな


 問題は、なぜシャノン家が危険を冒してまで汎銀河帝国パン・ラクティウス・オルビス・インペリウムに逆らう気になったのか、だ。

 パーティの間に見かけたリア・シャノンの父で帝国伯爵レスター・シャノンは痩せこけた赤毛の老人だった。長身で目はぎらぎらと輝いていたが、豪奢な衣装と相まって「よく居る貴族」に見えた。しいていうのならばリアの母親であるはずの伯爵夫人の姿はなかった。何か関係があるのだろうか……。


 サトルが思索にふけっている内にパーティは終わり、それぞれ解散となった。

 シャノン家の居城であるティターン城に一泊し、いよいよ明日は出撃である。


 

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