第4話 ティターン城にて

 リア、サトル、アーサー達の乗る重巡洋艦「オシリス」は、同じように太陽系学園アカデミーの学生を乗せた僚艦と木星軌道上付近で合流した。

 ケンタウルス級強襲揚陸艦「メンケント」、クラテル級駆逐艦「アルケスX1」の2隻がそれぞれシミュレーションでの突発訓練を終えて軌道上に進入してきたのだった。

 3隻は木星軌道上を周回しながら隊形を整え、木星軌道を脱出、シャノン家の本拠地のある土星の衛星タイタンに向かった。

 その間に乗員や燃料の輸送のため何度かシャトルを使ったやりとりがあった。


 ケンタウルス級強襲揚陸艦「メンケント」は全長480mに達する巨艦だ。

 小型の戦闘艇なども少々積むことができ、発着デッキも2面存在する。

 さらに白兵戦要員を降下させるための降下デッキもある。古いが信頼性のある艦だ。もちろん本来は伯爵家が所有しているべき艦ではない。


 クラテル級駆逐艦「アルケスX1」はシャノン家独自の改装がほどこしてあり、わざわざ砲塔を1つおろし、広域防空レーダーが備えてある。リアに言わせると、「10年前の冬戦争での戦訓」とのことだ。

 この広域防空レーダーは、ステルス艦に対応するものだそうだ。宇宙空間で息を潜めて待ち伏せをしている光学的・電子的なステルス艦を複合レーダーで早期に探り出し、位置を特定するのだ。この艦に限らず、歴戦の伯爵家として勇名を馳せたシャノン家は独自の装備を開発している。


「こういう宇宙船ってどこが作ってるんだ?」

 サトルは休憩室の無料のコーヒーをすすりながら訪ねた。

 質問の相手はアーサーだ。

「基本的には帝国宇宙軍工廠が作ってますよ。作った艦艇を地位や領地に応じて配布してるんです。でも一部の公爵家や侯爵家では、独自の工廠でライセンス生産してたりしますね。もしシャノン家が工廠持ってたら、伯爵家としてはだいぶ珍しいですけど……」

 休憩室の自動ドアが開いた。 

 涼しげな目元の黒髪の少女が立っている。背筋がピンと伸びていて、帝国軍の黒地の制服に身をつつんでいた。

 アーサーとサトルの目は、思わずその胸のあたりに視線が向いた。

 サイズが合っていないのか、若干、そのあたりがはちきれんばかりになっているのだ……。

「……まだ着替えてないのですか?」

 サトルとアーサーはそれぞれ自分の服装を見た。

 特に制服があるわけではなかったので私服姿だ。

「逆に何でもう着替えてるんだ?」

「私は強襲揚陸艦のほうに乗ってましたから。そちらではもう支給されてましたよ。軽く武芸も教えてきました」

 エリカは艶やかな黒髪をかきあげながら言う。

「……武芸?」

「リアさんに依頼されましたの。私の家に伝わる武芸を教えてくれと……」

「へぇ……」

 ということはエリカは学生というより教官要員なのかもしれない。

「やってみますか?」

「サトルがやりたいそうです」 

 アーサーがするりとサトルに振った。

 思わずそちらを見ると、アーサーは目をそらした。

「おい……」

「じゃあやってみましょう」

 エリカがするりと近づいてくる。

「な、何を……」

 サトルは自慢ではないがケンカには全く自信がない。

 すっとエリカの体が回転したように見えた。その瞬間視界も回転し、上下の区別がつかなくなったあたりで背中から優しく床に落下した。

「……!」

「腕をとってかついで投げただけです」

 すました顔でエリカ。

 アーサーはそしらぬ顔で遠くにいる。

 どうやらとんでもない腕の持ち主だったようだ。

 

 サトルが背中の痛みに悶絶していると、何やらもうひとつ振動を感じた。

「……着いたようですね」

 エリカがどこともなく虚空を見つめるような表情をした。


 エリカの推測は正しかった。

 太陽系学園アカデミーの艦艇3隻は、土星の衛星タイタン軌道上に新入し、周回を開始していた。そのために減速が行われたのだ。

 タイタン軌道上で各艦艇から降下用の降下艇Landing Shipに乗り換えて次々に土星に降り立つこととなった。

 サトルはエリカやアーサーとはぐれ、誘導係と思われる軍曹の階級章をつけた男に指示され、降下艇Landing Shipにもぐりこんだ。入口はせまく、中は何となく熱気が充満している。狭い貨物室のような区画には堅い座席がびっしりと置かれており、無理すれば15人は乗れそうだ。

「急ぐんだぞ。遅れれば遅れるほど余計に推進剤を使うことになるんだからな」

 それでも全員がシートベルトを締めたことを確認すると、軍曹はやや乱暴に扉を閉めた。


 明かりは点かず、一気に暗くなる。

 それから数十秒後、ほんのりお互いの顔を照らすくらいの間接照明が点灯した。


 その直後、体が軽くなった。大きな振動。

 重力システム下の艦艇では感じたことのない衝撃だ。

 サトルはその振動と衝撃に覚えがあった。

 続いてすぐに浮遊感。降下艇Landing Shipは土星の衛星タイタンに向かって降下しているのだろう。さらに衝撃。激しい振動が襲う。タイタンは窒素とメタンで構成された分厚い大気を持っている。さぞかし突入の圧縮熱で降下艇Landing Shipの外壁は熱く熱せられていることだろう。


 土星の衛星タイタンは半径で2500km以上もあり、「衛星」という名称にも関わらずかなり巨大な「星」だ。表面重力は地球よりは大分軽いが、大気を引きとめておくだけの質量はある。そのため稼働させなければならない重力システムの負担もだいぶ軽いと聞いている。


「まもなく当機はタイタンに到着しまーす! 窓の外をご覧ください」

 明るいアナウンスが響く。窓らしい窓はないのだが、そのかわりに操縦区画の壁に取り付けられたモニタに外の様子が映し出された。

 ぼんやりと黄色みがかった大気の中で、砂漠のような地形が映っている。

 さらに湖が見えた。液体メタンの湖だ。もちろん海水浴などできかねる。

 どうやら赤道付近のようだ。


 降下艇Landing Shipは減速を始めた。地表がぐんと近づいてくる。

 そろそろ触れそうなくらいに近づいた直後、ドスンという衝撃とともに着陸が完了した。


 降下艇Landing Shipには地表を走行する気密バスが迎えにきた。気圧を保ったままドッキングする。舗装された道路が走っており、気密されたバスや輸送車両のようなものがそこらじゅうを走っていた。

 気密バスは少し走るとすぐに地下に入った。

 何重かの扉を抜け、広々とした地下道を走ること数十分。

 ついにシャノン家の居城であるティターン城に到着したのだった。

 

 地下階層を抜けると何やら大きなホールのような場所に出た。

 そしてそこには見覚えのある赤毛の少女が仁王立ちしている。

 驚いたことに彼女は完全な盛装をしていた。

 赤毛を丁寧にまとめあげ、銀のアクセサリをあしらっている。そして赤毛によく合う緋色のドレス。胸元が大きくあき、紙の色によく似た緋色のネックレスが輝いていた。

「サトル!」

 彼女が声をかけてくる。

「リア……さん」

「さんじゃない」

 深く腰を落としたリアが鋭くサトルの胃に拳をめりこませた。

 軽くのつもりなのかもしれないが、息が詰まった。

「リ、リア……」

「よろしい」

 リアがふふんと鼻をならす。


 それにしても軍服姿といい、ドレスといい、リア・シャノンは実に絵になる少女だった。

「他の学生はみんなここで休憩だけど、あんた達参謀部は別だからね」

 ……どうやら参謀部の存在はまだ活きているらしかった。


「とりあえず、こっち」

 リアの先導でホールを抜け、廊下を抜けた。

 廊下には大きな窓があり、何重かの窓の外にはタイタンの景色が見えている。大気の向こうには小さく土星がその雄大な姿を見せつけていた。


 ぼうっと立ち止まっているとリアが声をかけてくる。

「早く! 何してんの?」

「いや、見慣れないから、見とれてたんだ……」

 リアの頬が赤く染まった。

「ちょ……恥ずかしいじゃない、やめてよ」

「え? あの土星が……」

 リアの眉が一気につりあがる。


「ぐへっ」

 再び鋭い拳がサトルの腹にめり込む。

 どうやら見とれていたというセリフが災いを招いたらしかった。

 さっきリアの姿に見とれていたのは事実だが、今度は土星をみていたのが問題だったようだ。


 サトルは木星の衛星で生まれ、育ち、商業科に通っていた。

 狭く汚い共同住宅と、ドームの上空にはいつも禍々しい気流を茫漠と見せつける木星が頭上にあった。その威圧感、不気味さは簡単に言葉で言い表すことができない。それに比べると土星はずいぶんと神秘的に見えた。


「ここ!」

 案内されたのは、太陽系学園アカデミーの参謀部部室にそっくりの重厚な扉。しかし大きさは何倍もある。そして参謀部の看板に、小さく「別室」と書かれている。どうやらここも参謀部部室の別室らしい。

 扉を開くと、見慣れたメンバーに加え、1人の青年が座っているのが見えた。

 彼は他のメンバーとは違い、帝国宇宙軍の正規軍の軍服を身に着けていた。

 そして彼との出会いがサトルの運命を大きく変えていくことをまだ彼らは知らないのだった。



 


 

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