第3話 "練習"艦隊集結!
ほぼ周囲何千万kmの間に何もない虚空の中を1隻の宇宙艦が航行していた。
光の反射を防ぐ低反射塗装をほどこされているが、艦首には
艦艇の上部装甲には2門の砲が見える。そしてミサイル発射用の
ペガサス級重巡洋艦「オシリス」。これがこの軍艦の名前だ。
「速度15.5……地球軌道水平面を順調に航行中」
誰かが報告をする。
アナログなモニタがずらりと並んだ指令室だ。戦闘指揮所とも言う。そこらじゅうにコードが伸びている。電子的な妨害と対妨害システムが発達した現代ではかえってアナログなほうが信頼性が高い。いっそのこと物理的な機械的装置のほうが確実なくらいだ。また、軍事用語には古代標準語が多い。当時世界を席巻していた民主主義国の遺産だ。
指令室の前面には宇宙を映し出すモニタが並んでいる。
そこに直に様々な情報が浮かんでは消える。
奥には艦長席と、何やら金や天然木材をあしらったひときわ豪奢な提督席。
艦長席は無人だが、提督席には燃えるような赤毛のリア・シャノン"提督"が居る。
彼女はシンプルな黒色の軍服のタイトスカート風、緋色に銀をあしらったマントを着ている。まるで近世の英雄のようだ。そして彼女は座っておらず仁王立ちしていた。
普通なら重力システムが壊れた時や衝撃時にそなえて着席してシートベルトをするか、手すりを握っているものだが、彼女は腕組みをし、不敵な笑みを浮かべて立っている。
幕僚席にはシャノン家のスタッフが何人か座っていて艦艇の運行状況をみている。
サトルはアーサーと一緒に幕僚席に座っているが、特に何をしているでもない。そのあたりの教育を受けているわけではないので、今回は見学だ。
「……暇ですね……」
アーサーがぼやく。
「……そうだね」
サトルは同意した。艦艇自体は数名でも動かせるようにはなっているので、何か仕事があるわけではない。
「現在、火星付近を順調に通過中」
オペレーターが報告する。
「そういえば……」
ふと思いついたようにアーサーが言った。
「
「確かに……」
「レーダーをジャミングしているからよ」
「……え?」
リアが話に入ってきた。
「軍用レーダーを妨害してるってことですか? それって帝国法違反じゃ……」
「知ってるけど?」
リアが本気で不思議そうな表情を浮かべる。
「軍用レーダーを妨害してたら、月世界市のパトロール機がすぐに飛んでくるんじゃ……」
アーサーが目をきょろきょろさせながら言う。
「飛んできたよ」
「……え?」
サトルとアーサーが同時に声をあげる。
「撃ち落したけどね」
「…………えっ!?」
その瞬間、オペレーターが大声をあげた。
「レーダーに感あり! 軽巡洋艦とおぼしき艦艇が2隻接近中!」
「さっそく来たね!」
リアが目を輝かせた。
「こ、これ、練習航海ですよね?」
アーサーが乞うような声をしぼりだした。
「そそ。戦闘のね。戦闘練習航海って言ってなかったっけ?」
「聞いてないですぅ!」
アーサーの声はほとんど悲鳴だった。
「敵のアクティブレーダーがこちらを探査しています。こちらも妨害開始」
「
「速度25.5に増加。敵進行方向に対し横腹を見せます」
航海科や戦闘科、機関科から次々に報告が入る。
指令室には他にも
「敵から警告!」
「無視! 戦闘開始!」
リアが高らかに宣言した。
ペガサス級重巡洋艦オシリスは、敵進行方向に対して側面をみせるように機動したらしい。重力システムが効いてはいるが、わずかに慣性を感じる。
モニタを読む限り、どうやらこちらが敵対行動をとっていることに気づいたらしく、敵がこちらに向かって機動を始めた。
「敵の艦種判明! アンドロメダ級軽巡洋艦「ロス」と、同じくアンドロメダ級軽巡洋艦「アルマク」です!」
「あわわ……」
アーサーが胃液を吐かんばかりの表情になっている。
「最大戦速!」
リアが叫ぶ。
「了解。速度35.5に増加」
「敵の射撃確認! 6つの飛翔体が速度930前後で接近中、数十秒で着弾します」
「こちらも撃て!」
「了解。第一砲塔、第二砲塔、敵の予測将来座標に対して射撃開始」
シャノン家のスタッフが無表情に淡々と報告する。
「敵砲撃着弾予想まで後10秒、9、8、7……」
震えるアーサーや悲鳴をあげる学園の生徒をよそにサトルは、そっと仁王立ちするリアを見上げた。彼女は悔しそうな表情をしているが、微塵も恐れをのぞかせていない。
「…3、2、1…着弾」
静寂。
モニタが真っ白になる。
アーサーが艦長席の椅子の下に飛んで行って潜り込んだ。
しかし何の衝撃も感じない。
「あーあー、またやられたね」
リアがため息をついて艦長席にどっと座った。
「……え?」
幕僚席にいてレーダーをみていたスタッフがこちらをみて苦笑した。白髪のベテラン風の男だ。
「シミュレーションですよ」
この唐突に始まった戦闘はシミュレーションだったというのだ。
サトルは茫然とリアを見上げた。
彼女はこちらを見てにっと笑った。
「なかなか度胸あるね」
「……お嬢、これではダメです。相手は軽巡洋艦とはいえ、203mm砲を3門そなえた砲撃艦です。こちらは重巡洋艦でも203mm砲2門に、
「砲撃戦ってかっこいいじゃない。こう、わーっと砲弾が飛び交う、みたいな?」
リアがスタッフを見上げている。初老のスタッフは頭をかいた。
「今なら、相手がこちらに気づいた瞬間にデコイを散布、敵が砲撃位置についたら迎撃ミサイルを射出、それから1隻づつしとめたほうがよかったです」
「……留意する」
「あわてて回避機動しなかったのはよかったです。どうせ知能化弾なので半端な機動では回避できませんからね」
「ご苦労!」
「いたみいります」
スタッフは頭をさげ、またレーダーをみつめた。
「……月世界市のレーダーは?」
艦長席の下から這い出てきたアーサーが問う。何気に神経が太いのか、もうすっかり平静になっているようだった。
「あぁ、平時なので月世界のレーダーなんて稼働してませんよ。みんなダラけきってます。それに念のため月世界市の反対側の航路をとって、さらに申請を出した巨大な商用船の陰に隠れてきたので問題ないです。
「なるほど……」
「それより、そろそろ他の艦と合流です。みんな同じようなシミュレーションやってるから、びっくりして足腰たたない学生さんも結構いるんじゃないですかね?」
「……みんな優秀のはずよ」
リアはぷいっと横を向いた。赤毛がふわりと艦内の空気にゆれ、どこか甘い香りが鼻孔をくすぐった。
「ま、とりあえず木星方面で合流したら、シャノン家の本拠地に向かいましょ」
「了解、速度を巡航速度に低下。15.5で木星軌道方面に向かう」
ふたたび静かな振動が起こり、ゆっくりと艦が速度を落とし始めた。
サトルはどっと疲労を感じた。
幕僚席に座ると、急速に引き込まれるような睡魔に襲われ、ゆっくりと暗黒の中に落ちていった。
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