第9話 準惑星エリスの戦い
準惑星エリスの重力に引きこまれるようにして
楕円軌道を描いて公転するエリスはこの時期、太陽から最も遠い位置にあった。97天文単位もあれば太陽などほぼ小さな光点と変わらない。
地表は極寒だったが、水がないがゆえに凍てついたとも表現できない死の台地だった。
サトル達は学園の生徒たちと共に戦闘宇宙服を着て降下艇から飛び出した。
上空を戦闘攻撃機FA-12A「ペルセウス」が数機編隊で援護の体制だ。
無音の衝撃が交錯する。
「参謀部」でもウージン・ヤン中佐とサトルはまっさきにエリスの地面に伏せた。
ちょうどよいクレーターがあったのだ。
何人かの学生兵が銃を持ってちらばる。
駆逐艦「アルケスX1」と重巡洋艦「オシリス」は砲撃を繰り返しているらしい。
この準惑星エリスはシャノン家の施設があるはずだが、どうも完全に
「あーこれヤバいかも」
ヤンの声はむしろ感情が消えていた。感情が消えているということは何かを抑圧しているということだ。
上空でぱっと光がほとばしり、何かの破片がばらばらとエリスの地表に減速することなく突き刺さった。
「かなりちゃんとした対空攻撃陣地が構築されているようで、いまペルセウスが何機かばらばらになったよ」ヤンが続ける。フェイスガードに阻まれて表情は見えない。しかし相変わらず感情はない。
そのペルセウスにはシャノン家の私兵やアカデミーの学生が乗っているのだ。
サトルの背筋に這い上がる何か冷たいものを感じた。
ただこちらの反撃もし烈になってきたようで、向こうから跳んでくる無音の衝撃は減ってきたように感じた。
「サトル君、前進するよ」
「は、はい」
ヤン中佐は拳銃を構えて地形を這うように移動した。迷いのない移動。
それにサトルや学生兵が何人か追従する。
浅いクレーターから縦走する地隙を縫って前進する。
「お、多脚戦車が出てるぞ」
ヤン中佐がそのポイントを通信で共有してきた。
確かに全長10mほどだろうか。こうした低重力惑星に向いた多脚戦車が出没し、125mm砲を連射している。はじき出された薬莢が遠くまで飛んでいくのが見える。
その電熱砲から発射された
その模様をサトルは茫然と見ていた。
「サトル大丈夫か、こちらダン・リコ。多脚戦車撃破したぞ」
通信が響いてくる。
参謀部のダン・リコがうまくやってくれたらしい。
「敵の対空砲火も弱まってきている。いまなら進めるはずだ」
「そのようだね」ダンの通信にヤンも頷いた。
「行こうか……」
その瞬間。
サトルはみた。
中規模の爆発が起こり、その爆炎にヤン中佐が巻き込まれた。
サトル自身も吹き飛ぶ。
数秒の空白。
耳鳴りが酷い。
「サトル、大丈夫ですか」
聞き覚えのある声がした。
エリカ・コーカだ。戦闘用の宇宙服である
「どうやらけがはないようですね……よかった」
「どうなった……?」
「相手の砲撃で吹き飛ばされたんです。幸い、破片などは直撃せず、衝撃でふっとんだからよかったようですね」
「ヤン中佐は?」
エリカはだまって首を振った。
「……」
「いずれにしてもこうなった以上はあの施設を何とかしないと戻れませんよ。さきほどアーサーも戦死しました」
「アーサーも?」
「はい……駆逐艦ごとやられたみたいです。参謀部で生き残ってるのは私と、サトル、リアさん、ダンだけですね」
「そうか……」
「さぁ行きましょう」
エリカの周辺に一個分隊ほどの
エリカは素早い動きで前進し、この低重力になれた様子で蛸壺などにこもる相手の兵士を排除した。兵士たちは
その施設は思ったよりこじんまりとしていた。
せいぜいうらぶれた惑星の中学校の合同体育館くらいだろうか?
太陽系の中でも外延部に近い準惑星の建造物だからそんなものかもしれない。
コンクリート様の物質で建造された背の低い建物だった。
そこかしこに砲爆撃の後があり、対空銃座の跡らしきものもあった。
「全部つぶしておいたぜ。ヤンも死んだんだろ? ヤンとアーサーの仇だ」ダンから通信が入る。
「そうみたいだ……」
「あとを頼むぜ、無敵のエリカがいるから大丈夫だろ」
「扉がありますが……扉を爆破するための機材がないですね……」
エリカがぽつりと言う。
「心配ないわ!」
場違いに明るい声がした。
その声は不思議と、滅入った気持ち、死んだ学友、理不尽なこの状況。
これらのネガティブな感情全てを雲散霧消させ気持ちを鼓舞させるような"何か"があった。
「コードがあるわよ!」
リア・シャノンだった。
彼女もノーマルの宇宙服を着こんで地上を歩いてきていたらしい。
彼女は金属製の端末を持って扉に近づく。
堂々と歩いていく中で、ぱしっと音がして彼女の足元に何かが当たる。
「まだ生き残ってるのか」
エリカの指示で戦闘衣を着た学生兵が背中のブースターをきらめかせて射撃地点に襲い掛かった。沈黙。
リアは撃たれたことを意に介する様子もなく金属の端末を扉に近づける。
扉が開く。当然だが二重扉だ。
彼女はさっさと入っていく。あわててサトルとエリカは後を追った。
「後を頼むぜ……」
ダンは息を吐いた。
だんだんと足が冷たくなっていくのを感じていた。
彼の乗る戦闘攻撃機FA-12A「ペルセウス」。
ヤン中佐とサトルが吹き飛ばされた後、だいたいの砲爆撃陣地と対空陣地が判明したため戦闘攻撃機隊はかなり無理な攻撃を仕掛けた。
無理な高度で無理な攻撃をしたために反撃をもろにくらい、敵機銃座と刺し違えた形になった。ダンの機体の横腹から飛び込んだ炸裂弾の破片が右足の大動脈を傷つけていた。
ダンは意識がだんだんと薄れていくのを感じた。
それと同時に自然と操縦桿から手が離れる。
彼の機体はゆっくりと行動不能になりながらもさまよいはじめ、慣性の法則でそのまま飛び続けた。太陽系外に向かって永遠に飛ぶのだろう。リア、サトル、エリカと数個分隊の学生兵がシャノン家の施設にとりついた時、ダンの識別信号が消え去ったのだった。
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