第8話 準惑星エリス

 太陽系学園アカデミーの初の実戦から数日。

 艦隊は徐々に速度を増して太陽系の中でも外縁部に到達しようとしていた。

 かつては惑星だった冥王星を使って僅かなスイングバイによりさらに加速をした。

 太陽系外縁天体のひとつである準惑星エリスに向かう。太陽からは97天文単位も離れており最も太陽から離れた天体のひとつだ。

 

 この天体にはシャノン家私兵のための泊地が建設されておりそこで補給を行うのだ。サトル・ユダは戦闘の結果消費した弾薬や推進剤の集計を行い、それを何らかの訓練という形で経理処理した。

 

 それにしてもよく考えたらシャノン家の領地である太陽系で正体不明の艦艇が出没するということは、もしかしなくてもとんでもない戦争がすでに始まっているのではないか、という気がしてならないサトル・ユダだった。


 当直時間が終わり自由時間となっても、何となくサトルは艦内をうろうろと歩き回った。幸いこの時代の宇宙艦艇は自動化が進みかなりの少人数しか生身の人間はいない。一人になろうと思えばいくらでも場所はあった。


 もっとも艦艇のかなりの部分を推進機関が占めているので居住可能な空間自体はそれほど大きくもなかったが。


 とはいえ太陽系学園アカデミーに入学したばかりのサトルは本来は貴族の私兵として身に着けるべき教養や訓練なども大量にあるため自由時間は就寝前のせいぜい1時間かそこらだ。


 せめてコーヒーでも買ってリラックスルームにでも行くくらいしかすることはない。しかしようやく一人になれることにサトルは薄暗い喜びを感じていた。


「やぁやぁやぁ!」

 陽気な声がする。

 前から歩いてきたのはウージン・ヤンだった。

 ある意味で今一番会いたくない人物だった。


「何をしてるんだいサトル君」

「ヤン中佐……」


 サトルは見様見真似で敬礼をした。

「ははは、入学したばかりだっけ? ひどいもんだね。後でバーチャル学習でもしたらいいよ」と歯に衣着せぬ論評をヤンからもらってしまう。


「それはさておき……」ヤンはにこにこ顔を近づけてくるが、やはり目は笑っていないように感じる。

「一緒にコーヒーでもどうだい奢るよ」

「……いただきます」

 特に断る理由も思いつかずサトルは渋々とヤンの後についていった。 

 ヤンは何歳なのだろうか。20代にも30代にも見える。やや年齢不詳だった。

 そして彼は奢ると言いながら無料のコーヒーを2つ自動販売の酒保から手に入れてサトルに渡してきた。

(無料コーヒーかよ!)

 とは思ったが黙って啜った。カフェインがたっぷり入ったアイスコーヒーが飲みたかったのだがホットの、しかもデカフェだった。そのまま2人は何となく酒保に設置していたソファに腰掛けた。


「キミはリアに引き抜かれたんだってね? 経理を任されてるとか?」

「はぁ、まぁ、そうですね。商業学校出身ですし」

「自由市民ではないんだね」

「まぁそうなりますね」


「不思議だなぁ」

 ヤンはコーヒーを啜りながらつぶやく。

「リアがボクとの婚約を解消してキミと婚約したいって言ってきたんだよね」


 サトルはコーヒーを吹き出した。

 ヤンは構わず続ける。

「いやリアとの婚約解消は全然構わないんだ。代わりに勧められたリアの姉のほうが爆乳美人だし。ただなんでキミなのかな?と思ってね」

 

 ヤンはそこで初めて張り付いたような笑顔を消しサトルの目をじっと見つめてきた。底が知れないような、かなり居心地の悪くなるような目つきだった。


「さぁ、初耳すぎてわからないですね」

「これはどちらかというとボクはキミを心配しているからなんだけどね」ヤンは表情を笑顔に戻しながらしゃべった。「シャノン家に限らず貴族の婚姻というのは何か意味があるんだよ。ボクとリアの場合は辺境の民主主義勢力とのパイプ。キミの場合は何があるのか……」


 ヤンはぐいっとコーヒーを飲み干した。

「いや手間をとらせたね。キミ自身も理由は知らないようだ。はっはっは、今度はもっとうまいコーヒーでも飲みに行こう」

 そういって彼はすたすたと歩き去っていった。


 サトルは正直混乱していた。

 突然現れたリア・シャノンの婚約者というだけでも驚きだったが、今度は自分とリアが婚約? ヤンがそう言っているだけなのかもしれなかったが、とにかく事情が飲み込めず混乱が加速していた。


 ちょうどその時だった。

「準惑星エリス視認しました。泊地からの応答がありません……繰り返します泊地からの応答がありません」という艦内放送が流れた。さらに「泊地に停泊しているはずの艦艇の姿なし」と続報が放送された。

 

 歩き去っていったはずのヤンがばたばたと走って戻ってきた。

「艦橋に急ごう! こりゃ何かあるぞ!」


 艦橋にはすでに腕組みして仁王立ちのリア・シャノン、ダン・リコ、アーサー・ホフマンが揃っていた。モニタの向こうにはケンタウルス級強襲揚陸艦「メンケント」に乗っているためここにはいないエリカ・コーカ。彼女はシャノン家の紋章のついた戦闘衣ロリカ・スクアマタに身を包んでいた。硬質の鱗状の複合素材で覆われた宇宙服だ。


 リアはちらりとサトルのほうを見た。

 そして頬を赤らめそっと視線を外す。

(なぜそういう表情になる)

 とサトルは声に出しそうになったが、背後から睨めつけるようなヤンの視線を感じたため黙った。


「えー、こほん」リアが言葉を発する。「準惑星エリスには本来、3隻の防空駆逐艦が待機している予定だったけど、その姿は見えないし大きな熱源反応もないわ」

 一同がじっと彼女を見つめる。

「というより生体反応もここから観測できる範囲にはないわ。我が家の泊地が何らかの攻撃で壊滅した……としか思えない状況ね」


(壊滅!?)

 とんでもない話になってきた。

「そ、こ、で!」

 リアはビシリと指をサトルに向かってつきつけた。

「まずはあんたとエリカで泊地を探索してきて! 降下艇Landing Shipをそれぞれのフネから出すわよ!」


 断るとかいう次元の問題ではない何らかの圧でサトルはいつのまにか承諾していた。

 降下艇Landing Shipに乗り込む。

 数名の戦闘衣ロリカ・セグメンタタを装着した海兵が同乗した。

 このタイプのアーマーは兵士用だ。

 サトルにも戦闘衣ロリカ・セグメンタタが用意されていたが、参謀部員を示すためか赤い金属テープがヘルメットに巻かれていた。


『降下します』

 あっさりとしたアナウンスが流れ、降下艇Landing Shipがオシリスを離れる。目の前にはヘルメットいっぱいに白っぽい大地に覆われた準惑星エリスが見える。準惑星だけあって月よりは大きく、直径でいうと2500kmもある。

 重力もそれなりにあるようで降下艇Landing Shipは慎重に降下していった。


 だんだんとエリスが近づいてくる。

 エリカ達の降下艇Landing Shipも近くにいるのだろうか……などと考えていると、突然降下艇Landing Shipが激しく揺れた。

『撃たれました! 繰り返します! 撃たれました!』

「ええーっ!?」

 思わずサトルは声に出してしまった。

 

『口径不明! 質量のある弾丸がかすめていきました』

『もう一撃確認できます! さきほどより近くを通過!』

 アナウンスが無慈悲だ。


 もうダメだ。

 サトルはせめて死ぬなら相手を睨みつけてやろうと降下艇Landing Shipの視察窓に取り付き台地を睨んだ。

 そのとき、ぽっと白い台地に光が走り、その直後に円形に爆煙らしきものが広がった。あれは発射光ではない。着弾だ。


『間に合ったようですね!』

 これは別の降下艇Landing Shipからの通信。エリカの声だった。

『こちらは宙陸両用強襲低Assault Amphibious Vehicleですわ。そちらが撃たれたのですぐに発見できました!』

(……幸い?)


 言いたいことは沢山あったが、ともあれ助かった。

 それ以降の攻撃もなかったため、宙陸両用強襲低Assault Amphibious Vehicleの警戒のもとでサトル達は準惑星エリスの大地に降り立ったのだった。


 









 


 

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