エピローグ
「きのうは、いろいろ大変だったみたいだね、優くん?」
『魔女の棺』の店長がテーブルにコーヒーを運んでくれる。例のごとく、仮面をしたままで。
きょうの仮面は真っ赤な仮面だった。
「ええ、大変でしたよ、ほんとに。ねえ、黄泉子さん?」
僕はコーヒーに口を付けると、向かいに座っている黄泉子さんにいった。
「ほんとよねっ。でも悪魔の生け贄になる経験ってなかなかできないと思わない? きっと世界のオカルトマニアの中でもあたしだけよ」
そういって、くすりと笑う。
「おまけに優くんをはじめ、いろんなやつに裸見られちゃったしさ」
ちょっと恥ずかしそうな顔で、ほほを染めた。
あんな目にあったのに、けっこうあっけらかんとしている。それが黄泉子さんらしいといえばそうなのだが。
「やっぱり黄泉子さんを誘拐したのは沖田だったんですか?」
僕は誘拐された本人に、あらためて事実を確認することにした。
「ええ、デデリカのいった通りよ。病院で寝ているのにうんざりしたんでしょうね。嬉々としてあたしを襲ったんだから。もう、最低よ、あいつって」
「乱暴なことをされたんですか?」
「スタンガンを押しつけられただけ。生け贄は処女じゃなくちゃいけないんだから、変なこともできなかったんでしょう? じゃなかったから、ぜったいヤバかった」
沖田に対する怒りがぶり返した。最低のやつだ。そもそもあいつが林田の計画に乗ったのも、響子さんに対するよこしまな気持ちからなのだろう。彼女を監禁して好きなようにしようとしたからに違いない。
「それで犯人たちはどうなったんだい?」
店長が聞く。
「使い魔に精気を吸い取られてかなり衰弱していたり、鬱状態になったりしてるみたいね。とくに林田は記憶障害を起こしているようだし、沖田は錯乱状態って話よ」
「まあ、自業自得ですね」
レギオンに食われなかっただけましというものだ。
「それでその後、響子さんはどうなったんだい?」
「きょうは学校に来てなかったけど」
僕がそういうと、黄泉子さんが続けた。
「彼女けっこう警察では気丈だったけどな。もちろんショックはあったでしょうけど、ちゃんと立ち直ると思うよ」
そう願う。響子さんの場合、信じていた親友と先輩が自分にあんなことをしたのだから、とうぜん黄泉子さんよりもショックが大きいはずだ。黄泉子さんと違って悪魔だのなんだのに耐性がないってこともあるし。
「そうですね。ちょっと心配だけど」
「んもう、優くんったら、ちょっとはあたしのことも心配してよ」
すぱーん。いきなり頭を引っぱたかれた。ちょっと怒った顔もしてる。
「ご、ごめんなさい。で、でも、黄泉子さん、ぜんぜんだいじょうぶそうじゃないですか?」
「かもね。でも、すこしは女心も勉強しなさい」
そういって、くすっと笑う。
まったく、黄泉子さんはどこまで本気なんだろうか?
あのときのキスは極限状況での気の迷いじゃなくて、すこしは本気で僕に気があるとうぬぼれていいんだろうか?
「まあ、優くん、つぎからはどう見ても自分より平気そうでも、心配してあげるんだ。形だけでもね。じゃないと女はすねる」
「店長ったら、ひど~い」
店内が笑いに包まれた。
「店長、じつは僕、きのうデデリカの推理を聞いている内、一瞬、店長こそが犯人かと思ってしまいました。すみません」
「はははは。穏やかじゃないね。どういう推理でそうなるんだい?」
「いえ、黄泉子さんが事件に関わったことや、黄泉子さんのケータイ番号を知っているのは店長しか思いつかなかったんです」
「ん、じつはあたしも一瞬だけそう思っちゃった」
黄泉子さんがぺろっと舌を出した。店長はそれを見て、「おいおい」と嘆く。
「でも犯人が響子さんをあんな方法でさらった動機は、あたしに悪魔の存在を信じさせるためでしょう? 店長だったらそんなことをわざわざするはずがないしね」
「そうだね。黄泉子くんはそんなことをしなくたって、いつだって悪魔の存在を信じて疑っていないからね」
店長はそういって笑った。
たしかにもし店長が犯人でレギオンを呼び出そうとしたら、響子さんを巻き込む必要性なんか感じなかったんだろう。黄泉子さんが悪魔の存在を疑うはずなんかないって信じているんだから。
「それはそうと、デデリカはどうして響子ちゃんがあそこで黒マントの中に紛れているってわかったのかな?」
黄泉子さんの疑問は僕も感じていた。
「かっこつけてたけど、けっきょく魔力でつきとめたんじゃないですか?」
僕がそういったとたん、スマホが鳴った。開いてオンにすると、モニターからデデルコの顔が飛び出す。
「馬鹿いってるんじゃないです。魔力なんか使ってませんよ」
ずっと聞いていたらしい。
「いいですか? あたしはきのういったとおりの推理で、真犯人を林田めぐみだと断定したんです。だから林田のあとをつけてあそこにいったんですよ。優たんが沖田を付けてくるより早い時間に。だからいろいろ探る時間があったんです」
つまり猫の姿のままで、林田が黒マントを羽織ったり、身動きできない響子さんにも黒マントを着せて連中に紛れ込ませたりしたところを見たってことか?
まあ、そうでなきゃ、あそこまで確信を持てなかっただろうな。盗み見で知った事実に、もっともらしい理屈をつけて説明したのか?
まあ、たしかにそういうことも探偵の基本。推理を裏付ける証拠探しも必要だ。猫に憑依したのは、デデリカにいわせれば変装の一種なのだろう。
デデリカが禁じ手にしているのは、魔力を使って一発で真相にたどり着くことなのだ。
「だけど例の不良たちが沖田に従っていたのは、やっぱり沖田が暴走族かなにかのリーダーだったからなのかな?」
「うん。なんでも『魔界の風』っていうグループみたいよ」
黄泉子さんが警察から入手した情報を話す。
「だけど、そいつらが沖田に逆らえなかったのはともかく、沖田はどうして林田にいいように使われたんだろう? 自分を生け贄にしてレギオンを呼び出せたことから考えて、林田は処女だったんでしょう? 沖田は林田の男ってわけじゃないと思うんだけど」
僕はきのう家に帰ってから感じた疑問を口にする。
「そんなの決まってるじゃないですか?」
デデリカがなにを今さらといった顔でいう。
「沖田は林田を崇拝していたんですよ。あのカリスマ性に悪党としての度量の大きさ、自分の野望のためには命すら惜しまない強靱さ。沖田なんかが太刀打ちできる相手じゃないですよ」
「そっ、女はけっこう強いんだよ、優くん」
黄泉子さんは口元に笑みを浮かべながら、ウインクをする。
たしかに林田の本性は沖田と比べてもはるかに悪だった。自分を崇拝する男をいいように操るくらい簡単なことなのかもしれない。だけどあんなやつに、中学時代いいようにいたぶられていたと思うと、ぞっとする。
「ところでいつまで僕の部屋にいるつもり? もう事件は解決したんだけど」
僕はデデリカに最大の疑問を口にした。
「えへ。だって優たんの部屋って居心地いいんですよ。それにここにいれば、なんか次から次へと不思議な事件に巻き込まれるような気がして」
どさくさに紛れてとんでもないことをいう。そんな事件に次から次へと巻き込まれてたまるか。
僕はそう叫びたかった。
「黄泉子、きょうにでも遊びに来いよ。優なんか無視してオレと遊ぼうぜ」
デデルコもひょこりと顔を出すと好きなことをいう。
「う~ん、考えとこうかな?」
黄泉子さんはデデルコをからかうようにいうと、くすりと笑った。
いや、考えなくていいです。僕の部屋に来ることは大賛成ですが、デデルコなんかと遊ぶと変態の世界に引きずり込まれますよ。
そういいたかったが、デデルコにあとでいじめられそうなのでやめておいた。
店にお客さんが入ってきた。
「あの、……すいません」
女子中学生らしいその客はおどおどした感じで話しかける。
「はい、なにが欲しいの?」
黄泉子さんは立ち上がって接客を始めた。
僕は店長に「帰ります」と告げ、店を出る。
外は雲ひとつない青空だった。
僕は悪魔たちが待っている部屋に向かった。
了
魔界美少女探偵デデルコ・デデリカ 南野海 @minaminoumi
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