涼宮ハルヒの回想

Shiella

ハルヒの短冊

夜。

空を見上げると星が眩しい。

夏の、天の川が燦然と輝く夜。

七夕の夜…。

「そういえば…あの日も七夕の夜だったかしらね」

ぼそりと呟いた。

「ん?なんか言ったか、ハルヒ」

隣でそう話しかけてくるのはキョン。全く…何でもないわよ。

「何でもない?はっ、お前が何でもないなんて答えることが今までにあったか?」

うるさいわね、昔を思い出したのよ。

「昔?子供の頃か?」

少なくともあんたは今も子供よ。

「うるせ、ほっとけ。これでも大学2年でな」

はいはい、誰のお陰で入れたのかしら?大学2年生さん?

「へーへー優秀な家庭教師ハルヒ様のお陰ですよーだ」

そう。このあたしが仕方なくキョンに付きっきりで高校2年の秋辺りからずっと手取り足取り勉強を教え続けてきたもの。当然でしょ?入れて当たり前だわ!

「とはいえ、昔、なあ…。SOS団の事か?」

それも関係あるけど、もっと違うことよ。

「じゃあ何についてだよ」

それは…。



あたしがまだ、中学生の時。

あたしは学校が面白くなかった。

別に友達がいないとか、そういうことじゃなくて。

ただ、自分の疑問に欲しい答えをくれる先生がいなかったから。

自分の願いを肯定してくれる人がいなかったから。

『宇宙人や未来人、異世界人、超能力者はいるの?』

誰も相手にしてくれない。答えてくれない。

みんなはぐらかす。

『まあ、涼宮さん。中学生にもなって、まだそんなことを?』

………。

『さあ…それはわかりませんねえ』

わからない?じゃあどうやったら会えるの?

『さあ…。いつか会えますよ?』

いつ?いつですか?

『涼宮さん。いい加減になさい』

……はい。

あたしには何故なのかわからなかった。

あたしは小学6年の時、自分が、この世界においてものすごくちっぽけな存在だということを知った。知ってしまった。

そして自分より大きな存在に憧れた。

人間よりも強大な存在に憧れた。

人を超越した存在に憧れた。

都市伝説や超常現象。宇宙人、未来人、異世界人、超能力者。

全て。人を超えるもの、全てに。

なのにそれをみんな肯定してくれない。

何故なのかあたしにはわからなかった。



「いや…それは知ってるよ…というか今もそうだろう?」

今も、って…やめてよ、昔よりは常識を識ったわよ。

「ほーう、時間軸とか時間相対性理論とか何だかよくわかんねーことを研究している奴がよく言うぜ。俺にはさっぱりだ」

あれはもっと現実味があるわよ!いい?あたしが今考えてる時間軸における相対空間理論っていうのはね…。

「だー…もういい、わかった。ま、俺が聞いても理解できないな、朝比奈さんならわかるかもしれないが」

何かいった?そこでどうしてみくるちゃんが出てくるのよ?

「いや、朝比奈さんならそういう話でも上手く相づちを打てるのかなとか思っただけだ、ただの妄言さ。それより続きないのか?」

上手く誤魔化したわね…。あんたに言われるまでもなく喋るわよ。



あたしはそのうちに他人を信じられなくなった。

(…何故なの。あたしに誰も答えを教えてくれない)

(…………自分で答えを見つけろ、と…?)

(……………そういうこと、なの?)



「それで、有名な校舎不法侵入、学校中に張り紙等々、中学時代の奇行ってわけか。こう、改めて聞くと…なんだ、犯罪感が増すな」

うっさいわねー、その校舎に侵入したあれ、一人でやった訳じゃないのよあれ。言ってなかったっけ?

「そ、そうなのか?」スットボケー

そう。あのとき一緒にグラウンドで作業をした彼こそが、あたしが北高に入学するきっかけを作ってくれた人。



「おい」

彼は校門の柵を乗り越えようとしていたあたしにそう話しかけてきた。

「なによっ」

彼は北高の制服を着て、背中に女の子を背負っていた。

「なに、あんた?変態?誘拐犯?怪しいわね」

明らかに不審者だ。眠った女の子を背負ってるんだもの、あたしよりは遥かに不審者だったわ。

「おまえこそ、何をやってるんだ」

彼は訝しげにあたしを見る。どうやら表情まではあまり見えていないみたいだ。

「決まってるじゃないの。不法侵入よ」

彼はやれやれ、といったような顔をする。何か呟いていたようだが恐らく表情通りの言葉だろう。

「ちょうどいいわ。誰だか知らないけどヒマなら手伝いなさいよ。でないと通報するわよ」

可もなく不可もなく彼に手伝いを強要し、予め盗んでおいた鍵を使って鉄扉の内側から閂を固定している南京錠を開けた。

「…何でお前が鍵を持ってるんだ?」

半ば呆れたように彼は聞く。

「隙を見て盗み出したの。ちょろいもんだわ」

うちの学校は正直セキュリティに関しては甘い。

鍵が全て廊下からも見えるようにぶら下がっているもの。あれは盗ってくださいと言っているようなもんだわ。

あたしは彼に手招きをして東中のグラウンドへと歩みを進めた。

彼は何か考え事をしているような顔をしていたみたいだったが、暗がりであまり顔は覚えていない。

そうしてあたしたちは体育用具倉庫までたどり着き、予め準備しておいたリアカーから白線引きと石灰を取り出した。

「夕方に倉庫から出して隠しておいたのよ。いいアイデアでしょ」

彼は背負っていた女の子を用具倉庫の壁にもたせかけ、

「代わってやるよ。それ寄越せ。線引きはお前が持て」

とあたしが引っ張り出していた自分の体重まではいかないが結構な重さがある石灰を持った。

こいつはちょうど良い…。

私はそう確信し、彼に指示を出し続けた。

「あたしの言うとおりに線引いて。」

「俺が?」

「そう、あんたが。あたしは少し離れたところから正しく引けてるか監督しないといけないから。」

やれやれ…と彼は呟いて線を引き出した。

「あっ!そこ歪んでるわよ!何やってんのよ!」

「へーへーすいませんね!」

こんなやりとりが何度続いただろうか。

ま、あたしの監督の甲斐もあり無事にメッセージは書くことができたわ。

そして。

引き終わって階段に腰掛ける彼にあたしは。

「ねえ、あんた。宇宙人、いると思う?」

唐突に聞いたが、少しも彼は驚いた様子を見せず冷静に

「いるんじゃねーの」

と、言った。

「じ、じゃあ、未来人は?」

「まあ、いてもおかしくはないな」

「超能力者なら?」

「配り歩くほどいるだろうよ」

「異世界人は?」

「そいつはまだ知り合ってないな」

「ふーん」

正直さっきまでの様子を考えてあまり良い答えは期待してなかったあたしは、素っ気なく流してしまったがその返答にとても嬉しくなった。

世の中まだ、捨てたもんじゃないわね。

でも異世界人だけはまだなのか…。

「ま、いっか」

あたしは彼を見上げるようにして再び話しかける。

「それ、北高の制服よね」

「まあな」

「あんた、名前は?」

彼は間髪いれず

「ジョン・スミス」

と答えた。

「……バカじゃないの」

「ま、匿名希望ってことにしといてくれ」

「あの娘は誰?」

一瞬黙ってすぐジョンは言った。

「俺の姉ちゃんだ。突発性眠り病にかかっていてな。持病なんだ。所構わず居眠りしてしまうので、かついで歩いていたのさ」

見え透いた嘘を。

「ふん」

彼は逆に

「それで、これは一体なんなんだ」

と聞いてきた。わかってなかったなんて…本当にバカなのかしら。

「見れば解るでしょ。メッセージ」

「どこ宛だ?まさか織姫と彦星宛じゃないだろうな」

あたしは素で驚いた。まさかメッセージだけで見抜かれるなんて。

「どうして解ったの?」

「……まあ七夕だしな。似たようなことをしている奴に覚えがあっただけさ」

「へえ?ぜひ知り合いになりたいわね。北高にそんな人がいるわけ?」

「まあな」

考えたこともなかった高校だった。

「ふーん、北高ね……」

と、長らく話をし続けていたが、そろそろ見廻りの警備員が来る。

あたしはジョンに踵を返して

「帰るわ。目的は果たしたし。じゃね」

と言って走ってその場を後にした。



「ふーん。それで北高に来たのか」

まあ、そうなるわね。ジョンは居なかったけれど。

「そのジョンって奴とはその後に会ったりしたのか?」

どうしてわかったの?一度だけ会ったわ。

「そ、そうか(しまった)」



その帰り道、あたしが家の近くまでやってきたところでの事だった。

後ろからさっきまであたしとメッセージを書いていて、あたしが学校に放置してきた彼…ジョンのものらしき声があたしの耳に入ってきた。

『世界を大いに盛り上げるためのジョン・スミスを宜しく!』

と。



「それで、SOS団…世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒの団…か。なるほどな」スットボケー

そういうことよ、キョン。

「ふーん…。」

実を言うとジョンの正体には見当がついている。

その夜にジョンと会った後、北高を洗いざらい調べてみたがジョンらしき人物はその時はいなかった。

でも今となりにいるキョン。

彼はジョンなのではないか。

もしかしたら……。

「ま、そんなことないわよね」

「あ?何がだ?」

「何でもないわよ!さ、次の講義、始まるわよ!」

そう言ってキョンの首根っこを掴み走り出す。


あたしは止まらない。

世界が大いに盛り上がる、その時まで。

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