012・開拓者と道具袋
「これはカリヤ様。どうかなさいましたか? 休憩ですか? それとも何か問題でも?」
開拓者としての登録を終え、ギルドを後にしておおよそ三時間。狩夜とレイラは再び開拓者ギルドを訪れていた。
狩夜が出入り口を潜ると同時にその姿を見つけ、声をかけてくるタミー。すでにイルティナとの会議は終わったのか、カウンターの向こうにはタミー以外にも二人のギルド職員がおり、狩夜の姿を見るなり頭を下げてくる。そして「昨日はありがとうございました」「本当に助かりました」とお礼の言葉を口にした。
狩夜は胸中で「僕はほとんど何もしてないんだけどなぁ」と呟き、感謝の視線に良心を痛めながら足を動かす。ほどなくして、タミーの前で足を止めた。そして、【ラビスタ狩り】【害虫駆除】【ボア狩り】【ベア狩り】の依頼カードを、カウンターの上に並べる。すると、タミーが不安げな表情で口を開いた。
「もしかして、依頼のキャンセルですか? やはり、お一人では厳しいのではないですか? ソロ活動などという無理はせず、パーティーを組まれたらいかがです?」
どうやらタミーは、狩夜が狩りに失敗し、依頼をキャンセルしにきたと思ったようである。まあ、傍から見たら狩夜たちは手ぶらに見えるのだから、無理もない。
「いえ、そうではなく……レイラ、出して」
狩夜がこう言うと、狩夜の頭上を陣取っていたレイラが大きく口を開けた。そして“ポン”という小気味の良い音と共に、ラビスタ三匹と、ビッグワームの触覚五本、ボア一頭、ベア一頭がレイラの口から吐き出され、ギルドの床に積み上がる。
タミーを含めたギルド職員三人が「おお!」と感嘆の声を上げた。
狩夜は、カウンターの上に並べた四枚の依頼カードを見つめながら口を動かす。
「これで依頼達成ですね」
弱い魔物を数多く倒して、ソウルポイントとお金を地道に貯める。安全第一。
そんなふうに考えていた時期が、狩夜にもありました——いや、今でも安全第一とは考えている狩夜であったが、地道にソウルポイントとお金を貯める必要は、本当にあるのだろうか? と、どうしても思ってしまう。
理由は簡単。レイラがあまりに強すぎるからだ。
開拓者としての第一歩。初めての依頼である、森での狩り。その内容であるが——
レイラが無双した。以上終わり。さようなら。
これにつきる。他に表現のしようがない。
自我を確立し、自らの意思で動き回るマンドラゴラは、強大な力を有するというが、レイラは本当に強い。ユグドラシル大陸に生息する魔物を、文字通り圧倒してみせた。
日本国内なら、間違いなく最大最強の陸上動物である熊。そんな熊よりも強いであろう、熊型の魔物であるベア。それを当然のように一撃で仕留め、完勝したのである。
ラビスタも、ビッグワームも、猪型の魔物であるボアも、遭遇するなりレイラに屠られ、瞬く間にレイラの腹の中に納まってしまう。まさに見敵必殺だった。血がたくさん飲めたからか、レイラはホクホク顔であり、疲れた様子など微塵もない。
一方の狩夜はというと、ただレイラを頭の上に乗っけて森の中を歩き回っただけ。他にしたことといえば、マタギ鉈で草木を切り、道を切り開いたくらいである。だというのに、そこそこの疲労を全身に感じていた。
力の差をまざまざと見せつけられ、狩夜は自身の無力を嘆いた。レイラに依存しすぎるのはよくないとわかってはいるのだが、能力に差がありすぎて、自然とレイラに頼ってしまう。そもそも狩夜一人では、ベアはおろか、ボアにも勝てはしない。おんぶで抱っことはまさにこのことである。
だが、その状況に流され、甘受してしまえば男がすたる。接待プレイも、パワーレベリングもお断り。狩夜は、極力自分の力で強くなりたい。そう強く思った。
——明日だ。明日は自分の力で魔物を狩ろう!
先ほどの狩りでソウルポイントは少し溜まったはずだ。今夜、白い部屋で基礎能力を強化し、強くなった自分の力で魔物を狩る。レイラとは事前に話をして、狩夜の身が危険にさらされるまでは手を出さないよう言い聞かせる。そう決めた。
こうして、一人の男として体を張る決意を固める狩夜。そんな狩夜の心情など露知らず、タミーは賞賛の声を上げる。
「あれだけの時間でこれほどの成果を! さすがはカリヤ様! この村の救世主! 先ほどの発言は撤回いたします! 申し訳ありませんでした!」
「あ、いや、僕は別に……」
「ご謙遜を! カリヤ様は、開拓者としての才能に溢れておりますわ!」
目を輝かせて、目振り手振りを加えつつ狩夜を称えるタミー。他のギルド職員二人も「凄いです」「新人とは思えません」と、賞賛の言葉を口にした。レイラはレイラで「カリヤが褒められてる。よかった」と言いたげに、満面の笑顔を浮かべていた。
タミーらの賞賛の言葉を聞く度に、レイラの功績を横取りしているような気がして、狩夜はなんだか泣きたくなってしまった。でも泣かない。男の子だもん。
「では、魔物の状態を確認いたしますので、少々お待ちください」
タミーはそう言うと、指を光らせながら魔物の死体すべてに振れた。〔鑑定〕スキルで状態を確認しているのだろう。
「血抜きもしっかりされておりますね。カリヤ=マタギ様【ラビスタ狩り】【害虫駆除】【ボア狩り】【ベア狩り】の依頼達成です。血抜きにより【ラビスタ狩り】の報酬が二割増し、血抜きと毛皮の状態により【ボア狩り】【ベア狩り】の報酬が三割増しとなり、合計で630ラビスです。お確かめください」
報酬をカウンターの上に並べるタミー。小さく頭を下げてから報酬を受け取った狩夜は、財布代わりにしている布袋の中へとまとめて投入する。
これで狩夜の所持金は、2770ラビスとなった。
「それにしましても、マンドラゴラもアイテム保管系スキルを有しているのですね。まるでラビスタの〔魔法の頬袋〕のようです」
タミーは「少し驚いてしまいました」と言葉を続けながら、狩夜の頭上にいるレイラを見つめた。
「何です? その〔魔法の頬袋〕というのは?」
「はい。ラビスタの頬袋はですね、古代アイテムの《魔法の道具袋》と同じく、アイテムを際限なく保管できるのです。もっとも〔魔法の頬袋〕は、すべてのラビスタが有しているわけではありません。多くのソウルポイントと引き換えにラビスタだけが習得できる、固有スキルという扱いになります」
「あのラビスタに、そんな有用なスキルが……」
「古代アイテムである《魔法の道具袋》は、現存数が少なく、製法が失われています。とてもじゃありませんが、すべての冒険者に支給することはできません」
タミーの言葉に「なるほど」と頷く狩夜。国王直々の依頼、その成功報酬になるくらいだ。相当なレアアイテムなのだろう。
「ですので、ラビスタの〔魔法の頬袋〕スキルは、開拓者の間で大変重宝されております。開拓者になろうとする多くの者が、テイムするならラビスタがいいと口を揃えるくらいなんですよ」
鑑定を終えたラビスタの死体を見つめながら、タミーはこう言葉を続けた。
「まあ〔魔法の頬袋〕スキルにも欠点がないわけではありません。食べ物や、食材系アイテムを保管していますと、腐りはしないのですが、ラビスタが我慢できずに食べてしまうことがあるそうです」
「それはまた……」
アイテム保管庫としてはかなりの欠点である。だが、仕方のないことなのかもしれない——と、狩夜は思った。
ラビスタも生き物である。そして、頬袋とは食物を一時的に保管したり、運んだりするための器官だ。テイムした魔物であっても、本能には逆らえないということだろう。
「《魔法の道具袋》か」
RPGではお約束のアイテムだが、あるとやはり便利である。
「レイラ、君もアイテムとか保管できたりするの?」
視線を上に向け、レイラと目を合わせながら尋ねる狩夜。すると、レイラはコクコクと頷き「任せてよ~」と言いたげな顔をして、狩夜の頭をペシペシと叩いてきた。
「よし、なら今すぐやって見せて」
やれるというなら早速実験だ。
狩夜は布袋の中から1ラビス歯幣を取り出し、レイラに向かって放り投げる。レイラは大口を開け、その歯幣を飲み込んだ。
五秒ほど待ってから、狩夜は言う。
「出してみて」
狩夜の言葉を受け、レイラは再び大きく口を開いた。そして“ポン”という音と共に、1ラビス歯幣を吐き出す。
成功だ。レイラの体は《魔法の道具袋》の代わりとして、十分に機能する。
よくやったとレイラの頭を撫でる狩夜。レイラは嬉しそうに目を細め、狩夜の手にされるがままだ。
しかし、レイラはほんとに多才である。
狩夜は「もっと撫でて」と言わんばかりに頭をペシペシ叩いてくるレイラを見つめた。
高い戦闘能力に加え、水場の察知。野営の時は寝床を出し、火の番もしてくれる。そして、極めつけはこのアイテム保管能力だ。まさに至れり尽くせりである。
まるで、開拓者のパートナーになるために生まれてきたような魔物だ。こんなにも開拓者にとって都合のいい魔物が存在していいのだろうか? と、そんなことを考えながら、狩夜はレイラの頭を撫で続けた。そして、こう口を動かす。
「レイラ、この後どうしようか?」
狩夜たちでもできそうなデイリークエストが、早々と終わってしまった。この後やることがない。
「さっき達成した依頼は、明日にならないと受けられないんですよね?」
「はい。申し訳ありませんが、規則ですので。明日にならなければ【ラビスタ狩り】【害虫駆除】【ボア狩り】【ベア狩り】の依頼カードはお渡しすることができません」
狩夜の一応の確認に、申し訳なさそうな顔で頭を下げるタミー。狩夜は「やっぱりだめか」と頬をかいた。
生け捕りの【スライム捕獲】と【新人殺しを討て!】は、狩夜自身がもう少し強くなってからでないと、レイラがいても不安がある。となると——
「それじゃあ【薬草採取】の対象になる薬草が載っている本はありませんか? 今後のために勉強したいと思います」
「植物図鑑ですね。ございますよ。すぐにご用意いたします。ですが、持ち出しは厳禁ですので、読むなら当ギルドの中でお願いいたします」
「わかりました。それじゃあ、あそこのテーブルをお借り——」
「うわぁぁあぁ!」
狩夜の言葉を遮るかのように、ギルドの外から悲鳴が聞こえてきた。狩夜は弾かれたように視線を出入り口の方へと向ける。突然の動きに頭上のレイラが振り落とされそうになっていたが、狩夜は気にしなかった。
そして、狩夜が出入り口に視線を向けた直後、こんな声が外から聞こえてくる。
「魔物だ! 魔物が村の中に入ってきたぞ!」
「種だ! さっき畑に植えた、種を狙ってるんだ!」
「見張りは何をやっている!」
「狼狽えるな! いつも通りに対処しろ! 大丈夫だ!」
気がついたときには、すでに狩夜は駆け出していた。全力で走り、レイラと共にギルドの外を目指す。
「すみませんタミーさん! 図鑑はまた今度!」
狩夜は、この言葉と共にギルドの外へと飛び出した。
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