引っこ抜いたら異世界で マンドラゴラを相棒に開拓者やってます
平平 祐
000・厄災の日
「これで……終わりだぁぁあぁ!」
流れるような長髪、銀髪の男が、手にしていた聖剣を【厄災】と呼ばれる存在に突き立てた。
世界の根底を支える物質、マナ。その結晶によって作られた聖剣が【厄災】の体を貫き、その核に突き刺さる。
瞬間、【厄災】は口から白色の血を吐き出し、その全身を弛緩させた。
そんな【厄災】を見据えながら、聖剣の男はある事実を確信し、小さく呟く。
「勝った」
数多の戦い、艱難辛苦を乗り越えてきたからこそ、男にはわかった。世界の命運を賭けたこの一戦は、自分の勝ちだ——と。
男の瞳から、一筋の涙がこぼれる。
勝った。そして、終わった。
長い長い、永遠にも思えた戦いが、ようやく終わったのだ。
「よくやった……勇者よ……」
「え?」
聖剣の男——勇者は、事切れる寸前である【厄災】の口から紡がれた言葉に目を丸くした。次いで、涙にぬれた顔を上げ、【厄災】の顔を直視する。
「よく……私を止めてくれた……あのままでは私は……愛するこの世界を……自らの手で壊してしまうところだった……」
「あんた……」
先程までとはまるで違う、憑き物が落ちたかのような穏やかな表情で、【厄災】は勇者に礼を告げる。そんな彼を見つめながら、勇者はこう言葉を返した。
「あんたは、自分の意思で世界を滅ぼそうとしたんじゃないのか?」
「当たり前だ……誰が世界の消滅を望むものか……私は大地も、海も、空も、虫も、動物も、植物も、魔物すら好きなのだ……私は、この世界を……誰よりも愛している……」
「……そうか」
【厄災】の言葉に嘘はないと勇者は感じた。【厄災】の言葉には、この世界に対する深い愛情が満ちている。
こんなにも優しい男が、なぜ【厄災】と呼ばれるほどの邪気を纏い、この世界、イスミンスールを滅ぼそうとしたのだろう?
もしや【厄災】の背後には、まだ自分が知らない未知の敵がいるのでは? と、勇者が考えたとき——
「嫌いなのは……貴様ら人間だけだ」
【厄災】は、こう言葉を紡ぎながら自身の体を貫いている聖剣の刃を、両手で握り締めた。
勇者の口から「え?」という、間の抜けた声が漏れる。瞬間、神々しいまでの輝きを放っていた勇者の聖剣が、黒く変色し始めた。
【厄災】が、自身の邪気を聖剣に注ぎ込んでいるのである。
「な!?」
我に返った勇者は、聖剣を【厄災】から引き抜こうとしたが、【厄災】の両手と体、核によって固定された聖剣はびくともしない。
狼狽する勇者の眼前で、聖剣は瞬く間にどす黒く染まっていく。
「私が滅ぼしたかったのは、貴様ら人間だけだ。人間は、どの種族も等しくクズだ。この愛しい世界に存在する、唯一の汚物に他ならない。だから滅ぼしてやろうと考えた……だが、力を求めて邪気を取り込んでいく最中、逆に邪気に飲み込まれ……危うくイスミンスールすべてを滅ぼしてしまうところだった……止めてくれてありがとう。本当にありがとう。しかも、こんなにも素晴らしいモノを持ってきてくれるとは……お前には、いくら感謝してもし足りぬよ……」
「やめろ! その剣は——」
「世界の要たる世界樹。そして、八体の精霊の加護を受けた聖剣……だろ?」
そう言って【厄災】が笑う。その笑みを見た瞬間、勇者の全身に悪寒が走った。そして【厄災】の次の言葉で、勇者の表情が凍りつく。
「これを触媒に使えば、それらすべてに直接邪気を注ぎ込み、一斉に呪いをかけることができる」
「馬鹿なことはよせ! そんなことをしたらこの世界が——」
「世界は無事さ。むしろ良くなる。貴様ら人間の滅びによってな」
【厄災】は笑みを深くした。そして、狂喜の笑顔を浮かべたまま、叫ぶようにこう告げる。
「誇れ、勇者よ! お前は私に勝った! 世界を救った! 紛れもない英雄だ!」
勇者は【厄災】の言葉に耳を貸さなかった。【厄災】の体から聖剣を引き抜こうと、その両腕に力を込める。だが——
「ぐぅ! この!」
抜けない。漆黒に染まりつつある聖剣は【厄災】の体に埋没したままだ。
「だが、貴様が救ったその世界に、人間の居場所があると思うなよ!」
「くそ! くそぉ!」
「人の時代は今終わる! 世界に我が世の春が来る!」
「くそぉぉおおぉぉおぉ!」
「罪深き人間どもよ! 我が裁きを受けるがいい!」
この言葉が終わると共に【厄災】は息絶え、聖剣は漆黒に染まった。瞬間、世界九ヵ所で、人ならざる者たちの絶叫が上がる。
その絶叫を聞きながら、勇者は一人涙した。そして、漆黒に染まった聖剣を握り締めながら、己の無力をただただ嘆いた。
ほどなくして、人ならざる者の絶叫は聞こえなくなった。が、今度は世界中の人々が、絶望の悲鳴を上げる。
イスミンスールに構築された人間社会。その崩壊が始まった。
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