230・ダーインの遺産
グラディスウスが砕けたことで、フローグの体が斬撃の軌道、勢いそのままに流れ、態勢を崩した。
世界最強の剣士が初めて見せた、明確な隙。そして、それを見逃すほどかの者は甘くない。
かの者は右脚を横薙ぎに振るい、斧の如き回し蹴りをフローグの体に叩き込んだ後、豪快に蹴り飛ばした。
「カハ!」
内臓を損傷したのか、派手に吐血しながら吹き飛ぶフローグ。かなたまで消えていきそうな勢いで飛翔する彼を、進行方向上にいた紅葉と揚羽が二人がかりで受け止める。
「フローグ、大丈夫でやがりますか!?」
この問いに対する返答は「俺にかまうな!」という視線であった。それを見て取った瞬間、紅葉と揚羽は己が失着を悟る。
そう、かの者は、意図的に紅葉と揚羽がいる方向へとフローグを蹴り飛ばし、助けさせたのだ。そして、気づいた時にはもう遅い。足を止めている三人のすぐ傍らには、すでにキルフーフの斧を振りかぶり終えているかの者が姿がある。
「歩法までも!?」
呼吸、関節の曲げ方、筋肉の縮め方だけでは飽き足らず、月読命流の歩法すら習得し、瞬間移動ばりの速度で間合いを詰めて見せたかの者を見上げつつ、揚羽が叫ぶ。直後、それを合図にしたかのように、かの者が左腕を動かした。
地面に対し垂直に振り下ろされるキルフーフの斧。かつてない剛撃が迫る中、三人は咄嗟の判断で己が武器をかざし、盾とした。
しかし――
「「「――――っ!!」」」
激増したかの者の膂力によって、呆気なく薙ぎ払われる。
直撃こそ避けたものの、キルフーフの斧が地面に叩きつけられた際の衝撃で、別々の方向へと吹き飛ばされる三人。共に巻き上げられた礫によって全身を蹂躙されながら、力無く地面へと落下していく。
「フローグ殿ぉおぉぉぉおぉ!」
かの者を抑え込んでいたフローグ、紅葉、揚羽の戦線離脱。この現況に援護に回っていた開拓者たちが騒然とする中、かの者の動きは止まらない。次の獲物を探すように周囲を見回した後、地面を蹴った。
標的となったのは――ガリム。
「っく!? おのれい!」
突然目の前に現れたミリオン級の魔物に対し、ガリムはかなわぬと承知で挑みかかる。戦斧での袈裟切りを繰り出した。
地の民の英傑、渾身の一撃。
自身の得物と酷似した武器が迫る中、かの者は――
「な!?」
まったく同じ軌道の袈裟切りで、それを迎え撃った。
表情を驚愕に歪めながら、二度、三度とかの者に切りかかるガリム。だが、結果は同じ。まったく同じ軌道の斬撃で、攻撃が防がれる。
殺そうと思えば今すぐにもできるだろうに、かの者はそれをせず、ガリムを観察するような目で見つめながら、攻撃を防ぎ続ける。
「こやつ、わしから斧の使い方を学習するつもりか!?」
自分がフローグらに次いで狙われた理由と、今も生きている理由を察し、ガリムは叫ぶ。そんなガリムの視線の先で、かの者は顔を歪めた。新たな技術を習得し、更なる力を得るのが楽しくて仕方ない。そんな顔である。
自分が斧を振る度に、かの者に新たな力を与えてしまう。その事実を目の当たりにし、ガリムの攻め気が薄れ、攻撃が単調になった次の瞬間――
「ガァルア!」
「ぐぬぅ!?」
かの者は、あっさりとガリムという教材を切り捨てた。
お前はもういい――とばかりに、無駄がそぎ落とされ、目に見えて鋭くなった斬撃がガリムを襲い、その胴体を深々と切り裂く。
「おじ様ぁ!」
深手を負ったガリムに駆け寄ろうとするレアリエル。しかし、そんな彼女の前にかの者が立ち塞がった。
「――っ!? こんのぉ!」
かの者目掛け、右脚での上段蹴りを繰り出すレアリエル。
走鳥類の発達した脚が、鋭い風切り音を伴って自身に迫る中、かの者はまったく同じ軌道の上段蹴りで、それを迎え撃つ。
レアリエルとかの者の右脚が真正面からぶつかり合い、大木が圧し折れたような鈍い音が希望峰に響く。その後、かの者は右脚を下ろし、レアリエルの体術を学習するべく、次の攻撃を待った。
が――
「――?」
レアリエルからの追撃がない。それどころか、彼女はその場にへたり込んでしまっていた。
その理由は一目瞭然。かの者と打ち合った右脚、その脛から下が、あり得ない方向へと曲がり、骨の一部が皮膚を突き破って体外へと飛び出している。
ミリオン級の魔物の攻撃を、テンサウザンドの開拓者が生身で受け止めた結果が、これであった。
「――っ! ――っ!」
歯を食いしばり、激痛を堪えるレアリエル。どうにかして立ち上がろうとするのだが、試した回数と同じ数だけ失敗した。
そんな彼女を、ゴミでも見るような目で見下ろしながら、かの者はキルフーフの斧を振り上げ、脳天めがけて振り下ろす。
●
「離してレイラ! 僕を希望峰にいかせて!」
「……(ぶんぶん)」
違えた見解を互いに曲げることなく、水上橋の上で不毛なせめぎ合いを続ける狩夜とレイラ。
今回ばかりは譲らない。
そんな意思を全身から滲ませる相棒から希望峰の岸壁へと視線を移しつつ、狩夜は右手で水上橋を叩く。
「くそ! 僕がこうしている間も、皆は戦ってるっていうのに!」
こう叫んだ直後、もう何度とも知れぬ轟音と衝撃が狩夜のもとに届く。そして、とある光景が狩夜の視界に飛び込んできた。
「え……?」
それは、全身傷だらけで血まみれの揚羽が、岸壁の上から放り出され、力なく岩礁地帯へと落下していく光景。
――ブチ。
この瞬間、狩夜の中でなにかが切れた。
「レイラ、ごめん」
謝罪の言葉と同時に体が動く。
水上橋の建造作業。石材の調整のためにと所持していたダーインの角を一閃。右足首を絡め取っていたレイラの蔦を断ち切った。
「――!?!?」
自分との繋がりを絶ち切るという狩夜の行動がよほどショックだったのか、目を見開きながら硬直するレイラ。そんな彼女をその場に残し、狩夜は揚羽を、そして、ランティスたちを助けるべく、希望峰に向けてひた走る。
狩夜が仮橋を渡り終えたあたりで再起動し、すぐさま後を追おうとするレイラであったが、ここで逡巡した。
――もし、イムルたち石工職人と、工夫らを見捨てて後を追えば、狩夜との関係に致命的な亀裂が生じるかもしれない。
――私の足は遅い。この暴風の中を今から追いかけて、合流までにどれだけの時間がかかる?
――マナの枯渇した環境では三十分しか動けない。
――ファフニールがいるのはミズガルズ大陸の中心。自分の助力なしに狩夜がミリオン級の魔物と戦わなければならない場面が、今後も出てくるかも。
そんな葛藤をレイラが抱いたことを感じながらも、狩夜は足を止めことなく走り続ける。
そして、葛藤の末にレイラが出した結論は――
「……!!」
ポンという小気味の良い音と共に体内から吐き出したインゴット状の物体を蔓で絡めとり「狩夜の馬鹿! いくならこれも持ってけ!」と言いたげに、遠ざかる背中へと投擲することであった。
「ありがとう」
自分の意志を曲げてその場に残り、最後には背中を押してくれた相棒に向けて、狩夜は心からの礼を述べた。そして、投擲されたソレを、空いている左手でつかみ取る。
●
キルフーフの斧がレアリエルの頭部に叩き込まれ、爆散させる直前。空中を高速で疾駆したとある物体が、レアリエルとキルフーフの斧との間に割り込んだ。
その物体は、魔法武器であるキルフーフの斧による一撃を、傷一つ負うことなく受け止めた後、盾のような形状でレアリエルの前に浮遊し続けている。
「ガァ!?」
空中を浮遊する未知の物体を警戒し、バックステップを踏んで距離を取るかの者。直後、レアリエルの前に一人の少年が現れる。
その背中を見たとき、レアリエルは安堵した。そして思う。どうして彼は、私が本当にピンチの時に駆けつけてくれるのだろう? と。
「ごめん、レア。遅くなった」
次いで、レアリエルは嫉妬した。そして思う。どうして彼の腕の中にいるのが、私ではないのだろう? と。
「すまない……旦那様……不覚を取った……」
最後に、レアリエルは確信した。そして思う。やはり私は、彼のことが好きなのだと。友人としてではなく、一人の男性として。どうしようもなく大好きなのだ――と。
「カリヤ、きてくれたんだ……」
涙声のレアリエルに名前を呼ばれた狩夜は、小さく頷いた後、揚羽を地面へと下ろした。そして、傷だらけの体に鞭を撃って共に戦おうとする揚羽をレアリエルに預けると、かの者へと歩み寄る。
彼の背中には、いつも一緒にいるテイムモンスター・レイラの姿はなく、その代わりに、素材も由来もわからない、黒い剣を右手に握っていた。
柄もなければ鍔もない、剥き出しの刀身。ただそれだけの武器。
水道橋建造の際に幾度か目にし、そのあまりの切れ味に驚愕。それはなんだと問い詰めた際に、狩夜はレアリエルにこう答えた。
これは、魔剣だ。
触れたもの、その全てを両断する、呪われし魔剣だ――と。
その魔剣の切っ先を、狩夜はかの者へと向けた。そして、世界全土に轟けとばかりに、魔剣の名を高らかに叫ぶ。
「いくよ!
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