156・走れランティス

 時は、狩夜とレイラが “落ち目殺し” を打倒した直後にまで遡る。


「レイラ……君が無事で良かった……」


 葉々斬によって上下に分断され絶命した “落ち目殺し” のすぐ横で、狩夜は復活したレイラに万感の思いを込めて語りかけた。この狩夜の言葉に、レイラは「心配かけてごめんよ~」と言いたげに、ペシペシと背中を叩くことで答える。


 小躍りの一つでも披露して、今すぐ全身で喜びを表現したいところだがそうもいかない。レッドラインの内側とはいえ、ここは絶叫の開拓地スクリーム・フロンティア。互いの無事を喜び合うのもほどほどに、狩夜とレイラはレッドラインの向こう側でひしめいているケラ型の魔物、グリロタルパスタッバーの大群へと向き直る。


 統率者である “落ち目殺し” を失ったグリロタルパスタッバーたちは、二人の眼光に戦意を喪失。ある個体が虎型の主の〔咆哮ハウル〕スキルによる硬直から脱したのを皮切りに、我先にと地中へと退避をはじめた。


 そんなグリロタルパスタッバーたちを見つめながら「一匹たりとも逃がさない」とばかりにレイラが右腕を伸ばし、攻撃を開始しようとしたので、狩夜は慌てて口を動かす。


「待った待った! なにいつもの調子で攻撃しようとしてるの!? レイラは病み上がりだろ!? なにが原因でああなったかわからないんだから、無理しちゃ駄目だって! 襲ってこないならほっとけばいいよあんなの!」


 狩夜からの至極もっともな指摘に「残念……」と言いたげな表情を浮かべたレイラであったが、指示には素直に従い、グリロタルパスタッバーたちへの攻撃を断念。次いで「ならこっちだ~」とばかりに、伸ばしていた右腕を “落ち目殺し” の死体へと向ける。


 満面の笑みで頭上に肉食花を出現させたレイラは、まずは手近な場所にある下半分を捕食しようと、右腕から勢いよく蔓の伸ばし、手際よく絡めとった。


 が――


「はい、そっちもだめ!」


 またしても狩夜から待ったがかかる。


「……?」


 再びの待てに「え~? なんで~?」と、ご馳走を前にお預けをくらった子犬のような顔をするレイラ。不満ありげな彼女に対し、狩夜は次のように説明する。


「その主は “落ち目殺し” の二つ名を持つ有名な魔物で、ミーミル王国の国王様からの討伐依頼と、有志によって集めらた懸賞金がかけられてるんだってさ。証拠としてギルドに提出しなきゃだから、食べるのは後にして。僕が倒したって言っても、実際に死体を見なきゃ信じない人も多そうだし」


 “落ち目殺し” は、ミズガルズ大陸探索における目下最大の障害にして、レッドラインを境に魔物の強さに大きな開きが出る理由の一つ。前途有望な多くの開拓者を殺し、フローグや紅葉といった名のある開拓者が、幾度となく討伐に挑み、それと同じ数だけ失敗した、難敵中の難敵である。


 そんな “落ち目殺し” を、ようやく名前が売れ始めた開拓者である狩夜が倒したと聞いても、信じない人は多いだろう。懸賞金目的のでまかせと思われかねない。


 金に困ってはいないので、懸賞金は別にどうでもいいが、殺された開拓者の遺族や、友人たちの無念は晴らしたい。そのためには、ミズガルズ大陸の荒野地帯を支配する強大な主の打倒を万人に納得させる、明確な証拠が必要だ。


 よって、今ここでレイラに食べさせるわけにはいかない。レイラが “落ち目殺し” を食べるのは、その死体が全ての役割を終えてからだ。


「……(ちぇ)」


 未練たらたらの様子で、“落ち目殺し” の捕食を諦めるレイラ。しかし、頭上の肉食花を引っ込めようとはせず、保管庫に繋がる口を開こうともしない。


「レイラ?」


 狩夜が名前を呼びながら小首をかしげる中、レイラは左手からも蔓を伸ばし、その蔓の先端を “落ち目殺し” の死体に向け、なにかを探すように小刻みに動かした。


 ほどなくして、レイラは目的のモノを見つけたのか、すでに絶命している “落ち目殺し” の体内へと蔓を突き入れる。


 レイラの蔓は、迷いなく “落ち目殺し” の体内を突き進み、三秒とかからずに引き抜かれた。そして、引き抜かれた蔓の先端部分には、表面に体液だの肉片だのがこびりつく、拳大の鉱物の姿がある。


 その、赤褐色で半透明な鉱物を見つめながら、狩夜は驚きの声を漏らした。


「え!? それって、クリフォダイト!?」


「……(ニタァ)」


 “落ち目殺し” の体内から抜き取ったクリフォダイトを見つめながら、レイラは意味深な笑みを浮かべた。次いで蔓を動かし「こっちはいいよね~」とばかりに、肉食花の真上でクリフォダイトを解放した。


 重力に従って落下するクリフォダイトが、レイラの肉食花に吸い込まれる。その直前に――


「ちょっと待った~!」


 三度狩夜が待ったをかけた。


 小さくバックステップを踏み、クリフォダイトの落下地点から肉食花を外し、自らの手でクリフォダイトをキャッチする狩夜。体に異変は――ない。


 どうやらこのクリフォダイトは休眠状態であるようだ。この状態のクリフォダイトは基本的に無害であり、直接触っても問題はなく、触れた水を汚染したりもしない。


「~~~~!?」


 二度あることは三度ある。またしても捕食に失敗したレイラが声なき声を上げる中、狩夜は次のように口を動かした。


「なに当然のように食べようとしてるんだよ!? 魔物の体内からクリフォダイトが出てきたんだぞ!? 色々と調べなきゃ駄目だろ!? 前にも言ったけど、よくわからないものをよくわからないまま食べるなぁ!?」


 “落ち目殺し” が誤って飲み込んだものが、排出されずに消化器官に残っていたというのなら話は早いが、そういうわけではなさそうである。


 クリフォダイトと、そこにこびりつく “落ち目殺し” の肉片は、完全に同化しており、簡単には引きはがせそうにない。あのクリフォダイトは、間違いなく “落ち目殺し” の体内から出てきた。体の一部だったと言い換えてもいい。


 魔物の体内から、邪悪の樹の欠片であるクリフォダイトが出てくる。このような事例、狩夜は見たことも聞いたこともなかった。


「フローグさん、紅葉さん。以前倒した魔物の体内から、クリフォダイトが出てきたことはありますか?」


「いや、俺はないな。紅葉はどうだ?」


「紅葉もないでやがりますよ。こんなのは初めてでやがります」


 頼りになる先人二人に尋ねてみたが、どうやら二人も知らないらしい。二人は、狩夜が握るクリフォダイトを興味深げに見つめている。


「“落ち目殺し” と、他の魔物との相違点は、“落ち目殺し” がハンドレットサウザンド級だということですよね?」


「確かにそうでやがりますが、ハンドレットサウザンド級の打倒自体が、これで二例目でやがりますからな。現時点ではなんとも言えないでやがりますよ」


「前回は、死体を回収どころか、検分する余裕もなかったしな。体内にクリフォダイトがあったかどうかはわからん」


「ただの偶然で済ますわけにはいきませんよね?」


「当然だ。ユグドラシル大陸に戻ったら、ランティスたちや専門家たちの話も聞いてみるとしよう」


「異議なしでやがります」


「というわけだからレイラ、保管よろしく。くれぐれも食べないようにね」


「……(がっくし)」


 結局、なにも食べることのできなかったレイラは両肩を深く落とし、泣く泣く “落ち目殺し” の死体と、その体内から出てきたクリフォダイトの双方を、体内へと保管した。



   ●



「これで動かせますよね?」


 なぜ、“落ち目殺し” の体内からクリフォダイトが出てきたのかは、狩夜にはわからない。


「お願いしますランティスさん。ヴァンの巨人に乗ってください」


 ヴァンの巨人に乗れと言われたランティスが何を思ったのかも、狩夜にはわからない。


「約束します。あなたがそれをしてくれるのなら、僕とレイラが、必ず奴を倒してみせます」


 わかることはただ一つ。


「そしてもう一つ約束します。たとえあなたがヴァンの巨人に乗ろうと、なんの血を引くどこの誰であろうと――」


 これから先なにが起ころうと、叉鬼狩夜がランティス・クラウザーという一人の人間に対し、偏見の目を向けることはないということだ。


「僕はあなたの存在を否定しない!」


 いきなり仲良くなることも、険悪になることもない。媚びを売ることも、陰口を叩くこともない。


「ウルザブルンで初めて会ったとき、言いましたよね? 若人に夢と勇気を与えるのが、先人の務めだって」


 尊敬すべき先人として、袖すり合って情の湧いた相手の一人として、今まで通りに接するだけだ。


「今がそのときじゃないんですか!? 後輩の僕に、破壊の象徴に怯えるすべての人々に、夢と勇気を与えてください!」


 同じ開拓者として、ときに競い合い、ときに高め合い、ときに擦れ違い、ときに笑い合う。


 そして――


「僕と一緒に戦ってください! ランティスさん!」


 ときに共に戦うだけだ。


「……」


 狩夜が口の動きを止めると、ランティスは助けを求めるように、答えを求めるように、無言で周囲を見回した。すると、彼の仲間たちが次々に声を上げる。


「少年の言う通りです! ランティス、ヴァンの巨人に乗りなさい!」


「そうじゃ! たとえどんなことがあっても、わしらはお前さんを否定したりせんぞ!」


「ええ、ええ。わたくしたちの関係は、何一つ変わりませんわぁ」


「うん! 一緒に戦おう! ランティス君!」


「力を合わせて、ヴァンの巨人をぶっ壊すでやがりますよ!」


「俺は別に強要はしない。自分に流れる血と向き合うか、それとも逃げるか。自分で決めろ、ランティス」


 カロンが、ガルムが、アルカナが、レアリエルが、紅葉が、フローグが、思い思いの言葉で、ランティスの背中を押した。


「……貸してくれ!」


 ランティスは一瞬の逡巡の後、突きつけられたクリフォダイトを奪うように受け取った。次いで、身に纏う白銀の甲冑を荒々しく脱ぎ捨てる。


「カロン! 私のいない間、全軍の指揮を頼む!」


 この言葉を最後に、ランティスはヴァンの巨人があるスターヴ大平原に向かって、全力で駆け出した。


 その背中を見送る狩夜たちは、カロンの「任されました!」という返答を聞きながら不敵な笑みを浮かべ、近づいて来るヴァンの巨人へと向き直る。


 彼らの瞳に絶望の色はない。あるのは一つ。“極光” の二つ名を持つ英雄の決断によって生まれた、勝利への希望だけだ。


「さぁて、ランティスさんが戻ってくるまで、頑張るとしますか!」

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