第10話 Oblivion With Bells

季節は秋から冬へ変わろうとしている。窓を叩く強い風の音で私は起こされた。

寒くてさすがに暖房を入れた。これからの時期、ブリーフ一丁で寝るのは至難だ。


ブリーフ二枚履いて寝るとするか。


私の名はジョニー。ジョニー・ヤングマン。寝るときは必ずブリーフと決めてる男さ。


サブの件から1週間経ったがあいつからは連絡がきていない。どうやら無事に安全な洞窟で身を隠しているようだ。

食料や水に困ってるかもしれない。近いうちに補給物資を持って会いに行こうか。

今週は一週間の有給をとってのんびりしている。毎日あくせく働いてばかりじゃ人生つらいだけだ、たまにはこういう時間も必要だろう。


ビデオショップで借りた『パルプフィクション』と『裸の銃を持つ男』を続けて鑑賞した。

どちらもハードボイルドでバイオレンスに満ちた傑作だった。レスリー・ニールセンは肉体の引き締まった演技派俳優だ。また彼の主演作を観よう。


昼食にピザをいただこうとピザボーイズに注文したが予定時間をオーバーしている。アイツまたどこかで油売ってるんだろうか、とピザ屋に催促の電話をかけようとしたとき、玄関のチャイムが鳴った。


「ハイホー!ピッツァおまたせだっちゃ!」


ゴンザレスが現れた。ドアを開けると同時にヤツの体臭が室内に入ってきた。


「ゴンザレス、きみキャラ安定しないな」

「そんなことないっちゃ!いつも陽気なゴンザレスっちゃ!」


ゴンザレスは私の注文したソーセージバジルピザをテーブルに置くと早速1ピースとって口に運んだ。


「おいおい。普通客が先に食うのが常識だぜ。ていうか店のモンが商品に手を出すなっつーの」

「ゴンザレス常識わからんっちゃ」


やれやれ、と私はゴンザレスを諭すのを諦めてピザをひとつもらってかじった。


「ゴンザレス、ピッツァ、大好きネ」

「いつイタリア帰る?明日くらい?」


オーマイガッ!とゴンザレスは口に含んだピザをこぼしながら喋った。


「ジョニー冷たいネ!ゴンザレスずっとUSAいたいヨ。悲しいこといわんといてえな」


私とこの陽気なイタリア人がわちゃわちゃと騒いでいると玄関からまた誰かはいってきた。


「お兄ちゃん、私の愛用の電動高速イボイボ歯ブラシ知らない?……あっゴン様!」

「わお、ジョニーの妹のピーナちゃん」


キンバリーはゴンザレスの胸に飛び込むとゴンザレスはキンバリーの頭をなでた。


「なあ、キンバリー……」


私は言った。


「もしきみがこのイタリア人と結婚してこのイタリア人にお兄さん呼ばわりされるようだったら兄妹の縁を切るぜ」

「そりゃひどいわお兄ちゃん!」

「ジョニー、もっと心広くもとうネー♪」


私の妹キンバリーはこの陽気なイタリア人にぞっこんで、イタ公のほうも最近ではまんざらでもない様子だ。私としてはこの男を義理の弟にはしたくない。死刑にあったほうがましなくらいだ。


「せめて胸毛やすね毛剃って、体臭もなんとかしてくれイタリアン」

「おいらのチャームポイント全否定とは悲しいヨ、けつあご兄ちゃん」


やれやれ、と私はキースをくわえて火をつけた。

恋する乙女は盲目、というがキンバリーの場合嗅覚まで麻痺してやがる。私はピザを1ピース食べ終えてから1人になりたい気分になった。


「ゴン、キン、そのピザ2人で分け合って食ってくれ」


どうしたの?と不思議そうな顔をするイタリア人と妹を部屋に置き去りにして私は愛車のミニクーパーに乗り込んだ。

エンジンをいれようとして、躊躇してやめた。座席に深く身体を傾け思う。このままでいいのか、と。


ゴンザレスとキンバリーのこともそうだが勤め先のクルーガーブレント社とその社員、不良少年のキングとサブ。私がこのところ関わった人間はみんな頭のおかしい人ばかりだ。

私がもっとも頭のおかしい人間で、同じ仲間を引き寄せてるのだろうか?


数分間自問自答した末、キャサリンに電話することにした。スマートフォンをポケットから出して番号を入力する。


「ハロー」

「やあキャサリン」

「どうしたのジョニー?」

「きみが何をしてるか、ちょっと気になってね」

「私は今有給休暇利用してバイトでSMクラブに行ってるわ」

「ハハハ、きみらしいぜ」

「クルーガーブレント社より福利厚生しっかりしてるところよ」

「いっそ、そこの店の女王になっちまったらどうだい?」

「それも考えたけど毎晩マゾヒストの菊門からあふれる汚物を処理するのも大変なのよ。まるで介護施設みたい」

「楽な商売はないってことか」

「そういうことね。ジョニー、あなたは何してる?」

「自宅でのんびりしてたところをイタリア人と妹がやってきて騒いでるから車に逃げてきた」


キャサリンのくすっと笑う声が聞こえた。


「仲が良くっていいことじゃない?私なんて姉は病死したし両親は離婚してるし頼れる身内なんていないんだから」

「……ごめん、悪いこときいちまったか」

「いいのよジョニー。人それぞれ何か抱えながら毎日生きてるってこと。順風万般そうなビジネスマンもプライベートでは重い問題を抱えてたり、貧困に苦しむホームレスがわずかなコイン集めのためにガムテープ貼った木の棒作ったり、ね」


キャサリンはたんなる暴力フェチのビッチでないことは前々から知っている。明るい笑顔とでかいおっぱいの裏で多くの嘆き悲しみの場面に立会い、そこから立ち上がってきた強い女だ。だから私は……。


「ねぇ、ジョニー」


しばらくの沈黙をキャサリンが破った。


「……なんだいキャサリン」


すぐに冷静さをよそおった。


「自由の女神、見に行かない?」


自由の女神はニューヨーク港からいけるリバティ島にある。

キャサリンの3トントラックに乗って2人で港まで行った後、水着に着替えてリバティ島むけて泳いだ。

秋の海ってのは冷たいが、どこか優しさがある。誰かの言葉だが誰が言ったかは忘れちまった。

ハイレグ黒水着のキャサリンがリバティ島にたどりついて、ブロンドの髪を後ろに流した。

手には泳いでいる途中捕まえたと思われる海中生物のウニを持っている。キャサリンは割ったり焼いたりせずそのままウニにかじりついた。


「間近に見るのは久しぶりね」


キャサリンがうまそうにウニを生かじりしながら言う。


「ああ、そうだな。ていうか普通ウニをそのまんま齧るかい?」


私は競泳用Vバック海パン姿で自由の女神と対面した。女神の顔が半分つぶれていた。

「あらあら、どこかのティーンエイジャーがまたいたずらでもしたのかしら?」

「いたずらですまされるレベルじゃないぜ。女神の顔潰すって」

「どこかの犯行組織の声明かもしれないわね。ニューヨークを破壊するぞっていう」

「この街を憎んでいる人々は世界各国にいるからありうるかもな」


とりあえず記念撮影を、ということで私とキャサリンは肩を組んで顔の半分になった自由の女神をバックにカメラ撮影をした。私もキャサリンも満面の笑顔だった。


「たまにはこういう休日もいいわね、ジョニー」


 そうだな、と私は腰をふって海パンの水気をはらった。


「ふああ、腹が減ってきたな」

「このへんにおいしいレストランあるかしら?」

「散歩がてら探してみようか」


私とキャサリンは水着姿のままリバティ島を練り歩いた。観衆たちから注目を浴びたがそんなことはおかまいなしだ。注目浴びるって気持ちいいもんだ。

寂れた街道で、ガリガリにやつれた若者たちがボロボロになった歯を覗かせながら会話をしていた。みんな顔色が悪く頬も痩せこけている。


「まあ、あれジャンキーかしら」

「見るからにそうだな。貧困と差別に苦しむ若者たちはドラッグに頼らなきゃ生きてけないんだろうさ」

「悲しい話だけど、それで早死にしたら自業自得ね」

「苦しい生活を強いられながらも健康的に生きてる人もいれば、酒やドラッグに溺れるのもいる。私たちがつべこべいうもんじゃないさ」


キャサリンはジャンキー集団のところへいって非合法の薬を少しわけてくれとねだったが私は肩に手をかけてやめるよう制した。

そんなこんなで歩いているうちに外見のおしゃれなレストランをみつけた。


―――ファミリーレストラン ”MOTHER FUCKER”


「ジョニー、名前はアレだけどおいしそうな店ね」

「ああ、いい香りがしてくるな」


私とキャサリンはレストランに入り、まず飲み物にビールを注文した。それから私はハンバーグランチを頼み、キャサリンは店の名物、たこ焼きスパゲティを注文した。


「やっぱり私はハンバーグが一番好物だぜ」

「まあ、ジョニーったら味覚が子供なんだから」


そう言ってキャサリンはたこ焼きスパゲティをワシャワシャと食べ始める。私もハンバーグセットを食した。

ビールにハンバーグはなかなか合う。キャサリンもうまそうにスパゲティを音を立ててすすっている。たこ焼きは最後の楽しみにしたいらしく残している。


「ふぅ、明日からまたサラリーマン稼業か」


私が食べ終わってため息まじりに言うとキャサリンはたこ焼きをほうばりながら笑った。


「でも、今日は良い1日だったわ、ありがとうジョニー」

「さて、また泳いで帰るか」


私とキャサリンは泳いでニューヨーク港に戻り、キャサリンの3トン

トラックで家路についた。


充実した1日だ。人生たまには悪くない。


その日の晩、私の自室にはいってきたキンバリーに指摘されるまで自分がずっと海パン姿だったのに気がつかなかった。


to be continued……

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