第8話 Beaucoup Fish

朝。目覚ましがわりのラジオが作動して音楽を流し始めた。

The Prodigyの"Voodoo People"だ。

早朝からちょっとハードなテクノサウンドだったが目覚めにはちょうどいいくらいだ。

私はブリーフ姿でベッドから起き上がりスクワットを30回ほどやった。


私の名はジョニー。ジョニー・ヤングマン。フィリピンパブで働く妹をもつサラリーマンさ。


いつものように会社に行き、いつもどおりの業務をこなした。特に何事もなく1日が終わろうとしていた。


「やれやれ、サラリーマンってのは楽じゃあないね」


向かいの席にはOLのキャサリン・イーストウッドがパソコンとにらみ合いをしていた。ものすごい顔つきでパソコンにガン飛ばしている。


「キャサリン、仕事に苦戦中か?」

「いいえジョニー。ソリティアがすすまないのよ」

「おいおい、堂々とサボりか」

「ソリティアも仕事のうちよ」


そんなもんなのか、と私は煙草のキースマイルドをくわえた。


「何か楽しいことでも起きないもんかな」


隣の席でシャープペンシルを使って指の爪の垢をほじくっていたミッチが言った。


「ジョニー、1番街で今夜、日本酒のお披露目があるらしいぜ」

「ジャパニーズ酒か。いいね、一杯やりたいもんだ」

「それが3杯まで無料ときたもんだ。みんなでくいっとひっかけにいこうよ」


ミッチは突き出た中年らしい腹をポンポンと叩いた。賛成の反対、と言ってキャサリンが手を上げた。


「キャサリンも行くかい?」


私が尋ねるとキャサリンはラッキーストライクを思い切り吸い込んで、SL列車のように鼻から煙を吐き出した。


「私も最近日本酒気になってたのよね。3人で行きましょう」


社長席で居眠りしている社長のジム・モーリンソンを放置して私たちは出かける準備をした。

キャサリンが煙草を灰皿に押し付けて言った。


「リボルバーかマシンガンでも持っていこうかしら」

「おいおい、マフィアの事務所に出入りするわけじゃないんだぞ。そんなもんもっていかないでくれよ」


チェッと舌打ちしてキャサリンは愛用のワルサーPPKを机にしまった。

この女、誰かを撃ちたくて仕方ないようだ。


「飲酒運転で捕まるのはご免だ。地下鉄に乗っていこう」


私たちは会社から地下鉄の駅まで歩いていった。

途中、黒い野良猫が目の前をよぎった。キャサリンは不吉ね、といって猫にツバを飛ばした。


「まったくキャサリンは野良猫にも容赦ないんだな」

「当然よ、私猫嫌い。飼うならワニがいいわね」

「ワニなんて飼ってどうするんだい?」

「野良猫を餌にして食わせるのよ」


そんな物騒な会話をしているうちに駅に到着、私たち3人は1番街へと向かう列車に乗り込んだ。

1番街センター通りには日本酒を求めて多くの人たちが集まっていた。すでに飲み始めているらしく周囲には酒のにおいがぷんぷんした。


「オヤジの体臭と日本酒の香り……粋よね」


キャサリンの眼差しは少し距離の離れた日本酒試飲場に向けられていた。ミッチも早く飲みたいらしくうずうずと貧乏ゆすりをしている。

私はミッチの左足にボールペンを刺した。


「落ち着けって、酒は逃げたりしないぜ」

「いってえなーもうやめとくれよお」


長い行列に私、キャサリン、ミッチの順で並んだ。ミッチの足から血が流れ、血痕が地面に残っている。

ちょっと深く刺してやりすぎたか、と私は少し反省した。


ようやく私の番がきた。いかにも酒好きといった赤ら顔のおやじさんが小さなグラスに酒をついでくれた。


「今年一番の日本酒、『花の舞』だよ、飲んでいきねぇアメリカ人」


サンキュージャップ、と礼を言って私はグラスを持って行列から離れた。

私の後を同じく酒の注がれたグラスを持ったキャサリンとミッチがついてきた。


「サラリーマン稼業に、KANPAI!」


乾杯、と3人で口を合わせてからぐいっと飲んだ。直後、ミッチがゲロッと吐いた。


「おいおい、これ酒じゃなくて工業用アルコールじゃん」

「ふふふ、どうやらハズレを引いたようね」


くすくす笑いながらキャサリンは一気に飲み干した。ぐべぇ、とでかいげっぷをした。


「笑い事じゃないよ!ボクもう一度行って本物の酒もらってくるよ!」


ミッチは再び酒を乞う者たちの行列に並んだ。キャサリンが言った。


   「さぁて、帰りましょうか?」


「おいおい、ミッチは置いてけぼりか?」

「あっそうだ。せっかくだからつまみがほしいわね」


キャサリンは時々私の言うことを完全に無視する。そこが彼女の可愛いところでもあるんだが。

キャサリンがいい匂いを嗅ぎ付けて出店へと歩いていった。私もついていく。


「釣ったばかりのヤマメだよー。1匹5$だよ」

「たっかいわね、3$にして頂戴」


キャサリンは魚売りの出店の大将にコルトパイソンを向けた。このアマ、やっぱり拳銃持ってきやがったか。


「ひぃ、安くするから撃たないで」


こうしてわずか3$で焼いたヤマメを購入して、少し人ごみから離れた場所で私とキャサリンは魚を食した。


「おいしいけどちょっと塩気が多いわね。あの大将、私たちを高血圧にする気かしら?」

「落ち着けってキャサリン。とりあえずその拳銃をしまえよ」


キャサリンは私の説得に渋々コルトパイソンをコートのポケットに忍ばせた。


「1杯だけでも充分ほろ酔い気分さ。来て正解だったぜ」

「ただで飲む酒は格別ね。そろそろ空も暗いし帰りましょうよ」


私とキャサリンは地下鉄に戻り、列車に乗って帰った。



翌日、小太りのサラリーマンが急性アルコール中毒で救急車に運ばれたという

ニュースが新聞の3面記事に載っていた。


to be continued……


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