第7話 Dark&Long

夜のハイウェイをミニクーパーで飛ばす。

カーステレオからはDeepPurpleが流れている。


時速80キロ。街の明かりが彼方へと流れていく。街の明かりは罪な幻。


私の名はジョニー。ジョニー・ヤングマン。たまの残業もきっちりこなすサラリーマンさ。


今日はクルーガーブレント社で残業をちょこっとやって気がつけば9時をまわっていた。腹がへって早く自宅へ戻ってホットドッグでも食べようとハイウェイを走っていた。

外はすっかり夜で、星屑のような街の光を眺めながらミニクーパーのアクセルを踏む。

不意にあくびがでた。ふわぁぁ、とあくびをすると同時にミニクーパーがガクン、とスピードダウン。


ジーザス、ガソリン切れだ。


近くのガソリンスタンドを探そうと下道へ降りて周囲を走って探すが、目に付くところにスタンドがない。探しているうちにとうとう町外れまできてしまった。


「やれやれ、こんな日もあるか」


私は車から降りてタバコをくわえた。アロマロースト味のキースに火をつけて大きくふかした。

見ると寂れたゲームセンターがあった。懐かしい。私も少年時代よくゲームをやっていたものだ。

ちょっと中を覗こうと入り口を通ると、最近みかけた顔の男と対面した。


「て、てめえはこないだのバイオレンス野郎!」

「Oh、キングといったっけキミは」

「Ohじゃねえコノヤロウ!おまえに殴られたせいで前歯が2本いかれちまったよ」


キングはそう言って歯をむき出しにした。本当に歯が2本抜けている。思わず笑いそうになったがこらえた。

私はキャサリンから借りていた雑誌をおもむろに懐から出してキングにみせた。


「週刊歯医者マガジンだ。おすすめの歯医者を探してご覧」

「なーにが週刊歯医者だバカヤロウ!差し歯代金払ってもらうぞ!」

「そう慌てなさんなって。……そうだ、せっかくゲームセンターにきたんだからゲームで勝負しよう。おまえさんが勝ったら差し歯でも入れ歯でもプレゼントしよう」

「ずいぶん自信あるじゃねえかコノヤロウ。どのゲームで対戦するってんだ?」


私は奥にある筐体を指した。ストリップファイター2。私のもっとも得意な格闘ゲームだ。


「スト2で勝負か、いいだろうボッコボコにしてやるコノヤロウ!」


キングを席に誘導して私は向かいの筐体の席に座った。キングはすでにキャラを選んでいる。


キングのキャラはオマーン出身ファイター、オスマン。強いが操作の難しいイスラムファイターだ。

キングめ、かなりこのゲームに慣れているようだ。


「オスマン相手か、ならば私は……」


私は日本出身ファイターの江戸川原洋獣朗を選択した。江戸川区出身の溶接工、36歳独身、趣味は温泉というファイターだ。私がスト2をやるときはいつも江戸川原だ。温泉という共通の趣味があるから。


――ラウンド1 FIGHT!


ステージに2人の全裸男が登場して屈伸したり腕をボキボキ鳴らせている。


オスマンと江戸川原。体力は江戸川原が上だがオスマンには数々の技がある。それをキングが使いこなせたら私の江戸川原も気をつけねば危ない。


『オマーンヘッド!』


画面上のオスマンが坊主頭で突っ込んできた。私はコントローラーをぐいっと左に倒して避けた。オマーンヘッドを③連発放ってきたがいずれもかわした。

やっこさん、短時間で決着をつける気のようだ。オスマンが次の構えをする直前、私の江戸川原が技を発動した。


『インキン感染シェイクハンド!』


江戸川原が股間の中に手を突っ込んでからオスマンに握手した。オスマンにインキンが感染して体力ゲージが青くなりじわじわと減ってい

く。


「汚ねえぜインキン野郎!」

「これが私の定石さ」


私はオスマンから離れステージ隅へ江戸川原を歩かせた。こうしていくうちにオスマンは体力が落ちていくという寸法さ。


「逃げんじゃねえ性病オヤジ!」


キングの操作するオスマンがすごい勢いで走ってきた。


『オマーンキック!』


強烈な跳び蹴りをしかけてきた。私の狙い通りだ。カウンターで『江戸川裏拳』をかますとオスマンの顔にきまってふらふらになったところで『追い討ちラッシュ』を炸裂させた。


性病、裏拳、追い討ちによってオスマンが倒れる。


――WINNER 江戸川原 !


「1本目は私の勝ちだぜ、キング」

「ちくしょう、えげつねえ技ばっかりだしやがって」


――ラウンド2 FIGHT !


『オマーンヘッド!』


やっこさん、またしても頭突きの連発だ。懲りない野郎だ。オマーンヘッドを2回出してからオスマンの身体の色が変化しはじめた。


「むっ、これは?」


オスマンの身体から石油がわいてヌルヌルになった。超難しいキー入力でしか出せない技『オマーン石油アーマー』だ。これはちょっと分が悪い。


「ほら、攻撃してこいよ」


キングがにやりと笑った。


『オマーンオマーン!!』


すでに勝利したかのようにオスマンが雄たけびをあげて両手を上に伸ばしている。


「シット!……あきらめるもんか!」


私の操作する江戸川原がパンチやキックを連発する。しかしことごとく『オマーン石油アーマー』をまとったオスマンの体にはきかない。

ヌルヌルとすべって1ミリも相手の体力ゲージを削れない。


「HAHAHA!オレの勝ちだ!」

『オマーン!オママーン!』


オスマンが調子に乗ってステージをぴょんぴょん跳ねている。キングはタバコをくわえて灰を落としながらコントローラーをぐりぐりいじって余裕を見せている。


「おら、早くダメージ与えてみろよコラァ!」


こうなったらあの手しかない。私は筐体の横にある店員呼び出しボタンを押した。


「こらー糞ガキ!タバコの灰落としてんじゃねえぞ!コントローラーめちゃくちゃにして壊す気か!?」


店の奥から年老いた女店員がやってきてキングに後ろからジャンピングニードロップをかました。ぐええ、と倒れるキング。

そのすきに私は江戸川原を操作してぬるぬるしたオスマンを場外に押し出して勝利した。


――WINNER 江戸川原 !!


「たかが硬貨1$いれただけで自分のモノみたいに乱暴に扱ってんじゃねえぞガキ!」


馬乗りになった女店員がキングの頭をメダルでゴリゴリひっかいていた。キングはサーセンサーセンと謝るが店員の攻撃は止まらない。


「また今度遊ぼうぜ、キング」


私は吸い終えたタバコの吸殻をペッとキングの頬にとばした。

やれやれ、と肩をすくめて私はミニクーパーに戻り、帰路へ向かった。


私の名はジョニー・ヤングマン。手向かうヤツは未成年だろうと容赦しない男さ。


to be continued……

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