第4話 Everything, Everything

ミラーボールが回るクラブでテキーラを飲みながら踊っていた。DJが流す曲はファットボーイスリム。

クラブ全体がカーニバルのように賑やかで、私はジンをちびちび飲みながら女の肩に手をまわす。


「ワレ、誰の肩さわっとんじゃい!」


びっくりして振り返ると、異常に体毛の濃いけむくじゃらの大男が立っていた。

あれ……?さっきまでの美女は……美女……キャ……サリ……。


がばっと跳ねるように身体を起こした。ひどい夢だった。せっかくいい女とクラブで飲んでたのにあの男はなんだったんだ?


今まで出会ったこともない、しかしなぜか懐かしい気にもなっていた。……まったく今日は日曜日だってのに最悪な気分さ!


私はブリーフ姿で鏡に映った。当然いつもの私が映っている。

 

リーゼントの金髪。太い眉。ジャック・ニコルソンのような瞳。ワシ鼻。けつあご。これが私の顔だ。

友人からは「顔濃すぎ」といわれるが、顔の濃すぎる男が好きってギャルも多いので今まで女に困ったことはない。

上半身には何も着てなく、下半身にブリーフを履いてるだけの状態。

ブリーフのフィット感が心地良い。トランクスを履いてるヤツの気がしれねえぜ。


脂の乗った太い両腕の筋肉。腹筋は見事に割れている。

日ごろの鍛錬の成果だぜ。週に3回、仕事の後のスポーツジムは欠かさない。

よくジムのシャワールームでホモのオヤジからやらないか、なんて誘われるが悪いが私はノンケなんでね、と断っている。

嫌悪感はない。むしろホモにも魅力的に映る私の身体、と自信をつけてくれる。


さて、今日は日曜日、サンデーだ。


昨日は仕事のあと同僚のキャサリンとビリヤードを楽しんだ。

キャサリンったらヒステリックな子で、私が3連続ボールを落とした途端、ちゃぶ台ひっくりかえすようにビリヤード台をひっくりかえしやがった。

おかげで店員に散々怒られ強制退去させられた。まあ、そんなヒステリックな部分もキャサリンの魅力なんだが。


時計を見た。午前10時半。日本だったらいいとも増刊号が放送中の時間だ。

残念なことにここアメリカではいいともは観れない。いいとものような番組もない。アメリカ版タモリが存在しないのだ。


ふいにドアをノックされ、私は慌てて私服に着替えた。


「朝っぱらから誰だい?」


ドアを開けると妹のキンバリーがいた。仕事用の派手な服装のまま。


彼女は泣いていた。


「ジョ……お兄ちゃん……(;0;)」


「どうしたんだ一体?泣くとひどい顔がますますひどくなるぞ」


キンバリーを自室にあげ、タオルを貸すとキンバリーは涙をぬぐい、鼻をかんだ。


「お兄ちゃん、あたし悔しい……」


「なにがあったんだい?」


「ジャパンカートゥーンチャンネルっていうネット放送局あるでしょ?あたし日本アニメ好きだから観てたんだ……そしたら……そしたら!」


キンバリーはまた大粒の涙を溢れさせて号泣した。


「ヤムチャ様がサイバイマンに負けちゃったのよー!」


私は一瞬、なにがなんだかわからなかった。日本のアニメなら「AKIRA」やハヤオ・ミヤザキの作品は知っているがヤムチャ様というと……?


「えっおにいちゃん知らないのヤムチャ様のこと?もう流行おくれなんだからぁ。世界中で大人気のアニメDRAGONBALLの主人公よ!」

「ああ、ドラゴンボールの話か。ドラゴンボールは知ってるけどあれって主役はゴク――アウチ!」


キンバリーにケツを蹴られて思わずよろけてしまった。


「ドラゴンボールの本当の主役はヤムチャ様よ!だって一番イケメンじゃないのヤムチャ様!」

「まあ、見た目はともかく戦績が……ウップス!」


キンバリーにボディブローを食らって私は胃液が逆流しそうになった。


「ヤムチャ様が死んじゃったらあたしもう生きていけないのよ!あたしも死んでヤムチャ様のとこへいますぐ行くわ!」

「……落ち着けキンバリー」

 

腹の痛みをこらえながら大声で泣く子供をあやすようにキンバリーの頭をなでていると、キンバリーの涙はようやく止まり、軽く嗚咽する程度になった。

ポケットからキャンディを取り出してあげると、うまそうにペロペロなめた。本当に素直な妹だ。


「とにかく、だ。ヤムチャ君が死んでもドラゴンボールで必ず生き返るから。おまえさんは焦って死ぬことないさ」

「う、うん……そうよね、ヤムチャ様は不死身だものね……」


キンバリーと長く話し合っているうちに時間はどんどん過ぎていって気づくと時計の針は午後12時をさしていた。


「キンバリー、もう昼だしランチにしようか」

「うん、あたしピザがいい」


近所の宅配ピザ屋、「ピザボーイズ」に電話をしてチキンチーズピザを注文して電話を切った。30分ほどで到着らしい。

私はTシャツとジーンズに着替えて、キンバリーには私のジャージを貸して着るよう促した。


キンバリーは終始ヤムチャのことばかり話している。ヤムチャが傷つくたび自分まで傷つく、ヤムチャがテレビから出てきて自分を抱きしめたい、なんてことを延々繰り返し言っていた。

昔から日本アニメの好きな妹だったが、ここまでくると日本の言葉でいう”アニヲタ”ってやつじゃないか。


まっ私もカードキャプターさくらが好きでティーンエイジャーの頃さくらのフィギュアを持ってたくらいだし、人のことはいえないが。血は争えないってやつか。


玄関のチャイムが鳴った。ピザ屋の宅配人だろうと私はドアを開けた。そして驚いた。


「はーい、ピザボーイズですよー。ご注文のチキンチーズピザ持ってきたのよー」


そこにいたのは夢でみた毛むくじゃらの大男だった。

チリチリした茶色い髪とデメキンを思わせるような飛び出た目、鼻も口も大きく、なによりもみあげがえらく長い。


「Oh……サンキュー。ところで、きみ――」


代金を支払いながらなんとか夢に出てきたこの男について探ってみようと思った。


「んー?なんですぅお客さあん」

「言葉の訛りがずいぶんひどいな。南部出身かい?」


男はチッチッチッと舌打ちをして首を横に振った。リアクションがいちいち古臭い。


「私イタリア出身ネ。太陽の国イタリーア。そしてあたしは陽気なゴンザレス!」


陽気なゴンザレス、か。たしかに陽気ではある。かなりうざいが。


「ゴンザレス、イタリアからUSAに来たネ。楽しいことを探しにネ。イタリアもいいけどあそこは毛深い体臭きつい人多すぎてウザいのよ~」


あんたのことやん。


「ゴンザレス、遭えて嬉しいよ、HAHAHA……いやぁあんたとは別のとこでも出会ったような気が……」


ゴンザレスは我先にとチキンチーズピザをむしゃむしゃ食っていた。


「おいおい!そりゃ私たちのランチだぜ?なにしてやがんだ?」

「まあまあ仲良く。イタリア人、喧嘩嫌いナノネ」

「喧嘩とかじゃなく、そりゃ私の金で買ったピザだってばよ。あんまりふざけたことしてると訴訟も辞さないぜ?」


騒ぎに気づいたキンバリーが玄関に歩み寄ってきた。泣きはらしたあとで、化粧が落ちてマスカラが頬まで垂れて異様な人相になっていた。


「お兄ちゃん何してるの~、あれ、この人は……?」

「ああ、こいつはゴンザレスっていってピザ屋の宅配人なんだが商品を客より先に食っちまってんだ、ふざけてるだろ?」

「まるで……ヤムチャ様みたい……」

「はいィ!?」


キンバリーはすでに恋する乙女モードに入ってしまった。両目のキラキラがそれを物語っている。両手を重ねて、キンバリーはゴンザレスに躊躇せず土下座した。


「ずっと前から、あなたに会いとうございました」

「おーっとっと、お嬢さん何者だい?ていうか洗面所で化粧落としてきいたほうがええぞ」

「ジョニーの妹キンバリーと申します。以後お見知りおきを……」


こうして、出会ってはいけない2人が出会ってしまった。


慌て者の妹キンバリーと陽気なイタリア人ゴンザレスとの奇妙な関係は今後、私の頭を悩ますこととなった。


to be continued……


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