第9話 Break Ya Self


 のぶ子とひで子を車に乗せて、私はそのマンションの前までやってきた。

 高級そうなでかいマンションだ。これから私はちょっとした修羅場にくぐることになりそうだ。


 私の名はジョニー、ジョニー・ヤングマン。たまには人助けしてしまう気のいいサラリーマンさ。


「このマンションの7階、705号室」


 ひで子が言った。酔いがさめてないのかまだ顔が赤い。


「そこがハイパーキャンドルクリエイターのアジトってわけか」


 ひで子(48歳)が頷く。のぶ子(52歳)は生唾を飲みこんだ。


「のぶ子、きみはこの車の中で待っててくれ。ちょっとした危険な事態になるかもしれないんだぜ」

「ジョニーさん、私ジョニーさんが心配」


 今にも泣きそうなのぶ子の頭をなでて私は笑った。


「私は不死身のけつあごサラリーマンさ、心配御無用」


 私はひで子と2人でマンションの705号室へむかった。

 エレベーターで階をのぼっている途中、私はひで子に訊いた。


「キャンドルなんとかってやつの本名は?」

「鶴田っていう若い男。下の名は知らない」

「きみの話からすると、その鶴田って男が娘のひで美にちょっかいだして結婚話までもちこんだ、と」


 ひで子の身体は震えていた。


「許せない……あの男……」

「しかし、女はいつか結婚して親から離れてしまうものだぜ」

「そのくらいわかってるわよ!でも、なんでよりによってハイパーキャンドルクリエイターなのよ!」


「まず、その職業がなんなのかわからんな」

「そこよ、そこ」


 マンションがチン、と音を鳴らせて7階についた。急ごうとするひで子を抑えて、私が先頭になって705号室に進んだ。

 チャイムを何度か鳴らしたが、反応がない。どんどん、と叩いても返事がこない。


「おーい、私だージョニーだー開けろー」


 なにをやってもドアは開かない。留守か?しかし窓から明かりが漏れている。

 私はキャサリンから借りた改造警棒を取り出して、トイレの窓を割った。

 そしてここから入るようにひで子に催促した。


「ジョニーさん、なんでそんなもの持ってるの?」

「なぁに、友人からの借り物さ」


 トイレから進入した私たちは息をひそめてしゃべり声のする部屋の方向へしのび足で進んだ。


「ほらーどうだー!」

「きゃーすてきー!」

「これならどうだ!」

「ああーもう気絶しそうー!」


 男と女のかけ声がした。


「ひで美の声よ。もう1人の男の声はおそらく……」

「ハイパーキャンドルクリエイターの鶴田か」


 私はキャサリンから借りたコルトパイソンを取り出し、実弾を詰めた。

 立ち上がり、一気に廊下を走り、声のしてくる部屋のドアを蹴破った。


  コルトパイソンをかまえ、室内をうかがう。


     「動くな!」


 そこには、おかしな光景が広がっていた。あたりにろうそくが散乱している。新しいろうそく、溶けてなくなりそうなろうそく、一体どれだけの数だろう、100か、200か。


「な、なんですかチミたち!?」

「まあ、ママ!」


 ひで子はろうそくを握り締めて恍惚の顔をした女の腕を強引にひっぱった。


「ひで美、家に帰るわよ!」

「なにいってんのよ……これからダーリンとお楽しみなのに」

「あんたたちなにやってんのよ!」


 下着1枚だけ履いて、全身にろうを垂らした坊主頭の男が、申し訳なさそうに答えた。


「ろうそく祭りやってたとです……」

「なんなのそれ?」

「ママには関係ないことよ!出てって!」


 男はひで子に頭を下げた。


「デミーのお母さんでしたか。僕らは今ここでろうそくつかって遊んでただけでけっしてやましいことなどしておりませんので……」

「うちの娘をデミーなんて呼んじゃってもう!ろうそく遊びなんて1人でやってなさいよ」

「いやあ、これ遊び兼仕事でもあるんで」

「これのどこが仕事よ!」


「友達の飲み屋のショータイムで、僕がろうそくに火をつけて全身に垂らしたりして観客を楽しませるとです。それがハイパーキャンドルクリエイターちゅうもんですたい」


  私はかまえていたコルトパイソンをしまった。修羅場になるかとおもいきやこの鶴田という男、根はまじめそうだ。私の出番はなさそうだ。


「もう、馬鹿馬鹿しい!ひで美!結婚するならサラリーマンとかまともな職業の人にしなさい!」

「デミーのお母さん、それが僕中卒だし、こんなことやることでしか給料稼げませんねん」

「じゃあ今すぐデミー、じゃないひで美と別れてちょうだい!ひで美も33歳よ、結婚適齢期過ぎとるんよ!」

「ママ、あたし鶴田くん以外と結婚なんてできないよぉ……」


 デミーことひで美は泣き出した。ハイパーキャンドルクリエイターがよしよしと慰める。


「僕もまじめにサラリーマンになってりゃデミーと結婚できたんすかねえ、哀しいなあ」

「あなた、いい人そうだけどうちの娘の結婚相手としてはちょっとね……」


      「よし、わかった!」


 私が強引に会話に入り込んだ。鶴田くんはびっくりしていた。


「なんですかこのけつあご外人さん」

「あんたこそその格好なんなんだよ、ってそんなことはいい。サラリーマンになればデミーと結婚できるっていうのなら、きみ、私の会社に新入社員としてきてくれ。うちは自分の名前さえ書ければ誰でも採用さ」

「ほんとっすか!」

「いいだろひで子。この鶴田くんをうちの会社のサラリーマンにして鍛え上げる、立派に働けるようになったらデミーとの結婚も許してやれよ」

「……んー、まあ、それならいいかしらねぇ」

「やったあダーリン!サラリーマンがんばってね!」

「ああ、やってやるよサラリーマン」


鶴田は私に振り返った。


「ふつつかものですがお願いしなっす!」

「うん、ところで君の本名は?」

「鶴田ヒカルっていうです」



「じゃあ職場でのあだ名はつるピカに決定だな」



 私の名はジョニー、ジョニー・ヤングマン。仕事に使えそうな奴を見る目に自信のあるサラリーマンさ。




―――to be continued

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