第8話 Petrol


 土曜の夜、サタデーナイト。

 私はミニクーパーでハイウェイを飛ばしていた。私の名はジョニー、ジョニー・ヤングマン。


 ハードな平日出勤を終えて週末の時間を自由に楽しんでるところさ。


 BGMはOrbitalの”Petrol”、深夜の空気にお似合いのクラシックテクノだ。


 助手席にはご近所さんの主婦、山川のぶ子(52)が座っている。ちょっと危険なアバンチュールの最中ってとこだ。


 のぶ子は子供のように目をきらきらさせていた。


「ジョニーさん、私夜遊びなんて28年ぶりよ」

「ハハハ、そうか」

「結婚してずっと育児と家事に追われてきたからねえ。今じゃ孫もいるし」


 孫のいる女性と夜中にドライブってのもオツなものだ。会話も弾むしアクセルを踏む力にも気合がはいる。


「ねえ、聞いてジョニーさん」

「なんだい、のぶ子」

「友達にひで子って子がいるんだけどね、その子の娘さんがもうじき結婚するのよ」

「そいつぁめでたい話だぜ」

「でもね、ひで子はそれを反対してるのよ。うちのひで美をあんな男には渡せないって」

「そりゃまたどうして?」

「ひで子の娘の婚約者の職業が問題なのよね。ジョニーさん、”ハイパーキャンドルクリエイター”ってわかるかしら?」

「なんだいそりゃ。新人芸人かなにか?」

「いえ、そういう職業をしているらしいのよ。ひで子の娘の婚約者さんがね。それでひで子、『ハイパーなんとかで食っていけると思ってんのか』って頭カンカンにしちゃって今すっごく険悪なの」


「……難しい話だな」

「ひで子ったら、娘さんと喧嘩しちゃって今場末のホストクラブに入り浸っているのよ……ジョニーさん申し訳ないんだけどひで子の力になってくれません?」

「人助けは私の趣味さ。そのホストクラブってのはどこにあるんだい?」

「このハイウェイをずっと進んだ先に”ハンサム工房”って看板出てるから、そこへいってほしいの」


 私はアクセルを思い切り踏み込んで6速にギアチェンジした。信号が赤だったがぶっちぎった。


 ホストクラブ”ハンサム工房”は見た目ふつうの居酒屋ぽかった。何人ものイケメンの写真が店の前に貼られている。


「ちょっとそこの店にいるひで子って女に用があるんだが」


 店の前のサングラス、スーツ姿の男に訊いた。


「なにもんだあんちゃん。ここはけつあご野郎のくるとこじゃねえぞ」

「ひで子って女と話したいだけだ、どうすりゃいれてくれる?」

「いいものくれたら考えてやるよ」


 私はポケットからブラックサンダーいちご味を取り出してサングラスの男に渡すと、男はいいもんもーらいっと喜んで通してくれた。


 ハンサム工房内は薄暗い明かりの中、BARのようにカウンター席がいくつか並んでおり、その向かいにホストがいた。

 1人寂しそうに飲んでる年齢48歳くらいの女がいた。


「ひで子……心配でついきちゃったわ」


 振り返った女はウーピーゴールドバーグによく似た女だった。これがひで子か。


「のぶ子、ほっといてっていったじゃない!これは私と娘の問題なんだから!」

「大事な友達ほっとけないわよ!私たちなにか助けにならないかしら?」

「そっちのけつあご外人は誰よ?」

「ああ、この人はジョ……」


 のぶ子の言葉をさえぎって私は名乗った。


「話は聞いてるよひで子。私はジョニー。ジョニー・ヤングマン。悩める者を救う聖なるサラリーマンさ」


 ひで子は不快な顔でブラッディマリーを一気飲みした。


「ケッ、聖なるサラリーマンさんが私のようなあばずれ女になんの用なの?」

「ひで子、酒は自分の心を慰めるために飲むものじゃない、楽しむために飲むものさ」


 ひで子はグラスを床にパリンと叩きつけた。砕け散った破片があたりに散乱する。


「あんたにあたしの気持ちがわかる?わけのわからない職業やってるうさんくさい男に娘をとられそうになってる今のあたしの気持ち!」


 私はハンカチを出してそっとひで子の指を拭いた。


「グラスの破片で血が出てるぜ、グラス割るときはもっとうまくやるんだぜ」


 ひで子は私に出血をおさえられてから泣き崩れた。


「だって、32年もあたし1人であの子育ててきたのに!」


 今のひで子が48歳だから、16歳でひで美を産んで育ててきたのか。どれだけ苦労したのか私には想像もつかなかった。


「あたしがこんな人生だったから娘のひで美には幸せになってほしいのよ!」


 私はひで子の指にそっとキスして、乱れたひで子の髪をくしで整えた。


「このジョニーが、きみの悩みを解決してやるぜ」



―――to be continued……

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