第5話 Funny Wathing

葛飾のアパートの一室。畳の上で私は寒さにうずくまっていた。

日本へきて始めての冬。ニューヨークよりも寒いことに気が動転している。

私はジョニー。ジョニー・ヤングマン。寒さと空腹でもうじき天寿をむかえそうなサラリーマン。


コンコン。ドアをノックする音。誰だろうか、わからなかったがとりあえず助けをもとめた。


「空いてるよ、はいってくれ」


のぶ子が、清楚なワンピース姿で現れた。ワンピースの色は薄いグリーン。白い帽子をかぶっている。草原で微笑んでいそうな雰囲気の淑女だ。さしずめ草原ガールといったところか。


「ジョニーさんてば、そんなとこで寝てたらかぜひいちゃうよん」

「……寒くて動きがとれないんだ、のぶ子」

「お仕事の時間でしょ?」

「交通事故で片手がふっとんだって仮病を電話して今日は休養日さ」

「まあジョニーさんずるっこ」

「これもサラリーマンの処世術さ……」


私はのぶ子の格好と実年齢が合ってないことを指摘使用としたがその前に意識を失った……。



目を開けると、そこは布団の上だった。私はブリーフ姿で大の字になって寝ていたようだ。

私の顔に陰がかかった。見覚えのある老女だ。のぶ子……なにをしている……。

のぶ子は敷布団の上に仰向けになった私に毛布と掛け布団をかけた。

それから室内の隅にある灯油ストーブに火をつけた。


「ああ、あったけぇ……あやうく去年亡くなった祖母と再会するとこだったぜ」

「さあ、ジョニーさん。今日は私のぶ子があなたのママになってみせますわ」


そういってのぶ子は私のひたいに氷枕をのせた。ひんやりして気持ちいい。


「おなかはすいてない?」

「ちょっと軽く、焼肉セットでも食べたいな」

「ちょっと、でそんなボリュームあるものたのんじゃだめでしょ。おうどん作るわね」


私はけつあごをぽりぽり掻いて天井の一点をじっと見ていた。


4畳半のかび臭いアパートに男と女が1人。世間はこれをどう見るだろうか。……いや、私はのぶ子との間にやましい関係なんてないんだ。誰にもなんとも思われないさ。


「できたわよ~」


ほかほかうどんをおぼんに載せて私の前まで持ってきた。


「のぶ子、君が作ったのかい?」

「ええ、のぶ子スペシャル剛球三塁打うどんっていうの」


のぶ子はバッティングセンターのオヤジのように三塁打を打つジェスチャーをした。

最近ようやく慣れてきた2本の箸で白いうどんをずずーっとすする、うまい。


うまうま……ずるずる……うまうま……ずるずる……


「はーいここでのぶ子クイズ!」


不思議なポーズで私に眼差しを向けてきたので思わず見つめあった。


「問題。のぶ子が先週のママさん草野球で打ったヒット本数は?」


いきなり難しい。ていうかこの人草野球チームだったんか。

しかもノーヒント。私はうどんをひとしきり食い終わって、でかいゲップと同時に回答した。


「ぐいいぃいっっぷぉん?」

「ピンポーン!正解はヒット一本でした~!」


そしてそそくさと洗面所のほうへと逃げるように去っていった。

普通の格好になって戻ってきたのぶ子。さっきのクイズの意味はなんだったんだろうか?


「どう、クイズ正解して元気でたかしら?」

「えっ、あれって元気出すためのクイズ?」

「もちのろんろん♪」

「あー、まあ、うどんうまかったし、、、いいか」


キャッホーイ!とその場で飛び上がるのぶ子(推定52歳)


「おなかいっぱいね。あとはテレビでも見て暇つぶしてて!」

「のぶ子はどうするのさ?」

「幼稚園児の孫の送り迎え」


のぶ子は孫の送り迎えのために私の部屋を去った。本当に気の効いてくれる女性さ。

ときどき自分の年齢に合わないびっくりサプライズするとこがたまにきずだが、な。


熱は多少下がったか、以前より頭痛が弱い。仕事にもいけず外出する気力もないんじゃ部屋でおとなしくしているしかない。

私はテレビをつけた。ちょうど午後12時だ。


2人の若手ダンサーが歌いながら踊っている。その2人の間を割って入ったサングラスの年齢不詳のスーツ男が歌いだした。



  ご機嫌ななーめはまぁーっすぐに!


    昨日までのガラクタを 処分処分


   楽しませすぎてもごめんなさい


         時間通りにカムウィズミー

 

 ●っていいともうきうきウォッチング


       今日がダメでもいいtomorrow


   きっと明日はいいtomorrow


       いいともいいとも


              いいtomorrow……


一通り歌い終わったサングラスの男。画面は暗転し、男は華の飾ってある場所に座っていた。


「今日はいい天気ですねー」

「そうですねー」


観客が退屈そうにあいづちを入れる。


「明日は寒くなるんだって」

「そうですねー」

「三丁目の飯田さんが昨日他界したってね」

「そうですねー」


私はなんともいえぬ寒気をおぼえた。サングラスの司会者の言葉に、なにひとつ疑問をもたずそうですねーを連呼する観客。彼らには自分の頭で考える知能をもっていないのか?


サングラスの世にも奇妙な男が言った。


「それでは今日のゲストは昨日の瀬戸内寂聴さんからの紹介で、人気ロックバンド”ALL DEAD”のリーダー、ジョン松太郎くんです」


思考回路ゼロの観客がわーわーきゃーきゃーと断末魔のような叫びをあげて、登場したのはタンクトップに半ズボン、もみあげが異常に長いイケメン風ブサイクさんだった。


「どうも、ジョンです……」

「あれ、ジョン君髪切った?」

「いえ、ここ三ヶ月伸ばしてます」


サングラスの司会者はチッと舌打ちして床につばを吐きかけた。ゲストが話題をふってきた。


「ところで、タモー、あんたこの番組やってていやにならない?」

「妙なこと訊いてくるねあんた」

「だってさ、こんな流行にのってるタレント集めてぎゃーぎゃー騒いでる客の前で律儀に司会進行なんてしちゃってさ、おれだったらやだね」


サングラスの司会者は神妙な顔つきで、スタジオ全体を見渡した、そして底抜けに悲しい表情をうかべた。


――毎日同じ時間に同じことをやって知能指数の低い客がわーわー騒ぎ立てるだけ。おれはこんなことをするために芸能界にはいったのか?欲しかったのは金か?名声か?いやそのどちらでもない。本来オレがほしかったのは……!


サングラスの男の心境がテレビを観ているこちらまで伝わってきた。


「あわれな、紳士だぜ……」


シラフでこの番組を観ていることができず、私は戸棚からウイスキーモルツを出してラッパ飲みした。

ゲストのジョンが葉巻をくわえて火をつけてふかした。


「タモー、本当の胸のうち、ここらでぶちまけてごらんよ」


導火線に火がついたごとく、サングラスの司会者はテーブルの上にたって、マイクを握って観客に向けて吼えた。


「暇人バカ女ども!おまえらが観たいのはオレじゃなく毎回雨後のたけのこのようにわいてくる旬のタレントだろ!?オレは一体なんだ?狂言回しか?なぜオレを観ない?なぜオレの楽屋での苦労を察しようとしない?」


司会者は続けた。


「貴様らは豚だ!豚のように阿呆だ!ゲストにイケメン俳優や人気女優が出てきただけで湯が沸騰するかのようにぐつぐつ煮えたぎって刹那的な興奮を共有したがる!それになんの意味がある!?時間の無駄でしかないじゃないか!オレは貴様らに挑戦する……真のオレの魅力を、いまこの場でみせてやろうじゃないか……」


サングラスの司会者はトランペットを取り出してマイルズデイビスの演奏をはじめた。あっけにとられていた観客は最初しん、と静まり返り、やがてあちこちですすり泣きはじめ、演奏が終わると大喝采が巻き起こった。


ゲストのジョンが葉巻をテーブルに押し付けて、にやりと笑った。


「ああ、それでいい。それでこそ日本一哀しいコメディアンだ」


その後もサングラス男は次々に奇妙な形態模写から人の言葉と思えぬしゃべりをしつづけた。

テレビをつけっぱなしにして、いつのまにか私は眠りについていた。



……to be continued


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