第4話 My Heart Is In Your Hands
ひどく悲しい夢を見た。妹のキンバリーが結婚する夢だ。相手は影のようでわからなかったが、体臭からしておそらくアイツだと検討がついた。
「キンバリー、兄を置いてどこへいくんだ?」
「愛しのダーリンと2人で幸せな結婚生活おくるのよ」
「相手は誰だ?その嗅ぎ覚えのある体臭は!」
影が私に近づいてきた。体臭はますます匂ってくる。私はその影の名を呼んだ。
「ゴンザレス―――!」
夢から覚めたとき、ベッドの隣にキンバリーがいびきをかいて寝ていた。その隣になぜかイタリア人がいた。
「なによお兄ちゃんまだ寝ていたいのにぃ……」
妹の化粧が落ちて若干老けた顔を私は見た。女とはメイク次第でここまでかわるものなのか。
「兄の話を訊いてくれ。私を頼って日本にきたまではいいがそれからどうする?四畳半の一室じゃ私1人しかいられないぞ。居候なんて無理だぜ」
「ふにゅぅ……今日不動産屋で安いアパート探してくるニョッ!それまでもうちょっと待ってお兄たん♪」
「それから隣のイタリア人、どうして呼んだ?」
イタリア人が目を覚まして私に言った。
「ゴンザレス、トーキョーでも、ゴンザレス」
「言ってる意味がわからないが私をあてにして憑いてくるのはやめてくれ」
「ゴンザレス、アメリカ飽きちゃった。日本行きたい、思った。そしてキンバリーちゃんに誘われてジョニー兄さんのとこまできちゃった」
普通の会話は通じなさそうだ。しばらくここにいていいから早めに住むところをみつけるよう促して私は仕事へいく準備をした。
スーツとネクタイ、仕事用書類の入った鞄を持って駐車場のミニクーパーに乗り込んだ。
これまでは電車で行ったがさすがにあのラッシュに耐え切れず自家用車で会社まで行くことにした。
カーステレオから THE BLUE HEARTS「TRAIN-TRAIN」が流れてきた。いい歌だ。ブルーハーツは日本語歌詞の意味までわからなくとも歌っている男の情熱が耳に注ぎ込まれるようで心地いい。
この歌は車の中より電車内で聴いたほうがマッチしそうだ。
台東区の日本クルーガー社に到着。珍しくジム社長が1番乗りでキャサリンとミッチもすでに事務作業にはいっている。
私の存在に気づいたミッチがいった。
「ジョニー遅いよ、罰金ものだよ?」
「普段は君のほうが一番遅いじゃないか」
「それとこれとは別腹じゃん!」
ミッチとの会話が噛み合わず、私は席について書類チェックとパソコンへのデータ入力を始めた。
キャサリンはピンクのワンピース姿でキーボードを打っている。不意に私のほうを見て言った。
「こないだ面接にきたダニエル増尾くん、重態ですって」
「ニュースでみたよ。……やったの君だろ?」
「私は直接手を下さなかったわ。”キャサー愚連隊”のメンバーに指示しただけよ」
背筋がぞっとした。
「……なんだそのキャサー愚連隊てのは?」
「平たく言えば私の子分ね。オラついた男が3人」
「子分を3人持つOLっての聞いた事ないぜ……」
「ジョニー、あなたは私の仕事のパートナーだから私の子分に危害を受けることはないから安心して」
「……まったく、きみにはかなわねえや」
やれやれ、と小さくため息をして私はコーヒーをすすった。
ジムが申し訳なさそうに社員3人にむけて言った。
「あのー、もうちょっと人手ほしいけどねぇ、だめな子ばっかくるんだよね」
キャサリンが返答した。
「うちの会社、社会落伍者更生施設のように思われてるんじゃないかしら?こないだの現実から逃げ続けてる35歳職歴なし自称シンガーソングライターみたいなのとか」
ジムはぷくぅー、と頬を膨らませた。
「それ言われるのちょっと心外っすわ。うち普通の営利企業じゃん?ダメ人間更生なんてしてられんのよ。即戦力どっかで見つけなーあかんのじゃ」
私は2人の間に入った。
「まだここで仕事初めて半月くらいじゃないか。ゆっくりたっぷり時間をかけて、ねっとり人選したらいいじゃないか」
「うーん、果報は寝てまてってかぁ」
その後は世間話や野球の話、大根の安い店の情報交換、ブラックサンダーを大人買いするときのコツなど、世間話で盛り上がって仕事はほとんどはかどらなかった。
「おっと定時だ。みんなーおつかれさん~」
ミッチは急ぎ足で退社した。おそらく午後6時に放送される「魔法幼女ぷりぷり娘」を家で観たいのだろう。ジムも解散~と気の張らない声で業務終了を告げて退社の支度をした。
残された私とキャサリンは目を合わせて言った。
「この会社大丈夫?」
ミニクーパーで帰る途中カーステレオからは矢沢栄吉の「チャイナタウン」が流れていた。
仕事で疲労した身体を優しく癒すようなEIKICHIの歌声、心地良い。
アパートの近くにあるのぶ子の家を通るとのぶ子と目があった。せっかくだから軽く話していこう。私はミニクーパーを降りた。
のぶ子は地べたにあぐらをかきながらワンカップ大関を飲んでいた。
「おいおいのぶ子。こんな時間に安酒とは随分やさぐれちゃってるじゃないの。家庭内で問題でもあったのかい?」
のぶ子はぐいっと飲んでから、きつい匂いのするゲップを出した。
「問題なんてないわよジョニーさん。今日は私以外皆外食するっていうから私はお留守番」
「それで、酒か」
のぶ子はワンカップを私に勧めてきたが飲酒運転は困ると断った。
「まったく、主婦って悲しいわよ。毎日家事洗濯料理をして1日が終わっちゃうんだもん」
やさぐれたのぶ子は普段とまるで雰囲気が変わっていた。普段ストレスを発散できないから酒によって日ごろの鬱憤を吐き出しているようだ。
「のぶ子、そんなにやさぐれるんじゃないぜ。あんたの旦那は毎日仕事で苦労してるしあんたの子供たちだって勉強や部活に忙しいんだから」
「あら、私の子供2人いるけど両方とも成人よ」
「あ、そうなん?」
「のぶおと、のぶひさ。のぶひさのほうは結婚して子供いるのよ」
「じゃあのぶ子、孫がいるのか。初耳だ」
「孫の名前はのぶ五郎、まだ2歳」
「名前の『のぶ』は引き継がれているんだな……」
私とのぶ子が『のぶ』という言葉について談義しているとアパートのほうから騒がしい声がした。
「お兄ちゃーん!報告ゥ!!」
キンバリーがゴンザレスをお姫様だっこしながら歩いてきた。
「なんだその異様な絵ヅラは?」
「私この人と同棲することにしたわ!住むとこはここからそう遠くないアパートの”メゾン・デッドウォリアー”ってとこ」
自分の娘がこの得体のしれないイタリア人と同棲か。私は複雑な気分になった。妹にお姫様抱っこされているゴンザレスが涙目で私をみつめてぼそっと言った。
「お兄ちゃん、ありがとう、ゴメンね……」
「もうすでにお兄ちゃん呼ばわりなのか」
『メゾン・デッドウォリアー』は私のアパートから車で10分ほどの場所だ。そこで妹とイタリア人がどんな生活をするのか気にかかるところだが、最悪、妹とは家族の縁を切って赤の他人になるということも……。
まっあの妹をわけのわからないイタリア人が上手に付き合えるとは思わないがね。
―――to be continued……
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