第3話 You Get What You Give
4畳半の室内に太陽の光がはいってきた。私はむくっと起き上がり、カーテンをしめた。
「まぶしいっつうの」
朝から太陽に八つ当たりしても無意味だが、眠りを阻害されるのは憤慨ものだ。
私の名はジョニー。ジョニー・ヤングマン。東京葛飾へ来て生活にも徐々に慣れてきたアメリカ人さ。
スーツに着替え、ネクタイを締めてヒゲと体毛の処理をした。東京へきて初の出勤日さ。
勤務先の日本クルーガー社へは電車で片道30分。通勤ラッシュというやつで、人に押されたり押し返したりだ。日本のサラリーマンはよくこんな経験を毎日できるものだ。
変わった顔をしたOL風の女が私にぶつかり、私をにらんできた。痴漢かなにかと間違われたのだろうか?
私はギョロ目で女にガン睨みをすると女は「この人危ないわ……」とでもいいたげに目をそらした。
台東区の一角にあるビル群の中でも一際こじんまりとしてボロッボロの建物が私の勤め先、日本クルーガー社だ。
海外雑貨の販売や他企業への営業が主な職務さ。
小便臭いエレベーターに乗り、3階で降りると廊下のクモの巣を片付けながらオフィスにたどりついた。
「グッドモーニン」
室内にはまだ誰もいなかった。私が一番のりということか。
「ジョニー用」と書かれた席に座ってパソコンを立ち上げ、ハンゲームで遊んでいるとジム社長とミッチが肩を組んで室内に入ってきた。
「やっほージョニー」
「遅いぜお二人さん。キャサリンは?」
ジムが答えた。
「スピード違反からのー警察から注意のーキレて警察ボコりーのー、で今留置所におる」
「まったく、日本きて早々とんだことしてくれるビッチだぜ」
やれやれ、と私は肩をすくめた。しばらくは3人で仕事をしていくしかなさそうだ。
ジムは一枚の写真を私に見せた。日本人だ。年は30過ぎくらいか。
「この子が新入社員として今日ここくるんだけどさー、ジョニー一緒に面接やってくんない?」
「私が面接官か……いいだろう、新人に期待するぜ」
ダイドーのコーヒーを飲みながら3人で雑談をしていると午前10時になってドアをノックする音がした。
「あいよーどなたー?」
ジムがドアを開けると1人の中年が立っていた。
サングラスをかけて髪をワックスで逆立てて鼻と耳にピアス、バンダナを巻いて黒いジャケットとジーンズといういでたちだ。
背中にはギターを抱えている。
「またせたな、オレがダニエル増尾だ」
「あー今日面接の予定の子?ずいぶん派手な格好ね」
「面接って、気合入れてナンボでしょ?これくらい当たり前よ」
ダニエル増尾、と名乗る青年はサングラスを外してあいさつをした。その目はファッションとは対照的につぶらで純朴だった。
「じゃーこっちの室で面接しよー。ジョニーもおいで」
ジムに誘われて青年と私はメインフロアとは別のソファのある室へ入った。
ダニエルはソファにドシッと勢いよく座り、足を組んでサングラスをかけなおした。
向かいの席に私とジムが座る。しばしの沈黙の後、ジムが切り出した。
「えーと、履歴書には『増尾よしひろ』ってあるけど、本人よね?」
「そんな名前は親が勝手にオレにくれただせえ名だよ。オレのことはダニエルって呼んでくれ」
「まぁ……まずはギターをテーブルに置いたらどうかな?重いっしょ?」
ダニエルは急にけわしい顔になった。
「オレの魂をオレから奪うってのかよ!」
「いやそうじゃなく、邪魔そうだし」
「邪魔だぁ!?オレぁこいつに人生かけてんだよ!」
ふたりのやりとりを見ていて、私はああ、こりゃ駄目だ、と思った。キャサリンがこの場にいたら容赦なく拳銃でこの青年に発砲しているだろう。
ジムは面食らったらしくうつむいて無言になった。私は険悪なムードの2人の間に割って入った。
「ダニエル君。今日は口喧嘩じゃなく面接にきたんだろ?落ち着いてこちらの質問に答えてくれるかい?」
「ああ、答えられる質問だったら答えてやるぜ。……それと、ダニエルじゃなくダニーでもかまわねぇ」
「じゃあダニー。この社を選んだ志望動機は?」
「そりゃ金だよ金。サラリーマンやるのに他に理由あるってのかよ?」
「ぶっちゃけるなぁ。普通この会社の魅力とか仕事のやりがいとか話すとこだぜ?」
「サラリーマンの仕事に魅力もやりがいもねぇよ!金だけ稼いで貯金たまったらバンドメンバーでライブ会場貸しきりにすンだよ」
「随分と元気だね」
「あんたら社会の歯車にゃわかんねぇだろな。オレにゃでっかい夢あるからよ」
「夢っていうと?」
「日本最高のライブをやってオレとオレの仲間の音楽を全国に、いや世界中に轟かせてやンだよ!」
ふぅ、とため息をついて私は話を続けた。
「きみは来るとこ間違えてるぜ。レコード会社の新人オーディション行ったらどうかな」
「はぁ!?せっかくオレがサラリーマンで働いてやるっていってんのに何いってんだこのけつあご!」
「夢を叶えるんであればサラリーマンなんて寄り道してないで音楽業界の人たちに売り込んだほうがいいぜ」
「現実知らねぇなあけつあごさんよ。バンドやってくのにも金が欲しいんだよ。昼間はサラリーマンやってちょっとでも金稼いで夜は毎日バンドの練習してぇんだ。バンド活動に金かかるんだよ」
「きみがスーツ着て身奇麗な格好で毎日我が社で礼儀正しく働くトコ想像できないぜ」
「スーツなんぞ着るかっての!オレはこの格好で会社通うんだ!」
黙っていたジムが、テーブルの上にダニエルの履歴書を置いた。
「ごめん、不採用。許してちょ」
ダニエルが顔を真っ赤にした。
「はあぁ!?オレが不採用だとコノヤロウ!何がいけねえってんだよ言ってみろよ社会の歯車さんよぉ」
「まあ縁がなかったっつうことで。別の会社探してくり」
「薄汚ねぇサラリーマンどもにはオレの価値がわかんねぇんだろうな!あばよ!」
ダニエルは立ち上がってドシドシと大きく足音を立てて部屋を出て行った。去り際に一言、なめんなアメ公!と言い残して。
ダニエルとすれ違いざまに入ってきたのはキャサリンだった。あきらかに不機嫌な顔をしていた。
「ハイ、ジョニー」
「キャサリン、ムショ帰りか?」
「罰金と執行猶予だけで済んだわ。それよりさっきまでの会話ドア越しに聞いてたわよ。……あの子ちょっと教育してやりたいわね」
「そうか……ちょっと待て!」
コルトパイソンを抜いて実弾をこめているキャサリンを私はとっさに止めた。
「また留置所いきになっちまうぜ」
「私ああいう社会人やサラリーマンなめきってる人って苦手なのよ」
「だからって射殺とか考えちゃだめだぜ。きみが前科者になるのはつらい」
「そうね、じゃあ軽くおしおきってことにしとくわ」
キャサリンはヴィトンのバッグから防犯用の警棒を取り出してでかい態度で道路をのし歩くダニエルの後をこっそりついていった。
警棒は市販で売っているものを独自改造で電気ショックが流れるようにした「キャサリンエクスカリバー」だった。
「新人さん、駄目だったねぇ」
ジムが肩を落として言った。
「これからは履歴書の時点である程度人を見抜かなきゃ、な!」
私はジムをなぐさめてメインフロアに戻った。おやつを食べていたミッチからおやつを取り上げて3人で地道な事務作業をしているうちに日が暮れた。
おつかれさん、と職場仲間にいって私は電車に乗って葛飾へ戻った。駅からアパートへ歩いている途中、主婦の山川のぶ子と出会った。
「あらジョニーさん」
「やあのぶ子。今日は初出勤だったんだ」
「それでスーツ姿なのね、まぁ凛々しい。まるであなたのお父さ……あっなんでもないわ」
何か言いかけてのぶ子は口をつぐんだ。言いたくないことを深く追求しても私とのぶ子の距離が遠くなるばかりだろうと、私は朝の連続テレビドラマの話題で盛り上がってから、夕食と風呂のために自室に戻った。
翌日の新聞の3面記事で、『増岡よしひろさん(35)路上で暴漢に遭い硬い棒のようなもので殴打され全治2ヶ月の重症』の記事が載っていた。
―――to be comtinued……
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