第2話 Flow My Tears
深夜3時。季節はずれの蚊が辺りを飛んでいた。時折耳元で不快な羽音が聞こえてきた。
気配のするところに拳を突き出すが蚊には命中しない。
仕方なくバルサンを炊いて一網打尽にすることにした。煙が出ている最中はベランダから室内を眺めて何匹かいる蚊の断末魔を楽しんで聞いていた。
私の名はジョニー。ジョニー・ヤングマン。蚊とかハエとか小さな虫には容赦なく全力でいく男さ。
アメリカのマンハッタンから会社の都合で日本に来てから、もう5日が過ぎようとしていた。
その間やったことといえば、外出して散歩や買い物、家では読書や映画鑑賞という、マンハッタンで暮らしていたころとなんら変わってない。
一番の収穫は近所に住む老熟女、のぶ子と親しくなったことくらいか。
もっと日本ならではの遊びや観光旅行をしたいものの、キャサリンは3トントラックでスピード違反をやらかして、警察に切れてボコッて留置所行き、ミッチは日本アニメにはまって寝てるとき以外アニメ三昧という。
ジムは新しい社屋建設に関わっていて忙しいし、遊び相手がつかまらない。
サンダルをはいて朝食のパンを買おうとコンビニに行こうとしたら、途中でのぶ子と出会った。のぶ子は毎朝早く起きて家の周りの掃除をしている。
「グッドモーニングのぶ子」
「あら、ジョニーさんおっはー」
『おっはー』という謎の日本語が理解できなかったので私は愛想笑いでごまかした。
のぶ子は時折腰をぽんぽんと叩きながらほうきで家の前をはいている。のぶ子が言った。
「ジョニーさん、日本人のお友達はできたかしら?」
「いやぁ、まだ日本語もまともに習得できないし、遊び相手がいなくて退屈してるぜ」
「そうねぇ、1人で遊ぶんならパチンコでもいくといいかもねえ」
パチンコか。日本で公認されている数少ないギャンブルだ。賭け事はあまり好きではないが暇つぶし程度にはいいかもしれない。
「のぶ子もパチンコやるのかい?」
「私も昔亭主とやってたけど亭主がはまりすぎて借金してパチンコ打つようになってねえ。借金500万抱えてしまったのよ。祖父母や親戚から金借りまくってなんとか風俗に売られずにすんだわ」
「おっと、ハードな話だぜ」
「1万円、2万円くらい持っていって打ってみなさい。負けても勝っても小遣い程度くらいがはまりすぎずいいのよ」
私はのぶ子の意見に賛同してアパートに戻り1万円を握りしめて町外れのパチンコ屋へ歩いていった。
パチンコ店『ロサンゼルス』……おそらくはアメリカ最大のギャンブル地域から拝借した店名だろう。
日本にロサンゼルスがあるというのはなんとも腑に落ちないが気にしないことにした。
店内はパチンコ玉の流れる音と台から流れるBGMで騒音状態だった。よくこの喧騒の中こつこつと玉を打てるものだ。
さっそくどれか打ってみようと思ったが、あいにくルールを知らないことに気づいた。
私は空き台に座った。
『CRガチホモ野郎道』という台だ。
金をいれて玉を出して、玉をハンドルで打つ、ということは知っていたがやりかたがわからず金を玉にしてから、しばらくじっと台を見ていた。
筋肉質のヒゲの男たちがポーズをきめて笑顔を見せている。アメリカでもゲイバー街によくこういった野郎たちを見かけるが、これがパチンコ台というのがいささか解せなかった。
「外人のお兄ちゃん。打たないの?」
隣の席の男が私に声をかけてきた。白髪の多い初老の男だ。
「実はパチンコってのが初めてでね。やりかたがわかんないのさ」
「やりかたなんぞ簡単よ。ハンドル握って玉打ち出して液晶画面の下にあるスタートチャッカーに玉が入れば画面のスロットが回る。何度も回して絵柄が揃えば当りよ」
「ワオ、わかりやすい説明サンキュー!」
「しかし外人さん、初心者が野郎道とは渋いねぇ。最近はアニメやゲームの版権物が多くっていけねえや」
「なんとなく、この台にしてみたのさ」
「応援するぜ」
初老の男が隣の席で食い入るように台を見ている。私がハンドルを握ると玉が次々飛んでいった。
「パチンコってのはな、釘と玉が織り成すオーケストラよ。釘の弾き方を読み玉の流れを読み、チャッカーにドカドカいれるんじゃ」
なるほど、と私はハンドルを握り続けた。玉が10個に1個の割合でチャッカーに入る。チャッカーに玉が入ると画面の絵柄が回転した。
絵柄はいずれもマッチョでヒゲの雄男ばかりだ。時々野郎たちがウォー、フガーと声を出してこちらを威嚇してくる。
そうこうしているうちに15分ほど経ち、右の細マッチョと左の細マッチョが並んだ。初老の男が熱い口調になった。
「おっリーチきたな。これで絵柄が3つ揃えば当って出玉がジャンジャンよ」
「ジャンジャンきやがれ!」
私は食い入るように画面上の野郎たちを凝視した。
左右の細マッチョが真ん中の回転する絵柄に向けて腰を振る演出をしている。
腰ふれ、もっと腰ふれと初老の男が自分が打ってるかのように熱くなっている。
中央の絵柄は相撲体型の野郎が止まってリーチは外れた。
「まったくのう、最近の台はガセリーチばっかだよ。それでも辛抱強くリーチが続けばいつか当るんじゃ」
私は玉が尽きたのでボタンを押して金を500円分銀玉に変えた。
「気合入れていくぜ!」
「外人の兄ちゃん、その勢いじゃ!」
何度目かの回転の後、またリーチ。相撲体型がこちらにケツを向けてフリフリした。
「今のはいい演出じゃ。リーチ発展期待じゃ」
真ん中で回る絵柄が高速になって画面が切り替わった。
左に相撲姿の男が四つんばいになって右のヒゲマッチョにケツを向けている。ヒゲマッチョがムチで相撲野郎をびしばし叩く。尻がだんだん赤くなっていく。
「尻が完全に赤くなってケツから血が噴出せば当り確定じゃ」
「いやーな演出だぜ」
ケツをムチで叩かれ相撲野郎がアンアンと女のように鳴く。しかしケツからの血は出ずにリーチは流れた。
「惜しかったな外人の兄ちゃん。次のリーチにかけよう」
「こうなりゃ当るまで打ってやるぜ」
その後2000円ほど玉に変えて打ったがリーチもかからずさすがに私も苛立ってきた。
ドン、と台をどつくと突然画面が暗転して赤い文字がでかでかと現れた。
『お祭りチャンス!』
すべての絵柄の野郎たちが一同に介し、わっしょいわっしょい臭ぇぜ雄軍団、とおかしな歌というか音頭が流れる。祭りの興奮とともにかけ声はでかくなり、上のほうから巨大な男の尻がおもむろに出てきた。
「外人兄ちゃん、これいけるぞ!」
「一体なにがはじまったんだ!?」
「お祭りチャンスじゃ!上のデカ尻から出る玉に注目しろ。銀玉ならハズレ、茶色玉なら大当たり確定じゃ!」
「おじいちゃん、パチンコの玉って全部、銀では……?」
「こまけえことは気にすんな!そういう演出だってばよ!」
画面上部の巨大な桃尻がふるふるっとふるえて、うーんうーん、とうめき声が流れてきた。ヒゲマッチョ野郎たちは下のほうでまだワッショイワッショイ!と祭りのノリだ。
うーん……ううーーん…………あっ……
尻から茶色のパチンコ玉が出てきてⅤゾーンと呼ばれるポイントに入った。
「 「 大当たりじゃああああわっしょい! 」 」
「おじいちゃん、勝ったのか!?」
初老の男は涙を流していた。
「この台でお祭り当りするの見るのは、今はこの世を去った唐吉兄さん以来じゃ……ありがとのう、外人さん」
アタッカーと呼ばれる下の皿が開き、玉をぐんぐん吸い込んでいく。吸い込まれた玉は茶色のパチンコ玉となって私のプラスティックの箱の中へ溜まっていった。
「じいちゃん、当ったのはいいけど出玉が全部茶色いっつうの」
「出玉は出玉、ちゃんと景品と交換できるから安心せいや」
励ますように老人は私の肩をポンポン、と叩いた。
『お祭りちゃーんす!』
アタッカーが一度閉じて、また上から巨大な尻が出てきた。ヒゲマッチョの男衆がざわざわいっている。隣の老人が尻の一点を指差した。
「ここからアイツがでれば継続じゃ!」
老人の指した穴から、赤いパチンコ玉がでた。
『わっしょい』 『ワショーイ』 店中にかけ声が響いた。
「蓮チャンじゃーついとるのう外人さん!」
またアタッカーが開き、銀玉を吸い込んでいく、そして赤い玉となってプラスティック箱に吐き出される。
「当ってるのはうれしいんだが、なんか、こう、複雑な気分だぜ」
「どういうふうに玉が転がって勝つかなんてどうでもええんじゃ。当りは当り。外人さん、あんた今日この店のスーパースターじゃ!」
私は眠くなってきたのでハンドルを老人に持たせて休憩椅子で軽く睡眠をとった。目覚めるころには老人の周囲に赤や茶色のパチンコ玉の山が20箱ほど積まれていた。
換金所で景品交換したときには、すでに時刻は午後5時をまわっていた。1万円投資でここまで儲かったのはありがたいが、しかし何かむなしい気分も隠せなかった。
「で、結局いくらじゃった?」
「26万」
「ほほー今時ホルコン操作でも店はそんなに出してくれんぞ。外人さん、あのガチホモ野郎たちに愛されちまったな」
「ははは、気の悪い冗談だ」
私は1万円札を3枚ほど抜いて、老人に手渡した。
「ん、なんじゃ?」
「アドバイス代さ。もらってくれ」
「うはぁ気前のいい外人さんじゃのう!あんたどこからきたなんて名前の人だい?」
「ジョニー・ヤングマン。アメリカ合衆国から仕事の用でこっちにきたばかりさ」
「わしゃあジャッキー寺岡いうんじゃ、縁があったらまた会えるじゃろ?ほんじゃな!」
ジャッキー寺岡(見た目は100%日本人)と名乗る老人は早足で駅のほうへ去っていった。26万円も稼いだならもうちょっとわけたほうがよかったか、と少し後悔したが、彼のいうとおりまた縁があったときに酒でもおごろうと私もアパートへの帰路をたどった。
帰り道にコンビニ「ラッキーショップこすぎ」に寄って夕飯の材料とドリンク、それから1本のカーネーションを購入した。
コンビニから出ると帰宅中と思われるサラリーマンらしき風貌の男たちが急ぎ足で歩いていた。ここも私の祖国と同じようにサラリーマンが働き、家庭を養い、国家を支えているのだ。
人の生活の重要な面はどこの国でも変わらないものさ。
「あらジョニーさん」
「やあ、のぶ子」
のぶ子は家の前を掃除しているようだったが、もしかしたら私を待ち伏せしていたかも、なんてバカな妄想をしてしまった。
「パチンコどうでしたの?」
「ほら、このとおり」
赤いカーネーションを、のぶ子の頭に刺した。それから鏡を見せるとのぶ子は頬を桃のように染めて、両手で顔を隠した。
「やだぁ、ジョニーさんったら。こんな女をからかっちゃって……」
「似合ってるぜ、のぶ子。それあげよう」
のぶ子は潤んだ瞳で私をみつめた。私ものぶ子の顔を見た。
化粧でごまかしているが顔の皺はかなりのものだ。歯も黄色い。喫煙者で年は50歳前後といったところか。
「私はこれから帰って晩飯さ。シーユーのぶ子」
「おつかれちーん」
のぶ子と別れた私はアパートに戻って、コンビニで買った新発売のカップめん、『ケンちゃんラーメン』を食した。
少し塩気が多かった。
――― to be continued……
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