第5話「変化の予兆」

 数日後。



「――久しぶりに手合わせしてみない?」



 そんなことを言われたのは、レポートの再提出を命じられてから1週間後のこと。

 ヒュースにとってみれば、ファルフェと遊んでいた方がよっぽど楽しかった。だが、この幼馴染みは、なにかにつけて物事に付き合うよう要求してくる。

 本来ならば、ファルフェの元に行って、全力でモフモフできたはず。そんな願望もむなしく、アーベル邸の中庭に設けられた稽古場でアルマの半ば稽古に付き合わされていた。

 炎が宙を舞ってうごめく。

 それは、長鞭のように波打ち、上から下へとヒュースめがけて飛んでくる。しかし、なにより特徴的だったのは、炎そのものが生命を宿していたことである。

 ヒュースが身を翻してかわす。

 それにもかかわらず、目で追った炎は回り込んで再び襲ってきた。ヒュースは、腰に帯びた東方伝来の太刀を抜こうとしたが、ちょこまかと動く炎にその判断を鈍らされた。

 チラリと左方を見る。



「出でよ、出でよ。我が名に従いて、紅蓮の花を咲かさん」



 そう詠唱しているのは、アルマである。

 右手には、魔方陣らしきモノが書かれた呪符を手にしている。その紙に向かって、アルマが「火の精霊サラマンダー」と声高に叫ぶ。

 すると、紙に描かれた小さな魔方陣から炎を身にまとったトカゲが現れた。

 浮かび立つ炎の正体は、まさしくソレである――。



「んにゃろ! オマエの精霊2体相手にするのも、案外キッツいんだからな」



 と抗議してみせる。

 だが、その声もむなしく、アルマの呼び出した炎の精霊はヒュースに向かって牙をむこうとしていた。

 仕方なしにと、右方から飛んでくる1体目を迎え撃つ。同時に後方を気にしながら、前方の炎の精霊に向かって突っ走った。さらぶ腰元に手を当て、そこにあった一本の長刀に手を掛ける。



「――我が剣で踊れダンスウィズマイソード



 と、囁くようにつぶやく。

 つぶやきの正体は『舞剣』と呼ばれる軍隊剣術である。

 脚でリズムを刻み、特定の語句でトランス状態に陥りやすいよう訓練することで人間が秘める多くの潜在能力を引き出す。

 元々は、大陸南部の部族が神事の際に使用していた神楽舞を戦闘用に特化させたもの。

 それが2百年ほど前に軍隊剣術として編み出した剣術となり、現在に至るまでに洗練され続けてきた。

 変則的なリズムと俊敏な動きから生み出される一撃――それは、まさに神業である。

 加えてトランス状態に陥ることで、痛覚や恐怖感といった本来人間が持つ感覚の一部を麻痺させている。ヒュースは右足を前方に強くステップさせると、弾丸のような速さで前方に低く飛び跳ねた。

 そして、襲いかかってきた火の精霊を抜刀と同時に太刀で切り伏せる。

 まずは1体。

 さらに両足を開いて地面に着地すると、今度は左足を使って強引に旋回する。すると、後方から猛スピードで飛んでくる2体目の精霊が視界に入った。

 距離にして、およそ10メートル。

 ヒュースは手にしていた回転の勢いそのままに太刀を振り抜いた。そのことが功を奏してか、切っ先がタイミング良く精霊の肢体を斬り付けた。

 途端に火の精霊の身体が真っ二つに裂ける。

 コッペパンみたいに真横にスライスされ、精霊はその身を火の粉と化す。同時に吹き抜ける風に舞って散った。

 ヒュースはその様子を見ることなく、アルマへと向かって駆け出す。

 ところが、目視したアルマはすでに別の精霊を召喚しようとしていた。その数は8体、触媒である呪符から出現しようとしている。

 しかも、今度は火、水、風、土の四大精霊が揃っている。



「くそっ、もうそんなに呼びやがったのかよ」



 文句を言い放ちつつも、詠唱を阻止しようとアルマへと駆け寄る。

 そんなヒュースの必死さがサーカスのピエロのように面白可笑しく思えたのだろう。召喚し終えたアルマがほくそ笑みながら話しかけてきた。



「ほら、どうしたの? いつまでも攻撃しないんじゃ勝てないわよ?」

「うるせえッ! そうは言っても、オマエの攻撃にゃスキがなさ過ぎんだよ」

「自分に魔法の才能がないから、剣士としての道を進むことにしたんでしょ? だったら、8体程度の精霊の襲撃ぐらい回避しなきゃダメじゃない」

「んなの、わかってんだよ!」



 と、幼馴染の挑発に怒気を上げる。

 ヒュースは、相変わらずアルマの召喚速度は異常な速度に舌を巻いた。そんな風に感心するのには理由がある。

 四重詠唱クワイエットスペル――アルマが得意とする高難易度の詠唱法である。

 その効果は、精霊を一度に4体使役するというもので、一般的な精霊使いでは扱えないスキルだ。ただでさえ、1体の精霊を召喚、使役するのにも、とにかく持続的な魔力と体力が必要となる。

 だが、アルマはいともたやすく使役して魅せた。

 それだけ才能があるのだろう。

 うらやましく思う反面、自分とは才能の有無という意味で真逆の存在である幼馴染に勝利することが才能のないヒュースの目標だった。

 その目標を達成せんと、アルマめがけて飛び込んでいく。

 だが、その行く手を四大精霊たちが阻んでいる。火の玉、水の槍、かまいたちや巨大な岩が瞬く間に飛んできた。

 ヒュースは、すべての攻撃を細やかなステップと軽やかなターンでかわす。さらに

 そして、1体ずつ制するように倒していく。どうにか8体の精霊を倒したところで、矢庭にアルマへと詰め寄る。



「もらった!」



 と歓喜の声を上げた直後。

 間に割って入ってきた1体の火の精霊がその口から火を噴こうとしていた。ヒュースはとっさの攻撃になすすべなく怯み、5メートルほど後退を余儀なくされた。

 一服するように言葉を交わす。



「んだよ、あとちょっとだってのに……」

「負け惜しみなんてみっともないわね。それに攻撃をかわしても私に当たらなくちゃ、ただ本当に踊ってるのと変わりないわよ?」

「だったら、少しは手加減しろよ!」

「そんなことしたら、稽古の意味ないわよ。ファルフェにカッコイイところみせたいなら、もう少し頑張りなさい――ねえ、お兄ちゃん?」

「お兄ちゃん言うな!」



 馬鹿の1つ覚えなのか。

 ヒュースは、一矢報いようとアルマに立ち向かっていく。

 変速的なステップは一定の間隔でリズムを変えながらも、まるで譜面の上を華麗に舞い踊るかのようにそのビートを刻む。

 それから、突破口を開こうと側面へと詰め寄った。

 当然、アルマが反応して迎え撃とうとしている。しかし、ヒュースはとっさに手前で立ち止まって、右脚を大きく振り上げた。

 刹那、地面の土塊が宙を舞う。

 それにより、一瞬だけアルマの視界が遮られた。素早く右脚を振り下ろして左へ飛び、前進すると同時に太刀で斬り付ける。

 ところが、首元まであと一歩のところでヒュースの刃が止まった。

 いつのまにか、アルマが銃を握って引き金を引こうとしていたからだ。

 しかも、単なる銃ではなく、宝石魔術を応用した弾丸『魔力宝弾ショットジュエル』を放てる銃である。

 それを近距離で撃たれれば、間違いなく弾が顔面に命中する――ヒュースはそう感じて、氷付けのマンモスのように動けなくなった。

 太刀を振り下ろし、ヒュースがぼやく。



「これも予測済みかよ」



 チラリと右方向を見ると、アルマの左腕にわずかな土が付いていた。

 どうやら、さきほど飛び散らせた土を防いだらしい。

 右脚の動きを一瞬で判断し、アルマは反撃する方法を思いついた。そう敗因を分析し、ヒュースは苦笑いを浮かべた。

 互いに武器を収め、言葉を交わす。



「もう少しだったんだけどなぁ」

「残念だったわね……でも、まあ少しはやるようになったんじゃない?」

「一応にな。これでも、いろいろ考えたんだぞ?」

「見てればわかるわ。でも、結果はいまのところ私の百戦百勝一敗なんだけどね」

「んなのわかんねえぞ? 唯一、オマエを負かした一敗は俺が勝ったって証だからな?」

「あれはアナタが卑怯な手で私を打ち負かしたからじゃない?」

「けど、勝ったのには違いないね」

「まったく大人げないわねぇ――そういうところは、本当に子供なんだから」

「いいじゃねえか、勝ったんだし」



 そう言いながら、ヒュースはその場を離れた。そして、あずまやに置いておいた懐中時計を手にとって時間を確かめた。

 すでに十五時を回っている。

 それを見て、ヒュースはとっさに怪訝そうな顔を浮かべた。



「今日も来ないな」

「なにが?」

「ファルフェだよ。カーライルから様子がヘンだって聞いただろ? いつもなら『我に供物を捧げよ。神々のたわむれによって生み出されし、甘美なるモノをショモーする』とか言って、お菓子をねだってくるんだけどなあ」

「確かにファルフェにしてはヘンね」

「……やっぱり心配だ」

「なによ? その発言?」

「……なにが?」

「まるで稽古に身が入ってなかったみたいじゃない?」

「当たり前だろ。妹の様子がヘンなのに集中できるかっての!」

「道理でイライラしてたわけね。剣に気持ちが出てたわよ」

「それぐらい別にいいだろ。それより、もうファルフェのところに行ってもいいか?」

「はいはい、いくらでも好きにして……」



 と、アルマが言いかけた直後。

 突然、地面が激しく揺れ動く。

 2人は身体をよろめかされ、おもわずその場に倒れ込んでしまう。同時に庭の奥の方からくぐもった爆発音のようなモノが聞こえてくる。そこが震源であることを知らせてきた。

 それから、寸刻して揺れは収まった。

 アルマが動揺しきった様子で問いかけてくる。



「な、なに……?」

「落ち着け。なんか知らんが、地震ってわけじゃなさそうだ」

「じゃあ、一体なんなのよ?」

「わかんねえよ。とにかく、母様の研究室で本を読んでるファルフェが心配だ」

「そうね。あの子のことだから、今頃きっとアナタを求めて泣いているわ」

「違いない」



 そう言って、アルマを連れ立って駈け出す。

 目指すは、ロナの研究室である。

 途中、邸宅の2階から大声で呼びかけるカーライルに会った。どうやら、さきほどの揺れに心配して探していたらしい。

 ヒュースは「大丈夫だ」と答えて、ファルフェのいる研究室に向かった。研究室の扉は、先ほどの地震で外れていた。

 元々、壊れ掛かっていたのだろう。

 室内にたまっていたホコリが一目散に逃げる鼠のように舞い上がる。

 ヒュースは、その中をかき分けて中へと入った。周囲を確認すると、本棚と壊れた試験官が散乱していて、足場もない状態だった。



「こりゃひでえな」



 鼻を押さえながら、ファルフェの姿を探す――が、そこにファルフェの姿はなかった。

 代わりに聞こえてきたのは、ホコリまみれになるのを嫌い、室外で待機していたアルマの声だった。

 顔を覗かせ、ヒュースにファルフェの存在の有無を問いかけてくる。



「ファルフェいた?」

「いや、どこにもいない……ここでなにか起きたのは、事実なんだがな」



 そう言いながら、机のまわりを調べる。

 すると、倒れた机とイスの近くにポッカリと大きな穴が空いていることに気付いた。付近の床板には小さな魔方陣が描かれており、特定の呪文を唱えれば、開く仕組みになっているらしかった。

 つまり、この穴はファルフェが呪文を言い当てて開いた地下への入り口である。

 ヒュースはそのことを知って、穴の中をのぞき込んだ。



「なにか見つけたの?」



 様子が変わったことに気付いて、アルマが室内へと入ってくる。

 だが、誇りを吸ったらしく、苦しそうに咳き込み始めた。

 心配したヒュースが「大丈夫か?」と声を掛ける。すると、気にしないでというそぶりを見せながら近付いてきた。

 ポッカリと空いた穴を見たアルマが言う。



「……これ、地下室の入り口?」

「みたいだな。魔法を使ったカギを使うことで開く仕組みらしい」

「じゃあ、ファルフェはこの下にいるって言うの?」

「とにかく、降りてみようぜ」



 そう言って、ヒュースは地下へと降りた。

 地下への降り口にはハシゴが備え付けられており、最下層まで降りられるようになっていた。

 ふと上の方から「ちょっと待って」というアルマの声が聞こえてくる。ヒュースは昇って戻ろうと思ったが、すでに地面に近いところまで降りていた。

 仕方なく最下部まで降りて待つことにする。

 すると、5分ほどしてアルマが地下へと降りてきた。

 ヒュースは暗く閉ざされた地下道を見て、奥になにがあるのかを確かめた。だが、外から差し込む外光に対して、地下道は深く果てしない闇に閉ざされていた。



「灯りあるか?」

「待って。いま火の精霊を呼び出すわ」



 と言って、アルマが懐の呪符を取り出す。

 呪符はすぐに口語によって光を放ち、火の精霊を呼び出した。火の精霊は、オレンジ色の光が煌々とあたりを照らし始める。

 途端に周囲の様子が明らかになった。人間の手で掘られた形跡があり、ヒュースはまるで鉱山の中に迷い込んだかのような気分になった。



「行きましょう」



 と告げるアルマの後を追う。

 本来、男であるヒュースが先を行くべきところなのだが、ここでヘンに女扱いすると機嫌が悪くなってしまうだろう。

 それだけ軍人としての誇りを持っているのだ。ヒュースは男であるプライドを捨て、アルマに案内役を任せた。

 しばらくすると、アルマが話しかけてきた。



「ねえ、ヒュース」

「なんだ?」

「前々から聞きたかったんだけど、おば様のことをどう思ってたの?」



 唐突に切り出された話題。

 そのことに対して、ヒュースはわずかに口を閉ざした。

 答えたくなかったわけではない――ただ、あまりに虚を突かれた話題にためらいを覚えたのだ。

 関心がないような口ぶりで言葉を返す。



「いまここでする話か?」

「ずっと気になってたの。でも、ヒュースはおば様の話をしたがらなかったじゃない? 葬儀のときもなんだか悲しいという雰囲気でもなかったし」

「――んなの、簡単な話だろ」

「どういう意味よ?」

「俺は、あの人が大っ嫌いだってことだ」

「……ヒュース……まだオバ様のことを……」

「だって、あの人は身勝手じゃないか。好き勝手生きて、好き勝手母親面して死にやがった。俺には、あの人と過ごした思い出がほとんどねえのによ」

「それは、オバ様が研究で忙しかったからでしょ?」

「違うね、アルマ。あの人は、子供に魔法の才能があるかないで判断するんだ。だから、俺にその素養がないとわかった途端に態度を変えやがったんだ」

「そんなことないわ。私はオバ様がアナタに申し訳ないと思いながらも、学者としてそういった状況を打破する研究をしていたんじゃないかと思うの」

「……研究か。残念だが、オマエの推理は不正解だよ。第一、あの人は生まれたばかりのファルフェを俺に押しつけて、とっとと死んじまったんだぜ?」

「だからといって、そんな言い方をしてはダメよ」

「別にいいだろう。オマエだって、あの人がどんな人だったか、よく覚えてないんだし」

「確かに私自身もここへ遊びに来るたびに会っていたわけじゃないわ。だけど、自分の母をそんな風に言うのはおかしいわよ」



 喧嘩半ばの気まずさに沈黙が宿る。

 寸刻の間、2人は言葉を交わそうとしなかった。しかし、それでもヒュースには伝えなければならないことがあった。

 鈍重な扉を開けるように口を開く。



「なあ、アルマ」

「――なによ?」

「人間は頭の中に描いた人物に対して、どれだけ愛情を抱けると思う?」

「いまの話のあとで、よくそんな質問ができるわね」

「いいから、答えてみろよ」

「……そうね。その人の抱いてる願望にもよるんじゃないかしら?」

「例えば?」

「おとぎ話の王子様なんかがそうだわ。私も自分に対して、百パーセントの愛を注いでくれる王子様なら好きよ」

「でも、それは子供から大人に成長するうちに『そんな人はいない』って、わかってしまうんじゃないか?」

「もちろんよ。けど、大人になってもそれを信じられる人はいる。そんな人はどこまでも空想の人物に愛情を抱き続ける理想主義者だわ。だから、空想の人物にどれだけ愛情を抱けるかどうかというのは、結局その人次第なのよ」

「なら、オマエはどっちなんだよ?」

「……私? 私は前者よ。百パーセントの愛情を注いでくれる王子様が本当にいるなら、私は愛を貫くけど、実際そうじゃないもの。それに私にはヒュースが──」



 そう口にした途端、アルマの足が止めった。

 いったいどうしたのだろう?

 ヒュースが気になるより早く、アルマは唐突に声を上げて慌てふためき始めた。しかも、紅潮して激しく汗を拭きだしている。



「な、な、なんだ? どうしたっ!?」



 とっさに起きた理解不能な状況に驚き、ヒュースはアルマを問い質した。



「おい、アルマ! いったいどうしたってんだ?」

「いまの発言は無しよ、無しッ!」

「……な、なんだよ?」

「いいから、全部忘れて! 速攻で忘れてッ!」



 と言いながら、アルマが首筋に手を掛けてくる。さらに激しく揺さぶられ、ヒュースはその呼吸困難に陥った。

 どうにか落ち着かせようと、腕を振り払ってアルマの肩を掴む。



「落ち着け。なにがあったのかわからんが、まずはゆっくり深呼吸しろ」



 その言葉にアルマが大きく息を吸い始めた。

 倣うようにヒュースが一緒に呼吸する。それから、赤子をあやすように言葉を投げかけた。



「よし。ゆっくりな」



 しばらくして、アルマは冷静さを取り戻した。



「ゴメンナサイ、ちょっと興奮しすぎたみたい」

「もう謝るくらいなら、最初から驚かせるような真似すんなよ」

「本当、ゴメンナサイ」

「……もういいって。それより、早く先を急ごうぜ」



 そう言って、ヒュースは先を急ごうとした――が、遠くにボンヤリとした明かりが灯っていることに気付かされ、アルマの顔を見つめることとなる。



「どうやら、あそこが終着点らしいな」

「そうみたいね」

「とにかく、行ってみようぜ」



 2人は暗がりの中の前方に見える明かりを頼りに地下道を歩いた。そして、たどり着いた場所で両端に備えられたロウソクと頑丈そうな鉄扉を発見する。

 それは、如何にも「なにかありますよ」と告げているような扉だった。



「ずいぶん古い扉だな」

「かなり前からあったと考えるのが賢明ね」

「開けてみるか?」

「それしかないでしょ」

「……だな」

「ねえ、ヒュース」

「なんだ?」

「ファルフェが心配?」

「当たり前だろ。俺にとっちゃ、食べてしまいたいぐらい大切な妹なんだし」

「――そう。その心配が少しでも私にも向いてくれたら嬉しいのに」

「はぁ? どういう意味だ?」

「……別に……」



 遠くを見るように言うアルマ。

 そんな態度にヒュースは顔を近づけて、じろりとぞき込んだ。

 しかし、矢庭に左手で顔を引っぱたかれる。すぐに抗議してみせるが、不機嫌そうなアルマにその言葉は届かなかった。



「サッサと行くわよ!」



 怒った様子でアルマが扉の中に消えていく。

 ヒュースは慌ててその後を追いかけた。

 扉の中は柔らかな光が満ちた部屋だった。しかも、外側の掘っただけの崩れやすい横穴ようなモノでなく、見上げるような高さの天井と火成岩に覆われた大部屋になっていた。

 さらにあちこちには、見たこともない生物の標本が置かれている。

 ヒュースは部屋の奥へと進み、両側を見ながらファルフェの存在を確かめた。

 不意にアルマに声を掛けられる。



「……ヒュース……これ……」



 アルマが指を指したモノ――。

 それはヒュースの左側にあった異様な標本の数々だった。

 牛と人間が組み合わさった胎児、神話に出てくる2つの首を持つ子犬、サソリの尻尾があるニワトリ。

 みな、異常だった――。

 それを察してか、ヒュースは部屋を見上げてつぶやいた。



「母様、アンタはいったいなにを知りたかったんだ……?」

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