第4章「妹は、魔導アーマーを駆る」

第16話「責任」

 コンコンと戸を叩く音がする。



「――ファルフェ、入るわよ」



 聞こえてきたのはアルマの声だった。ベッドの上で寝そべっていたファルフェは、素っ気なく「開いてるよ」と返事をかえした。

 すぐさまアルマがトレーを抱えて入室してくる――どうやら、食事を持ってきたらしい。

 ボーッと眺めていると、部屋の右端にあった机の上にポッポと湯気が立つ食事を並べ始めた。

 それを見て、ファルフェは身体を起こして並べられた食事を見た。けれども、それが大っ嫌いな小松菜入りのジャガイモのスープだと知って、イヤそうな顔を浮かべた。



「……小松菜嫌い」

「ダメよ、ちゃんと食べなきゃ。それに今朝採れたばかりのとっても美味しい小松菜なの。ちゃんと調理してあるから食べてみて」

「……ヤダもん」

「ちゃんとベーコンも入ってるわ。それに焼きたてのパンもあるわよ」

「食べたくない」

「ワガママ言わないの」



 そう言われては、逆らいようがなかった。

 もし、これ以上ワガママを言えば、次の食事を持って来てくれなくなる。おなかが空くのはイヤだし、我慢するのもイヤだ。そんな理由から、ファルフェは「目をつぶってでも、食べるしかない」と思った。

 しぶしぶ机のところへ行き、イスに座る。

 それから、スープを口に運した――不味い。

 口の中で青臭いニオイがして、吐き出したくなった。思わず口に出して言いそうになったが、微笑んで見ているアルマを前にしては言えない。

 塩気に誤魔化して、胃の中へと流し込む。

 ところが、急いで食べたために喉の奥に詰まってむせてしまう。



「コラッ、急いで食べないの!」



 途端にアルマに怒られた。

 ファルフェは小松菜を胃に流し込もうとしたことを言いつくろったが、アルマの叱咤にシュンとなってゆっくり食べるしかなかった。

 しばらくして、食事を終える。

 同時にアルマが様子を訊ねてきた。



「どう? 少しは元気が出た?」

「……うん」

「よかった。あんまり元気ないと、私も元気なくなっちゃうから」

「ごめんね……」

「気にしないで。ファルフェは大切な妹ですもの。こんなときぐらいお姉ちゃんっぽいことさせなさいよ」

「ありがとう、アルマお姉ちゃん」

「うん、よしよし」



 途端に頭を撫でられる。

 ゆっくりと撫でられるのはやっぱり気持ちがいい。しかし、アルマが撫でてもらうのとヒュースに撫でてもらうでは全然違っていた。

 特にヒュースに撫でてもらえることは嬉しかった。

 ロナが死んでからはカーライルが父親の代わりとなって家事全般をこなし、唯一の血縁であるヒュースが良く面倒を見てくれた。そんなこともあって、ファルフェは兄のことだ大好きだった。

 だから、ヒュースに撫でてもらえると凄く嬉しかった。

 不意にヒュースの顔が浮かぶ。同時に恋しい気持ちから様子が気になり、アルマにそれとなく訊ねた。



「アルマお姉ちゃん」

「なあに?」

「お兄ちゃんはどうしてるの?」

「気になる?」



 とアルマに問われ、ファルフェは口籠もった。



(……そうだ、私はお兄ちゃんとと喧嘩したんだ)



 思い出した途端、急に腹が立った。だから、ヒュースの様子を聞いたこともどうでも良くなった。



「……別に」

「素直になりなさい。ヒュースも悪気があって、おば様の遺品を渡したワケじゃないのよ」

「でも、なにも言わずに渡しちゃうなんて許せない」

「そうね。私も許せないと思うわ」

「お兄ちゃんはズルいよ。母様のお顔を知ってるから好き放題言って、肖像画でしかお会いしたことない私の中の母様を壊そうとしてる」

「別にヒュースはアナタの中の母様を壊したいとは思ってないわ。ただ、おば様に甘えさせてもらえなくて、ずっと寂しい思いをしてたせいなのよ」

「……本当?」

「本当よ。それにね、私が軍人になりたいと思ったのも、そんな優しいヒュースを護ってあげたいって思ったからなの」

「アルマお姉ちゃんがお兄ちゃんを……?」

「これはファルフェが生まれる前の話ね。おば様に相手にされなくて、暗い顔ばかりしていたヒュースを元気づけようと、両親に内緒で屋敷を抜け出して南の山へ行ったことがあるの。州境を超えて行かなきゃいけなかったから、半日はかかったわ」

「半日も?」

「ええ、本当に大冒険だったわ。あの頃からコルセットとドレスを着るのが嫌いで、お父様の軍服みたいな服を着るのが好きだったの」

「お姉ちゃんらしいね」

「フフッ、そう? でも、現実的には女性の私が軍に入れるわけがないのよ」

「そうなの……?」

「ええ、軍人は男がなって然るべきモノ。そういう風習が軍にはあるから、女性は軍隊に入ることすらできないの」

「じゃあ、どうしてお姉ちゃんは軍の学校に行ってるの?」

「それはね、小さい頃に山で起きた出来事が私の諦めていた心を変えさせられたからよ」

「山で起きた出来事? いったいなにが起きたの……?」

「……クマに襲われたのよ」

「クマにっ!?」

「ええ」

「大丈夫だったの?」

「もちろんよ。でもね、ヒュースにヒドい怪我を追わせたわ」

「お兄ちゃんが……?」

「私が言うことを聞かずにクマと戦うって言い出したせい。ヒュースは、アナタには黙っとけって言ってたけど、いまでも背中に深い傷痕があるのよ?」

「私、そんなの見たことない」

「心配掛けたくないのよ。あれはあれで、きちんとお兄ちゃんやってるのよ?」

「……うん、知ってる」

「そんなヒュースのことだから、私はいまでもヒュースがあの日追った傷を見るたびに自分の行動を恥じているの。自分のせいで、幼馴染みにつまらない秘密を持たせるなんて我慢できない。だから、私はお父様に本気で軍人になりたいって言ったわ」

「お姉ちゃん、怒られなかった?」

「もちろん、怒られたわよ。『嫁入り前の娘が山に立ち入って友達に怪我を負わせた上に軍人になりたいとは何事か!』ですって」

「……怖くなかった?」

「ええ、怖かったわ――でも、それ以上に後悔したくなかった。私は大好きな幼馴染みを傷つけてしまったことをいまでも申し訳ないと思っているもの。だから、私は私自身の犯した罪の責任を背負うことで、アナタとヒュースを守るんだっていう誓いを立てたの」

「責任?」

「――そう責任よ」



 とっさの言葉にファルフェは考えさせられた。

 どうして責任を取らなきゃいけないのか――アルマの場合、その答えはとても明確だった。

 大好きな人間に大嫌いになってもらうような行為をした。自分自身では、そんなつもりはないにもかかわらず、結果的にそうなったことが悲しい。

 だから、アルマは自らの過ちを責任を持って償おうとしていたのだ。それを知って、ファルフェは自分の中にもそうした心があるかどうかを確かめた。

 わずかにかん黙した後、堅く閉じた口を開く。



「……私も責任取らなきゃダメかな?」

「え?」

「魔導アーマーを暴走させて、みんなに哀しい想いをさせちゃった。たぶん、お兄ちゃんもそのことが悲しいんだと思う」

「……ファルフェ……」

「私がいけないんだって、本当はわかってるの。でも、母様の遺品を譲り渡したことが、どうしても許せなくて喧嘩しちゃった」

「…………」

「だから、みんなを悲しませた責任取らなきゃダメかな?」



 自分なりの答えをアルマはどう思っただろう。

 怒ったか? 呆れたか? 悲しんだか? それをアルマは、どんな風に受け取ったか、ただ知りたかった。

 だが、次の瞬間。ファルフェの顔が暖かなぬくもりに包まれる。

 アルマに抱きしめられていたのだ。

 シルクの服越しに当たる豊満な胸がファルフェの気持ちを落ち着かせる。なにより、辛くて悲しい思い出を忘れさせてくれる優しさは、春の日和のようで心地良かった。

 とっさに柔らかな手が頭に触れる。



「バカね。そんなことファルフェが考えなくていいのよ」

「でも……」

「確かにファルフェは悪いことをした。市のみんなを困らせたことをしたけど、ちゃんと謝りたいっていう気持ちがあるんでしょ?」

「うん」

「だったら、ちゃんと時間を掛けてごめんなさいしましょう」

「……わかった」



 その優しさに涙が溢れる。

 ファルフェはそれで許されるなら、頑張ってみんなに謝ろうと思った。しかし、心底にくすぶる気持ちに戸惑う。

 本当にこのまま許されていいのかと――。

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