第10話「叛逆の機械魔」
無事に補講から解放された。
ヒュースはそのことに安堵して、教室の机に突っ伏していた。
「終わったぁ~」
ふやけた顔が天板の上でペシャンコになる。
そんな表情を見られてか、不意に誰かに頭を叩かれた。痛みに声を上げ、身体を起こすとアルマが立っていた。
その顔には、ふがいないという表情が浮かんでいる。幼馴染の体たらくを嘆いているか、ハァ~と溜息をついていた。
「魔法工学のレポートの提出を怠るからこうなるのよ」
「うるせえ。俺だって、これでも必死なんだ」
「必死だったら、こんなことにはならないでしょ?」
「うっ……」
「どうせまたファルフェを構ってて、レポートを書くのをサボったんでしょけど」
「いいじゃねえか。そんぐらい」
「良くないわよ。これで他の科目でも赤点を取るなんてことがあった日には、将校じゃなくて下士官からスタートなのよ?」
「そんときは、そんときだ。主席で卒業できそうな勢いのオマエに言われたくは――」
と言いかけた直後、校舎を揺さぶるような轟音が鳴り響く。
始めて魔導アーマーが出現したときの地鳴りとは違う。地表から空に向かって響く音は、明らかに砲音によるものだ。
ヒュースが見回すと、突然の出来事に周囲がざわめき始めていた。
顔を向き直って、アルマに話しかける。
「なあ、アルマ。この音って……」
「――ええ。私もアナタと考えてることは一緒よ。この雷が鳴ったような激しい音を出せるのは、アレぐらいしかないもの」
「じゃあ、やっぱりファルフェが?」
と言った途端、不意に誰かが声を上げる。
「おい、窓の外を見て見ろよ!」
それは、室内にいる全員に向かって呼び掛けるものだった。
すぐさまヒュースを初めとした学生たちが声のした方を向く。すると、窓際に立っていた男子学生が慌てた様子で外を指差してた。
その呼び掛けに室内の全員が窓際に群がり始める。ヒュースは続けとばかりに、アルマと共に窓際に立った。
そこには、いつもと変わりない市内の様子が映っていると思われた。しかし、隣のフラウゼス学園の校庭を見た途端、ヒュースの顔つきが変わった。
「ああ、やっぱりだ」
想像したくもない事態。
ヒュースが目にしたのは、中庭で暴れ回る魔導アーマーの姿である。しかも、手前には多くの学生がおり、半ば万国博覧会の展示物のようになっていた。
ふと一人の男子学生が声が聞こえてくる。
「なあ、あの山ってあんな形だっけ?」
ヒュースはその言葉に耳を傾けた。
そして、遠くにそびえる山の方を向いて確かめる。すると、空に浮かぶが刃物で切り裂かれたように削れているのを見た。
さらにその下方。
いつも窓辺から見えるはずの南方の山が中腹から山頂に掛けて、パックリと削れてなくなっているではないか。ヒュースはそのことに愕然として、隣に立つアルマの顔を見合わせた。
途端にアルマが話しかけてくる。
「ヒュース。これって、まさか……」
「言うまでもねえ――行くぞ、アルマ!」
と言って、ヒュースは全速力で駆け出す。
だが、とっさのことだったのだろう。反応が遅れたらしいアルマがわずかに遅れて、大声で呼び掛けてきた。
けれども、その声に足を止めるわけにはいかない。
ヒュースは後ろから付いてきているであろうアルマと共に大急ぎで学園へ向かうことにした。
その道すがら、随伴するアルマに用事を頼んだ。
「悪いが、屋敷から実戦用の剣を持って来てくれないか?」
「いまから?」
「間に合うかどうかはわからねえ。だけど、凄くイヤな予感がするんだ」
「……わかったわ。ヒュースの言葉を信じる」
「頼む!」
2人は士官学校の正門を出るとそこで別れた。
その脚で学園へと急ぐ。
士官学校はその特性上、機密性が高く、学習棟を除いた建物を外壁で覆っている。
そのため、フラウゼス学園へ行くには正門を出て迂回するしかない。しかも、初等部は中等部の校舎を挟んだ向かい側にあり、士官学校からは遠い位置にあった。
ヒュースは細い小路を抜けて初等部の正門にたどり着くと、現場とおぼしき校庭へと急いだ。
到着してみると、現場はすでにパニック状態に陥っていた。
その場にいた大半の生徒は、学園の教師の避難誘導によって逃げていた。しかし、まだ何名かの生徒が尻餅をついており、腰を抜かして動けずにいる。
すぐさま近くにいた男の子に大声で呼びかけた。
「おい、早く逃げろ!」
とっさに近くにいた男の子が反応を示す。
恐怖におののいて、身体がすくんでいたらしい。しかし、ようやく我に返ったのか、脱兎の如く逃げ去っていった。
ヒュースはその後ろ姿を確認すると、向き直って巨大な鉄の塊を見上げて叫んだ。
「聞こえているか、ファルフェ?」
「…………」
「兄ちゃんだ。いったいなにがあったんだっ!?」
何度も車内に向けて呼びかける。
しかし、応答はない。
以前、聞いたグレムの説明によれば、車外から声を掛けても声は届くらしい。ヒュースの叫び声は、そんな説明をを信じてのことである。だから、何度も叫び続け、車内にいるであろうファルフェに向かって呼び続けた。
「じゃかしいわ、阿呆」
そんな中、やっかむような声が聞こえてくる――グレムだ。
意外な人物が反応したことに驚き、ヒュースは訝しそうな表情でグレムに訊ねた。
「グレム? ファルフェはどうした?」
「気失ってとる」
「本当か? なら、とっとと早くそこから出してやってくれ」
「――イヤや。というか、さっきからアンタうっさいわ」
「は? オマエ、なに言って……」
と思わぬ言葉に耳を疑う。
あのとき、グレムは魔力を失ったと言っていた。そうした経緯から、ファルフェと契約して、ファルフェの
だが、そんな悪魔が主人のことを気遣うどころか、よその他人に向かって暴言を吐くような言動を見せている。
ますます、おかしい――。
「とにかく、ファルフェを出せ。こっちは、オマエの戯言に付き合ってる場合じゃねえんだ」
「アンタがなに言おうとお断りや」
「んだとっ!?」
「せっかく来たチャンスやねん。こんな滅多な機会を逃す気はあらへんやろ?」
「チャンス……? まさか、テメエ!」
「ヒュースはんには悪いけど、嬢ちゃんをこの魔導アーマーの動力源として利用して、僕の手でもっぺん魔界を復活させたる」
「おい、ふざけんなッ!」
「うるさいわ! まずアンタに消えてもらうで!」
刹那、砲口がヒュースめがけて向けられる。
ヒュースはすぐさまかわそうとした――が、まだ後ろに児童たちがいることに気付き、立ち往生を余儀なくされてしまう。いずれにしても、砲口を360度回転できる魔導アーマーが相手では、どこに逃げても逃げ切れない。
ヒュースの心底でじんわりとした焦燥感が沸き立つ。
「どこへ行こうとしてもムダや。弾はアンタの身体を布きれみたいにズダボロにする」
「なんで使い魔が裏切れる? 契約した主人を簡単に裏切れるはずがないだろ?」
「そないな契約なんか嬢ちゃんがスキを見せた時点で無効やで!」
「どういう意味だ?」
「簡単な話や。アンタもさっきの馬鹿でかい砲撃を見たやろ」
「まさか……。あれはオマエが故意に撃たせたのか?」
「ピンポ~ンッ、正解や! 案の定、嬢ちゃんは山が吹き飛ぶのを見て、ごっつう気絶してもうたわ」
「テメエ! 俺の妹になんてことしやがんだっ!」
「なにするもかにするも僕の勝手や。嬢ちゃんと契約したのは、なにかの役に立つ思うてのことやったけど、まさかこんなに早く役立つときが来るとは思わなかったわ。しかも、嬢ちゃんの魔力はまるで底なし沼や。こんないいカモを誰が逃すんやって話やわ」
「……テメエ……」
「せやから、アンタには死んでもらうで!」
と、グレムが叫ぶ。
その様子から砲弾が放たれる気配が見られた。
ヒュースは一矢報いようと、どうにかしてわずかな隙をうかがおうと思った。しかし、いま動けば、放たれた後方の児童たちにまで危害が及んでしまう。
かといって、別の方法があるワケではない。
もはや絶対絶命――ヒュースは、自らの死を覚悟した。
ところが、大きな物音と共に魔導アーマーが傾く。同時に強力な風が吹いて、魔導アーマーを横転させようとする意志が働いた。
いったいなにが起きたのか?
気になったヒュースは周囲に目を配ると、集まっていた何人かの教師が風の魔法を撃ち放っていた。しかも、その風は空気を圧縮して、ボールのように打ち出している。
当たり前のことだが、学園では魔法を教えている。教師には大なり小なりの魔法が使える人間が多く存在してた。
だから、軍で使っていそうな魔法の1つや2つを使えてもおかしくはない。ヒュースは、九死に一生を得たことに大きなため息を漏らした。
しばらくして、近くにいた女性教師が問いかけてきた。
「君、大丈夫?」
「危ういところを助かりました。あとは、俺がなんとかしますんで」
「それはダメよ。アナタ、士官学校の生徒でしょ? ここは、大人に任せて早く逃げなさい」
「し、しかし、そういうわけには……」
と言って、ヒュースが口籠もる。
「魔導アーマーを暴走させてしまったのは、自分に責任がある」
そういった買ったのだろう。
だが、有無を言わせぬ女性教師をはじめとした学園の教師たちの強い意思を秘めた眼差しが突き刺さるように痛かった。
「なにが大人に任せろや!」
そんな中、横倒しになった魔導アーマーからグレムの声が聞こえてくる。
途端に崩れた機体が元に戻り、怒髪天を衝いたような叫び声が発せられた。
「この阿呆がっ! 僕の魔導アーマーの脚を崩しおったな!」
「グレム、テメエいい加減にしろ!」
「なにが『いい加減にしろ』や。せっかく、アンタを木っ端微塵にして、天国送りにできたってちゅうのに全部台無しや!」
「その台詞はテメエにソックリ返すぜ――もうテメエの好き勝手させねえぞ!」
「……ケッ、なにが好き勝手にさせないや。もうええわ、アンタなんか殺す価値もあらへん」
「どういう意味だ……?」
「簡単なことや。まずは、この街をぶっ壊したるっつーことや!」
刹那、魔導アーマーの岩のような機体が大きく反転する。
それと同時に疾駆し始めた。
魔導アーマーの動き方はまるで素早く逃げるウサギみたいで、現代の機械にはない俊敏さを有している。
それを見て、ヒュースは戦慄を覚えさせられた。
すぐさま教師たちが一斉に魔法を撃ち放つ。ところが、魔導アーマーには当たらなかった。
人間のような足の速さを活かし、あっという間に敷地を取り囲む外壁の方へと逃れてしまったからだ。さらに、魔導アーマーは壁の一部を砲撃で破壊し、市街地へと走り去っていった。
ヒュースも、とっさに追撃しようと後を追って走る。
「待て!」
だが、生物的なその動く鉄の箱の姿は、見る見るうちに遠方へと消えていく。やがて、魔導アーマーは小さな物影となり、ヒュースに追い付こうとすることを諦めさせた。
立ち止まって、悔しさをにじませる。
「どうにかしねえと……」
その心には、苦虫を噛みつぶしたような思いが広がっていた。同時に妹を助けなければと言う使命感が逼迫して強くなった。
ふと、遠方から轟音がとどろいてくる。
太鼓を叩くような激しいその音は、明らかにグレムが暴れ回っている証拠だった。早く止めなければ、街全体に被害が及んでしまうだろう。
ヒュースは怒りをこみ上げてさせ、再び走り始めた――が、不意に後ろから足音と共に聞こえる叫び声を耳にする。
振り返ってみると、太刀を携えたアルマが走ってきていた。
「ヒュース、受け取って!」
と、アルマが太刀を投げつけてくる。
ヒュースは太刀を受け取ると、ベルトループに下緒を巻いて臨戦態勢を整えた。
それから、駆け寄ってきたアルマと言葉を交わす。
「一体どうなってるの?」
「グレムがファルフェを裏切ったんだ。あの野郎、気絶したファルフェの魔力を利用して、この街を壊すつもりらしい」
「グレムがっ!? じゃあ、いまの砲撃は……」
「ああ、ヤツがやったんだ」
「ファルフェは? ファルフェは、どうなったのっ!?」
「グレムの弁を借りるなら、どうやら生きているらしい。アイツは、ファルフェを動力源扱いにするつもりらしいからな」
「ファルフェを動力源って……。あんな小さい子を動力源なんかにしたら、いくら魔力が有り余ってても、時間が経てば致死量に至って死んでしまうわよ!」
「だから、その為にもまずはファルフェを助け出すんだよ」
「……わかった。私も協力する」
「ああ、頼りにしてるぜ」
そう言って、2人は遠方に見える魔導アーマーに向かって走った。
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