第9話「思惑」
フラウゼス学園における一日の授業時間は短い。
弁当や学食という慣習がなく、授業は主にお昼から夕方に掛けて行われる。午前中は、主に自習時間とされ、各自が家や学内での自習を任された。
そんな自習時間――。
ファルフェは、学園の中庭にクラスメイトを集めた。
目的は、言わずもがな魔導アーマーをお披露目するためである。竜を召喚しろと要求した当のユリアは当然のこと、リリルや学内の生徒の多くがここに集まって来ている。
なにかのお祭りと思っているのだろう。
見せ物小屋のごとく、小さな観衆たちが集まってきている。
「クックック……。やがて、世界を支配する王としては、この集団の中心にいることはとても気持ちいいものだな」
ファルフェは、そんな陶酔に浸りながらも、多くの生徒が集まってくれたことを歓喜した。
軽く咳を払って、観衆に向かって語りかける。
「集まりし人間たちよ、恐れるがいい! 我が命によって現れし竜の姿をとくと見よ」
その口調は、いつもの中二病だった。
これがなければ、人前に立つことさえ恥ずかしがる内気な少女だ。しかし、学校の倉庫から拝借した木箱をお立ち台に、集まった観衆の目を向けさせることに高揚感を覚えたのだろう。
ファルフェは、一国の王の如き堂々たる姿で立っていた。
だが、そんな姿を嘲笑うモノが現れる――観衆の先頭にいたユリアだ。
ユリアは、まるでファルフェが失敗することを確信しているかのような態度で話しかけてきた。
「アーベルさん。当然ですけど、わたくしをアッと驚かせていただけるんでしょうね?」
「無論だ。貴様の腰など、あっという間にフニャフニャだ」
「そこまで仰るのでしたら、早く始めてくださいな」
「いいだろう」
相変わらずの傲慢な態度。
そんな態度を見て、ファルフェは勝ち誇ったのような表情でユリアを見下ろした。そして、身体を反転させると、首に掛けたペンダントを高く掲げて詠唱し始めた。
「──トゥワズ、トォエズ、ダエス、トゥワズ、トォエズ、ダエス……。汝、闇を駆ける猛者よ。我を導け、地に百雷を討ち放て! 汝は魔王の車なれば来たれ、地を這う鋼鐵竜よ!」
途端にペンダントが輝く。
同時に表面に刻印された魔方陣が地面に投影される。かと思えば、魔方陣の中から2本の脚を生やした巨大な構造物がゴンドラに乗せられたように浮かび上がってきた。
背中越しに大勢の騒ぎ声が聞こえてくる。
わずかに振り返ると、中等部の男子たちが口を開けて驚きおののいていた。ファルフェは、その光景にたまらずニヤけてしまった。
なんと気持ちのいいことだろう。
ユリアに馬鹿にされた分、沸き上がった恍惚とした気持ちに不快感はない。むしろ、他人を空から見ているような感覚で、邪気眼(ウソ)が本当になった気すら覚える。
ファルフェは再び身を翻して、観衆に向かって叫んだ。
「どうだ、これが鋼鐵の竜! 我が最強の
気分がさらに高揚する。
お立ち台から下を見下ろすと、さんざんバカにしていたユリアが開けたまま、口が塞がらずにいた。
どうやら、本当に驚いたらしい。
こちらが目を向けているのにも気付かず、ユリアはしばらく茫然としていた。しかし、さすがにファルフェの視線に気付いたのだろう。
ややあって、動揺した面持ちで口を開いた。
「こ、こんなモノ……。た、た、大したことありませんわ」
「ほう? まだ減らず口をたたく気力があるとは。さすがは、ブランデンベルク家の小娘だけはある」
「当たり前ですわ!」
「……クックック。だが、実際に動くところを見れば、貴様も真の恐怖に立ち尽くしていられなくなるであろう」
「や、やってご覧なさいッ! アナタのような研究のために家のお金すら捧げてしまう学者の娘になにができるというのです!」
「いいだろう。そこまで言うならば、私がしもべと一体となった姿を見せてやる」
そう言って、魔導アーマーの前に立って「開門せよ」と叫ぶ。
すると、砲塔の下部がパックリと開いた。
まるで、巨大なカエルが大口を開けるみたいに中から搭乗席が現れる。ファルフェは、お立ち台から華麗に魔導アーマーによじ登った。
練習のたまものである。
あれから、何度も魔導アーマーを動かした。それだけに搭乗席に飛び移るのも朝飯前で、稼働させるのにも慣れた。
ファルフェは、自動でハッチが閉まるのを待って操縦桿をしっかりと握りしめた。
すると、大男が中腰でようやく立てる空間に煌々とした明かりが灯る。かと思えば、周囲の壁面がフワッとガラス窓のように外の風景を映し出す。
それにより、車内の狭苦しさはまったく感じられなくなった。
むしろ、外にいる感覚の方が近い。
ファルフェは玉座のような座り心地のよいイスに腰掛けた。右のスクリーンを見ると、ユリアが見たこともない表情で腰を抜かして倒れている。
「いったいどうなってますの? アーベルさんがあの中に吸い込まれてしまいましたわ」
ユリアの声が反響して聞こえてくる。
どうやら、これも魔導アーマーの機能のようだ。密閉された空間ゆえに、届くはずのない外の人間の声が聞こえてくる。
それを聞いて、ファルフェは簡単とした声を上げた。
「なるほど。どうやら私が見ている景色と音声は周囲の壁に投影されるのだな」
何度も魔導アーマーを動かしたが、当人はいまだにその仕組みを理解していない。
むしろ、単純に高度な技術の塊である魔導アーマーを動かすことに優越になっているのだろう。
ファルフェは、外にいるユリアに向かって話しかけてみた。
「聞こえているか? ユリア=ブランデンベルクよ」
「ア、アーベルさん?」
「いま私は竜の中にいる」
「なんですって!?」
「どうだ? これが私と我が下僕と一体になった姿だ」
「クッ、こんなもの……ただの飾りですわ」
「粋がっていられるのも今のうちだ――ならば、動いてみてしんぜよう」
とっさに「グレム」の名を呼ぶ。
すると、グレムが操縦桿の間に組み込まれた球体状の精霊石の中から現れた。
「呼んだぁ?」
「動かすのを手伝え。この前はなんとか動かせたが、まだどうにも動かし方がわからぬ」
「なんや、もうちゃんと動かせるのかと思うとったわ」
「つべこべ言わずにやれ」
「へいへい……。ほなら、イメージインターフェイスは教えたとおりわかっとるな?」
「い、いんたーふぇいす?」
「言うたやろ? 操縦桿を握って、頭ん中で思った通りに魔導アーマーを動かすための装置やって」
「そ、そうであったな……」
「もっぺん、きちんと頭の中で動かすイメージを作ってみなはれ」
グレムに言われるがまま、頭の中でイメージを作る。
2本脚が動くイメージを描く――しばらくすると一本の脚が前に動いた。さらに2歩、3歩、4歩と動かしてみる。
だが、数歩動いたところで大きくバランスを崩した。
どうやら、上手くイメージできなかったらしい。ファルフェは集中力を要する作業に、肩を動かして息をし始めた。
しびれを切らせたグレムが口をはさむ。
「そんなんじゃあかん。集中力が緩慢なせいか、まだちゃんと動かせてへん」
「ならば、どうすればいいのだ?」
「せやから、なんべんも言うとるやろ? 魔力も消耗するし、集中力もかなりいる。そうしたことができて、初めて魔導アーマー乗りになれるんや」
「……むう。やはり、今ひとつ言ってる意味がよくわからん」
「まあええわ。今度はもっと自分の手足のように動いてるイメージを作ってみい」
そう言われ、指示通りに集中してみる。
すると、今度は思い通りに動き始めたらしく、外部から馬が足並みを揃えて走るような心地の良い音が響いてきた。
「おおっ、これは!」
楽しさのあまりに声を漏らす。まるで本当に馬に乗っているみたいで、ファルフェは魔導アーマーの乗り心地を楽しんだ。
「どや? かなりおもろいやろ?」
「うむ、これは素晴らしい」
観衆の前で校庭を一周してみせる。スクリーン越しに外の様子を見ると、どの生徒もポカーンと口を開けて眺めているようだった。
そんな中、リリルが声を張り上げてこちらにやってくる。
ファルフェは魔導アーマーの動きを止め、外のリリルに向かって話しかけた。
「どうだ、リリルよ。我がしもべは凄いだろ?」
「うん、本当に凄いね!」
「そうであろう?」
「……でも、知らなかったよ。ペンダントって、そうやって使うんだね」
「む? どういう意味だ?」
「なんでもないよ。とにかく、ファルフェちゃんは凄いんだね」
「たいしたことではない。だが、もっと褒めよ、私は褒められると超絶気分がいいぞ」
ファルフェは笑顔のリリルを見て嬉しくなった。
さらに観衆の中にいるユリアが悔しそうな顔を浮かべているのを見て、「完全勝利!」と声高に叫びたくなった。
完全に有頂天になり、さらにひけらかしたい気持ちがわき起こる。
「グレムよ、もっとみんなを驚かせたい――なにかもっと特別な機能はないのか?」
「あるで。ほなら、戦車砲でもかましたろか?」
「戦車砲?」
「コイツに装備されている大砲のことや。中でも、嬢ちゃんの魔力を弾に詰め込んで撃つ魔導エネルギー弾は強力や。まあ操縦者の魔力を大量に使うんで、多用ができん代物やけどな」
「なんだかよくわからんが、とにかく凄いものなのだな?」
「ああ、ホンマ凄いで。まああんまし騒ぎになってもしゃあないから一発だけやで?」
「わかっておる」
「……ええ展開や」
「む、なにか言ったか?」
「なんでもあらへんよ~。こっちの独り言やさかい、嬢ちゃんは気にせんといてえな」
「まあいい。早く準備を始めろ」
「了解や!」
と言って、グレムの姿がこつ然として消える。
驚いたファルフェは、周囲を確かめるようにその姿を探し求めた。
「グレム、どこに消えた?」
「そないに慌てんでも、ちゃんとおるで。ちょっと魔導アーマーと同化させないと戦車砲を撃つことができへんだけや」
「そうなのか?」
「まあ小難しい話は置いといて――準備できたさかい、いつでも発砲できるで?」
「クックック……。では、私が鋼鐵の竜を手にした祝いとしようではないか」
そう言った途端、魔導アーマーが下に沈むような感覚が伝わってきた。
どうやら、しゃがみ込んだらしい。
スクリーンに映し出された地面を見ると、2本脚のかかと部分に杭のようなものが打ち込まれている。固定することで戦車砲が打てるようになっているらしく、さらに重心がより低い位置に下がった。
戦車砲を撃つ体制を整えったらしい。球体状の精霊石が消え、その下部から拳銃のトリガーのようなモノがせり上がってきた。
ファルフェは現れたトリガーに困惑しながら、グレムに次の指示を仰いだ。
「次は、どうすればいいのだ?」
「残りは、嬢ちゃんのタイミングで前にあるトリガーを引けばいいだけや。最初はよくわからんかもしれへんやろうから、僕が射軸を合わせたるさかい」
「なるほど。ならば、サポートは頼む」
「わかってるがな。当てるモノはなにがええやろ?」
「当てるモノ?」
「戦車砲を撃つんやったら、当然目標となる代物が必要やろ?」
「確かにそうだが……。我には、その目標となるモノがどのようなモノであればいいのかがわからん」
「ほなら、あの山を削るというのはどや?」
グレムがそう言うと、モニター越しの景色が横に流れるようにして変わった。どうやら、魔導アーマーの砲塔が回転して照準を遠くに見える山に合わせたらしい。
けれども、魔導アーマーと山の距離は果てしなく遠いように思える。少なくとも、2、30キロぐらいはありそうだ。
ファルフェは、あまりの遠さに本当に撃てるのか疑わしくなった。
「あんな遠くのモノを撃つのか?」
「ぜんっぜん問題ないわ。むしろ、この魔導アーマーの性能を舐めたらあかんで」
「ならば、見せてもらおうか――魔導アーマーの性能とやらを」
「決まりやな。ほじゃま、照準を合わせるで!」
「頼む」
ファルフェがそう言うと、スクリーンに照準器らしいモノが現れた。
中央には、三角で記されたメモリがあり、右端に目標までの距離が自動で計算される測定器が表示されている。
それらはグレムのサポートによって、射軸が少しずつ調整されていく。やがて、山の中腹よりやや上のあたりに狙いが定められた。
ファルフェは、グレムの「準備完了」の合図と共に手元のトリガーを引いた。
「では、参ろう。力なき者どもに我が闇の力を示すのだ!」
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