第8話「過去を遠見するテレスコープ」

 一定のリズムを刻む機械音。

 吹き出る蒸気は、一瞬にして広いガレージを蒸し風呂に変える。それほど、室内は暑かったのだが、当の家主には止める気がないのだろう。

 代わりとばかりにスライド式の開閉扉が全開になっていた。

 いまヒュースたちは、オスカーの工房を訪れている。

 理由は、もちろん魔導アーマーを調べるためだ。

 そのためには、ファルフェの協力がなにより不可欠。どうにか「点検する」と偽って、魔導アーマーを工房の前に呼び出させた。

 そこからは、機械に詳しいオスカーの仕事である。

 外骨格をくまなく叩いたかと思えば、鎮座した車体の下に潜り込んで、なにかを入り時始めた。

 そんな光景がちんぷんかんぷんで、ヒュースは手をこまねいてみているしか出来なかった。肝心のファルフェはというと、工房内に置かれた機械見物としゃれ込んでいる。



「我が目的は、この工房にある機械を見ながら、世界征服の為の計画を構想するのだ」



 と言って、あれこれと妄想を膨らませているようだ。

 一応にカーライルが側にいるため、危険な目には遭うことはないだろう。しかし、それでも万が一のことを考えると、ヒュースは気になってしょうがなかった。

 声を張り上げ、搭乗口から車内に潜り込んだオスカーに向かって問いかける。



「どうですか?」



 ところが、返事がない。

 ヒュースは、わずかに心配になり、魔導アーマーの中に覗き込んだ――が、急にオスカーが顔を覗かせたため、一驚して車体から転がり落ちてしまった。



「大丈夫か?」



 と、オスカーに問われたときには、背中を打って地面に仰向けになっていた。

 すぐさま起き上がり、痛む背中をさする。すると、そんな様子を心配してか、カーライルが駆け寄ってきた。



「旦那様、お怪我はありませんか?」

「大丈夫だ。ちょっと背中を打っただけだ」



 そう言うと、ヒュースは搭乗口から半身を出したオスカーを見た。



「驚かせちまったみたいで、スマンな」

「……いえ、平気です。それより、調べ終わったんですか?」

「ああ、いまちょうど終わったところだ」

「それで……。結局のところ、コイツはいったいなんなんですか?」

「グレムとかいう悪魔の言うとおりの代物だ。まあ性能に関して言えば、ワシの機械を軽く超越するような性能だがな」

「これ、そんなにすごい機械なんですか?」

「なんだ? 疑ってたのか?」

「いや、まぁ……。なんというか普通はありえないですよ」

「普通はな。だが、ロナが研究していた書物の中にあったってことは、相当の代物であるのは間違いない。もしも、この先作られるとしたら、おそらくは200年後ぐらいだろう」

「はあ……?」

「んまあ。脚ではなく車輪だったら、この時代の大砲を蒸気機関にでも乗せれば作れるかもしれんな」



 そう言われても、まったくよくわからない。

 なにより、ヒュースは機械のことに関してはからっきしだ。

 1つだけわかることがあるとするならば、危険だと言うことだろう。とはいえ、実際どのぐらい危険かという認識はとても曖昧で、オスカーに見てもらうまで理解できないほどだったのである。

 夢を語るようにオスカーが話す。



「コイツがあれば大陸の統一なんて夢じゃない。下手をすれば、世界すら統一できる」

「そんなに凄い代物なんですか?」

「隊列を為して動く大砲。しかも、弾を装填するヤツは鉄の箱の中にいるおかげで無傷とくりゃあ、否応がなく強力な兵器だ。オマエさん、そんなもんが戦場を駆け回ったらどう思う?」

「そりゃあ、騎兵じゃまったく歯が立たないでしょうね。俺が戦略を立てるなら、『魔法ならあるいは』って感じだと思います」

「そうじゃろ? つまり、コイツは戦局をあっという間に変えちまう戦術兵器になりかねない代物なんじゃよ」

「……コイツがねえ……」

「なんじゃ? まだ信用ならんのか?」

「いや、だってですね。どう見たって、デカいだけの動く箱にしか思えないんですもの」

「ソイツは、ワシを信用できんということか」

「そうは言ってませんよ」

「あのな、私がウソを言ってどうする。オマエさんは、コイツが本物かどうかを確かめたかったのだろ?」

「そりゃあ、そうですけど……」

「少しは、物事の本質について考えてみたらどうだ? それに、オマエさんはロナに対する気持ちだって整理がついてないんじゃろ?」

「それは、話が違いますって!」

「なにが違う? ワシからすれば、オマエさんはどっちも表面的なところしか見てないようにしか思えんぞ」

「……あ~もうっ!」



 思わぬ指摘にかんしゃくを起こす――実に的確な意見だった。

 実際、ヒュースはロナが嫌いということに変わりはない。

 幼少期を共に過ごせなかったこと、いつもしてほしいと思っていたことをしてもらえなかったこと、最後はファルフェを押しつけて死んでしまったこと。

 どれもロナの勝手に振り回されてきたものばかりだ。

 そう考えると、オスカーの指摘はもっともだ。実際、青年にまで成長したヒュースは、ロナの実情について知ろうと思った。しかし、子供のときの激しい感情にとらわれ、いままで知ることをためらってきたのである。

 割り切れない気持ちが心のわだかまりとなり、現在にまで至っている。

 そのことがオスカーの指摘に対する苛立ちという形で現れたのだろう。ヒュースは、自ら退路を断つように面と向かって話し始めた。



「――確かに。俺は、あの人への気持ちを整理しないまま過ごしてきたと思います」

「だったら、ここらへんで一つ整理してみた方がいいんじゃないのか?」

「けど、ダメなんです。あの人のことを思い出す度にそこから逃げたくなるんです。たとえ、ファルフェから『好きになってよ』と頼まれても無理なんですよ」

「オマエさんが行き詰まってるのは、結局そこか」

「ええ、そこなんです」

「どうやら、その責任は私にもあるようじゃな――ファンベルトのヤツも同じ気持ちだろうが」

「カーライルも?」



 チラリと後ろに振り返る。

 当のカーライルは黙って、2人の会話を眺めていた。しかし、ヒュースから説明を求められたと感じたのか、唐突に語り始めた。



「オスカー様のおっしゃるとおりでございます。わたくしも旦那様にいつか言わねばなるまいと思っておりました」

「なら、どうして言わなかったんだ?」

「……申し訳ございません。わたくしは旦那様がご自身で解決していただけたらと、ずっと口を出さずにいたのです」

「それじゃあ、なにか? 俺がそのことにもっと早く気付けば良かったのか?」

「はい。そうすれば、きっと大奥様のお気持ちもわかるのでは無いかと」

「なんだよ。それって、結局は俺の問題ってワケかよ」



 それを聞き、ヒュースはやるせなく思った。

 ロナへの気持ちは、一朝一夕で片付けられる問題ではない。それだけに2人の願いに対して、激しく躊躇せざるえなかった。

 不意にオスカーが口をはさんでくる。



「なあ、ヒュースよ。いい加減、少しでもロナの気持ちを理解してみようとは思わんか?」

「あの人の気持ちを……?」

「そうだ。オマエさんは、なにごとも物事を頭ごなしに考えてるフシがある。文明が発展しようってときだってそうだ。先入観でああだこうだと決めつけて、『これは人類の倫理に反する』なんてことを抜かしやがる。だが、ソイツが科学的に証明されて実際には違っていたなんてことは良くある話だ。オマエさんの問題も、それと一緒でやってみなきゃ結果なんてモノは、わからんもんだろうよ」

「そういうもんなんですかねぇ~?」



 と答えたものの、ヒュースにはどうすることも出来なかった。

 いまは考えがまとまらない――その一言で片付けられるほど、ヒュースの心の中に絡まった過去という名の糸は絡まっていたのである。

 それだけに結論が出せない。

 ヒュースは答えを見出せないまま、2時間ほど滞在してオスカーの工房を後にした。

 それから、屋敷へと戻ったヒュースは『あの地下室』へと向かった。ファルフェは、帰宅と同時に人目の付かない郊外の森へと出かけた。

 理由は、魔導アーマーを動かすためである。

 もちろん、1人などではなく、アルマが付き添いとして同行している。



「もしものなにかあったら、一人では危ないわ」



 そう言って、本当の姉のようにファルフェの面倒を買って出てくれた。

 本来ならば、ヒュースが行って監視すべきなのだろう。しかし、いまはオスカーの言ったことを実体験としてミニすることの方が大切だ。

 ヒュースは、地下の実験室の書棚を漁り、初めて母ロナがなにをしようとしていたのかを知ることにした。



「『5分でわかる古代魔道書』、『解剖、悪しき魔界の住人たち大典』、『ウホッ、できる考古学のハウツウ本』──んだよ、どれもこれもチンプンカンプンな代物ばかりだな」



 ホコリにまみれた本を手で拭う。

 すると、奥の方を探し回っていたグレムが話しかけてきた。



「ヒュースはん、こんなん調べてどないするんや?」



 ヒュースは、グレムをここに残した。

 魔界の住人だというこの機械魔なら、母の研究がなんなのかわかるだろうという思惑からである。そのため、グレムに魔導アーマーに関する研究資料とありったけの本を集めさせた。



「あの人の研究がなんだったのか、知っておきたいんだ」

「アンタの母ちゃん、なにしとった人なん?」

「──研究者だ」

「なんの研究?」

「それを調べるんだろ?」

「そない言われてもなぁ~。こないに紙切れが散乱しとるし」

「つべこべ言ってないで、全部かき集めてこい。どこかにファルフェの契約を解く方法も書いてあるはずだ」

「書いてあるって……。なんでそないなこと、僕に聞かへんの?」

「だって、オマエが知らないだろ?」

「ギクッ!」



 とっさにグレムの動きが止まる。



「知ってたら、こんなに協力しないだろ。それにオマエにも、なにかしらの目的があるんじゃないのか?」

「さすがに見抜いとったんか──せや、アンタの言う通りや。僕は契約を無効にできる方法なんか一切知りまへん」

「やっぱりな」

「それにな、僕はまた寝たいねん」

「眠りにつく? 悪魔がせっかく目覚めたのにまた眠っちまうのか?」

「アンタらにとってそれが一番なんとちゃう? それにまだまだ熟睡した感じがしないんや」

「睡眠欲ってヤツか……まあ、七罪って意味じゃ悪魔が悪魔たるゆえんだな」

「……せやろ?」



 そう言いながら、ヒュースはグレムと資料を調べ続けた。

 何時間かした頃――1冊のノートが見つかった。ただし、それは実験記録らしきもので、ロナの字で殴り書きされていた。

 ノートを手にヒュースがつぶやく。



「しかし、まあなんだ。よくあんなものが縦横無尽に動くな」

「そない言うても機械やし。嬢ちゃんの機嫌も、ようなって良かったんとちゃう?」

「言われるとそうだが……」

「それでええやんか」

「……まっ、そうだな――――おっ、これっぽいな」



 夢中になって、実験記録を読み始める──そして、すべてを読み終え、ヒュースは1つの事実に辿り着いた。



「……んだよ、これ……」

「どないしたん?」



 あまりの驚きようにグレムが近寄ってくる。



「『セレナーデ計画における経過と成功因子』――入口の奇妙の死骸はそういうことか」

「……ナニナニ。確実に強い魔力を持った子を産むためには、まだまだ最後の魔王の一欠片を安定化させる必要がある。前実験で母胎となったウサギは出産後に子宮を破裂させて死に至り、生まれた子は血肉との融合が安定せず2時間で死亡した」

「このことから、肉片に帯びている最後の魔王の魔力をより安定させてのち、サンプルへの注入を行う必要がある」

「なお、以降は実験Fに基づく人体実験へ移す……だそうやで」

「――なあ、グレム」

「なんですか、ヒュースはん?」

「コイツをどう理解すればいいと思う?」

「僕に意見を求められてもなぁ……というより、アンタのおかんちゃうの?」

「確かにそうだ。だが、ここまでバカげた実験してたなんて思いも寄らなかったよ」



 思わず書類を投げ捨てる。

 それだけヒュースには、ロナが行っていた研究を理解できなかった。

 故人を恨みを連ねるように叫ぶ。



「バカげてるっ! 俺がそんなにショボい魔力しか持ってないことが問題だったのかよ。強い魔力を有した子供を産んで、満足するのはアンタだけじゃないか?」

「ヒュースはん。少し落ち着きなはれ。そない言うても、アンタのおかんはもうおらんのやろ?」

「わかってるさ。けどな、こんなひでえモノを見ちまったあとで、どこに怒りの矛先を向けたらいいのか、正直わかんねえんだよ」

「そないなこと言われてもなぁ……。悪魔の僕はようわからん。せやけどな、理に叶わんことをしてもしゃあないやろ?」

「……ああっ、クソ!!」

「今日はもう仕舞いにしようや。そないな調子でやってもあかん」



 そう言われ、ヒュースは実験室をあとにすることにした。

 ところが「止めよう」と言い出した本人がうしろから付いてこないことに気付く。ヒュースは振り返って、机の上に置かれた資料を読みふけるグレムに声を掛けた。

 とっさにグレムが手にした資料を机に戻す。

 しかし、その行動が慌てているかのように見えて、ヒュースは違和感を覚えた。



「なにしてんだ?」

「ああ、すんまへん。ちょっと見てただけや」



 なにかを書くようにグレムで近付いてくる。

 その不自然さにグレムを疑いたかったが、いまはロナに対する私恨で頭がいっぱいで、それどころではなかった。

 少し眠りたい。

 その気持ちが昂ぶり、ヒュースは自分の部屋に戻って気絶するような勢いで眠りに就いた。

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