第14話 「なんで気絶してるのにそんなに顔が赤いの」

 隆弘はジャッキーの腕をひねりあげ、万が一犯人が意識を取り戻しても抵抗できないよう馬乗りになっている。

 リリアンがコール音を聞いている間、男が眉を顰めて呟いた。


「……イートンの時は結構骨のある奴だったのによ」


 ジャッキーは相変わらず気絶している。


「壊れちまったら意味ねぇじゃねぇか」


 彼が喋るのをリリアンは少し不思議な気分で聞いていた。耳元ではまだコール音が鳴っている。気絶しているジャッキーの顔が赤かった。


「ねえ、西野」


「隆弘だ」


「ジャッキー、様子がおかしくない?」


「あ?」


 男がジャッキーを見る。リリアンの耳元ではまだコール音が鳴っていた。


「なんで気絶してるのにそんなに顔が赤いの」


 よく見ると手や足もかなり赤みがさしている。隆弘は咄嗟に体重をかけて犯人の華奢な身体を床に押しつけた。彼は狸寝入りを疑ったようだったが、リリアンが心配しているのは別のことだ。

 ジャッキーはミックたちと同じ薬を飲んでいる。同じ症状が出る可能性は高かった。

 隆弘に膝で背中を押されたジャッキーが小さく呻く。


「ぐぅっ……」


 聞き覚えのあるくぐもった声だった。

 ジャッキーの身体が硬直したようにピンと張り、閉じていた目が開く。目は充血していた。


「うぐぅうぅうっ、あっ、あぁっ、あがっ!」


 華奢な身体がくの字に曲がり、悶絶する。のしかかっていた隆弘の身体が揺れた。圧倒的な体格差を覆すほどの力で暴れているのだ。ジャッキーの身体が異常事態を訴えていると判断していいだろう。


「ひぐっ、ぐぅうっ、ううううぅぅっ!」


 くの字に折れ曲がった身体がガクガクと痙攣を始める。隆弘がとうとう床に尻もちをついてしまった。

 ここでやっとリリアンの耳元で鳴っていたコール音がやみ、男の声が聞こえてくる。


『もしもし?』


 リリアンは必死に携帯電話を握りしめた。


「ニッ、ニコル警部ですか!? リリアンです! すぐ来て下さい! ジャッキーが! に、西野が押さえてて!」


『リリアンさん、落ち着いて下さい! 今向いますから、そこはどこですか?』


「西野の家です!」


 ジャッキーの目尻から血があふれ出す。隆弘が痙攣する身体を助け起こした。

 リリアンは電話に向って叫ぶ。


「大変なんです! 救急車も呼んで下さい!」


 ジャッキーが無様に床を転げ回り、隆弘が悲鳴のような声をあげる。


「おい! ジャッキー!」


 華奢な身体が暴れた。隆弘の腕がジャッキーの身体を押さえつける。それでも小柄な身体は隆弘の腕をはねのける勢いで暴れ続けた。

 ジャッキーが獣のような悲鳴をあげる。


「うぅうヴっ! ぎゃあああヴああああヴァああああっ!」


 妙な呼吸音の混じった声とともに、ジャッキーの口から血が噴き出した。

 ミックたちとまったく同じ症状だ。

 リリアンが携帯電話を握りしめたまま悲鳴をあげる。


「きゃああああぁああっ!」


『どうしたんだ、リリアンさん! もしもし! リリアンさん!』


 ジャッキーは動かない。血だまりがカーペットと隆弘の腕を汚していた。男は目の前の出来事をうまく処理できないらしい。彼にしては珍しく、茫然と目の前の血だまりを見つめている。

 リリアンも電話口から聞こえる刑事の声を、遠い世界の出来事のように感じていた。

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