三限目「サヨナラ」

「そ、そんなバカな! だっておれはまだッ」


 あまりにも突然の、そしてなにより早すぎる別れに哀れな少年、鳥井健は悲痛な声をあげ立ち尽くす。言葉もないとはこのことだろうか。いや声はあげてるから違うな、断腸の思いといったところか。顔面蒼白でもあり激情で真っ赤に染めているような気もする。案外器用なヤツだ。

 しかし今回のことに関して同情もするが、当然の結末、というのが率直な感想でもある。ここでの規則、我が校の風紀委員の厳しさはあいつも知っていたはずだ。なんせもう三年生なんだから。ちょっとだけ、もうほんの少しだけ、鳥井が考えて行動していれば、この悲劇は回避できたはずなんだ。とすればこの悲しい別れの責任はむしろ鳥井自身にある。それがわかっているからこそ、抗議の声もどこか力がないんだろう。



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「鳥井くん、ちょっといいかしら?」


 ん?なんだろう?というか誰だろう? うちのクラスの女子では......ないな。でもどっかでみたことはあるか。となりのクラスかな、かわいいなー、なんの話だろう。

 もしかして.........告白とか!!?? そういえば後ろにいるのはおんなじクラスの女子だな。まだ名前は覚えてないけど、なんどか話したことはあるはず。てことはどこかで俺のことをみて、ひとめぼれしちゃったのかな?後ろの子に紹介してもらっちゃったりしちゃったのかな??そうなのかな??? 俺の時代、ついにきちゃったのかな????

 あ、そうだ、まずは名前をきかないと。


「え~ッと、お名前を...、」


「これは失礼しました。申し遅れましたが、わたくし三年一組の風井紀子と申します。」


「は、はい!3-3の鳥井健です!野球部です!よろしくお願いします!!」


「うふふっ。よろしくお願いします。面白いかたですね。」


「はい!みなにもよく言われます!!」


「さて本題ですが、今回わたくしは風紀委員長として参りました。」


「なるほど!風紀委員長!素晴らしいです.........ね? えっ......風紀.........委員長???」



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「委員長、お待ちしておりました。」


 あらあら、たしか一年生だったかしら。随分と緊張しているのね。私そんなに怖い顔しているかしら? ちょっと脅かしすぎちゃったみたい。だめね、やっぱり細かいことは私には難しいわ。銀杏ちゃんみたいにうまくやれたらいいんだけど。


「ありがとう。関藤くん。いいのよそんなに固くならなくても。」


「いえ、その、すみません。」


「ふふっ、まじめなのね。ところで今回の執行対象はどちらかしら?」


「はい。今回の執行対象は1年3組 鳥井健、学籍番号23587-469、教室中央列最前席に座っている男子生徒です。」


 あらあら、最前列で校則違反とはずいぶん大胆な方ね。見たところ野球部かしら?素直そうに見えるのだけれども、これで4度目ということだし何かわけがあるのかもしれないわ。なんといって声をかけましょう。

 まずは”こんにちは”、もう少し丁寧に”ごきげんよう”なんてどうでしょう。しかし今回は強制代執行ですから厳しめに行くべきでしょうか。”失礼ッ”・・・いやそれでは私のほうが失礼ですわね。さてさてどうしたものかしら。


「委員長・・・?」


「あら、ごめんなさい。ちょっと考えごとを.........あの、関藤くん。」


「はい、なんでしょう。委員長。」


「あなたはすでに3度、口頭注意を行ったのよね。あなたを責めているわけではないのよ。勘違いしないでね。ただ知りたいの。なぜ彼は校則違反を繰り返すのでしょう? 外見からは素直そうな印象を受けるのだけれど。」


「ありません。」


「えっ?」


「彼に理由などありません。何も考えていないだけです。」


「そんなことが.........」


「おっしゃる通り、注意すれば素直に従いますがすぐに忘れてしまうようです。私の口頭注意などあまり印象に残らないようで、三歩とは言いませんが、三ヶ月もすれば忘れているようです。そのため、もはや強制代執行しかないという結論に至り、今日、委員長にお越しいただくこととなりました。ご多用のところ申し訳ありませんが、よろしくお願いします。」


 まさかそんなに忘れっぽい方がいるなんて思いませんでしたわ。幸い素直な方のようなので今回の代執行自体に問題はないでしょうが、再犯をいかに防ぐか・・・悩みどころですね。次回の会議で良い案がでるといいのだけれど。


「では関藤くん。行きましょうか。」


「はい。委員長」


 強制代執行、これで何度目かわかりませんが、こればっかりは慣れませんね。校則に則った業務とはいえ、心が痛みます。

 ですが、どうしてでしょう。今回は少しだけ楽しみな気もします。まあなにはともあれ、行くとしましょう。


「鳥井くん、ちょっといいかしら?」


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「ああッーーーー!! そこのきみ!! なにやってんの!!!?」



 校舎裏で委員会の仕事をしていると背中ごしに怒鳴られた。叫び声からするに女生徒のようだが聞き覚えはない。といってもクラスの女子と直接しゃべったことなどほとんどないのだから、あまりは意味はないのだが。まずは振り返って相手を確認しよう。たとえいきなり大声をあげるような不躾な相手であっても、このまま無視は失礼にあたる。


「はい、なにかご用でしょうか?」


 振り返ってみれば女生徒は二人。一人は陸上部とかかれたジャージにサッパリとしたベリーショート、褐色がかった肌が健康的に見える。もう一人は中等部の制服に指定のカバン、肩をこえて伸びる髪が滑らかだ。こちらは対照的に抜けるように白い。人を見た目で云々とはいうが、思わず心配になってしまう。


「いまそこで!!なにをしてたか!!きいてるの!!」


 何故だろう、なにか訊かれたはずなのに疑問符が見えなかった。どうしてこの人はこんなに怒っているんだ。そもそもなんで僕は怒られている?


「なに、と言われましても・・・風紀委員としての業務ですが・・・なにか問題でも?」


「大問題よ!あなたいま、どんなに罪深いことをしたのかわからないの!?」


 わからない。


 "風紀委員としての業務"なんて言ったが要はただのゴミ捨てだ。ゴミ置き場にゴミを捨てる。それだけのことでなぜ?

 ふともう一人のほうを見ると・・・


「 wwwww 」


 爆笑してる!?


「ちょっと薫、なにが可笑しいのよ!?いま大事な話してるんだから・・・」


「ごめんごめん、だって里田は必死だし、彼は"解せぬ"って感じだし・・ダメだ笑いがww」


 それはたしかに傍から見ている分には面白いかもしれないが、解せぬ僕の気持ちにもなって欲しい。


「あ~可笑しいw えっと、きみ、何くんだっけ?」


「一年三組、関藤堅です。」


「関藤くん、私は二年の重土井薫、そっちのふくれてるのが原絵里田。よろしくね。」


「はい・・・よろしくお願いします。」


「それでだね、関藤くん。里田がなんで怒ってるかってそれはね。君がさっき捨てたもののことなんだよ。」


 重土井さんは笑いをこらえながらそう言った。僕が捨てたものといえばさっきの休み時間に鳥井から没収した・・・


「なんで限定アンパン捨てちゃうのよ!!!」



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(重土井、薫さん・・・か、)

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