5 鬱陶しい


「お帰りなさい……」

「ああ、すぐに出してくれ……」

「了解……」

 見るからに落ち込んだ様子で帰ってきた立花に、護衛はかける声も見つからず、言われた通りに発進させる。


 物資運搬に特化している為、乗り心地があまり良くない輸送機を、傷心の立花の為に優しく運転して城へ向かう。


 輸送機の自室に入った立花は項垂れながらノロノロと軍服とブーツを脱ぐとベッドに潜り込む。

 領地に戻る為に、数日前から睡眠時間を削っていた為体が重く、すぐにでも眠ってしまいたかったが、先ほどまで鬱金と話していた内容が思い出されて泣きたくなって来た。


「あんな事言わなければ良かった……」

 何故あんな事を言ってしまったのかと後悔が押し寄せる。スカウトに行って身の上相談してしまうなんて格好悪すぎる。もっと鬱金を褒めて、鬱金の話をするべきだった。


 ため息を重ねながら思い出すのは鬱金の凛々しい姿だ。二十歳になった今でも子狐ちゃんと言われるほど、体格も顔立ちも小ぶりな立花には羨ましい、男らしい顔立ちに体格、どんな表情でも思わず兄貴と呼びたくなる。


 私服で現れたときには思わず見とれて瞬きも出来なかった。

 もうあれが見られただけも、いや声が聞けただけでも良しとするしかない。思った以上に渋兄貴だった。

 笑った顔や、少し意地悪そうに見つめられる度に感動するほど嬉しかった。二度と会えないと思うと涙腺が崩壊しそうなほど寂しい。




「ファンですとか言えば良かったのかな……」

 などと思ったりするが、鬱金がファンと言われて喜ぶ所が浮かばない。


 むしろ、お前俺の事好きだな〜、よし! 仲間になるよ! と桐生の様な軽い感じだったら幻滅する。そんなの鬱金じゃない。


 そうすると鬱金の必要性を説明するには、やはり自分の弱みを見せるしかないわけで、あの話をして自分の領地の上がり全て使っていいと言う、交渉にあるまじき自己最高額から初めてしまった立花には、勝算は無かったのかもしれない。


 ウジウジともう戻れない過去を振り返り、後悔を繰り返すうちに立花は眠ってしまった。




  ▽▲▽




 研究所特有の薬品の香りと殺風景な室内。人の気配はするが、誰も自分を気にしない。

 立花にとってはとても居心地いい所だが、ソファの片隅でぼんやりと窓の外を眺めているその姿は、控えめに言っても鬱陶しい。

 普段常に働いている立花がぼんやりしているだけで、何かしてやらなければならないような脅迫観念が生まれる。


 室内には立花の他は清白すずしろと言うこの研究所の所長しかいない。清白はヨレヨレの白衣を着こなす、忘れられた洗濯物のような男で立花の学園からの友達だ。


「だは〜! 鬱陶しい! もー邪魔! 気配が邪魔ぁ! 落ち込むなら家帰れよ!」

 仕事の手を止めて立ち上がった清白は痛くご立腹だ。


「一人は嫌だ……」

「子供か! そう言う時に会いに行くような人はいないのか!」

「いない……」

 立花はしょんぼりと膝を抱える。


「もー止めろ! そんな顔をするな! 頼むからここに居るなら何かしてくれ!」

「何すればいい?」

 立花は捨てられた仔犬の様な顔で清白を見つめる。


「どぅあ! もお! 知るかぁ!」

「邪魔して、ごめんな」

「〜〜〜っ!」

 清白は言葉にならない苛立ちを覚えるが、落ち込んでしかも謝っている人間にこれ以上の言葉がない。

 イライラと自分の机に戻った頃にようやく待ち人が現れた。



「よ〜清白久しぶり」

 ノックの後に返事も待たずに入って来たのは、これも学園の頃からの友達の海棠かいどうだ。立花とは同僚でもある。

 背が高くスラっとした体格で、笑顔の爽やかなお兄ちゃんといった感じだ。実際は同い年だが、生まれたのは三人の中で一番遅い。



「ここに呼ばれるの珍しいな〜」

 海棠はそう言いながら、早速立花の隣に座る。


「おかえり、立花。どうだった?」

「ただいま……」

 しょんぼりと上目遣いで返事をする立花を見れば、質問の答えは明白だ。


「見ればわかるだろう! さっさと回収してくれ!」

「えー俺に用ってこれ? 扱い酷くない?」

「海棠ごめん」

 海棠はかわいいから許す、と心の中で呟きつつ、立花の写真を撮る。普段なら盛大に怒る立花だが、今は俯いて顔を隠すだけだ。


「鬱金様はどんな人だった?」

 ますます小さくなった立花に、体重を掛けながら尋ねる海棠の声は、淑女にかけるように甘い。


「…………」

「何て断わられた?」

「一週間考えるって」


「じゃまだ分かんねーだろ!! 落ち込むのはえーよ!」

 話を聞いていた清白が遠くから叫ぶ。


「考えるとか言われたら大体、駄目だろ」

「うあーネガティヴ」

「他には何て?」

 ようやく顔を上げ立花は海棠を見つめる。


「……俺、人の目見すぎかな?」

「何で?」

「そう言われた」

「あー確かに立花は無駄に見つめてるよなーだから勘違いされるんだろ」

 清白の言う勘違いの意味は立花にはよくわからないがいい意味ではないのだろう。


「不安になるって、悪い所探されてる様な気がするって」

「だから落ち込んでるのか」

 うん、と立花は再び俯く。


「俺は気にならないけどな」

「俺は落ち着かないよ。もう慣れたけどな」

「清白の不安はまた違う意味でしょ?」

「んなわけあるかぁ! お前と一緒にすんな!!」

「するわけないし、俺の立花への愛は別格なの!」

「愛とかキモいわ!! おい、コン太お前は違うよな?」

「俺はみんなに嫌われてるから……」

 嫌わないでいてくれればそれでいい、とまでは卑屈すぎて言えない。


「大丈夫だよ。確かに嫌いな人も多いけど、好きな人からは目にいれても痛くないぐらい愛されてるから」

「まー確かに桐生様とか猫可愛がりしてるらしいもんな、それで妬まれてまた嫌われると」

「おーい、清白あんま言い過ぎるなよ。立花泣いちゃうだろ」

「今更泣かない……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る