3 身の上相談
「で? お可愛らしい立花様は何にお困りなのですか?」
「可愛らしい?」
お茶を飲んで少し落ち着いた鬱金が話を促すが、立花は馬鹿にされたと思ったようだ。
「まあ、鬱金様にいわれるのは仕方ないと思います。本当に不甲斐ないですから、何からお話しすればいいのか……」
立花は少し考えてから自分の経歴を話し始めた。鬱金も知っている話ではあったが本人から聞くのは興味深い。
「鬱金様は、この国にある学園をご存知ですか?」
立花は鬱金の目をまっすぐに見つめて話し始める。
「ああ。前の国が作った子供を集めて教育するところでしたか?」
「はい、だいだい五歳から十五歳までの……家で養いきれなかった男の子が預けられるところです。
教育と言ってもほとんどの者は大したことは学べません」
学園に売られてくる様にして集められた子供は数が多く、大半の子供達は傭兵のまねごとや大人に交じっての力仕事をする。
少し器用な子は職人として技術を教えられたり、一握りの選ばれし者は研究者として英才教育を受けることもあるが、十五歳で学園から出されてからも軍人になったり商家や職人に雇われるのがせいぜいで、子供にとっては夢も希望もないところだと立花は言う。
「夢も希望もない、ねぇ……」
鬱金はその学園を見たこともなく、一般的な知識しかない。
しかし鬱金の故国のように農業しか産業がない国で、家を継げずに子供の頃から転々と各地を渡り歩いて、農作業の手伝いをしたり、傭兵の真似事や盗賊になってしまうような生活よりは恵まれているように思える。
「食べることや、生きていくことには困りません。でも同じ年代の似たような境遇の子供が少ない席を奪い合うようなところです」
「なるほど」
相槌に苦笑が混じる。宮仕えに疲れて隠居した鬱金には、殺伐とした子供たちが想像できるようだった。
「六年ほど前に俺の国はレオモレアに吸収されました。その時学園の視察に見えた桐生様に拾われて、他の学園の者と一緒に桐生軍で働き始めました。
同期のほとんどは軍に所属したのですが、俺は小柄だったので学園でもしていた文官の仕事を手伝始めて、十五歳の時に桐生将軍の大臣付きになりました」
レオモレアで、大臣とは将軍領内の内政、外交などを行う役職で、大臣付きなら常に将軍の近くにいるようなものだ。
その頃他の同期は将軍には会うことも出来ないのだから、立花の出世は異常だ。しかし他国との陣取り合戦が繰り広げる時代に、大臣付きとはいえ文官自体の地位は低い。将軍本人の評価はともかく、周囲からは評価されない。
この頃から桐生軍の立花という名前は悪い意味で世間に聞こえ始める。将軍に気に入られて調子に乗ったコギツネと後ろ指を差される様になった。
「それからも何度か大きな戦争があったのですが俺は目立った功績もなく……この前の事故では将軍に救援に向かうように進言した事で領主にして頂きましたが……」
「軍功もないのに領主なんてコギツネが良い気になってと、悪口を言われているんでしたか?」
言いにくいことを代わりに言ってもらった立花は俯いたままで頷くので頭頂部まで見えそうな勢いだ。
先程はとぼけたが、領民も立花が領主になったと聞いて立花をからかった小ネタが流行るほど有名だ。本人が気にするも仕方のない話である。
「それで、立花様は自分に何を助けてもらいたいのですか?」
「部隊長として、領内の軍務をお願いしたい……です」
「……」
鬱金は褒めればいいのか呆れればいいのか分からず曖昧な返事になる。
「それはそれは……剛毅なことですね」
領主とは領内の行政から裁判、警察の仕事に、攻め込まれれば戦争もする小さな王様だ。そのため領主は自分の領地で部隊を作り、その指揮権を持っている。
立花はこの部隊の編成と指揮を鬱金に任せると言っているのだ。
何が呆れるほどの事かと言えば、立花のようにほとんど領地に居られない領主の元なら、部隊が有れば簡単にクーデターやら戦争やらが起せてしまう。その為部隊長は万が一に備えて身内や、それに近い人が行うのが普通なのだ。
それを今日会ったばかりの他人に任せるなんて、馬鹿と言われても反論出来ない。
「他に候補はいないのですか?」
鬱金の質問に立花は表情を曇らせる。
「他には……まぁ居ないこともないのですが、あいつではますます評判が……」
立花の表情はその話題に触れるのが不憫なほど曇っている。
「それはそれとして、なぜ自分に部隊長を?」
話題が変わったことが嬉しかったのか、立花は別人のように話し始める。
「この場所は今まで桐生様が領主だったように地理的に重要なのです。鬱金様は俺に欠けている物をお持ちです。それに……もしも部隊長をお願いするのなら自分の尊敬出来る人に頼みたいのです。
仕えて欲しいとは申しません。俺の教師になって頂きたいのです。鬱金様のお考えを俺に教えてください、お願いします」
立花は立ち上がると丁寧に頭を下げる。鬱金が何か言うまでは絶対に動かなそうな雰囲気で鬱金は少し驚いた。
聞いていた立花のイメージと違ったのもあるが、目の前の気位の高そうな少年が真摯に頭を下げている光景には心を動かすなにかがあった。
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