8 商業都市パウロニア


 翌日、鬱金がゾンビ達と昼食を取っていると立花が現れた。


「お疲れ大将。どうだったんです?」

 鏑木が話しかけ、蓬郷が無言で立花の食事を用意する。


「ん〜? 他の領主もこっちに着いたよ」

 席に着いた立花は眠そうだ。

「王家の扱いは?」

「他の領主と一緒」

 可哀想に王家はこの地方の盟主から一領主に格下げされてしまったらしい。


「立花様を襲撃したのはどちらだったんですか?」

「王家の方だ。領主と直接会わせたくないから、何処かにご招待してくれるつもりだったらしい」

「それはそれは、結構なことですね」

 何が面白いのか鏑木は笑っている。


「ないと思うけど、他の領主も見ておけ。俺は夜には帰る」

「忙しねぇなぁ。ゆっくりして行きゃあいいじゃね〜か」

 鬼田平は口に物が入ったまま喋っているので聞き取り難い。


「それよりあっち側のルートだけどな、街が一つ封鎖されてるらしい」

 立花は聞き取れなかったのか無視したのか話題を変える。


「誰にですか?」

「うちに」

 立花は不機嫌そうだ。


「どうして?」

「俺は知らない。他の隊の事は教えてもらえないからな」

「嫌がらせですかね〜」

 鏑木は慣れてるのか軽い様子だ。ゾンビの他のメンバーも当たり前のような顔をしている。


「軍部の事なら仕方ないけどな、完全封鎖なら色々用意する物が増えるし教えて欲しい……」

 立花はため息をついて食事を始めた。




  ▽▲▽




 立花は拠点にしている王宮の離れのテラスにいた。

 通信で海棠を呼び出す。

『どうした?』

「聞いてないんだけど」

 開口一番に文句を言う。


『なんの話だ?』

「街一個封鎖して道を切るってどういうことだ?」

『ああ、あれかぁ……』

 誰が聞いてるかも分からないため名前は出していないが海棠には分かったらしい。


『なるほどそれでね、でも大丈夫だったんだろ』

「そうだけど、俺にだって準備とかあるから教えてくれてもいいだろ」

 立花は海棠が相手だとつい甘えた調子になる。


『ん〜そうなんだろうけど、少し手間かかるぐらいいいだろ?』

「二度手間だけどな。まあいいや、分かった。

 お前が知ってるならそれでいい」

 そう言って立花は海棠の返事も待たずに通信を切った。




「立花様、今お時間頂けますか?」

 後ろから鬱金の声がして立花は驚く。全く気がつかなかった。

「あ、はい。大丈夫です」

 何の用か分かっているため緊張で声が震える。


「士官のお話ですが……」

 立花は脳内で断られた後のことを考えながら鬱金を見つめる。できることなら鬱金に誰か紹介してもらいたい。


「お引き受け致します」

「えっ?」

 鬱金の答えは予想と違っていた。


「微力ながらお力添えさせて頂きます」

「……本当に、俺なんかでいいんですか?」

 鬱金は優しい笑顔で頷く。

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 立花はすごい勢いで頭を下げた。


「こちらこそ、ところで早速お願いしてもいいですか?」

「もちろんです!」

「これで自分も立花様の部下ですから、そのように扱って下さい」

「いいんですか?」

「家臣に丁寧な主なんて気持ち悪いですよ?」

 はい、と立花は返事をする。


「立花様は夜に戻られるのでしょう? 自分にも準備がありますから、後で改めてお伺いします」

「それは、もちろん……」

 立花は誰かに騙されているのではないかと不安でなかなか喜ぶことが出来なかった。




  ▽▲▽




 立花は白っぽい部屋の中を落ち着きなくウロウロしている。


「だは〜! 邪魔! 気が散る! 落ち着け!!」

 仕事の手を止めた清白は今日もご立腹だ。


「いや、だって清白が鬱金に会いたいって言うからここで待ってるのに……」

「大人しく待てないのかよ?」

「なぁ。俺騙されてないよな?」

「誰に?」

「自分で都合良く記憶改竄きおくかいざんしてるとか…」

「そんなの俺に分かるわけないだろ?」

「ううう〜」

 立花は頭を抱える。


「ああ、そう言えば海棠も呼んどいたぞ」

「何で?」

「お前鬱金様の事、他に誰にも言ってなかったのな。

 こないだ会ったらお前の様子おかしいって聞いてくるから、喋った」

「それはいいけど。なんか自分でも疑ってるから人に言えなかっただけだし……」

「本当になぁ。でもこれでますますお前嫌われるなぁ」

「え? なんで?」

 立花は怪訝な顔をする。


「だってさ、普通鬱金様が味方になったら大喜びだろ?

 それを隠してて、いきなり鬱金様連れてったら感じ悪いだろ?」

「そうか?」

 立花にはイメージが湧かないらしい。

「分かんないけどな? そんな気がするって事。まあ立花には分からなくてもしょうがないな」

 お前は人の気持ちが分からないからと清白は思う。



 二人がそんな話をしていると海棠が鬱金を連れてやってきた。

「街で会ったから連れてきたぞ〜」

 鬱金だ! と思うと立花は妙に緊張する。

「お邪魔します」

「ようこそ鬱金様。立花の風見研究所へ、俺はここの所長の清白です」

 清白が固まっている立花の代わりに挨拶する。


「初めまして、鬱金です。二人は立花様の幼馴染みなんですよね?」

「まあ、俺はこの二人程長くないですけど、そんな感じです」

 清白も少し緊張した感じだ。そして先程から黙っている立花を海棠は呆れた様子で見る。


「だって、信じられなかったから……」

「それでも言えよ……」


「それで立花様、自分はこれからどうしたらいいのですか?」

 鬱金は三人それぞれの様子を優しい眼差しで見ながら言う。


「準備はしておいたけど……住むところはどうする? 寮があるけど?」

 信じられなくても準備はだけはするのが立花だ。


「寮ですか……なんか面倒そうですね……」

「城に居なきゃいけない訳でもないんだし、街にあったほうが便利だと思うけど?」

 海棠は少しも緊張した様子がない。

「鬱金様、俺らに案内させて下さい!」

 清白は目を輝かせる。

「そうですか? ではお願いします」




  ▽▲▽




 部屋を決めた翌日、鬱金は城内にある立花隊の詰所で簡単な紹介と挨拶を済ませると、二階にある立花の執務室にやって来た。

 そこには何故か将軍の桐生、立花の上官の竹杉たけすぎそして海棠と、その上官の老師が揃っていた。


「あ〜皆さん何故ここに?」

 立花の声は硬い。


「ようこそ。鬱金君。私は立花の上官の竹杉です。

 この度はウチの子に協力してくれてありがとう。不束者ふつつかものだけどよろしくね? 何かあったら私に言ってくれれば、なんでもするから」

 竹杉はシワの深い柔和な顔を感動か何かで歪め、新婦の父のような妙なテンションで鬱金の手を握る。それを見た立花が焦って竹杉を制す。


「こちらこそ、よろしくお願いします。竹杉大臣」

 鬱金は若干戸惑いながらも微笑んで返す。


「初めましてじゃ鬱金殿、わしは海棠の上官じゃ。老師と呼んで下され」

 そして老師も勝手に挨拶を始める。

 老師は軍の幹部で軍師のようなことをしている。

 老師と呼ばれているが年齢は桐生とあまり変わらない。ただ見た目が老けているのと本人がおじいちゃんキャラで押しているために周囲もおじいちゃん扱いをしている。


「初めまして鬱金です。将軍の軍師様のお話は良く耳にします。お会いできて嬉しいです」

「いんや、いんや、そんなこと言われたら照れるの〜」

 小柄な老師はとても嬉しそうに鬱金を見上げている。


「お前が鬱金かぁ……思ったより小さいんだな」

 二人に先を越された桐生はニカっと音がしそうな笑顔を見せる。


「噂と違うとよく言われます。将軍は噂通りですね。お目にかかれて光栄です」

「そっかぁ? え〜どんな噂だろ〜? 恥ずかしいなぁ〜」


 いつも通りの桐生を見ているこっちが恥ずかしいと立花は思う。

 そして視線を海棠に移す。


「見つかっちゃって……」

「どこで情報を仕入れてるんだ?」

「俺らの知らない隠密とかいるのかもな〜」

 その隠密とは海棠のことだろうと睨むが、爽やかな笑顔が返って来るだけだった。


「よし、挨拶はこれぐらいにして。立花これからどうするんだ?」

 突然桐生が仕切り始める。


「うちの秘書と護衛を付けるので隊員を集めてもらうつもりです」

「そうか、やり方は鬱金に任せるから一ヶ月でよろしく!」

 桐生は明るく言う。


「はあ? 一ヶ月ですか? 何人集めると思ってるんですか?」

「お前の所なら一五〇ってとこだろ? 余裕余裕」

「どこがですか?」

「だってお前。訓練とかもしなきゃだし、時間ないだろ?

 集まらなかったらそれで仕方ないから、大丈夫だよな? 鬱金?」

「了解です」

 鬱金は笑顔で即答する。

 立花はものすごく不服そうだ。


「よし、決定決定〜。急がせて悪いけど。次は飲みに行こうな〜」

 三人は話は終わったと出て行ってしまう。


「海棠?」

「いや、時間ないのは事実だし。三ヶ月って言ってただろ」

「いきなりは無理だろ? その次からじゃダメなのか?」

「立花様、俺に心当たりがありますから大丈夫ですよ」

 鬱金がフォローするが立花は納得しない。


「最初が肝心なんだ。ここで無茶振りに応えると際限なく来るぞ?」

「無茶ではないですよ、現実的ですから大丈夫です」

 鬱金は真剣に立花を説得する。あの面白そうな戦に関われなければ来た甲斐がないのだ。


「分かった。じゃあ俺は一人でいいから、みんなに手伝わせる……」

「はぁ? 何言ってんのお前?」

 立花の譲歩案は海棠には信じられないものだったらしい。


「だって人集めるなら色々いるだろ?」

「そういうのは集まってから考えたら?」

「イヤ、二度手間になる」

 立花がこの世で何番目かに嫌いなのが二度手間だ。好きな言葉は一石二鳥。数羽を一度で落とすための手間なら惜しまない。


 海棠は諦めたような様子で鬱金に向き直る。

「鬱金様、申し訳ないんですが、三週間で戻ってきて下さい」

「心配いりませんよ」

 深刻な海棠を安心させるように微笑む。


「鬱金様のことは、何も心配してません」

 問題は立花だ、と海棠の様子は語っている。


「言い出したら聞かないんですよね……」

 立花は鬱金のための準備に取りかかっていた。



 結局鬱金は立花の秘書と護衛全員を引き連れてスカウトの旅に出ることになった。

 秘書官の話では鬱金の名前のプラス評価には勝てないが、立花のマイナスの評価を考えると色々難しいとのことだ。


 だが鬱金の考えている者たちなら、立花の評価はあまり関係ないか、むしろ高いだろう。

 軍人になりたい者が皆、名誉や評判を気にする訳ではない。鬼田平の話ではないが、仕事として戦争を考えるなら、立花は裏方の仕事は完璧。かなりやり易いはずなのだ。



 そんな訳で鬱金が意外に多くの者を集めてパウロニアに戻ってくるのは、色々な事情で予定よりも少し早くなる。

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