7 デモンストレーション



 気まずい。そして恥ずかしい。

 立花は簡易テントの中でイカツイ男たちに囲まれていた。必要以上に人が多いのはみんな鬱金が見たいからだ。


 立花は一人床に座ってロブに隠れながら会話を聞いている。

 情けないのは分かっている。でもどうすればいいのか分からない。


 鬱金は立花に勧誘されて気になったから、最近立花が関わっている街に見物に来たと言った。

 それを聞いたみんなの視線が痛い。そんな生暖かい目で見ないでくれ。




「それにしても田平がここに居るなんて知らなかったな」

 鬱金は周囲の視線に少し疲れた様子で言う。


「ここって、お前ここが何か分かってんのか?」

「レオモレアの桐生軍だろ?」

 全然違うと鬼田平は首を振る。


「その中の懲罰部隊だ。立派な通称があってな、大体ゾンビで通ってる」

「何をして懲罰部隊に?」

「気に入らね〜上官をぶん殴ったら死んじまったんだよ」

 鬼田平に反省の色はない。だが軍隊など大体こんなものだ。


「何故ゾンビと?」

「前の陛下がそれはそれは厳しくてな、軍規違反は大体死刑だ。んで俺らは死刑から生き残ったからゾンビなんだ」

「死刑って生き残れるのか?」

 普通死刑は銃殺だ。とても生き残れるとは思えない。


「そこにいる立花様がな、殺すのも面倒くさいって、ナイフ一本で街の外に追い出して下さってな。んで別の街に辿り着けた奴を集めて部隊を作ってくださったんだよ」

「それは、非情なのか温情なのか分からんやり方だなぁ……」

 視線を集めた立花はものすごく居心地が悪い。

 あの時は何も考えてなかった。蟲が近くで暴れて大変だっただけなのだ。立花は心の中で訴える。


「まあ、そのお陰で俺らは一応罰を受けてるって事で自由にさしてもらってるけどな。何年かいりゃあ戻れるみたいだし」

「お前はどれ位居るんだ?」

「おい立花、あれは何年前だ?」

「四年前です……」

「だとよ」

「それで何でまだここに?」

「まー嫌な仕事ばっかり来るけど居心地いいからなぁ。元戻るとか考えた事もね〜んだわ

 最近じゃなんもしてなくてもここに入りたいって変態も来るしな?」

 ガハハハっと鬼田平は豪快に笑う。



「あの、それより、今回の事情を説明して貰いたいんだが……」

 立花は勇気を出して会話に加わる。

 このままではいじめられに来たようなものだ。


「あ〜、待ってな。二人が調べてっから」

「お前が知ってる事でいいから教えてくれよ」

「いやぁ、俺疲れてっし」

 鬼田平は立花の思い通りにはならない。多分鬱金に断られたらこの男に頼む事になるのだが、不安しかない。


 結局、ゾンビの幹部をしている他の二人が来るまで何も進まなかった。




「んじゃ、鬱金に紹介するな。俺の自慢の部下だ。

 こいつは蓬郷ほうごう。副隊長だ。こいつも俺と同じような事やってここに来た」

 蓬郷は二m以上ある身長に女性のウエストぐらいありそうな上腕筋を備えた大男で顔立ちもそんな感じだ。非常に無口な為簡単に頭を下げる。


「んで、こっちが鏑木かぶらぎ。お前は何やったんだっけ?」

 鏑木と紹介された男は見た目は上品な細身の男だ。


「俺は何もしてませんよ?併合された国で武官をしていました。立花様が戦後処理にいっらっしゃって、その時の縁です。どうぞよろしく」

 鏑木は黒く微笑む。鏑木はいつもこんな感じだ。


「あともう一人女で医者のせりってのがいて、四人がゾンビの幹部だ。

 お前ら鬱金の紹介はいるか?」

 鬼田平がみんなに聞くが全員が首を振る。紹介されなくてもみんな知っている。それが鬱金だ。


 だからみんなの、鬱金を勧誘するとか何様? 感違いし過ぎなんじゃない? という立花への視線が痛い。早く出て行ってくれと立花は願う。


「鬱金です。これも何かのご縁ですからよろしく」

 鬱金は涼しげに笑っている。




  ▽▲▽




「つまり、俺らがまだ会った事のない領主がいて、そいつらがここの王家に反発して睨み合ってるって事か?」

 立花は鏑木の説明を要約する。


「そう。でもなんか、同盟みたいな感じで、国としては別だね。だから前回は会ってない訳だし」

 鏑木は軽い口調で答える。


「何に反発してるんだ?」

「それは本人に聞いてみないと……でも道が切れて孤立してるみたいよ?」

「こっち側は分かるけど、向こうはなんでだ?」

 今いる街は桐生軍が停戦中の南の連合国に隣接している。

 敗戦でレオモレア側の道が切れるのは分かるのだが、向こうの国と行き来できない理由が分からない。


「ん〜途中でなんかあったのかなぁ? そういうのは立花様調べてよ、得意でしょ?」

「で? 俺らは何するんだ? 観戦か?」

 鬼田平はすっかり飽きている。


「道が切れてるだけならこっちが開ければいいだけだろ? 俺が交渉する」

「んっんっんっ? 立花様ぁ。ここの王家はそれが嫌なんじゃない? レオモレアと取引したいならうちを通せって事でしょ?」

 鏑木は介入には消極的のようだ。


「そんな事を決める権利はあいつらにない」

「それは……ねぇ? でもどうやって交渉するのさ、もう直ぐ始まっちゃうよ?」


 この会議と言えるのかは分からない会話を鬱金は黙って聞いている。

 遠慮しようとしたのだが、意外にも立花が問題ないと同席させてくれた。


「仲裁、すればいいんだろ?」

「どうやって?

 まさか、私の為に争わないで! って割り込んで行くつもり?」

「面白そうだな」

 鬼田平が嬉しそうに笑って言う。

「危ないでしょ!」


「まだ始まってないだろ? やるなら今のうちだな」

「でっかい旗あったか?」

「ある」

 立花の質問に蓬郷が答える。


「じゃそれで、一機でいいか?」

「見た目的に三機は要るんじゃねえか?」

 鬼田平はやる気になっている。


「三機って、俺と蓬郷は一緒に乗るだろ?あとは田平と…… 一人足りないな」

 立花は鏑木の顔を見るが、すかさず外方を向かれている。


「じゃあ、自分が行きますよ」

 鬱金が言うと鬼田平以外の三人に驚いた顔で見つめられる。


「お〜鬱金なら完璧だな。じゃあ急いで行くか!」

「本気ですかぁ? 何があっても俺は知りませんよ?」

「何かあったら後のことは鏑木に頼む。よし出発!」

 鬼田平はさっさと決めて、さっさと出て行ってしまう。

 立花は不安そうな目で鬱金を見ていてたが、結局何も言わずに出て行った。




 鬱金は無言で蓬郷に連れられて自分の機体に向かう。立花が何か設定をしてくれている。


「何をすればいいんだ?」

「なんも」

 鬱金の質問に鬼田平は平然と答える。


「立花が自動追尾にしてるから、本当に乗ってるだけでいい。後は危ない時に避けろ。それだけだ」

「楽なところだな」

「おう。うるせーのが居ないからな」

「立花様は煩そうだか?」

「あいつはあいつの仕事のことにはうるせーが他はお任せだ。面倒は起こすなとしか言われねぇ」

 鬼田平の口調からは信頼がうかがえる。立花は意外といい上官なのかもしれない。


「おっしゃ、じゃあ出発すっか〜」

 鬼田平の若干気の抜けた合図で作成は開始された。




 街外れにある広大な畑の両端で、両軍合わせて数十機の戦闘機が待機してる。

 普通の機体と戦闘機の違いは銃火機が有るか無いかくらいで、機能にはほとんど違いがない。

 立花の機体は畑の中央にゆっくりと降りていき、人の背丈ほどの高さで器用に留まる。


「へぇ……すごい技術だな」

 鬱金が感心したような様子で言う。


『だろ? 機体も操縦士も特別だからな』

 通信で聞こえてくる鬼田平の声は自慢げだ。


「蓬郷は見かけによらず器用なんだな」

『いや、あいつ操縦できねぇの。だから立花と一緒なんだよ』

「じゃあ、操縦してるのは……」

『立花だ』

 張り切って交渉すると言っていたので鬱金は感違いしていたらしい。


 立花の機体は扉を開け、大きなレオモレアの旗を持った蓬郷が立ち上がって威圧する。何か言っているようだが、鬼田平の機体と共に立花の機体の上空を旋回する鬱金には聞こえない。


「聞こえないな」

『? ああ、お前のは通信来てねぇんじゃねか? 俺のは聞こえてるぜ?』

「そうか、なんか残念だな」

『立花が立派に演説してるから問題ねぇ、それよりライトつけろ』


 言われるがままに照明を点けると、ちょうどスポットライトのように二機の機体からの光が蓬郷を照らす。


『おお〜いい感じじゃね〜の。イケメンは得だねぇ』

 蓬郷がイケメンかどうかは鬱金には分からないが、どうでもいい事なので口は挟まない。


 周波数を探すと立花の声が聞こえてきた。

『こちらはレオモレア軍である。直ちに武装を解除し此方の指示に従え。

 交渉には立花が応じる。言い分は聞こう。速やかに投降しろ』


 声は立花、姿は蓬郷。そして威圧するように飛び回る機体。

 デモンストレーションとしては完璧に近いだろう。

 しかも両軍からすればレオモレアはこれから仲良くしたい相手で、立花が交渉に応じてくれれば解決は約束されたようなもの。

 これで投降しないわけが無い。


 ふと、鬱金は疑問に思う。

「立花様がいなかったらどうするつもりだったんだ?」

『あ〜? とりあえず観戦して、勝った方と決勝戦だな』

 鬼田平は何故か格好つけて言う。絶対にそれをやってはいけなかったと鬱金は思う。


「立花様が駆けつけた理由が分かるな」

『いや、もしやってても立花は怒んねぇぞ? 証拠隠滅すれば許してくれる』

「でもそれじゃあ、誰も得しないじゃないか」

 なんだか立花のイメージと違うなと鬱金は思う。

『今回は起こってもいないし、考えるだけ無駄だ』


 二人が暢気な会話をしていると片方の軍から一機近づいて来て、立花機体の下に降りる。

「あれはどっちだ?」

『多分、領主だろう。王家のはもっと派手だ』


 下の二機の間で何かやりとりがあったのだろう。再び立花の声がする。

『領主側は投降した。交渉に参加するか、梯子を外されるか好きな方を選べ』

 交渉というより脅しだろう、と鬱金は思う。


 この状況でレオモレアに相手にされない王家など、水のない川のようなもの、存在価値がない。まともな神経なら投降してくる。立花が下手に出る理由がない。


『田平、王家の方は武装解除してるか?』

 立花から通信が入る。


『いやぁ。バッチリお前を狙ったまんまだ。なんか揉めてんじゃね〜か?』

『そうか、じゃあ帰るか。領主側を誘導してくれ、とりあえず……王宮の庭にでも集めとけ。話は明日する』

『了解。タイショー』

「王家はどうするんですか?」

 鬱金は立花に話しかける。


『相手もいないのに喧嘩しないだろ? 対応は……ん〜明日考える。みんな帰ろう』

 鬱金は立花の機体の後についてゾンビの拠点に戻る。鬼田平はそのまま領主側に行ってしまった。

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