3:ファンタジーと中学生

「うおおおおおおおおおおおおっ!」

 一人の少年が、雄たけびをあげる。まだ第二次性徴を迎える手前くらいの、幼さの残る顔立ちをした少年は、剣を両手にもって正眼に構えた。眼前にはまがまがしい気配を漂わせ、黒い鎧を身にまとう男が、兜の中から鋭い目で少年を覗いている。鎧の男は武器を持っておらず、一方の少年が着ているのは薄手のシャツとジーンズのみ。両者の間には数メートルの距離がある。雄たけびで自信を奮い立たせた少年は、剣をふるわんと少年は鎧をまとう男へと向かって駆けだした。少年と相対する男は微動だにする様子はない。一瞬、瞬きをする程の速さで、少年は男の目の前へといきつく。

 剣を握りしめる力が自然と強くなる。一息で得物の届くところまでたどり着いた少年に向かって、鎧の男は静かに言葉を告げた。

「来い」

「言われなくてもっ!」

 男の挑発するような発言に返答しながら、少年は力いっぱい剣を振りぬいて、そして――。


「ケイタ!いい加減起きなさい!もう7時よ!」


「……んぅ……」

「ほら、早くしなさい。中学遅れるわよ」

「……眠い」

「眠くても起きるの、わかった?」

「…………はいはい」

 ――――――――そして、「母」という最強無敵の戦士の一撃によって、少年ケイタの見ていた夢は、一刀のもとに切り捨てられた。



 今日はさんざんな一日だった。中学校から帰ったケイタは一人振り返る。家にいれば人が気持ちよく寝ているっていうのに、母親は容赦なく起こしてくるし、学校に行けば授業はめんどくさいわ担任の加藤があーだこーだと細かいことを言ってくるわで踏んだり蹴ったりだ。加藤には学ランのボタンは開けるな、襟のフックを閉めろ、中には無地のシャツ以外着てくるな、そんなことを言われた。ウザい。いちいち指図してくる加藤がケイタは嫌いだ。自分は中学二年生、物事を考えることくらいできる。

「学ランの着方くらい自分でもわかってるさ。でも一番上までボタンを閉めるのは、優等生のおぼっちゃま見たいでダサいから、だからわざと開けているんだ。ルールを知らないわけじゃない。第一ボタンを開け放して着るのが、うちの中学のトレンドだから、そうしてないとイケてないから、だからあけてるんだよ。シャツも同じさ、わかっててやってんの」

 そう言ってやりたかったのを俺は大人だから、ガキじゃないから、そう自分に言い聞かせてこらえることができたのを、我ながら我慢ができるようになったなあとケイタは自画自賛する。もう十四歳、二十歳までもう六年もない。もうほとんど、しっかりとした一人前の人間だ。自分を対等に扱わず、上から目線でわかったような口を聞いてくる大人のいうことなんて、気にせず無視すればいいのだ。

 自室のベッドで横になったまま、ケイタは考える。ケイタは自分のことを、特別な存在だと思っている。他の奴らとは違う、世界にたった一人だけの、価値のある人間。それが自分だと認識している。今は平凡な中学生だけれど、きっとどこかの分野で誰からも称賛するような才能を、その気になれば発揮することができるにちがいない。今は退屈な日常だけれど、きっとどこかから、漫画で見たような魔法を扱えるようになったり、世界を救ったりする、主人公になるのだ。もし学校にテロリストがやってきたとしても、自分は撃退することができる。そんな風に考えている。

 けど、今日はそうならなかった。まあ、きっとまだ「その時」ではないのだろう。いつか、きっと、考えていたような、特別な出来事が俺に訪れる。ケイタはゆっくりと目を閉じる。部屋の外から「ご飯できたよ」と自分を呼ぶ母親の声が聞こえたが、聞こえなかったことにした。ゆっくりと、意識が闇の中に沈んでいく。



 そして、夢を見る。

「来い、光の騎士よ」

「うおおおおおおおおおおおっ」

「負けないで、ケータ!」

「俺は、絶対、勝つ!」

「そうだ、来い、俺を倒してみろ!」

「負けるもんかあああああああああああああっ!」

 自分の思い描いた理想、その一端を眠りの中で体験したケイタは、目を閉じたままでにかっと笑った。

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