第12話
学校が終わったので、真っ直ぐ家に帰る。窓を開けて空気を入れ換え、ジャミロクワイのCDをかけた。ジェイソン・ケイの甘い声が、心地よいリズムに乗って流れだし、ベッドにごろりと仰向けになる。
もうすぐ美奈と正式に付き合えるのかと思うと、なんだかじっとしていられない気分だ。俺は布団をぎゅうとねじったが、それでもおさまらず、枕を噛んでうああああと叫んで、ベッドの上で壁逆立ちをし、そのままの体勢で十二回腕立て伏せをした。腕がつかれて頭に血がのぼってきたところで、またベッドに横たわる。ハアハアと呼吸が荒いが、風呂上がりのように頭がぼうっとして気持がいい。
(……でも美奈は何で返事を先に言わないんだろう。俺がじれてることは分かってるはずなのに……。直接言いたいんだろうか。……それとも、何か付き合えない理由を説明したいのかな。……
……美奈は、九割方、いや、九割五分方OKを出すつもりだろう。でも、もし振られるんだとしたら、そのとき俺にできることはあるだろうか。……
……まず話し合って、考え直すように言うのが第一だろうな。それでもダメだったらどうしようか。
……そのときは、もうどうしようもないよな。……
……ということは、だ。あくまで、あくまで最悪の場合だけど、土曜日のデートは、最後のデートになるかもしれない、ということか。……)
俺が、こんな風についつい起こり得る最悪の事態を想定してしまうのは、パチスロで、確率というものとさんざん付き合ってきたせいだ。
例えば、7/10の確率で当たる抽選があるとする。ツイている人が、この抽選を5回やって、5回とも当たりを引くかと思えば、ツイていない人は、5回中2回しか当たらなかったりする。まさか5回中1回も当たらないことはないだろうと思っていると、本当に一回も当たらないこともある。7/10を5回連続ハズす確率は、0.243パーセントで、かなり低い確率だが、ゼロではないのだ。
パチスロでは、こういう「まさか」というツキのなさに泣かされることがある。でも確率とはそういうもので、まさかもクソもないのだ。打ち手が大勝ちしようが大負けしようが、そんなことには関係なく、確率上起こりえることが起こるだけなのだ。
だから、本当にデキるパチスロのプロは、この「まさか」を決してなめない。「まさか」は起こり得るものとして考えているから、ものすごくツカないときも、動揺したりヤケを起こしたりしない。最悪の事態が起こったとしても、打つ手は最善を目指すのだ。
(俺にとって最悪なのは、美奈に振られて、しかもどう説得しても気持が変わらない、というパターンだよな。……その場合、俺に今できる最善の手ってなんだろうか。……土曜日にデートしている間、その間だけでも、美奈との二人きりの時間を堪能する、ということだろうな。……そのためにも、できるかぎり、美奈を喜ばせよう。楽しませよう…………
…………でもまあ、メールでわーい、って言ってるぐらいだから、付き合うつもりなんだろうけどな……
……まてよ。付き合うなら付き合うで、記念すべきデートなんだから、思い出になるくらい美奈を喜ばす必要があるな。どっちにしろ俺は土曜日のデートに全力を尽くさないといけないわけか……)
ポケットからケイタイを取り出し、周辺にあるイタリアンを全部洗いだしてみる。『ナポリ屋』と『リストランテ荒瀬』以外は、やはりちょっと遠い。
『リストランテ荒瀬』は、ネットの情報を見る限り、多分うまいだろう。シェフはイタリアで8年修行を積んだそうだし、店も10年続いてる。でも俺は最善を尽くすべく、下見に行こうと決めた。
(でも、夕食にはまだ時間が早すぎるな……。部屋をきれいにしてから、七時すぎに家を出るか)
つい何日か前に掃除し、片付けたばかりではあるが、元が散らかり放題の汚れ放題だったので、まだきれいにする余地は残っている。
まず、本やCDを置いている棚の整頓から始めた。前回の片付けで、一応全て棚におさまってはいるが、ただ突っ込んである、という感じの所があるので、きれいに並べていく。
美奈の心証をよくするために、古本屋で五冊四百円で買った村上春樹は、棚の奥のほうに置いた。こんなキザったらしいペラペラ小説の愛好者だと思われたらかなわない。太宰治と三島由紀夫の本も、そこまでする必要はないかな、と思ったが、一応同じように隠した。美奈が二人の小説を知らずに、単に、女々しい心中キチガイとナルシストの切腹ホモだと思っていないとも限らないからだ。
『女医が教える真面目なセックスの本』と『畑中れいな水着写真集』については、クローゼットの奥深くに隠した。ついでに、クローゼットの衣類も整頓する。
風呂場は、一度も掃除したことがないからカビだらけだ。掃除用のスポンジを持っていないので、台所用のタワシでこすって落とした。それが終わると、部屋中を雑巾で拭いた。いつもはせいぜい気の向いたときに簡易式のモップで掃除するくらいだが、雑巾をかけてみると、隅々がかなり汚れていることに気づく。
冷蔵庫、台所、トイレ、玄関、全部掃除し終わってナグチャンパのお香を焚いたら、ずいぶんさっぱりとして、ちょうど七時だ。
◆ ◆
リストランテ荒瀬は、天満山公園の西側にある。住宅街のメイン道路沿いにあるコインランドリーの裏に、洋風の瓦屋根が突き出ているので、結構目立つ。
今まで何気ない風景の一部としてしかこのレストランを見たことがなかったが、改めて店の正面に立つと、窓が大きくて、なかなか粋な建築だ。煙突があってポーチがあって、壁には飾りタイルが張ってある。
夜ということもあるのだろうか、店をじっと見ていると、どこか違う町に来たような錯覚を覚える。ランプ風のライトが壁に三つあって、黄色っぽい光がやわらかい。壁には多少、経年のくすみが見られるが、丸いプランターから垂れている蔦の葉にはつやがあって鮮やかだ。黒板には、白いチョークで料理名が書き込まれている。
八台分ほどある駐車場の端に自転車をとめ、開け放たれている鉄門を通る。店の扉を押すと、カラコロとドアベルが鳴った。
最初に目に飛び込んできたのは、壁の棚にずらりと並んだワインだ。オープンスタイルのキッチンから、いらっしゃいませと声がかかる。
カウンター席には五脚、背の高い椅子が置いてあって、奥から二番目の椅子に一人だけ、茶髪がつやつやとした三十女が座っている。女は、赤ワインを飲みながら俺のほうを見た。
俺はカウンターに座るように言われたので、一番手前の席に座った。目の前に、ワイングラスがいっぱいぶら下がっている。振り返って見ると、テーブル席には、老夫婦が一組と、親子連れが一組いる。テーブルは、クロスのかかっていない、普通の木のテーブルだ。
料理のメニューを見ると、写真付きでうまそうな料理が紹介してある。特にパスタは力を入れているようで、いろいろ種類がある。麺だけでも、四種類あるそうだ。普通のやつと、ちょっと太いやつと、ほうれん草を練りこんだやつと、きしめんのようなひらひらしたやつだ。
俺はイカが好きだから、「ヤリイカと小松菜のペペロンチーノ」というのを頼んだ。
キッチンにはがっしりした体つきの料理長がいて、黒い帽子をかぶった若い男が二人で補佐をしている。若い男はウエイターも兼ねていて、女の店員はいない。漂ってくる料理のにおいをかいだら、俺の腹がぐうと鳴った。
横の三十女に、変わった料理が運ばれてくる。コロッケのように揚げてあるのだが、形がボールのように真ん丸で、赤いソースがたっぷりと添えられている。横目で伺っていると、フォークでつぶした断面はほんのり赤く、中心から白いチーズがとろけ出た。
さりげなくメニューでチェックしてみると、あれはライスコロッケというものらしい。
(ふうん、あれは米なのか。でも白じゃなくてチキンライスみたいな色をしているな。どんな味がするんだろう)
女がふうふうと息を吹きかけて口に入れたのを見て、俺も食べてみたくなった。メニューには、カプレーゼだの、ペンネだの、ニョッキだの、食べたことのない料理が載っている。ペペロンチーノがおいしかったら、他の料理も食べてみて、美奈においしいのを勧めてやろう。
俺のペペロンチーノが、丸い皿に入って運ばれてきた。いい匂いのする湯気を上げて、オリーブオイルでぴかぴかと光って、写真に撮りたくなるくらい、うまそうだ。ずいぶん熱そうなので、フォークで一口分持ち上げて、ふーうと息でさましてから、食べた。思わず、ん、と鼻から小さな声が出た。うまい。
口をもぐもぐと動かしながら、アルデンテという言葉は知っていたが、これがそうか、と思う。プツンプツンと、くせになるような食感だ。イカの潮っぽいうまみと、にんにくの香りと、それらを底上げするような唐辛子の辛さが一体となって、皿の中身が減ってゆくのが惜しいほどうまい。
前に何かの本で読んだのだが、パスタというのは、一秒で一歳、年を取ると言われているそうで、出来立てのあつあつを、あっという間に食べてしまうのが、一番うまい食べ方なのだそうだ。でも、そんなこと知らなくても、このパスタなら、誰でも一気に食べてしまうんじゃないだろうか。注文するときは、一皿千百円は高いなと思っていたが、イカもたっぷり入っているし、しかもこの味だから、安いくらいなのかもしれない。あえて一つだけ文句を言うとするなら、俺には麺が少なすぎる。皿はあっという間に空っぽになった。
またメニューを開いて、ペスカトーレという魚介のたっぷり入ったパスタと、ライスコロッケを頼んだ。オーダーを聞いた、五分刈りに無精ひげの料理長が、ほう、という顔で俺を見た。
(ほう、はこっちのセリフだ、料理長。あんたは料理の天才だ。二千円もするペスカトーレを頼んだのは、あんたがメニューにおすすめと書いているからなんだ)
やってきたペスカトーレは、見るからに贅沢な一皿だ。手のひらほどもあるような殻つきエビが二匹と、イカと、小エビ、大小三種類の殻つきの貝、見たこともないくらい大きなホタテの貝柱が二個入っている。これまた泣きたくなるくらい、うまい。ダシが効いているが、ソースは少な目で、さっぱりとしている。唐辛子だろうか、ほんの少し辛くて、あとを引く味だ。
ホタテを口に入れてみると、わざとそうしているのだろう、かすかに半生でやわらかい。口じゅうがホタテでいっぱいになっている喜びをかみしめていると、手の空いたらしい料理長が、自らライスコロッケを持ってやってきた。
料理長は優しそうに和んだ目で俺を見ると、ライスコロッケをテーブルに置いた。
「一皿じゃ足りませんでしたか?」
バリトン歌手のように低くて良い声をしている。
俺は、ああ、いえ、と口ごもりながら言葉を探し、急いでホタテを飲み込んだ。
「それもあるんですけど、さっきのパスタがおいしかったので、他の料理も食べてみたくなったんです」
「ああ、そう。お口に合いましたか?」
「今まで食べたパスタの中で、一番うまいです」
俺は本心からそう言ったつもりだったが、料理長は、はっはっと笑った。
「君、坂上大学の学生さん?」
「はい」
「お酒飲めるんだよね?」
料理長は、ひょいとカウンターのグラスを取って俺のテーブルに置くと、冷蔵庫からワインのボトルを取り出してきて、とくとくと注いだ。背の高いワイングラスの中で、薄金色の白ワインがゆれた。
「これ、おごり」
俺が、ありがとうございます、と言うと、料理長は、口の端だけ上げてかっこよく笑った。早速ワインを口に含んでみると、さっぱりとして飲みやすい。
横の三十女が、料理長に向かって、タクさん私も白ちょうだい、と言った。料理長は、ああ、これはこれは、こちらも坂上大の学生さんですか、とおどけた。女が、声を作って応じる。
「ハイぃ~、そうなんですぅ~」
料理長が、俺のほうを向いて、15年前の話だよ、と言った。女が、ちょっとぉっ、12年ですよッ、と言って笑った。大学を22で卒業したとして、今34歳か。それにしては若く見える。顔立ちが整っているせいもあるのだろうか。
俺がまじまじと顔を見たせいか、女が話しかけてきた。
「学部、どこなんですか?」
「理学部です」
「へえ~、理系なんですね。私経済だったんです。もう昔の話ですけど」
料理長が、あれ、チヒロちゃん経済なんだ、勝手に教育かと思ってた、と言った。チヒロは、そうそう、と答えて、また俺に聞いた。
「何かサークルとかやってるんですか」
「いや、何もやってないです」
「そうなんだ。すっごい食べるから、何かスポーツやってるのかと思った」
「スポーツやってないのに、スポーツやってる人並みに腹が減るんです」
「ふふふ。勉強のしすぎ?」
「ははっ。それは絶対ないです」
「大学生なのに一人でこういう店に来るって、すごいですね」
「いやー、たまたまです。今日初めて来たんです」
「おいしいですよね、料理」
「相当おいしいです。びっくりしてます」
チヒロはにっこり笑って小さくうなずき、ワインを飲んだ。酒のせいか、少し頬が火照っているように見える。
俺は、冬に火照った頬に手を当てたときの、あのあたたかい感じを思い出した。
残りのペスカトーレをすすりこんで、ワインを一口飲む。わきで、ライスコロッケが、早く食べておくれよと言わんばかりに、赤いトマトのソースからきつね色の丸い顔を覗かせている。
ワインを三口飲んで口中をさっぱりさせてから、ライスコロッケをフォークでくしゃりとつぶした。中から湯気が出てきて、ふわりと揚げ物のいいにおいがする。ソースと絡めて口に入れると、ほっとするようなうまさを感じた。ほっとするのは、トマトのほの甘さだろうか、それともパン粉の衣をつけた揚げ物を食べ慣れているせいだろうか。
チーズのところをたっぷり取って口に入れ、ワインをぐいと飲み干したら、横のチヒロと目が合った。チヒロはなぜか嬉しそうな顔をして、ライスコロッケおいしいですよね~、と言った。俺はグラスを置いて、一つ頷いて答える。
「メチャクチャうまいです」
「ねぇ~、おいしいよね~。私一番好きなの。ここ来たら絶対食べちゃう」
「そうなんですか。俺、今日初めて食べました」
「ああ、そうだったの? 知ってて頼んだのかと思った」
「いや、そうじゃないんです。……実は、さっき横で見ててうまそうだったから頼んだんです」
「ウフフフフフッ、そうだったの」
チヒロは、キッチンの料理長に向かって、ねえねえ、タクさん、と言った。
「タクさん、このお兄さん、私がライスコロッケ食べてるの見ておいしそうだったから、注文したんだって」
料理長は、にこにこ笑って、ああ、そうだったの、と言って、俺に話しかけてきた。
「家は近くなの?」
「はい。結構近くです。ロンドンっていうゲーセンのそばなんですけど」
「あれ? じゃあチヒロちゃんちと近いんじゃない?」
チヒロが、頷いて俺を見た。
「私の家、ロンドンの近くの、煉瓦みたいな色したマンション」
「えっ、そうなんですか。あの、ゴミ捨て場のところにでっかく、ゴミ捨て場の鍵は必ずかけてくださいって書いてあるところですか?」
「アハハハハハ。そうそう」
「じゃあ、俺の家から歩いて一分かかんないと思います」
「へえー、そうなんだぁ。そんなに近いんだね」
◆ ◆
ワインのほろっとした酔いが回ってきた。料理はうまいし、酒はおごってもらったし、すっかりいい気分だ。チヒロや料理長と話すのも、なんだか楽しい。このままさっさと帰ってしまうのは、味気ない気がする。
俺は、もう一杯同じワインをください、と料理長に言った。料理長はまた目を和ませて、オッ、おいしかった? と言った。
「はい、飲みやすかったです」
本音を言うと、さっぱりとして飲みやすいのは本当だが、特別うまいというわけではなかった。飲む人が飲めばうまいんだろうが、俺にはまだワインのうまさがわからない。まあでも、普通に飲めて酔えるなら、酒の用を足すからそれでいいのだ。今は、ビールをせかせか飲むよりは、ゆっくりと飲めるワインを飲みたい。どういうワインを頼んでいいか分からないから、料理長がすすめてくれたやつを飲むまでだ。それが一番いいに決まってる。
料理のメニューを広げて眺めていると、ワインを持ってきた料理長が、あれ、まだお腹空いてるの、と言った。
「いや、大体満たったんですけど、何かツマミ程度に食べようかと思って」
「はっはっ。いいねえ、若い人は。……でも、若いときって、食べても食べてもお腹がすくよね」
「はい。そうです」
「俺も若いときそうだったもんなァ」
横からチヒロが、タクさん今でも食べてるじゃん、と話に入ってきた。
「ほらぁ、お腹、また大きくなったんじゃないの?」
料理長は、自分の腹を見て、ぐるりとなでた。若い従業員二人が笑っている。
結局、俺はカプレーゼというのを頼んでみることにした。注文を告げると、チヒロが、カプレーゼかぁ、と小さな声で言った。思わず顔を見てしまう。
「今度はあっさり系ですね」
「はあ、……ははっ。実はカプレーゼも初めて食べるんです」
「ああ、そうなんだ。ふふ。いいですね。今日は初めてが二つもありましたね」
「いや、ペスカトーレも初めてだから、三つです」
「うわー、すごい。三つも初体験だったんだ」
「はい。本当は全種類食ってみたいんですけどね」
「あははは。……何でこのお店に来ようと思ったんですか?」
頭にぱっと美奈の顔が浮かんだので、俺は、あー、それは、と言って言葉に詰まった。
「誰かに聞いたとか?」
「いや、……。もともとここに店があることは知ってて……」
「気になってたんですか」
「はあ、まあ……」
俺は嘘をつくのが苦手だから、こういうとき言葉の歯切れが悪くなってしまう。
チヒロはやさしい顔で、俺の答えを待っている。ふと、正直に話してみようかな、という気になった。
「実は、ですね。今度、デートすることになったんですよ」
「おお!」
「それで、その相手の子がパスタが好きって言ったんで、下見に来たんです」
チヒロは、えー、と、まず高い声で言って、それから、すごぉ~いと言った。
「ちゃんとしてるんですねぇ~、お兄さん。いいなァ~」
「ちゃんとしてる、……うーん」
俺は首を傾げると、チヒロが、何言ってるの、という顔をした。
「ちゃんとしてるじゃないですか~。……その子はまだ彼女ではないんですよね? 二人でデートしたことはあるんですか?」
「デートは、まだ軽く公園行ったぐらいです」
「大学の子? や~ん、イイな~。ここ連れて来たら喜ぶでしょうね」
チヒロは、まるで自分がデートをするかのように、目を生き生きとさせている。俺はそんな目でじっと見つめられたせいで、胸の奥のほうがくすぐったくなってきた。目をそらし、ワインを飲む。自分の色恋沙汰を話すのは、得意な気持ちもあるが、照れくさくもある。
「どんな子なんですか?」
「どんな子。うーん……。年下なんですけど、ダンスやってて、……」
「性格は?」
「性格、は、なんですかね。女っぽいかも知れないです」
「じゃあ、おしとやかな感じ?」
一瞬、美奈が、ちゅーしたい、と言ったのが頭に蘇った。
「いや、おしとやかとはまた違うんですけど。自分の気持ちをストレートに言うところがありますね」
「ふうん。どういうところを女っぽいって思うんですか?」
「うーん。表情とか、言うこと、ですかね」
「例えば?」
「例えば。えー……」
「ふふふ。ゴメンなさいね。何か私芸能リポーターみたいだね。でも、どういうところに女っぽさを感じるのかちょっと知りたくて」
「ああ。なるほど。えっと……。あ、ファッションとか好きなんですよ、その子」
「うん。ファッションが女っぽいんだ?」
「うーん。俺の中で、ファッションが好きっていうことが、もう女~、って感じなんですよね」
……
カプレーゼを食べると、冷たさとトマトの酸味で口の中がさっぱりする。チーズとトマトとバジルの葉を和えているだけに見えるが、妙にうまい。このうっすらとかかっているソースの味付けが絶妙なのだろう。
俺は、若い従業員と話をしているチヒロを横目で眺めた。
チヒロは黙っていると、顔が整っているせいか、少し冷たそうに見える。しかし、ひとたび人と話をし始めると、目がひどく優しくなって、ニコニコとよく笑う。
視線に気づいたのか、チヒロが、ん? という顔でこっちを見た。
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