第4話

 三日が過ぎた。


 毎日何通かずつメールのやり取りをして、美奈について得られた情報は、実家暮らしで、最寄駅は東桜町で、兄が二人いて、ダンスをやっていて、猫を飼っていて、その名前がミルクだということだ。文面の感じでは、やはりどうも俺に興味と好意を持っているように思えた。

 メールとはいえ、話し相手ができたことは、すごくうれしい。本当はそれだけでも万々歳なのだが、そろそろ次のステージへ移行しなければならない。


 俺はコンビニでマンガ雑誌を立ち読みしながら考えた。もう二日メールしたら、美奈を食事に誘ってみよう。そしてちょっと高級なレストランに連れて行こう。

 朝一にド本命のパチスロ台を打ち出すときのような期待感で胸が一杯になる。


    ◆                    ◆

 

 コンビニを出て、肉まんにぱくつきながらラスベガス会館へと向かう。

 ラスベガスに行くのは、今日は二回目だ。午前中も行ったのだが、狙い台が取れなかったので、夕方まで古本屋や他のパチンコ屋を回っていたのだ。パチスロは、朝がダメでも、夕方から面白い勝負ができることがある。

 

 入り口の自動ドアが開くと、あいかわらずの音の洪水だ。まずはパチスロの主だったシマをぐるりと一周して、状況を確認する。土曜日だけに、客付きはいい。

 俺は『サンダー4X』の670番台に狙いをつけた。今打っているおっさんは、そう長く打ちそうにない。ヤメたら引き継いで勝負してみよう。あれは多分設定4か5くらいは入れてあるだろう。少し待ってみて、ダメそうなら、『ペンギンフローズン』の920番台、923番台あたりを少し打ってみようか。

 

 とりあえず、まあ打ってもいいかな、という釘の羽モノで時間をつぶすことに決めた。時計を見ると、七時半だ。二十分くらいしたら、もう一度パチスロのシマを見に行こうと考えて、しばし玉の動きに没頭する。

 十分くらい経ったとき、美奈から突然メールが入った。


「今、一人暮らししてる友達の家で鍋パーティー中です。ヨコヅナっていうスーパーの近くです。清太さんも大学の近くで一人暮らししてるんですよね? もしかして近かったりしますか」


 パチンコ玉の動きを横目で追いながら、メールを打つ。


 「鍋いいね。俺のアパートはロンドンっていうゲーセンの近くだよ。ヨコヅナからは自転車で13分くらいかな」


 「結構近いですね。清太さんの部屋ってどんな感じなんですか? 見てみたいな~」


 大胆だなこの人は。これって何かのパスなんだろうか。一応、近いうちに部屋片付けるか。


 「俺の部屋、そんなにいいもんじゃないよ。テレビも置いてないし。CDとマンガはたくさんあるけど」


 と、一旦そう書いて、送信ボタンに手をかけたが、ふと思いついてやめにした。そしてこう書き直した。


 「いいよ。来る?」


 何て返してくるだろう。俺はすぐにいたずら心が出てしまうところがある。少しドキドキしながらそのまま送信ボタンを押した。

 

 なかなかメールは帰ってこない。

 パチンコのほうは、Vゾーンに玉が入って、大当たりになった。こい、こい……。よし、15ラウンドだ。


 大当たりが終わるころ、ブルっとケイタイが震えてメールが届いた。

 

 「ええっ、ホントにいいんですか。嬉しい。本当に行きますよ?」


 おいおいおい! 思わずパチンコを打つ手を止めて、画面を見つめた。この子、結構ぶっとんでるな。いや、俺が知らないだけで、大学生って、こんな感じが普通なのかな。


 「いいよ。どうせ毎日パチスロしかしてないし。でも、何もない家だよ。テレビもないし」


 「ええっ、テレビないんですか?! てか、今なにしてるんですか?」


 「パチンコ打ってる」


 「あっ、そうなんですね。私、早くも酔っぱらってます。お酒あんまり強くなくて」


 ああ、酒か。酒が入ってるのか。いやでも、酒が入ってるとしてもなかなかのタマだぞ、こいつは。これは何て返せばいいんだ? まさか今日来る、っていうパターンもあるのか? いや、さすがにそれはないか。


 いつの間にか、俺はパチスロのシマを見回ることを忘れてしまっていた。



 10分くらい考えた末に俺が考えた文面はこうだ。


 「酒入ってるんだ。何飲んでるの?」


 どんな酒を飲んでいるのかで、美奈の大学生活を推測しようという腹だ。送信ボタンを押す。


 「今は梅酒のソーダ割りを飲んでます。鍋はキムチ鍋です。おいしいですよ」


 梅酒のソーダ割りか。飲んだことないな。わざわざソーダで割るあたり、結構飲みなれている感じもするが、どうなのだろうか。

 何と返信していいか思いつかないので、そのままメールをひと段落させることにした。


 

 パチスロのシマを見に行くと、狙っていた670番台が空いている。すぐに下皿にケイタイを置いて台キープした。

 半箱くらいたまっていたパチンコ玉を計数機に流してから、早速670番台を打ち始める。時計を見ると、八時半だ。投資金額の上限を一万五千円と決めた。


 八千円でBIGがかかり、ひとまずほっとした。その持ち玉が半分位になったとき、またBIG。よしよし。


   ◆                     ◆


 一時間くらい経った。

 下皿には八百枚くらいのコインがたまっている。よっしゃ、これからが面白いぞ、と思っていると、また美奈からのメールが入った。


 「まだパチンコしてますか?」


 「してるよ」


 「何時くらいまでするんですか?」


 え? やっぱり今日何かするつもりなのか。


 「分からないけど、たぶん閉店まで打つと思うから、10時45かな」


 「実は結構鍋の材料が余ってて、友達に清太さん呼びなよって言われてるんですけど、一緒に飲みませんか? あっ、もちろんパチンコが終わってからで大丈夫なんですけど」


 ずいぶん急な話だ。みんなで酔っぱらって盛り上がってしまったのだろうか。とんでもないことになった。あわてて返信する。


 「何人で飲んでるの?」


 「女三人です。全員大学の子です。突然ですみません。ダメですか……?」


 女三人か。そういう和やかな飲み会の輪に俺が加われるんだろうか。全く未知の世界だ。

 

 パチスロを打つ手を止めてじっと考えていると、横から、タバコの煙が流れてきた。さっきからイライラしながら追加投資している、金のネックレスをつけた二十代中盤くらいの男だ。そんな台、いくら打ったって勝てないのに。……


 ふと、待てよ、と思った。パチスロは、悪い台をいくら打っても、勝てない。悪い台に見切りをつけ、いい台を探し出さない限り、そのまま負け続けるだけだ。だったら、俺の人生だって同じじゃないのか。思い切って新しいことをしない限り、今以上のものは得られないんじゃないのか。……


 (よし、ひとつやってみるか。思い切って飛び込んでやれ)


 俺の決心は、ためらいを打ち負かした。ケイタイを持つ手に力が入る。


 「わかった。鍋、食べに行くよ。打ち終わったら連絡するから、待ってて」


   ◆                   ◆


 十時半、閉店十五分前に俺は席を立った。メダルは流してみると1140枚あった。約一万二千円の勝ちだ。

 本当は、閉店までの15分の勝負が面白い。うまくいけば一万円以上勝ちを上乗せできることもある。しかし一応キリのいいところではあるし、今日はこれで十分だろう。今から美奈と会うのだ。閉店まで打ち切ってしまうと、換金するときに混雑して、11時をゆうにまわってしまう。


 勝ち金を財布に入れ、美奈に電話をかける。女の子に電話をかけるのなんて、いつぶりだろう。呼び出し音が三回鳴った。自転車の鍵を握った手が汗ばむ。

 美奈の第一声は、はい、だった。


 「あ、木花だけど」


 「はーい。わっ、びっくりした。ちょっとやめてよ。……あっ、すみません。もしもし?」


 電話の周りで友達が聞き耳でも立てているんだろうか。俺は、もしもし、と応えた。


 「あ、こんばんは。電話来ると思ってなかったんで、あせっちゃいました、はは。終わったんですか? パチンコ」


 やたらと声が大きい。酔っているんだろうか。 


 「うん。終わった」


 「勝ちました?」


 「うん」


 「わー、すごーい。いいですね。今日、すみませんいきなり誘っちゃって。大丈夫ですか」


 ああ、やっぱりなんか少し声が違う。酔ってる人の声だ。


 「ああ、全然いいよ。俺どうせ三時ごろまで起きてるつもりだったし」


 「そうなんですね。よかったです。今どこですか?」


 「まだパチ屋。ラスベガスってとこ」


 「ラスベガス……。どこだろう。スーパーヨコヅナはわかるんですよね?」


 「分かる。十分ぐらいでいけるけど」


 「えーっ、近いですね。分かりました。じゃあまたヨコヅナついたら連絡してもらえますか?」


 「わかった」


 「はーい。じゃあまた後で~」


 電話を切ると、ほうっとため息がでた。自転車に鍵を挿して、またがった。

 左手はポケットに入れ、右手一本でハンドルを持って自転車をこぐ。


 そういえばこういうときって、俺も酒かなんか手土産を買っていったほうがいいのかな。あっ、どうせヨコヅナ行くんだから、そこで電話したときに聞けばいいか。そうかそうか。ちょうどいいや。……

 ……あっ、コイン触りすぎて手が汚れてるんだった。どうしようこれ。まあいいか、洗面所借りよう。……俺、女子大生三人と何の話すればいいんだろう。テレビは見てないし、俺の好きなバンドなんて、絶対知らないだろうし。パチンコも麻雀も格闘技も興味ないに決まってるよな。黒沢明の映画、も見てないだろうしな……。


 などと考えていると、ヨコヅナの前に来た。猫が、俺の自転車に驚いたようにささっと走る。

 

     ◆                 ◆


 駐輪場の端で、自転車のスタンドを立てて電話をかける。1コール。2コール。3コール。4コール。5コール。あれ? 6コール。7コール。8コール。9コール。とうとう音声アナウンスに切り替わった。


 「ただ今、電話に出ることができません、御用……」


 あれ、おかしいな、と思ってケイタイの画面を見た。さっきの猫がこっちをうかがうように見ている。

 と、後ろから、清太さんと声がした。振りかえると、店から出てきたらしき美奈が、手に買い物袋を持って立っている。


 「こんばんは。……すみません電話、今買い物してました」


 ああ、としか言葉が出ない。ちゃんとしたかわいさ、とでもいうような感じのかわいさで、美奈は立っている。


 「今つきました? 早かったですね」


 近い近い。どんどん近づいてくる。


 「う、うん? そうかな」


 目の端がほんのりと笑っているような表情だ。黒目が、濡れたように黒い。俺はごくりと唾を飲んだ。


 「友達の家、すぐそこなんです。買い物して、待っとこうと思って」


 「ああ。もう酒とか何か、買うものないの?」


 「ないです。あ、でも清太さんお酒何飲みます?」


 「ビール。でも甘くなければ何でも飲むよ」


 「ビールは五本くらいあります。焼酎もあります」


 「じゃあそれで大丈夫」


 「よかった。ならもう買うものないです。行きましょ。こっちです」


 俺たちは並んで歩き出した。美奈はやたらと距離感が近い。俺は慣れないシチュエーションに多少緊張しながらも、やはり嬉しかった。俺の大学生活にも、こんな場面があったのか。


 美奈は酒のせいか、歩く軌道が少し変だ。俺に近づいたり、離れたりする。一番近づいたときは、ふわりと、花のようないい匂いがした。


 「寒いですねぇ」


 「寒い!? 俺、ちょうどいいんだけど」


 「そうですか? ……あっ、あのですね、友達は、二人ともすっごく飲む子なんです。酔ってますけど、いい子たちなんで」


 「あ、そうなんだ。自分もちょっと酔ってるよね?」


 「ふふふふ。まあまあ、酔ってます」



 美奈はファッションが好きだと言っていたが、なるほどおしゃれなものだ。わりとシックな感じながらも、堅すぎないやわらかさがある、とでも言おうか。下は紺色のひざ丈のスカート、上はひだのついた白っぽい服に薄手のカーディガン様のものを羽織っている。髪型もこの前と変わっているようだ。


 パチンコ屋には絶対来そうにないタイプだな、と思う。 

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