第三話 「ゴミ置き場の少年少女達」



 


リボとキッザーはグリフォンセントラルシティーの南東街にいた。


あまり良い街とは言えず、みすぼらしかった。

キッザーは最初の旅で初めての街に入った。キッザーは初の街に入ると歓迎されることはないと思っていたが、まさか物乞ものごいをに絡まれるとは予想外だった。


キッザーは自分のお金を物乞いの人にこの国のお金である1ニーズやると次々の物乞いに囲まれて騒ぎになってしまった。


リボはそれに対し、無言で空に向けて銃を乱射すると物乞いはやっと去って行った。


この街の治安がどれだけ悪いのかが、その騒ぎによってよく分かる。


「チッ、チッ、チッ……」


リボは何度も陰湿いんしつな舌打ちを繰り返す。


「そんなに怒こらないでくれよぉ。僕は旅が初めてで、自分の街にはこんなに物乞いはいなかったんだよ。何か可哀想でさ」


「お前は反省しているのか、してないのか、どっちなんだ?」


「んー、とりあえず旅は凄く楽しい!」


キッザーが愉悦ゆえつするのと反対に、リボは顔をうんざりとさせた。


「もう、知らん!」


リボは腕を組んで考え事に集中し始める。


「そんなにねないでおくれよ。ところで何処どこに行くんだい? こんな街にさ」


リボは腕組をやめて言った。


「とりあえず、情報が欲しいだ。情報屋みたいのが今、私達に必要だ。私には何百年前の情報しかないからな」


「じゃあ、2手で分かれた方がよくない?」


「あー、そ……」


リボが言いかけたとき、キッザーより背丈が頭の1つ分位低く、好き勝手伸びた薄汚れた男の子が、キッザーにぶつかった。


「おっと、ごめんよ」


少年はボソッと愛想もなくそそくさと行ってしまう。


「……」


無言でリボは後ろの銃に手をやる。


「なんだい? 今のは」


キッザーは肩をさすりながら言った。


「ねー、リボ……?」


キッザーはそう言って周りを見ると、リボはさっき当たって来た少年の頭にハンドガンを突き立てていた。


「今、取った物を出したら許してやる。もし出さないなら――殺す……!」


少年は自分に向けられているハンドガンの存在とその威圧いあつ感で恐怖に震えていた。少年は持っているものをリボに差しだそうとしたが、キッザーが割って入って来た。


「リボ! どうしたの? こんな子供に銃を向けないで!」


キッザーが割って入って来たせいで、少年に逃げるチャンスを与えてしまった。


「っこの!」


リボはキッザーを力で押しのけ、少年に向けて銃を撃つ。


少年は家の間の路地に入り、そのせいで弾は家に当たってしまった。


「……」


リボはキッザーを冷たくにらむ。


その目の冷たさにキッザーはひるんでしまう。

リボの目は燃えるような赤いが黒く鈍く色づかせて冷たくキッザーを睨む。


「ポケットを見ろ」


「え?」


「いいから!」


キッザーは手をポケットに入れた。


そして、キッザーは何かに気が付き、ポケットの中を焦って激しく探る。


「あれ……? 財布がない……」


キッザーはリボが言っていたことにようやく理解する。


「あれはスリだったんだよ! お前はカモにされたんだ! お前はただでさえ世間知らずの子供なんだ。大人していろ。私の邪魔をするな!」


リボはキッザーを睨んで怒鳴る。


「そうなら、そう言ってよ。わかんないじゃん」


キッザーは謝ることもなくいった。


リボの身体から何かがプツンと切れたかのような音がした。


弾を入れ替えてキッザーに向けて足元を躊躇ちゅうちょせず狙い撃つ。


その弾はペイント弾で地面はカラフルに染まっていく。


「うぉ!? あ、危ないよ! ごめんよ! 僕が悪かった!」


キッザーは足元を狙われて不恰好ぶかっこうに避け続ける。例えペイント弾でも当たれば痛いものだ。リボはキッザーの言葉を聞いて、銃を撃つのを止めて鼻で笑う。


「追うぞ」


「あ、はい」


キッザーは地面に尻を着いていて返事をするとリボは少年を急いで追う。キッザーもその後に続いた。


少年が曲がった角を曲がるが、もう少年の姿はない。


「いないねぇ……」


キッザーがスリを行った少年に足の速さに感心したように呟く。


「誰のせいだ! ……とりあえず、私につかまれ」


「うん、どうするの?」


キッザーはリボの肩を掴み、おぶってもらう。


「飛ぶ!」


「はい……?」


リボは悪戯いたずらする少年みたいに笑い、ひざを深く曲げると地面が衝撃しょうげきで割れてくぼまる。


(嫌な予感しかしないよ!)


キッザーは顔を青ざめるが、リボは膝を上げると3階建ての家より高く飛んだ。


キッザーは心臓が激しく上下に揺れるのを感じ、気持ち悪くなる。


「いた……!」


リボは高く飛んだことで、路地で走っている少年を見つける。


リボは飛んで空中に浮いたまま建物を思いっきり蹴って、少年が走っている路地に向かってロケットのように飛ぶ。キッザーは更に心臓が左右に揺れているようで気持ち悪さが増す。


(ぎもぢわるい……)


リボとキッザーは少年の行き道を塞ぐように着地し、地面は大きな音を立てて窪まってしまう。


「なんなんだよ、いったい!」


突然自分の目の前に人間が落ちて来たのだから、目を丸くし、動揺を隠しきれずに少年は叫んだ。


「地に着いたぁ……!」


キッザーは半泣き状態で嬉しそうに地面に頬を擦り付ける。


「……!」


少年は目の前で嬉しそうにしているのは少年が、さっき自分に取られた相手だと気づいた。少年は舌打ちをして急いですぐさま右の路地に入る。


「追うぞ」


「もっと地面を愛したいよ!」


「カラフルなピエロにしてやろうか?」


リボはピストルのペイント弾を追加してキッザーに躊躇なく向けた。


「ごめんなさい。うん、行くからやめて」


リボは銃を向けるのを止めて、少年を追いかけた。キッザーも後に続く。


少年は足がとても速く、奥へ奥へと行ってしまう。リボならもっと速く走ることが出来るが、ジグザクに左右の路地に入るので、スピードを出せないでいた。壁にぶつかってしまうのだ。


ついに路地から出たと思えば、そこにはゴミの広場だった。


周りにゴミがあふれ返り、その中央には沢山の子供達がいた。


あまりの臭さに鼻が馬鹿になってしまう。キッザーはあまりの臭さに眉をひそめるが、リボは綺麗な顔はその匂いで崩れることはなかった。人形なので匂いがわからないのだ。


少年の帰りを待っていたように、子供達は少年の周りに集まる。


「どうして、こんな沢山の子供が?」


「それより、早く財布を返して貰おう」


リボはピストルに入っているペイント弾から実弾を入れ替えたか確かめる。リボは確かめると広場に行った。キッザーもリボの後に続く。


「おい、財布を返せ」


リボが少年に銃を向けると少年は自身の足に相当自身があったのか驚きながら、悔しそうに返した。


銃を見て泣いている子供や少年から離れる子供がいたが、何人かの子供がリボの周りに寄って来た。


「お姉さん、ケガ人がいるから助けて!」


「お姉さん、お願い!」


「お願いします!」


「む、なんだ。貴様等は?」


キッザーはあまりリボのことをだ理解できていないところが大半あるが、子供に言い寄られるリボはあまりにも動揺していた。まるで、初めて見る物に対し、驚きを隠しきれないでいる子供を見ているようだったのだ。


「ケガ人って?」


キッザーが聞くと少年少女達がキッザーの腕を引っ張ってテントの中へ連れて行こうとする。


「お前ら! そいつはよそ者なんだ! また、何されるかわかんねぇぞ!」


少年がそう言うと、少年少女達はビクビクした。すると、少年少女達の中で一番年長である少女が反論した。


「でも、私達じゃ何も出来ないじゃない。なら、トミチは何か出来るの!?」


財布を取った少年はトミチと言う名前らしい。


トミチは何も言い返せず、舌打ちし、リボとキッザーを睨んで黙ってどこかに行ってしまった。


少女はトミチを追いかけることなく、キッザーにもせがむ。


「テントの中に人がいるの! お願い、お姉さんも一緒に看てあげて!」


テントの近くによるとゴミとは違う悪臭がただよっていた。キッザーも嗅いだ事がない臭いだった。だが、ハエはこの臭いが好きらしい。テントからハエが集っている。


リボも何か気付いたのか目を細めるとキッザーに言った。


「お前は入るな。嫌な予感しかしない」


リボはテントのカーテンを開ける。


キッザーから見えたものは、皮と骨化した足しか見えなかったが、鼻にはツンと苦しくなるような嫌な異臭と、そこに飛びつく蛆虫うじむしやハエと寒気を認識した。


キッザーは少年少女達の手を振り払いテントから離れる。


そして、回想してしまう。父の死体に血の臭い。父の死体はすぐ埋めた為こんな悪臭はしなかったが、悪い想像をしてしまう。


キッザーは食べた物を吐いてしまうほど、あの過去はトラウマになってしまったのだっていた。


「あれはもう駄目だ」


リボはテントから出て横に首を振る。


「何か大きな布を頼めないか?」


少年少女達はリボの優しい顔に美しさと寂しさを感じた。


まるで、キリストの聖母マリア像のようだった。


少年少女達はリボに見とれてしまう。


「こら、聞いておるか?」


リボは優しく少年少女達の少年の頭に触れると、少年は直ぐに、薄汚れた布を持って来た。少年は黙ったまま布を渡した。


「ありがとう。少年よ」


リボは少年に悲しい微笑みを見せ、テントの中の人を包みあげた。


少年少女達は幼いこともり、遺体は見たことがなかった。


死んだことも認識できず、あのような状態まで至ったらしい。


(なんなんだ? この街は……)


リボは穴を掘り、素早く埋める。キッザーは落ち着いた後にリボに寄る。


「大丈夫か?」


「うん。今は落ち着いたよ」


「そうか」


「……」


リボは死人を埋めた辺りをただ見つめた。キッザーはリボを少し離れた場所から見て思った。


(悲しそうなんだけど、何でだろう? 彼女は何でこんなに綺麗なんだろう? この感情は、人形に対してのノロケかな?)


「ねぇ、君」


キッザーは少年少女達の最年長の少女を呼んだ。


「はい」


「今日はもう夕方だし、ここで泊まらせてもらえないかな? この街のことや、あの死んだ人の事をもっと聞きたいんだ。いいかな?」


キッザーの人懐っこい笑顔で年長の少女は警戒心を解いてしまう。


「はい。でも、寝るところは自分達で確保をお願いします。屋根がなく、臭いところですがそれでもよければの話ですが」


少女は笑って言った。

臭さはもう鼻が馬鹿になってるのでよくわからなくなっていた。


「ありがとう。僕はキッザーで、この人はリボって名前なんだ。それでこの人は――」

リボは後ろからいきなりキッザーの口をふさいだ。


(リボ……?)


キッザーはリボを見つめるとリボは小さく横に首を振る。


「なんですか?」


少女は首を傾げるとリボはキッザーの口から手をどける。


「うんん。何でもないんだ」


「変なの」


少女はクスクスと笑う。


「ですよねぇ」


キッザーはリボを睨むが、リボは平然としている、いつもの凛としているリボだった。


「君の名前は?」


「私はナギって言うの。あのキッザー達が追いかけていたのは男の子の幼なじみなのよ」


少女は頬に付いた泥などお構いなしに笑いながら言った。


「お前の母と父はどこだ?」


リボが聞くと明るい少女の顔がくもる。


「ここのお役人の卑劣ひれつさにここにいる子供達の両親は抗議しに行ったきり戻らないの。もう、5ヶ月以上になるわ」


「どうしてここはそんなに治安が悪いんだい? ここから北側のすぐ近くの街に比べて治安はまだいいよ。どうしてこんなに酷くなっているのにほったらかしなんだい?」


 キッザーはこの街に入ってから気になっていたことを聞いた。自分の出身地を例に上げて言う。


「それは今のこの街の村長であり、お役人の男がここに左遷されて来たのよ。半年前からね。その人はお金に目敏めざとい人で、税金を最初は一般人でも払える額だったんですが、ドンドン一般人が払えない額になっていったんです」


ナギはボロボロのは廃屋はいおくのような家ではなく、豪華な建物を遠い目で見つめた。


リボも話を聞きつつ、その建物を見た。そこには、門に2人の番人がいるのを遠隔レンズで確認する。


「そして、お金を払えないものはボコボコに暴力されたり、家を焼き払われて手口が酷いんです。その巻き上げたお金はこの国の大都市に渡しているって表では言っていますが、あの男は自分だけ不自由もなく豪華な食べ物や暖かい布団にありついていると聞きました」


「誰から聞いた?」


リボは落ち着いていてかなり詳しく知っているナギの情報源は誰から入手しているのかと聞いてみた。かなり内部の様子まで知っているようだったからだ。


その大都市というのは、キッザーが住んでいた街だった。


「先程、リボさんが埋めてくれた男に聞きました。あの城で逃げてきたのでしょう。ケガをしながら街で倒れていたところを助けました。その男は私の兄でした」


「「……」」


人の痛々しい沈黙が続く。


「そういや、街では若い女の人は見かけないね? どうしたの?」


キッザーが沈黙を破ると、ナギは顔を伏せていたので初めはわかりにくかったが、顔を上げると涙を流していた。


「ごめんなさい」


ナギは涙を拭いて言った。


「若い女の人たちはあの男の言いなりにされているみたいです」


「酷い……。そのお役人の名前は?」


キッザーあまりにもその役人の手口にこぶしがどうにかなりそうなくらいに力一杯に握る。


「名前はハニマス・ポートフォリオです。どうか、私たちの街をお助け下さい!」


ナギは泣きながら両手を組み合わせてお願いする。


「断る。私達はそんなことのために旅をしている訳ではない」


リボは冷たく言い放つ。その冷たい声にナギは後ずさる。先ほどの優しい眼差し、言語はどこにも存在が微塵みじんも感じないほど冷たく跳ね返す。


「行くぞ。キッザー」


リボはスッと立ち上がりこの場所から離れた。


「あ、う、うん。待ってよ。ごめんよ」


キッザーはナギの顔を見る間もなく、急いでリボの後ろについて行った。キッザーも断られてしまったナギの顔は見たくなかった。


ゴミ置き場から出ると、物陰にトミチがいた。


「だから、よそ者は嫌なんだ。やっぱり、俺が行かないと」


トミチはどこかに行こうとするとがキッザーがトミチの肩を掴んで止める。


「君が行ってどうにかなる問題じゃないだろう? どうするんだい?」


「うるさい! よそ者!」


トミチはキッザーに罵声ばせいを浴びせて、走り行ってしまう。トミチはどうするのだろうか?


「リボはこれからどうする気だい?」


キッザーが聞くとリボはフンッと鼻をならして、キッザーの腕を掴み、一方的にどこかへ連れて行こうとする。


「いいから、来い」


リボはそれしか言わなかった。


キッザーはその言い草に腹を立てた。


そして、力いっぱい腕を振りほどこうとするが振りほどけない。


キッザーは自分の力のなさに溜息をつきつつ、仕方なくそのまま言った。


「この街は大変なことになっているんだ。何で助けようとしないんだい? 今は、この街はちゃんとした大人がいないし、無力な子供しかいないじゃないか。僕達が助けないで、誰が助けるんだい?!」


リボはキッザーの言い分を聞くとキッザーの腕を離して、何故かもぞもぞし始めた。


「何をふざけているんだい? こっちは真面目に……」


リボは目を背けて、何か言いたげだった。そして、キッザーを腕を引張る。


「いいから、ついて来い」


リボにしては落ち着きがなかった。何か言いたそうなのはわかるのだが、舌打ちして言うのをやめてしまう。


リボはキッザーをお姫様抱っこして、梯子を使い、建物の屋上に向かう。


そして、リボは建物から建物に飛ぶのを繰り返して、見晴らしのいい建物につくと、キッザーを降ろした。


「何? リボ。何がしたいの?」


キッザーはリボに真剣な眼差しを向けた。

リボの行動が理解できない。キッザーにはこんなことなかった。人形技師として人形の気持ちがある、ないにしろ技師として人形を理解してきた。どうしたいのか、不具合、気持ちそれぞれ敏感びんかんに反応できるつもりだ。だが、今現在、リボの行動、仕草が理解できないのだ。

「……」


リボはギクシャクして何か照れくさそうにも感じた。実際は照れくさそうにしているように見えているだけだけなのだが。


ここから、よく見える大きなレンガの建物の出入り口には門番が見張っている。


「……、察しろ」


リボはただこれだけしか言わなかった。


「……。まさか……!」


何かにキッザーも気がつく。


「……ぷっ、ぷっはははははははは!」


キッザーは怒りを忘れて、大笑いする。


「キッザーなぜ笑っている?何が面白いのだ?」


リボはなぜ笑われてるのか理解ができていない。ただ、じっと笑うのをやめるまで大人しく待つ。


「アハハハハハハハ! ごめん、ごめんよ。まさか、ただ素直に助けようって言えなかっただけだとは思えなくて。クーデレいいと思うよ」


「言えなかったのではない。言わなかったのだ。お前は本当に表情がコロコロと変わるな。あとクーデレとはなんだ?」


リボは感心しながら門番の様子を伺う。


「ほんっと素直じゃないなぁ。リボ。可愛い、可愛い」


キッザーは爪先立ちをして片手でリボの頭を撫でる。


リボはすぐさまキッザーの手を払いのけキッザーに言った。


「? いいから人の話を聞け。」


「わかった、わかった。クーデレというのはかっこいい女の人がたまに可愛くなるってことだよ。それでどうするんだい? これから」


「なるほど。記録しておく」


「言わなかったってどゆうこと?」


ここのお偉いなら私がほしい情報を仕入れてるかもしれない。それに今から作戦を立てるにあたって今から助けに行くとわざわざ公表しなくてもいいだろう」


トミチが正面堂々と屋敷に入ろうとしているのを見かけた。


リボは建物の屋上の床に伏せた。キッザーも同じように伏せる。もし門番が目が良ければリボ達の様子も全部見られてしまっていることになってしまうのだ。


「馬鹿か? あいつは」


リボは伏せつつ、トミチの様子を見ながら呆れながら言った。


トミチは当然追い出されてしまう。何か罵声ばせいを門番に言っているが、キッザーの耳からは聞こえない。リボは聞いているのだろうか? ふと先程のナギの会話をトミチを見て思い出す。


「そういや、さっきリボが人形だって言おうしたとき何で口をふさいだの?」


リボはトミチから目を離し、深刻に言った。


「私は2世紀近く閉じ込められていた。そして、キッザー、お前も初めて街を出た。この意味わかるか?」


リボは横目でチラリとキッザーを見てレンガの屋敷を見た。


「確かに僕は街に出たことはないよ? それがどうかしたの?」


「うむ、なら、確定だな。私達はキッザーのあの街以外何も知らないことになる。もし、人形を嫌っている街なら? もし、人形を使わず、処分する街なら?」


リボは淡々と話す。


「私は人間に見えるって言っていたな、キッザー」


「うん! スッゴく魅力的みりょくてき!」


キッザーは目を輝かせ、子供みたいにはしゃぐ。


「……」


リボはその様子を見て呆れるが、話を続ける。


「つまりだな。もし、人形と人間を区別出来ない状態になるまで興奮していたら、お前も殺されかねんぞ。だから、あまりベラベラとしゃべると命取りとなる。わかったな?」


キッザーに指を差してリボは釘を差す。


キッザーは自分が殺される想像をして、唾を飲み込んだ。


「まぁ、襲われたらその時は……」


リボの目付きはギラギラと光り、「ぶち殺し」「穴殺し」「街中血の海」「滅多刺めったざし」「脳天撃ち抜く」「血の雨」など物騒な用語を繰り返して銃を構えては不気味に笑っていた。


「やめて!? 僕何だかもう1つトラウマ出来そうだから!!」


キッザーは涙ながらに訴えかける。


すると、リボは――


「チッ……」


残念そうに舌打ちをして銃を直す。


「ほんっと怖いよ! マジでする気かよ!!」


急にリボは微笑ほほえんでキッザーの頭を優しく撫でる。


「あ……?」


キッザーは何故撫でられたのか理解出来なかった。


「もし、襲われることとなれば、最悪そうなってしまうとういう事だ。だから、協力してくれ」


リボは悲しそうに微笑む。


さっきほどナギ達に安心させるように笑ってみせた。


リボのその笑顔にキッザーはあの子供たちと同じように見惚みほれてしまう。


「……」


キッザーはそっぽを向いて、顔を背けてしまった。


「……?」


リボはそんなキッザーを不思議と思ったが、あまり気にしなかった。


リボは屋敷を見てうなった。


「さぁ、どうやって入ろうものか……」


「そのことなんだけどね、いいこと思いついちゃったんだ」


そう言うとキッザーは顔を上げて満笑みの顔でリボに迫る。


「?」


リボは何も感じない身体だが、何故か背中に何かが走る感じがしたのであった。


 


 


屋敷ではいつもの通りに門番の男2人が警備をしていた。


そんなときだった。


綺麗な薄いピンク色と薄い紫色を合わせたような薄手のドレスを羽織った若い女が、門番に近づいてくる。


顔は布でうまいこと隠されていて見えないが、ドレスが透き通って見える片足や胸元がとてもつやめいていて色っぽい。


「……」


2人は顔を見た訳ではないが、何かしらかれてしまう。


「あ、あの、申し訳ありません」


女は雰囲気に合った、か弱い話声だった。


「どうかなされましたかな?」


門番の男の1人は咳払いをし、ハンサム声を出すように心掛けるが、あまりハンサムな声は出ていない。


「私、今日この街に来たばかりの旅の者です。なので、この立派な家に泊めて貰えないかと思いまして。もし、1晩泊めて貰えばその間は何でもいたします」


女は涙声で門番の胸中に飛び込む。


男は程度よい大きさの胸が自分の身体に当たっているのを感じた。


「ぉぉ……!」


男たちは興奮し、この屋敷の主人に電話をかける。


「はい、そうなんです。1晩泊めて貰えばその間は何でもするそうで。……はい、わかりました。それでは、ここをお通しします」


連絡を終えた門番は女にへらへら笑いかける。


「ご主人はあなたをぜひ歓迎したいそうです。今、扉を開けて玄関までお送りいたしましょう」


「なんと親切な方なんてでしょう!」


女は感激したようにそう言った。


門が開くと門番の1人が玄関まで案内することになった。


「広いのでお気を付けください」


「ありがとうございます」


女と門番の1人が敷地内に入ると門が閉まる。


しかし、残った門番のすきをついて入って来たのはあのトミチだった。


中庭はとても広い。


(うむ、キッザーの言った通りになっているぞ)


門番と歩いている女は内心で思う。


このか弱そうな女はリボだった。


何故リボがこんな珍しいことをしているのかと言うとそれは、キッザーが言い出したことが原因である。


 


 


「リボ! いい考えがあるんだ」


キッザーは嬉しそうに言った。


リボはそれを聞いて嫌そうな顔をした。


「嫌な予感しかしない」


「そ、そんなことないよ!?」


キッザーは目をらし、少し慌てる。それを誤魔化すように大きめに声を出す。


「そ・れ・に!」


リボはキッザーを怪しい目で見た。


「人間の女の人はこういう『技』を使う人がいるんだよ。特にリボみたいな人はね」


「それは本当か!?」


キッザーは横目でリボを見て、人間になりたいリボに興味を待たせた。


「うん、本当だよ」


それを聞いたリボは目を輝かせていた。


「もし、人間になったら、その時のために今のうちにそういう『技』を取り入れた方がいいと思うなぁ」


「わかった。やろう。何をするのだ?」


リボはキッザーの言う『技』というものに期待でいっぱいだ。


「大体の女の人はしている『技』。僕はされたことはないけど、リボならできる! リボには人間らしくなってほしいんだよ」


キッザーは自分に酔いしれるように言う。


(それは、表向きでリボがどこまで女の子としてやれるかちょっと心配になっただけなんだけどさ)


キッザーは1人で苦笑を漏らす。


「いいから、早く教えろ」


リボはそんなキッザーとは違い、冷静に突っ込みを入れた。


「……。わかったよ。『技』言うのは、色仕掛けのことさ。女の人はね、そうやって男を魅了するんだ。僕はされたことないけど」


キッザーは何気に悔しいのか最後のセリフに男の悲しさが伝わる。


「うむぅぅぅ……」


しかし、リボは納得がいかないのか唸るばかりだった。


「どうしたの?」


「私は色仕掛けとやらはやったこともないのだ」


「そんなこと気にしているの?」


キッザーはニヤリと笑い、自分の荷物をあさる。


「母さんの形見のドレスを持って来ているんだ。これを着て、その頭のリボンを取って見て」


リボにシルクのようになめらかで綺麗なドレスを渡す。


「僕は一応男だからあっちの方向を見ているからね。着替えが終われば言ってね」


キッザーは暗い、暗い空にただ一つ綺麗に光る半月を見た。


「何故だ? 別にかまわんだろう。お前は人形整備士なんだから」


リボの服と肌が擦れて脱ぐ音がかすかに聞こえる。


「今は整備の仕事はしていないじゃん。それに、人間には女子の裸は好きな人にしか見せないって女子なりのルールがあるんだ。今は人形だからってそんなに人に見せるのは駄目だよ。人形でも君は女の子だからね」


「そんなものなのか?」


「うん、リボも人間のことを少しずつ知って、わかっていったらいいんだよ」


「そうか。もし、女は見られたらどうなってしまうのだ?」


リボは何か怖い想像をしているみたいだ。


リボの声は、少し声が上擦っている。


「何をそんなにビクビクしているだい?」


キッザーは恐怖に駆られたリボの様子にクスリと笑う。


「む、ただ化け物になるかと思ったのだ」


リボは頬を少し恥ずかしそうに頬を染め、咳払いをする。


「ハハ、そんなことはないよ。見られたら女の子は怒ったり、泣いたり、恥じらったりする子や色々な反応する子がいるんだ」


「それだけか?」


「うん」


リボはつまんなさそうに言う。


「人間はよくわからんな。いつか私もそうなるのか? でも、キッザーは整備士だ。いくら見せようとなんともなかろう?」


そんなことを言われて、キッザーは焦りと動揺を見せる。


「な、なんともないわけないよ。僕だってまだピチピチの十五歳の男だよ。女の子の身体には興味があるよ。しかも、リボの身体は女の子の身体を細かく表現してある。僕にも整備する以外はあまり見ないようにするし、見せないでほしい。もちろん、嫌いってわけじゃないよ。僕、もし、リボの身体が色々な人に見られていたら悲しいよ」


「そうか。キッザーを悲しませたくはない。あまり見せないでいよう」


「ありがとう、リボ」


キッザーは半月に、にっこりと笑った。


「あと、着替え終わったぞ。こんな感じでいいだろうか? 見てほしいんだが」


キッザーは振り向くと、物凄く似合っていた。このまま旅をしていて欲しいものだと思ってしまう。


「うん。リボンも取ってくれたんだ。いい感じだ。あとは、『技』の習得だけだね」


 


 


リボはあまりに広い庭なので、今までの出来事を回想して時間を潰していた。


(キッザーに言われた通りにしてみたが、こんなにあっさり行けるとはな……。初めての技がこんなに効くとは私もびっくりだ。キッザー、侮れん)


リボはキッザーを感心して顎をさする。


「足元にお気を付けくださいね」


門番は階段を上りながら言った。


「ハイ」


リボは先程キッザーに口を酸っぱくするくらいに言われた通りに声をか弱く少し高めにし、笑顔を絶やさなかった。


 


 


(うまいこといっているみたい……)


キッザーはリボに連れていかれた屋外で待機していた。


リボは服の裏にキッザーが作った小型の通信機をつけていた。それで、リボの様子を聞いている。


リボからの言葉や辺りの音が聞こえるし、キッザーから指図も出来る仕組みだ。


リボの通信機だけキッザーの声しかしないように設定している。もし、近くで鳥が鳴いてリボの通信機が鳴らないように便利な機能をつけたのだ。これで、リボの潜入の邪魔ではなくなるのだ。キッザーもリボがもしものために小さな音も聞き逃さぬように、周りの音はちゃんと聞こえるようにしていた。


(あとは、上手いこと街のお偉いさんに気にいられて、2人きりになったら殺す以外ならめちゃくちゃにしていいって言ったけど大丈夫かな?)


キッザーは溜息をつくが、落ち着けないでいた。


「リボ、綺麗だったなぁ」


キッザーは何気なく呟き、お色気技を習得させた後のリボを想像する。


リボは人形であり、ロボットだ。


リボに技を習得させるのはそう困難ではなかったが、あんまりにも信じてもらえず、しぶしぶ習得させた。


そして、あのか弱く、少し声が高めで笑顔の素敵な人に早変わりした。


「いつまでもああだったらいいのに……」


キッザーはリボの外見だけに悲しくなってきた。


 


 


「ここが屋敷の玄関となっています」


リボはデカデカな白い扉を見上げた。この扉だけでも高そうな作りだ。


街のあり様とは正反対の豪華さだ。


すると、大きな扉が左右同時にゆっくりと開いた。


「「いっらしゃいませ」」


扉が開くと30人くらいのメイドがズラーと左右に並んでリボに頭を下げる。


何十人のメイドは両手、両足を鎖の手錠で自由を繋がれている。


リボはメイドの間を怯える小鹿のように歩いた。


左右にメイドがいなくなるまで歩くと、そこには意地汚そうな丸々と太った中年の小男がフカフカとした大きなクッションに沈んでいた。


リボを見て、グフグフ笑い、下から上まで舐めるような目付きを向けている。


男の両隣には悲しそうな顔で笑っている女の子がいる。


綺麗な17から19歳の女の子達は、何十人いるメイドと同様に両手、両足に手錠がつけられていた。


リボは何かが、ゾワゾワする感じがした。


(殺されそうな感覚ではないし……。何故かこの男に見られていると気持ちが落ち着きやしない)


リボは悩みつつ、深々と頭を下げる。


「すみません。今日だけ泊めては頂けないでしょうか? 明日には出ていきます。その代わりに、明日まで私が、出来ることがあれば何でもいたします」


「うほーー! まことか? まことか?」


男は興奮していると男の脂肪しぼうが上下左右に揺れる。


「ハイ」


リボは愛らしく笑顔で言った。


「うほほい! うほほい! わしはここの村長みたいなものをしておるのじゃ」


男を感情は激しく、大はしゃぎしたら威張りだす。


「それはご立派ですね」


リボはとりあえず、キッザーの言っていた通り言い困れば誉めた。


「だろう? だろう? お前の名前を教えおくれ」


男は感情が激しい。大喜びしたらデレデレした顔で見ている。


「私はクリスチーヌです」


リボは笑顔で、本名を教えなかった。


とりあえず、思いついた名前を語ることにした。


敵に本名を教えるなどは自殺行為に値することだ。


「ほほう! ほほう! 可愛い名前じゃ! 可愛い名前じゃ!」


男はまた脂肪を揺らして大喜びする。


「わしはハニマスじゃ。部屋を案内せい。部屋を案内されたら食事が出来るまでゆっくりしているがいい」


またこの男は下から上まで舐めるような目付きで見た。


「ありがとうございます。あと、お願いしたいことがありまして、この広い屋敷を探検してよろしいでしょうか?」


リボは深々と頭を下げて言う。


「良い、良い。好きなだけ見ておくれ」


「ありがとうございます」


リボは笑顔で言う。


「おい、ルーマス! ルーマスはいないか!」


男は両手を2回叩く。


「ハイ。ここに……」


男の影から出て来たように、後ろからぬぅと現れたのは執事の男だった。


目は細く、ずっとへらへらと笑っている。


髪は後ろに一つにまとめてくくっていて、彼の笑顔は不思議と何か引っかかって仕方がない。まるで、狐のように何を考えているのかわからない男だった。


リボは何故かその男にとても気になった。何かがざわめくのだ。何がざわめいているのだろう?


(何なんだ? この執事は……? とりあえず、警戒したほうがいいだろう)


リボは執事を睨むと執事は軽くお辞儀する。


「この綺麗な人に部屋を案内してあげなさい」


「了解致しました。では、クリスチーヌ様、こちらです」


執事は笑っている。


確かに笑っている。


だが、本当に心の底から笑っているのだろうか?


リボはそんな気がして仕方がなかった。


執事はこんなに笑っているのに……。


リボの神経がピリピリし始める。


「あ、ありがとうございます……」


執事の誘導ゆうどうにより部屋へ案内される。


「こちらがクリスチーヌ様のお部屋です」


部屋には執事とリボのみ。


リボは全神経を執事に集中させる。2人っきりつまり、やられるかやるか。


「あまりにも緊張しているようなので。私はこれで」


執事が去るとリボは息を長い間止めていたように呼吸を荒げた。


(あいつは何だ? あの去るときの威圧感。あいつは本当に執事なのか?)


そして、目的のために地下を探す。大体は閉じこめるなら地下だ。地下の入り口を探すのはそう難しいことではなかった。


だが、ここに来てから妙に先程の出来事について引っかかっていたので、そこでリボは、一時何もかも聞いているキッザーに先程の違和感を聞くことにした。


「キッザーはどう思う?」


ある程度説明すると、キッザーの声が機械の雑音と一緒に聞こえてきた。


『まずそのデブは、ただのリボが生理的に受け付けないと思っただけじゃないかな。気持ち悪いと思ったんだと思うよ、きっとね。つまり、きつく言えば、害虫みたいにキモいってこと』


キッザーの言葉に物凄くとげを感じた。なぜか怒っているようにも聞こえる。


「き、キモい? 何だ? その言葉は?」


『流行り語かな』


「むぅ。流行り語?」


リボは初めて聞く言葉や気持ちに戸惑いを隠せない。


「では、執事のほうは?」


『んー、多分危険性が高いからあまり関わらないほうが適切かもしれない。リボも無茶しないで無事に帰って来てね』


「ああ、お前の父との約束はしっかりと守るぞ」


『リボ、僕が言いたいのは……!』


廊下側から足音がする。


リボは地下室に続く階段へ降りて隠れた。


「人が来た。切るぞ」


『……わかったよ』


キッザーはねたようだった。


リボはキッザーに構わず、ただ足音に集中する。


地下の階段は石詰めの階段で、壁と天井も同じように石が敷き詰められている。


四方八方に石詰め状態。ひやっと涼しく、冷たいはずだがリボには全く感じない。


でも、今は違う。リボは今とても焦っている。


見つかるかもしれない。見つかったら、捕まるかもしれない。


リボはそう思うと歯軋はぎしりしてしまう。


足音は近くなる。


リボは背中に隠しておいたペイント弾を構える。


しかし、足音は去っていく。


「はぁー」


リボは少し長い溜息をつく。


リボは忍び足で下に降りて行く。


降りて行くと地下に着いた。


地下には人間が沢山いて、おりの中で動物みたいに閉じ込められている。


「大丈夫か!?」


リボは地下牢屋の柵に近づく。


「君は?」


人々はリボに怯えているようだった。


「私はここに来た旅のものだ。街の子供達に頼まれて助けに来た」


「あぁ! 神は私たちを見放さなかった」


檻の中の女性が言う。


檻の中には、やつれている者や、横たわっている者が沢山いる。


「鍵は?」


「あの太った奴が持っている。いつも腰に身に付けているんだ。それより息子は?!」


聞いた男は何となくトチミに似ていた。


「娘は?!」


檻の中の動けるものはリボに集ってくる。


「トチミのことか? 元気にしている」


やはり父親だったらしく、涙を流し喜んでいる。


「私の娘は!? ナギと言うんです! お願いします! 教えて下さい!」


「あぁ、ナギも今は子供のリーダーとして立派にやっている」


ナギの母もナギの父親にしがみつき、泣きじゃくる。


「ありがとうございます」


「ありがとうございます……!」


リボはかすかな礼を聞いて、何処どこから嬉しさや恥ずかしさがあふれてくる。


「今、鍵を取ってくる。城のものが来たら、とりあえず、苦しめ。いいな? ばれたくはないのだ」


「ハイ」


トチミの父は力強く返事する。


「がんばるんだ」


リボは立ち上がり檻の人達に微笑んだ。


リボは先程来た道を戻り、部屋に戻る。


30分程経つととメイドが呼びに来た。


「ご主人様がお呼びになっております」


メイドの声は怯えていた。


リボはメイドを見据えて、確認する。


(何かされているな)


リボは立ち上がり、笑顔で言う。


「ハイ、わかりました」


下に降りる階段の下にルーマスが笑顔で待っていた。


リボはルーマスにも笑顔は絶やさない。


「ご主人様がクリスチーヌ様をお待ちしております。ここからの案内は私めが致します」


リボは案内してもらったメイドとは別れて、ルーマスに案内してもらう。


「どうしてあなたはそんな作り笑いをして自分を隠しているのですか?」


リボがルーマスを見て感じたことをそのまま言った。


ルーマスはリボをちらりと見てニヤリと唇を曲げる。


「なんのことでしょう?」


まるで、歌っているように楽しげな雰囲気を含ませて言った。


リボはルーマスに目を細めて見る。


そして、リボは鼻で笑った。


「まぁ、いいわ。またいつか会うような気がしますの」


「それは、それは、光栄なことで」


2人以外の人から見たら圧迫感を感じるだろう。2人はなにがしら言葉に棘を感じるのだ。


「それでは、ここが大広間でご主人様がディナーと一緒にお待ちしています。それでは、どうぞ、ごゆっくりしてくださいませ」


ルーマスは扉の前でお辞儀をした。


リボが進もうするとルーマスは扉を開けてくれた。


「ありがとうございます」


リボはドレスのすそを軽く上げて礼を言う。


リボは部屋に入ると長机に豪華な料理に大きくてキラキラしているシャンデリア。


綺麗に施されている肖像の壁や天井。


今の街の状態を気づいているのだろうかと疑念が生まれるほどの豪邸だ。


「お待ち、お待ちしていたよ。クリスチーヌ」


ハニマスは目の前の食事を平らげて待っていたようだ。


ハニマスの座っているあたりは食べかすが散らかっていたり、口やズボンから出たお腹にソースや食べカスがついている。


リボは汚らわしいと思った。


これがキッザーの言っていた「キモい」と言う感覚なのだろうか?


「お待ちしてすみません」


「よい、よい。座れ、座れ」


リボは言う通り座ろうと、すると、ルーマスが椅子に座りやすくするため椅子を軽く引いてくれた。


「ありがとう」


リボは礼を言って座る。


ルーマスはワインを注ぐ。


「さぁ、さぁ、乾杯をしよう」


ハニマスはワインを入ったグラスを高々に上げる。リボも同じようにした。


「乾杯、乾杯」


「乾杯」


ハニマスはワインをグイッと飲み干して、出された料理を食べる。


リボはワイングラスをクルクルと回し遊ぶ。


(どう飲もう……。困った)


リボは人形だ。人間のように食べたり飲んだりは出来ないのだ。


リボはグラスに口をつけ、一切飲まずに口からグラスを離した。


ハニマスをちらりと見た。


ハニマスは料理に夢中だ。


リボはワインを全部スープに入れてしまう。


リボはそのスープを混ぜ合わてわからなくする。


(後はキッザーの言っていたとおりにするだけだ)


リボは獲物を得るように舌をペロリと口の周りを舐める。


その時、メイドの1人がふらついてしまったときにお盆のものを落としてしまう。


「ぁ、ああ……ああぁ!」


メイドはハニマスを見て怯える。


かなりの震えようだった。


ハニマスはメイドを凝視する。


無表情にただメイドを見る。


「後でワシの、ワシの部屋に来い。いいな?」


メイドは顔を青ざめる。何かあるらしい。


「ああーーーー!!」


メイドは絶叫をしては、泣いて部屋を飛び出す。


周りのメイドを見る。皆は泣きたいのを我慢しているようだった。


「クリスチーヌ、クリスチーヌ。メイドの粗相そそうを許しておくれ」


ハニマスはさっきの無表情から下品に笑う。


「い、いえ、気にしておりませんわ」


リボは苦笑する。


「しかし、私はお酒に弱いのです。もう、お酒が回ってしまったようでございます」


リボは眠そうに欠伸をする。


(キッザーに眠そうな顔をしてもらい、すぐに覚えたんだ。このために!)


リボは心の中でニヤリと笑う。


「まことか、まことか」


ハニマスは下品に笑い、涎を垂らす。


リボは全身に力を抜くと、倒れるところをルーマスが支える。


「どういたしましょう?」


ルーマスから笑顔がなくなり、真顔でリボの顔を見続けてからハニマスを見た。


「部屋に、部屋に運べ」


ハニマスはグフフと笑う。


ルーマスはまたリボをじっと見つめ、リボにお姫様抱っこをして部屋に運んだ。


そして、ルーマスから笑顔が戻り、独り言を一方的に語る。


「君は凄い。かなり魅力的だ。人間まで魅了してしまうなんて。君はこれからどう動くんだい? 楽しみで仕方がないよ」


部屋に入り、ベットにリボを寝かす。


「あの人形戦争の時はとても美しかったよ。No.0201」


リボは勢いよく起き上がるとルーマスはもう部屋にいなかった。


「あいつは一体何者何だ? 私の旧名を知っているなんて」


リボは深く考えこんだ。


(私の古い名を知っているものは、キッザー、ブルット、おじいさんか? しかし、若すぎる。おじいさんはないだろう。ブルットは死んでいる。キッザーは顔自体違う。戦友か? もし、もしかしたら生きていたのなら……)


リボが考えているときにハニマスが入ってくる。


ハニマスはリボが起きていることに驚いた顔を見せたが、下品な笑みを浮かべた。


「起きて、起きていましたか。居心地がいいでしょう? ここは」


ハニマスはリボの隣に座り肩をさする。


「ええ、助かりました」


「ずっと、ずっとここにいてはどうですかな?」


ハニマスはリボを押し倒す。そして、貪るような手で肩を擦る。


リボは触覚がないため気にせず、ハニマスの腰を見る。


そこには沢山のカギがあった。


「それは、それは――」


リボが言っている途中でドアが開く。


「てめぇ! ハニマス! この街の権利書はこの俺が取ってやったぜ!」


それはトチミだった。


トチミはリボを見る。リボはカギに手を伸ばしてハニマスの知らぬ間に穏便おんびんに済まそうとしたが、その計画がもう潰れてしまった。


「あ! お前……!!」


トチミは驚いて、指を示して叫ぼうとする。


「知り、知り合いかい?」


「チッ!」


リボはハニマスの首を両足の太ももに挟み、ハニマスの体重を軽々に持ち上げた。


リボはそのままハニマスの背中を床にぶつけた。


ハニマスはクリスチーヌが愛らしさがなくなったのとあっという間の出来事に驚きと衝撃で気を失った。


「おい、そこのチビ助。カーテンをよこせ!」


腰を抜かしたトミチはリボの叫びに応じる。


リボはハニマスの腰の沢山のカギを取り、渡されたカーテンでハニマスを首から上は出るように袋詰めのようにされた。


「何なんだよ? お前……」


トミチはリボの人間技ではできないことをあっという間にしてしまったので、口をあんぐりと開けた口を閉じて言う。


「私は人形のリボだ。地下に行くぞ」


リボは沢山のカギをあさり、「地下」と書いてある鍵だけを取った。後のカギはトミチに託す。


「チビ助! お前はメイドたちの鍵をどうにかしろ。私はお前たちの親を助けに行く」


リボはハニマスを置いて行く。


出て行く時にトチミに沢山の鍵を渡して出て行く。


リボは廊下にいたルーマスに気がつくが、ルーマスを無視し、ルーマスの横を通る。


ルーマスはそれを見て、主人の様子が気にならないのか笑っているだけだった。


リボは振り返らず地下に向かう。


ルーマスの細い目がわずかに開く。


ルーマスの目は深緑より更に深い色だった。


だが、目を開けると同時に危険で、不気味なオーラを感じさせた。


ルーマスは鼻歌を歌い、ハニマスしかいない電気も点いていない部屋に入る。


トチミもメイドにされた人達を救いに行った。

「ーー♪ ーー♪♪」

そのメロディーからよると、メリーさんの羊の曲だった。


「ルーマス! ルーマス! これをほどけ! 今すぐにだ!」


目を覚ましていたハニマスはルーマスに命令する。


ハニマスはわからなかった。


ルーマスの危険と不気味なオーラが。


「ーー♪♪」


ルーマスはハニマスの包まれた横でベットの上に座る。


「聞いて、聞いているのか!?」


「ーー♪♪♪」


「ル、ルーマ……!!」


メリーさんの羊の鼻歌を歌い終える直前にハニマスは叫ぶ。


ルーマスは鼻歌を終わると同時にハニマスの顔の半分と首を横に手を振っただけで切り落としてしまった。


首から噴水のように激しく血が吹き出す。


ルーマスは大量の返り血のシャワーを浴びる。


ルーマスは嬉しそうに手についた血をペロリと舐める。


「君はもういらないや。飽きた。調子に乗るな。人間如にんげんごときがね」


ルーマスはクックックと突然笑い出す。


「No.0201は面白い。昔からそうなんだよねぇ。……ここも飽きちゃったし、No.0201にあげちゃおうかな。うん、帰りたいし。元々、あのNo.0201が自力で目を覚ましたって聞いたから過保護な僕はあの子を見に来ただけだし。あげたら喜ぶかな? No.0201は」


ルーマスはフフフと、子供が母に何かプレゼントをあげる前のように無邪気に笑う。


ルーマスは横たわっているハニマスの死体を蹴る。


ハニマスの死体はもう血を吹き出しはしないが痙攣けんれんする時に血がドピュと出ている。


そして、ルーマスはまたはじめからメリーさんの羊を鼻歌で歌う。


「ーー♪ ーーー♪♪」


ルーマスはハニマスの死体を置いて部屋を出た。


この街から出るために。


 


 


リボは地下牢に行った。


「鍵を手に入れた! 今、出してやる。もう少しの辛抱だ!」


リボは冷静に鍵穴に鍵を差し込み、回す。


カチャリと乾いた音が響く。


「うおーーーー!!!」


地下牢に閉じ込められた人々は感激の余りに叫ぶ。


泣いている者もいる。


抱き合っている者、お互いの手を勢いよく叩き喜ぶ者もいる。その叫びにリボの内蔵された1つ1つの部品が響いてくる。


「感激は街の者と会うのが先だろう?」


リボは腕を組んで、鼻で笑って威張る。


トミチの両親やナギの両親以外の人々にリボは囲まれる。


「ありがとう!!」


「ありがとうございます!」


人々はやつれているのに、笑顔であふれている。


「むむ」


リボは少し戸惑う。


(そういえば……)


リボはありがとうの言葉の雨を浴びつつ、思った。


製作者以外にありがとうと言われた事はあっただろうか?


リボは戦争に行くまでおじいさんと戦争担当役員以外の人間は見たことはない。


おじいさんには807619回にありがとうと言葉を口にしていた。


他の人には未だかつて言われたことはなかった。


今まで人間は人形達を苦しめて来たが、おじいさんもまた人間だから地下牢に閉じ込められた人々を助けただけの善意だった。


(そうか。人間は何かいいことをすれば、ありがとうと言うのか。おじいさんもそうだったな)


リボは改めて思った。


「礼はもういい。家族の元へ行け」


閉じ込められていた人々は、家族の元へと走って行く。


静まり返った地下牢にリボだけが残っていた。


『成功したみたいだね』


キッザーの声が通信機から聞こえてくる。


通信機から歓声の声を聞いていたのだろう。


「ああ」


『よかったね』


「ああ」


リボは心無しかに返事をする。


『どうかした?』


キッザーの優しい声が聞こえてくる。


「皆にありがとうと言われたのだ」


『よかったね』


「ああ。人間に感謝されたのはおじいさん以外初めてだ」


『閉じ込められた人だけが初めてじゃないよ。僕も言葉では、現せないくらいリボに、感謝しているよ』


キッザーは嬉しそうに言う。


「人間は感謝を現せないときがあるのか?」


『うん、あるよ。沢山ありすぎてね』


「その時は、どう感謝しているんだ?」


リボは先ほどのありがとうより凄いものがあるのだろうか思いつかず、きょとんと首をかしげる。


『あり過ぎて全部は無理だけどね。何個か具体的に、どの辺が感謝しているのかは言えるよ?』


「言ってみろ」


キッザーのクスリとかすかに笑う声が聞こえる。


『父さんが死ぬ前あんなにリボを傷つけたことを言ったのにリボは僕を見捨てないし、無視もしない。僕を嫌わない』


「それがどうした? 約束をしたからな」


リボは平然と言う。


『約束でも一緒にいてくれて嬉しいし、約束を守ってくれて嬉しいよ』


「そうか」


『うん、ありがとう。リボ。これからもよろしくね』


リボはありがとうという言葉を聞いて、また嬉しくなってきた。


「あ、後で、む、向かいに行く。待ってろ!」


リボは噛みながら言ってしまう。


『照れているのかい? リボったら可愛ぃ~!』


キッザーはリボを茶化す。


「う、うるさいぞ!」


『ハイ、ハイ』


キッザーは適当に返事をして通信機を切った。


「ったく。あいつは」


リボは頭をきながら地下を出た。


そこには、トチミが両親に囲まれ、大声で泣いていた。


「家族……」


リボは小声で呟く。


(私には家族はいたのだろうか? 私にはおじいさんしかいなかった。それは家族と言える品物だったのだろうか?)


リボはおじいさんのことを思うと下唇を噛む。


「俺……、管理証明書を手に入れたんだ! 父ちゃん達はこれが欲しかったんでしょ? 俺、父ちゃん達が話しているのを聞いたんだ」


トミチは涙ながらに訴えた。


「トミチ……!」


トミチの父はトミチを抱きしめ、頭を何度も撫でた。


メイドたちも家族の元へ戻って行く。


「ハニマスが死んでいるぞ!」


突然、地下牢に閉じ込められていた人の1人の男性が叫ぶ。


「!?」


リボはそのことを聞いて驚いた。


リボがあの部屋を出るときには生きていたはずだった。


「ッチ! 何かの口封じか!!」


リボは考え、ふけった。


もしかしたら、ハニマスはリボが知りたい情報屋について知っていたかもしれない。


そう思うと悔しくて仕方がない。


トミチの父の顔は真っ青に染まる。


「父ちゃん!?」


「トミチ、せっかく取ってきて貰ったのだが、あいつが死んでしまったらサインを書くことは出来ない。あいつがサインしたら、こちらに譲ると言うことになるんだ。このままでは、また国の者が来てしまう」


トミチの父は頭を両手で支えて、苦しんだ。またろくでもない奴が来てしまえば、苦しみがまた続くのは辛いのだ。


「見せろ」


リボが管理証明書をトミチから取った。


管理証明書は二枚ある。


管理証明書には、上質な紙に「この街の管理と権利を全て譲り受けることが出来る」と書いてある。一枚目と二枚目は同じものだったが、一枚目は国とハニマスのサインと判子だった。


国のは、立派な判子だが、ハニマスは指紋を使った拇印ぼいんだった。


二枚目はサインではなかった。


ここにハニマスのサインとその後の管理者のサインが必要らしい。


リボの虹彩が上下を繰り返す。


『コピー完了』


リボの声とは別の女性の音声が言った。


「あなたは一体……」


その声を聞いて、トミチの父は弱々しく驚いた様子で言った。


信じられなかったのだ。


リボはペンをトミチに取らせに行かせ、取りに戻るとハニマスのサインを二枚目にそっくりそのままに写し始めたのだ。完全に人間の技ではない。


「……」


リボは黙って作業を続けて、15分でハニマスの指紋をも写した。


「後は自分達でやってくれ」


リボはすずんだ顔で言う。


「ありがとうございます! ありがとうございます!」


トミチの父はリボに頭を何度も下げる。


「ふん……」


リボは頬を指で掻く。


「このねーちゃんは人形なんだってさ。ねーちゃんはこの街を救ったんだよ!」


トミチは嬉しそうにはしゃぐ。


「人形だったんですか。5年前は沢山いましたけど、あなたみたいな人間らしい人形はあまり見たことはないです」


「5年前?」


「ハイ、国の命令で」


「国の……?」


リボは嫌な予感がした。


また、戦争が始まるというのだろうか?


「あなたにお礼をさせて下さい。もう夜明けに近いです。何日でも休んでいって下さい」


リボはキッザーのことを考えた。


丸1日起きていたはずだ。


「それではお言葉に甘えよう。付き添いも連れて来る」


リボはそう言って屋敷を後にする。


 


 


「リボ、遅いなぁ。もしかして忘れられている!?」


キッザーは慌てるが建物の屋上にいて実際自分では、降りられない。


身を乗り出して、下を見るがあまりにも高すぎる。


冷たい風が吹く中キッザーは息を呑む。


屋敷の方では街中の子供がさわぎを聞いて集まっている。門番もこの状況に対応できず、子供達に後退するように言うが、門が開くと捕まった親が出て来た。この状態を門番は狐に騙されたような顔になり、その場で立ち尽くしている。捕まった大人達は愛らしい自分の子供を見つけて引き寄せている。その様子を見てキッザー笑みがこぼれた。


「何をやっているんだ?」


「うわぁ!」


突然の声にびっくりし、体勢が崩れて落ちてしまう。


「わあああぁぁぁぁ!」


キッザーは真っ逆さまに落ちてしまうが、声の主であるリボがキッザーの腕を掴んだ。


「なに遊んでいるのだ?」


リボはため息をついて、キッザーを引っ張り出した。


「怖かった~!」


キッザーは背筋が凍るようだった。


「もう、あんな遊びは控えろ。私がいたからいいものを」


リボは呆れる。


「違うよ! いきなりお声掛けられたから驚いて、手がすべったんだよ。決して遊びでやってません!」


リボに引っ張られて屋上の地に着くと、キッザーは息も絶え絶えしていたが、透かさず突っ込みを入れる。


「む、そうなのか? それは驚かしてすまなかった」


リボは真剣に謝る。


キッザーはリボの素直さに少し驚いた。

リボは冷たいわりに素直だ。


(リボは素直なのか素直じゃないのかどっちなんだよ……)


キッザーはその激しさに振り回されているような気持ちでムッとなる。


「1日だけこの街に休むことになった。ゆっくり休んでくれ」


「僕のために?」


キッザーは意外だと思った。その気持ちでさっき思ったムッとした気持ちはなくなってしまう。リボが人間の体力を考えていてくれることに。


キッザーはいつも目的のことでリボの頭はいっぱいになっていると思っていたのだから。そう思うとなんだか嬉しくなってくる。


「ありがとう! リボ」


キッザーの様子をうかがっていたリボは嬉しそうなキッザーを見て安心する。


「降りよう、キッザー」


「ちょっと待って」


キッザーはあることに気がつく。


キッザーはリボの元々着ていた服を渡す。


「お母さんの形見の服汚さないようにしてくれたんだね」


リボの着ている母の形見は全く汚れていない。


「ふん、なんのことだ?」


リボは元々着ていた自分の服をキッザーから受け取った。


「あっち向け」


リボは頬を少し紅く染め、恥ずかしそうに口を尖らせて、追い払うようにシッシッと手を振る。


「ああ、うん。反対向くね」


キッザーは反対を向いてその場に座った。


リボが自分の体を大切にするリボが堪らなく嬉しかった。


リボが人間らしい仕草を身につけているのがわかると嬉しかった。


まるで、リボの父親になった気分だった。


(父さんも同じ気持ちになったのかな?)


そう考えると自分は夫でリボは娘として妄想を繰り広げる。


キッザーは人間ではなく、人形の家族の父親を妄想し、涎をたらしながら笑う。


そんなキッザーにリボは後ろから肩を掴んだ。


「おい、着替え終わったって言っているだろう?」


リボはどうやら何度かキッザーを呼んでいたらしい。


「ああ、ごめんよ。眠たくてさ」


キッザーは嘘をついた。


キッザーは人形の妄想や人形のためなら1週間起きられる自信があったが、リボに心配を掛けたくないためそう言ってしまった。


「そうか。早く休もう。服は畳んでおいた」


リボは心配そうだった。


キッザーは罪悪感もあったが、また足元を銃で狙われるのは怖かったので、言い出せなかった。


「ありがとう」


キッザーは苦笑いをして形見を直す。


リボはまたあの大きなリボンと男らしい服を着ているが、リボの美人があることは隠れない。


「ねぇ、本当は気づいているよね?」


キッザーはうつきながらふとつぶやく。リボはキッザーの横へ腰を下ろす。


「ん?」


とぼけなくていいよ。君は人形なんだ。聞き洩らすはずがない。父さんと言いあったときだよ。ほら、こんなすごいリボを拾って来たことを勝手に睨んじゃって責めただろう?」


「私は構わない。確かに私は恨まれるようなセリフはあまり言われたことはない。戦争では感情がない相手だったから恨まれるわけがない。だが、殺したのは変わりがない。もし人間であれば恨まれる行為だったであろう。それぐらいのことを私はしてしまったのだ」


リボは暗くなった空を見据みすえた。


「いや、そっちじゃないよ。僕は興奮のあまりに主語の「僕」が「俺」になったり、目が鋭くなったり色々気づいたでしょ? 父さんは僕の中の力を使っちゃいけないって教わってきたんだ。普通の人がこんな力を持っているわけがないのは知っているよ。リボは気にならなかったの?」


キッザーは不安でいっぱいな目でリボに訴える。リボもキッザーの不安に気づくが、リボはクスッと笑う。


「何がおかしいのさ」


キッザーは頬を膨らませていきどおる。自分は本気で悩んでいるのにリボが笑ったのだ。


「いや、私はそんなこと気にしない。今は不安でいっぱいならまた落ち着いてから言いたいときに言えばいいさ。いつでもその時を待つさ」


リボはクスクスっと大人しく百合の花如はなごとく笑う。


「でも、そしかしたらリボに被害が来るかもしれないよ?」


「なら、私が止めてやる。だから、思いっきり来い」


リボはキッザーの頭を撫でて、キッザーを安心させるかのように笑って見せる。


キッザーはそんなリボを見て感謝の気持ちでいっぱいになった。まず、キッザーの力を言うとリボに嫌われてしまうと思った。


キッザーは確かにリボと会って日は浅いため今言うのは止めた。


でも、まだ何か言いたいのか、口を開いては閉じてしまう。


「言いたいことがあるならはっきり言え」


リボに一喝いっかつされるとキッザーは苦笑し、自分のことについてこれだけは言わないとと思い、やっと声を発する。


「僕の中のこの力が発揮すると僕は連れ去られちゃうんだ。でも、発揮してすぐに退散して雲隠れしたらばれずに済むけど。もし、見つかったら僕はリボの元に一生戻って来れないなると思うんだ」


リボはそのことを聞いて質問したいことがあったが、キッザーの怯え方が尋常じんじょうではないので、聞こうとは思わなかった。


「わかった。教えてくれてありがとう」


「うん、僕、リボから離れたくないんだ。お父さんが願ったことの1つだもん。僕はリボのパートナーのなりたい」


キッザーは身体の震えは止まり、リボに可愛らしい笑顔を振りまく。


「技師のパートナーか……。私は構わない。キッザーが良いのなら」


リボもキッザーの笑顔につられて、愛らしく笑った。


「1つ聞いていいか?」


「なに?」


リボは真剣な表情で聞いて来た。


「私にはわからんがその力で父親を救えたんではないか? 殺される前に」


キッザーの表情は苦しそうになる。しばらく、間が空くときにゆっくり口を開く。


「父さんはあの力を使うのを嫌う。出そうとしたけど……、止められたんだ。……もし、止められても聞かずに行動していたら父さんは死なずに済んだのかな……?」


キッザーの身体は微かに震えている。


その様子をリボはただ黙って見ていた。


キッザーとは会って3、4日が経っていた。短い間だが僅かに二人には友情ような温かい絆が芽生えていることはリボでも気付いていた。人形だが、リボには人間のような感情があるのだから――――


「私が言い出したことだが、過ぎたことを言ってもしょうがないだろう」


リボは冷たい一言で済ましてしまった。


キッザーは目でリボを見た。キッザーの目には悲願の目でリボを見つめる。


(キッザーが欲しがっている物がなんだろう? 私に何を求めているのだ?)


「あまり私に期待を抱かないでくれ。私はただの感情だけの木偶の坊なのだ。殺戮かつりくマシーンなのだ。人も人形も簡単に殺してしまう。そんなマシーンがなぐさめの言葉を掛けれるだろうか? 私にはそんな大層なことなどできるはずがないのだ。だが、仮定を話そう。お前がその力を使ったとしよう。使ったらお前は連れて行かれるのだろう? 捕まらなくても逃げなくちゃいけない。お前の親父さんはそれを望まなかったから今までその力を使わせなかったのだろう?」


リボらしいセリフ。それだけでキッザーは重い心にまとわりつく鎖が少しまた少し。たった1本でもいい、その1本の鎖が優しく溶け合う。楽になる。キッザーはそう思った。確かにそうだから。リボに託した武器も父が僕を守るために隠しておいた武器だ。父は僕が小さい時にその力をコントロールが上手いこと出来ずにいた為に家を転々としてしたらしい。その話も聞いていた。そのことを思い出して少し楽になった口を開いた。


「そうだね。使わなかったから父さんは死に際まで笑ってたんだよね。そうだよね……」


キッザーは父親の最後を思い出す。いつも通りの笑ったあの顔をリボの顔を見つめる。とても穏やかな顔を見る。そして、とても悲しい顔。キッザーではぬぐえない過去。もしかしたら、リボの製作者が拭ってくれるかもしれない。そう期待するしかない。キッザーはリボにとってはただの付き人なだけなのだから。だが、リボの悲しい顔は見たくない。キッザーは出来るだけの愛らしく、元気よくリボが笑ってくれるならと思い、話を続けた。


「でもね、リボは殺戮マシーンじゃないよ。感情があってからこそリボは僕を助けてくれるし、ここの人も助けてくれた。そして、なにより君は大切な人がいる。その人のために今人間になろうとしている。それは殺戮マシーンがするようなことじゃない。君はまだ人間じゃないけど。ちょっとずつでもいいから、その人のために一歩ずつ確実に人間に近づくようにすればいい。僕はリボのためならその手伝いをするよ」


「……」


リボは黙ったまま欠けた月をただただ見ていた。リボは返事をしない。キッザーの言葉はリボの耳には届いたが、リボ自身は返事が出来ないでいた。リボの肩の重荷は簡単に下ろせない品物だから。キッザーもわからない残酷ざんこくで悲しい出来事。


「さぁ、降りようか」


リボは立ち上がって微笑んでキッザーに手を伸ばした。


キッザーも微笑み、リボの手を掴んだ。内心キッザーは返事をもらえなかったことに悲しみを抱いた。でも、それはキッザーの役目ではないことは承知の上であったからだ。リボの救うことが出来るのは、生きているのかわからないその製作者だ。胸は痛みと寂しさでに疼く。そのうずく中でキッザーは微笑んでリボの手を掴んだ。キッザーが悲しい顔をしたらリボは傷付くかもしれないから。……製作者?


「リボ」


ふとキッザーの動きが止まった。


リボもキッザーへと顔を振り向く。


「リボは約2世紀前の人形なんだよね?」


その疑問にリボは何度言わせるのだというように溜息を洩らし返事をする。


「ああ」


「人形にはわからないかもしれないけど。人間はそんなに寿命が持つはずがない」


「生きている」


リボはそれだけ言ってそっぽ向く。人間の寿命なんてわかっているかのように。だが、その台詞にはあまりにも希望が強かった。本気で生きていると思っているかのように。


「どうしてそんなことが言えるんだい? おじいさんって言ってたけど、お年寄りなんだろ? それじゃあもう亡くなっているんじゃぁ……」


「生きているんだ! 私にはわかるんだ。は生きている。この空の下で確実に。そんな気がするんだ」


キッザーが言うのを防ぐかのようにリボがさえぎった。その表情にキッザー後ずさりしてしまう。先程の優しさ悲しそうな顔ではない。紅く燃えるような目は何かを言いたげにキッザーを見つめる。


「ごめんよ」


キッザーは申し訳なそうに謝る。


(どうして、リボはそんな製作者に熱くなるんだ? 尊敬しているのか?)


キッザーはここの奥底で思う。リボはあまりにもおじいさんという人に執着しているような気がするのだ。


「私も悪かった。だが、そんな気がするのだ。おかしいかな」


リボも頭を不思議そうに傾ける。


「降りよう、キッザー」


「うん」


リボはキッザーをおぶって屋外から降りた。


太陽は完全に上がり、今は朝の7時38分だとリボは教えてくれた。


街では、次の村長は話し合いで決められた。


次の村長はトチミの父に決まった。


キッザーはもうぐっすりとフカフカのベッドで丸一日寝ている。


起きていた1日を長い睡眠で補った。


そして、起きたキッザーに街の人はハニマスの屋敷にあった食料を調達して食事を用意してくれた。


リボはキッザーが食事を済ませると村長のトチミの父へとキッザーを連れて行った。


「やぁ、リボさん」


トチミの父は古びた牢屋にいたせいなのか歳のわりに老けたしわを寄せて笑顔で挨拶してくれた。


「この近くに有能な情報屋が知っているか?」


リボは凛とした言い方をして訪ねた。


「ええ。昔に聞いたことがあります。南にあるときいいたことがあります。砂漠の真ん中に大きな街があり、沢山の情報屋がいると聞きました」


「そうか。ありがとう」


リボはようやく欲しかった情報を手に入ることができるだ。


「さ、砂漠……」


キッザーは嫌々しく言う。


「行ってしまうのですね」


トミチの父はこの街の英雄が行ってしまうことに悲しく思う。


「ああ」


リボは早く行きたそうだった。


「わかりました。沢山の水と食料と少ないですが、お金も用意いたしましょう。何か必要な物があれば言って下さい。できる限り用意いたします」


「そこまで行くための地図が欲しい」


リボは淡々と凛とした声で言った。


「わかりました。用意いたします。また近くに来たら寄って下さい。歓迎いたしますよ」


トミチの父は笑って言った。


「わかった。近くに来たらな」


リボも鼻を鳴らして笑って言った。


「行くぞ。キッザー。旅支度だ」


リボは来た道を通って帰る。


キッザーもリボの後を追う。


「えー! ヤだよ! 砂漠を越えていくなんて!」


キッザーは子どもみたいにタダをねるがリボはにやと笑う。


「では、お前だけここに残るか?」


「それはもっとヤだ!」


キッザーは口を尖らせる。


「なら、我慢しろ。水分、食料、荷物は自分で持て。私は武器ともらった金を持つ。もうスリにあわぬようにな」


リボは嬉しそうに言った。


「うー、我慢するしかなさそうだなぁ」


キッザーは嫌々納得した。


そして、リボとキッザーは荷物を用意して街に出るために空き家から出た。


すると、トミチとナギがトミチの父に用意してもらったものを運んでくれた。


「街を助けて頂きありがとうございます」


ナギは嬉しそうに言った。


「父さんがあんたにだって」


トミチは照れくさそうに渡す。


「ありがとう。2人とも」


リボは荷物を受け取り、微笑んだ。


ナギとトミチは嬉しそうに笑った。


「父さんが街の皆でお別れを言うのもいいけど、お前等には必要ないって。だから、街代表でナギと俺で来たんだ」


トミチは指で鼻の下を擦って、悪戯っぽく笑う。


「ああ、その方が面倒ではない。助かる」


リボは重たい荷物をキッザーに渡し、リボは地図だけ受け取った。


キッザーはさらに重たい荷物を持たされ、苦々しい顔になる。


「それでは行こう。目的地は長いのでな」


リボは凛々しく言う。


リボとキッザーは南方角に歩き出し、街に出るまでトミチとナギは手を大きく振って、さよならを言った。


「また近くに来たら来いよぉ!!」


「お元気で~!!」


キッザーは後ろを向き、2人に手を振って街を出た。


リボは黙って淡々と歩くだけだった。


「手を振ってあげないの?」


「ああ」


「なんで?」


「私の目的は手を振ってさよならを言うことではない」


リボは凛として言う。


キッザーはそんなリボに肩を竦める。


(本当は照れているだけかもね)


キッザーはクスクス笑う。


リボはそんなキッザーを睨み付け、キッザーを黙らせた。


「今度は砂漠だ。気をつけろよ」


「うん!」


リボはいつもの調子でムスッとしたように言うが、キッザーはリボが少しだけ、どんな人形なのか少し知った。


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 

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