第二話 「最後の嘆き」

リボが保存カプセルから脱走した時のことである。


その場所はグリフォン王国のグリフォンセントラルシティーの城であった。


グリフォンセントラルシティーの城では王が住んでいた。


城中に警報が鳴り響く。


ベッドで夢心地に寝ていた王様はそのうるささに起きてしまう。


苛立いらだちを覚えながら王様は言った。


「何事だ」


もそもそと口を動かして喋ると部屋にいる家来が言った。


王は80歳くらいの年で髪と髭は白く、どちらも長く延びている。


王はもう長くはないらしく、苦しそうにせきをする。


「どうやら2世紀前に起こった人形ドール戦争に使われて1体だけ残った人形が目を覚まし、行動している様子です」


「ああ、あれか」


王は目を細める。


あの綺麗な人形を見たのは王が10歳の時だった。


あの戦争は前の王であり、自分の父親が起こしたことだった。


そして、あの人形も残したのも前の王であった。


あんなに綺麗きれいな人形があのような戦争でたった1体だけ残っていることに、今でも時々思い出しては感嘆かんたんしていた。


しかし、あの綺麗な人形にこだわりはなかった。


父親はかなり拘っていたが、自分自身はそこまで拘るわけもなく、どうでもよかった。


王が興味を持つのはある人形だけだった。


「この街に被害が来るなら潰せ。この街にいるなら被害が来るだろう。もし、そうではないなら、この街を出たらもう追う必要はない。勝手にさせておけ」


王が命令した。


「はは!」


返事をした家来が部屋を出ようとすると王が言う。


「私の妻をここに」


家来は少し間をおいて言う。


「……わかりました」


家来だけではない。


ここの使用人は全員が知っていることだが、ある女は何十年前に王の妻になった。


その女に対し、使用人の全員が胡散臭うさんくささを感じていた。


何十年も経つというのに容姿が若いままで少しも老化していないのだ。


食事をしたところも水を飲んでいるところさえも見たこともない。


そんな女が今は女王だ。


自分の身分もあり、何も言えないが、皆の噂を聞くと悪魔か魔女かもしれないと聞いたことがある。


自分はそんなバカな話を信じてはいない。


だが、その女はミステリアスで何もかもわからないことだらけだった。


素性は王が知っているのだろうか。それさえもわからない。


しかも、その女は自分の兄と言って、いつもへらへらと笑っている男をこの城に住ませている。


王がだまされていないか自分の不安でもあるが、自分は家来だ。


どうしようもない。


女王の部屋に着き、ドアをノックしてから入ると女王は真っ黒いドレスと真っ黒いで大きなリボンを頭に大胆に飾っている。


部屋は女王の命令でいつも暗くしている。


だから、女王の顔も暗くてわからない。

女王の顔さえ威圧いあつ感で見られやしない。


女王は「うふふふ」と言って鏡の前でくるったように笑っている。


そして、遊園地のコーヒーカップのようにクルリ、クルリと優雅ゆうがに回り踊っている。


「女王様」


家来は女王と目を合わせないよう部屋に入ると、ずっと軽くお辞儀したまま動かないようにする。以前に女王の不機嫌な時に目を合わせてしまい、とばっちりをもらい、殺されてしまった者がいたためだ。


「なぁに?」


幼く遊んでいた子供のように言うが、そんな声ですらこの女王が言うと恐ろしさを感じてしまう。噂は信じていないが、魔女やそんな話を聞くと身がすくんでしまう。


「王様が女王様をお呼びになっております」


女王はそれを聞いて「ああ」と言い少し嫌気があるように言う。


「それよりあの警報はなんなのかしら?」


警報は城のどこかでまだ鳴っている。


「人形戦争で1体だけ残っていた人形が活動し、逃げているようです」


「なんで……? 今更、目を覚ましたのかしら」


女王は苛立ったようだ。親指の爪を噛む音がし、ベッドに顔を向けた。


「いいわ。行きなさい。王には後で行くと伝えなさい」


「ははぁ」


家来は早くこの部屋から立ち去りたくて素早く部屋から出た。


「なんで今更なのかしら? なんで? なんで? なんで?!」


女王は逃げ出したリボが嫌いなようで、切歯扼腕せっしやくわんになって言う。


そんな女王にベッドにいた男が、落ち着いた声で女王をなだめた。


「やめなよ。怒った所で何も始まらないよ?」


部屋が暗くてその声の主の顔がわからない。

分かるのは声が低いので男性しかわからない。


「せっかく可愛いのに台無しになっちゃうよ」


男はクスクス笑う。


そう言われて女王は落ち着いたが、女王は両頬りょうほほを両手でおさえて顔を赤らめる。


「あまり見ないでくださいな。恥ずかしいわ」


男はただへらへらと笑う。


「恥ずかしがっている君もまた可愛いよ」


女王はそう言われてベッドに乗り、男に抱きつく。


「あなたとこうしているだけでもう溶けてしまいそうですわ」


女王はうっとりと、ねっとりと言う。


「そうかい、そうかい」


男はへらへらと笑っている。女王に抱きつかれて嬉しいのか、何故笑っているのかわからない。

「では、今日にはあれを始末いたしますわ。いいでしょう?」


女王の雰囲気は、それが家来などに対しては黒豹くろひょうのようだった。だが、その男だけに対してまるで違う。


その男には、猫みたいにじゃれている。


「ああ、いいよ」


「うふふ」


男に了解を得た女王はベッドから離れてくるりと百八十度回る。


「じゃあ、お呼ばれされたみたいだからいってきますわ」


女王は残酷ざんこくな笑みを浮かべて部屋を後にする。


「ふふ……。自力で出るなんて」


男は嬉しそうに楽しそうに一人残った部屋で笑った。


「〜♪、〜♪♪」


男はメリーさんの羊を鼻で歌う。

その歌に何か思いがあるのかわからないが、楽しんでいることは伝わってくる。


「〜〜♪」


男はベッドから降りた。


「〜〜♪♪」


男は部屋のドアを開けた。


何かしらのオーラは感じるが、それが危険であるのは変わりない。


男は観天喜地かんてんきちのように笑顔を絶やさない。


「〜♪、〜ッ♪」


男は鼻歌が終わると同時にドアを冷たく閉めた。


男は廊下を歩きながらまたメリーさんの羊を鼻で歌う。


その歌は広い廊下に響かせた。


 


 


「リヒト」


女王は王様の部屋に入り、すぐに部屋の電気とカーテンを全て閉め切った。リヒトと言う名は王の名前だ。王の実名はリヒト・ヴォーエン。


「愛しの女王よ。もっとこっちに来なさい。お前に私の全てをあげよう」


「ようやくね」


女王は溜息をつきながら肩を撫で下ろす。


そんな女王の態度に王はただ小さな子供を見ているかのようにクスリと笑った。王は綺麗に金箔きんぱくを張られている高級な紙と、大きな羽が付いた羽ペンを取り出した。


「私にはもうお前しかいないのじゃ。王になる予定だった息子は暗殺され、娘と妻は病に冒されて死んでしまった」


王様はホロリと1粒の涙を流した。


その涙はしわくちゃになった顔に伝っていく。


女王はどこかかんに障ったらしい。


女王は一瞬だけだが血相を変えたがすぐに顔色を戻した。


王はそんな女王の変化に気づきはしなかった。


「もう、お前しかいないのじゃ。お前はずっとわしのそばにいてくれ。わしはもう引退の時じゃ。わしがお前の陰になり支えようぞ。例え、そなたが人形であろうと構わぬ。ただわしのそばに居てくれればそれでいいのじゃ」


王は羽ペンでサインをして、女王にサインした紙を渡した。


女王は権利書を見てすぐにドレスのどこかに大事にしまう。


「確かにこれはこの国の権利書ね。大臣達にはどんな説明したのかしら?」


女王は上品に口角の両方を軽く上げて笑う。


「まだだ。来週に発表する予定じゃ」


「ああ、そう……」


女王は王にゆらりと近づいた。


「抱いてはくれぬか?」


王は女王に甘えたがる。女王は近づくと耳元でいった。


「ええ、いいわ」


女王は優しく微笑んだ。王は無邪気に両手を広げた。


女王の口は恐ろしくひん曲がった。


王は気づかなかった。女王の殺気に……。


女王は左手の指を揃えてするどくし、王の背中を突き刺した。


「っ!?」


王は口から血を流した。


「なに……を……ぁ?」


王は突然愛する者に刺されて驚いた。


「もう、あなたがいらないので刺しましたわ」


女王はにっこりと愛らしく笑う。


「ああ! その裏切られましたって顔がたまらない!」


女王の身体中が恍惚こうこつでヒクヒクともだえる。


黄泉よみの国に行く前に、最後に良いことを教えてあげましょう」


女王は思い出にふけるように言う。


「リヒトは他人を死刑にしたけれど、この国の王子は私が暗殺したの!!」


「……!?」


王はそれを聞いて信じられなかったが、刺された今では、ただ真犯人をうらめしくにらみつけるしかなかった。


「あと、あなたの妻と娘は私がメイドとして雇われた時に王妃と姫の食べ物に日常的に毒物を混入させ、じわじわと病に仕立てて、殺させていただきましたわ」


女王はまた子供が笑うように愛らしくニッコリと笑った。


「ああぁあ……! ぎゃぐぁぁああ!」


王は目の前の宿敵に手を伸ばす。


しかし、女王は王から背中に刺した自分の左手を抜くと王はその痛みに悶える。


女王は血に染まった左手と白い右手でクラリとくる頭を支える。


しかし、パッと殺した悦楽えつらくの表情から目をくんだ。


「しかも、あなたは無力よ! どうしてちゃんと警備もろくに出来ないの? あの気持ちが悪い『お姉様』を解放させてしまうだなんて。無力! 無力すぎますわよ!」


女王は無抵抗の王に怒りをぶつけ、一方的に言葉で攻め続ける。


だが、王は老いている。


精一杯に伸ばした片手と一緒に力尽き、王の宿敵をこの現実世界に置いて黄泉の国にってしまった。


「あら? もう逝ったの?」


女王は王の遺体を壊れたおもちゃを見るようにつまんなさそうに片足で踏む付ける。


王は動かなかった。壊れてしまった人形のように。


「仕方がないわね。本当に人間は弱くてつまらない。涙なんて流して……」


女王は王が流していた涙を思い出すとイライラさせた。


「涙なんて見ていると、あの気持ちが悪い『お姉様』を見ている気分になりますわ」


女王は口をとがらせながら言う。


そして、女王は王のベッドに敷かれていた血の付いたシーツを取った。


女王はただ王の傷から出ている血を吸ってシーツに吐くを繰り返し、病気で死んだように見せかけるための準備にかかった。


 


 


「おはよう。もう一世紀以上もたってしまったよ。……No.0201」


男は城の屋根の上に立っていた。


男が見ているのは片手を負傷し、下町に逃げ込もうとしているリボだった。


「本当に君は凄い。君がすること全てに僕は一々驚いてしまうよ」


男はフフフと愉快そうに笑った。


男は下駄げたと着物をまとった20代ほどの青年だった。


長い髪を纏めて結っている。


ずっとにこにこしている目と口は、本当に心から笑っているのかさえわからない。


目が細い彼は、ただ目尻で笑っているように見せかけている雰囲気があった。


「ああ、眠っていた君もまた可愛かったが、目覚めても更に可愛い。一世紀前のことを思い出すよ」


男は自分の愛犬を見つめるかのように愛でる目線をリボの背中に送る。リボの姿は下町でわからなくなった。


「まだ、君は手に入らない。でも、時が来たら君は僕だけの玩具おもちゃになるんだ。待ちどおしいよ。No.0201」


男が独り言を語っていると、口や腕などを真っ赤に染まった女王が、男の後ろに立っていた。


女王は真っ赤なシーツを持っている。


女王はまぶしい太陽の下に出て苦々しい表情を浮かべた。


女王は金髪でにごった真っ黒な目をしていた。


肌は白く、年は15歳から17歳くらいに見えた。彼女は獣のような危ないオーラを放っている。


彼女を花に例えるならば、厳めしい黒バラだ。


「王様の死体人形は1週間立ったら完成するわ。今は血を抜き取って、全ての臓器を取り出して肉体だけ保存液に漬けていますわ」


男は物音も立てずに後ろに立っていたNo.0202に気づいていたのか驚かなかった。


「ああ、ありがとう。権利書は上手く取れたかい?」


「ええ、リヒトが死ぬ前に私達が何をしたか全部話したの。私ったら王のあの絶望した顔を思い出すだけで、興奮しちゃいそうですの……」


女王は頬を赤く色づかせて興奮のあまりに身をヒクヒクさせる。


「イくのはまだ早いよ。もう僕と君はここでは兄妹という設定ではなくなるんだ」


男は軽く女王のあごつかみあげる。


女王はトロンと目をとろけさせ、男にいしれるように見た。


「私達はこの国の王と女王になるのですね」


「ああ、後もう少しだよ」


男は女王の顎から手を離す。


「……だけど、アイツだけは目障りですわ」


女王はリボが逃げた下町を眺め下ろす。


「No.0201のことかい? もう復讐を遂げるの?」


男は子供みたいにきょとんと可愛らしく首を傾げる。


女王は街に消え去るリボの後ろ姿を見下ろすように見る。女王はリボとは違う邪悪なオーラを放つが、女王のオーラはどこぞとリボにも似ている感じがした。顔もあまり似ていないが、違和感があるほど大人びいたリボと女王と似ていた。どちらも不思議なくらいこの世の現実を知っているような冷たい目をしていた。


「どれくらい鈍っているのか拝見したいんですの。修理も直してくれる人もいない無力なお姉様を見下しに行きますわ。それに、私の殺さなければいけないリストの中にある人の情報が入りましたの。そいつも殺しますわ、ついでにですのよ」


女王は悪魔みたいに妖しく笑った。


整っている綺麗な顔がひどゆがむ。


「君らしいね」


男は腹を抱えてクスクスと笑う。


「準備したら行きますわ。後は任せてもよろしいかしら?」


「ああ、僕は少しの間お留守番をしよう」


女王は男に了解を得ると愛らしく笑う。


「それでは」


女王はそう言って城の中に戻った。


「いいなぁ。僕もNo.0201を見に行きたいな」


男はねた子供みたいな口振りを見せた。


だが、次の瞬間、パッと花が咲くような嬉しそうに顔を上げた。


「ああ、僕も行けるんだったね」


あふれるような笑顔で嬉しそうに言った。


男は王室へ向かった。


城の最上階にある王室に男が行くと王はベッドにいない。


そして、王様が家来を呼び出すための放送マイクを使う。


『今、わしは機嫌が悪い。だから、わしの部屋には入るな。許可なく入ったものは女王さえも死刑だ。これはリヒト・ヴォーエンの命令である』


男の声はリヒト王の声そのものだった。


「まぁ、これで1日、2日は城を空けていても大丈夫だね」


マイクを元に戻し、男はスキップして窓に寄った。


そこには、城の外では集めておいた何千万の人形がいた。黒尽くめの姿をした女王がその中の二百人もの人形を連れて、出ていった。


生気は感じられないが、如何いかにも人間らしい人形を連れて行っている。


これでは人間からの視点では家来が沢山いるとしか見えない。


「女王は大胆だね。それじゃあ僕も愛する人形に会いに行こうかな」


男は胸をワクワクさせて窓から身を投げるように出た。


男は身軽そうに家の屋根から屋根へと飛び乗り、観覧しに行った。


リボはこの男のせいでややこしいうずに巻き込まれてしまうことになる。


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 

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