第一章 感情

第一話 「感情の石を持つ者」



 


 



No.0201はなんとか城の兵から逃げて来た。


No.0201は真夜中をおぼつかい足で下町の広場まで来ていた。

左の関節がどうしても動かない。


あのとき、気絶させた男にやられていたものだ。


服のワンピースもズタズタに破けており、ボロ切れの状態になっていた。


「……くそ。もう……、エネルギーが……もた――」

 どうやらNo.0201のエネルギーは補給まではされていなかったようだ。

 No.0201は真っ暗で静まっている広場の真ん中で倒れた。


 



夜が明け、温かい太陽の光が街を包み込むように照らす。


街の住人達は温かい朝日に包まれると目を覚まし、起き出して来た。


いつもの街にいつもの人々。だが、いつも変らぬ広場だが、一つだけ街の住人ではなく見かけない女性が、広場に倒れていた。ぼろきれの様な服をまとい、肌にも油や傷が残っていた。


そんな傷だらけの彼女は目覚める様子もない。住人も起き出して、広場の中心へと井戸の水をむために集まってくるため、すぐに彼女は見つかるが、住人はどうするべきかと迷っていた。そのため野次馬が集ってしまった。


彼女はまさしく城から抜け出してきたNo.0201だったが、街の人達はそんなことはもちろん城からの告知もないため告発という言葉さえもよぎらない。


「見ない顔だな。何者だ?」


「でも、美人だな」


「家にお持ち帰りでもするか?」


野次馬達やじうまたちが腹を抱えて笑いだす。


その中を白髪の少年がけて入り、彼女の様子を見て、男達に独り言のように言った。


「お兄さん達、この子は『人形ドール』だよ。残念だったね」


「こんなに、人間らしいのに? んだよ、なんか、気分下がったじゃねぇか」


野次馬は徐々に減っていく。

この世界では昔でも今でも人形は珍しくもない。


少年はしゃがみ込み、彼女の状態を再度確かめる。

「油や傷がかなりあるけど……。ちょっとごめんね」

 少年はNo.0201の体を探り始める。

「大きな故障はないけど。左腕関節のモーターがやられているな。急いで直さないと!」

 少年は独り言を口にして、No.0201の女体より一回り小さい身体からだで肩に背負う。

「すぐに直してあげるから、もう少しの辛抱だからね……」

 優しく、まるで恋人ように声を掛けてはげます。

 少年はよろよろ歩きはじめた。


まだ残っていた野次馬達は気を利かせて道を作る。すると、温厚そうなおばさんが少年に聞いた。


「ぼく? その人形をどうするんだい?」


少年は背負いつつ、心配そうに言うおばさんに振り返って満点な笑顔で答えた。


「もちろん、直すんだ!」


少年は彼女を背負い直し、また歩き出した。


少年は自分の家に向かっていた。


 


 


No.0201は起動し、目が覚める。


No.0201はの上にいた。辺りを見るとどこかの整備室の中にいるようだった。


左手を少し動かすと直っていた。銃の弾がかすりついてしまった肌の傷も綺麗きれいに治ってしまっていた。


(直っている? なぜだ?)


首を傾げてNo.0201は上半身を起こして誰かいないか周りを見て探す。


「あ! 目を覚ました?」


「!?」

飛び起きるようにベットから起きて警戒態勢体制を取ると少年が整備室に入ってくる。


少年はその様子を見て可愛く首をかしげているだけだった。


そして、少年は何か思い出したかのように異彩いさいを放つものを見てしまったように目を輝かせながら言う。


「君の中身はすごいね、人形はすごすぎる! 外見は綺麗な人形なのに中身は精密せいみつなロボットなんだもん、それに奥が深い。君を作った人は誰なんだい? 素晴らしいよ。見たことのない部品がいっぱいだ、こんな人形は見たことがない」


No.0201は黙って少年を見ていた。そこでやっと警戒態勢を解いた。


少年は興奮しすぎたことにやっと気づき、恥ずかしさにハニカミながら頬を赤く染め、No.0201に言った。

「大丈夫だよ、君が城から逃げ出していることは君をここに連れだした後に掲示板で見たよ。君を通報することはしない。ここはドールを修理する所だからね。そうだよね、父さん」

「あたぼうよ!」

 奥から男がぬぅと出てくる。


男はかなり背が高く、入るときは屈まないと出入りが難しいそうだった。


男は四十代後半位の年に見え、隆々なたくましい身体をしていて、服の上からでもわかるほどだった。頭にはバンダナを巻き、肌は少し日に焼けていて、少年みたいに肌には煤や油が付いていた。男の髪は黒色で、優しい目の色は少年と一緒だ

った。だが、頬には大きな切り傷が目立つが、顔は優しそうな顔立ちをしていた。

「俺はブルット・ホークアイス、そして、こっちが息子のキッザー・ホークアイスだ。よろしくな」


ブルットはニッと笑い息子の頭を撫ながら言った。


「お譲ちゃん名前は?」


ニッと笑うブルットの綺麗な目を見て、No.0201はつい目を逸らした。

「No.0201です」

 小さな声でNo.0201は答える。

「……それが名前? 質素な名前だなぁ」


キッザーは不満そうに呟いた。


キッザーはきっと素晴らしい名前を期待していたのだろう。

「…………」

 No.0201は目線を落とし、黙る。


No.0201は腕を負傷させられた警備員が言っていたのを思い出す。「質素」と言われたのだ。No.0201を作ってくれた人はどの人形にもNo.で呼んでいたので、名前は付けられなかったのだ。


自分も名前がないのを寂しく感じたことは何度かあっただが、一緒にあの人といれるだけで充分だった。


名前がないのは寂しいと思っていたのはだいぶ昔の話だった。

「そうだな。キッザー、お前が名前を付けてやれ」

「………」

 No.0201はキッザーの様子を観察する。

「いいから、そんな名前じゃあ、可哀想かわいそうだよ。 さぁ、つけてやりな」

 ブルットはニッと笑い息子の頭をポンと叩き奥へ行ってしまう。

「えー! 何で僕なのさ」

 No.0201はプクーと膨れているキッザーをジッと見る。

「……つけていい?」

 それに気がつき、No.0201の顔を見る。

「……ご勝手に」


No.0201は単調に答えた。

「わ! 素直じゃないな!」

「さっさと決めろ」


No.0201はキッザーをにらむように怒鳴った。

「はー、しかたないな……」

 キッザーはNo.0201の足から頭を見る。

 服は破れていて頭に付けている大きなリボン……。

 リボンが目立っているが、愛らしいのもある。

「……リボ」

「…………?」

 小声で聞こえづらかった。


だが、すぐキッザーは大きな声で言い直す。

「そうだよ、リボ。リボにしよう! リボンからンを取ったんだ。父さん、決まったよ」


キッザーは名前が決まるとすぐに父親を呼びに行ってしまった。

「……勝手に決めるなよ」


No.0201は頬を指でき、ほおを少し赤く染めて小声で誰にも聞こえないように言う。

No.0201から名前が変わり、リボになる。

リボは嬉しそうに微笑ほほえんだ。

キッザーとブルットの楽しい会話が聞こえる。二人の声を聞くと緩んだ顔を引き締めた。


「そうか、リボにしたのか。いい名前じゃないか」


ブルットがキッザーと一緒にリビングに入ってきた。


「そうだ、リボ。奥の部屋に行きな。部屋に服と武器を揃えて置いてあるからよ。それを持って逃げな。お前は武装人形じゃないだろう? ロケットも機関銃も内蔵されてないからな。武器を携帯してなきゃやられてしまう」

 ブルットがコーヒーを飲みながら言う。

「で、でも……」

 リボは遠慮しようとするが。

「キッザー」

 リボの声を遮り、ブルットはキッザーに言った。

「リボに部屋を案内してやれ、奥の部屋だぞ?」

「はい!」


キッザーは明るい返事をした。

「ちょっと待ってください! 何故、私にそこまでしてくださるのですか?」

あまりにも事が美味しく進む。これは望ましくない。リボは疑い深くく、唸るように言葉を発するとブルットは大声で笑う。

「ここはどこだと思っているだい?」

 ブルットは突然コーヒーカップを机の上に置いて大きな声で叫んだ。

「え……?」

 ブルットの声を聞き、リボは先程よりも更に焦った。

「ここは人形整備店だ。俺は人形が好きだ。それ以外何か理由がいるかい?」

 ブルットは腕を組み、鼻を鳴らして、イスに座りなおす。

「ああなったら聞かないよ、だから行こ?」

 うるさいなと呟きながらうんざりするキッザー。

 ブルットの言葉を聞いて、キッザーに引っ張られながら警戒を解いてしまったリボ。

「ここは賑やかなところだな!」

リボはキッザーとブルットのにぎやかと本当の優しさ、笑えずにいられなかった。


リボは愛らしく、そして凛々りりしく声を上げて笑った。


ブルットとキッザーはリボが笑ったのを見て驚き、顔を見合わせるが、二人とも大笑いする。

「フハハ! そうだろ、賑やかだろ? やっぱ、女の子は笑うのが一番だな! あれ? でも人形って笑うんだっけか?」


ふとリボは笑うのをやめた。ブルットの最後のセリフを聞いた途端とたん、顔が引き締まったように顔を強張こわばらせて凛々しくなった。

「リボだけ特別なんだよ! リボ、可愛いよ」

 二人はリボを小さな子を褒めるように、リボの笑顔を心から喜んだ。

「うるさい。部屋に案内しろ」

 褒められたリボは強張らせたままキッザーに一喝いっかつして言った。

ブルットはリボに微笑みを送り、こう思った。

(本当に不思議な人形を拾って来たな。キッザー。ホントに特別な人形だよ、リボは)

ブルットは冷えたコーヒーを啜った。

「アハハ。いいよ! 行こう」

 キッザーは凛々しいリボの手を引っ張って部屋を案内した。



部屋に入ると、そこは地味な部屋で棚には5~6歳ぐらいのキッザーと、今より数段若いブルットが緊張気味で綺麗な女性と一緒に笑って写真が飾ってあった。

 写真の綺麗な白髪を持った可愛らしくかなり若い女性はおそらく母親か姉だろう。

「……」

 キッザーは部屋の外で待機している。

 部屋には色んな種類の武器が揃ってあった。ロケットランチャーまでもがある。

 そして、椅子の上には男の服だか、黒い薄地の服とその上に、紺色の上着が重なっていた。長ズボンも綺麗に畳まれていた。

(何でこんなに武器が揃っているんだ?)

 少し呆れながら溜息ためいきをついて思う。

「……おまえ、お母さんはどうした?」

リボはドアの前で待っているキッザーに声を掛けた

キッザーはその問いかけに喉を詰まらす。父親は存在していたが母親の存在を確認していなかったためリボは少し気になった。

「死んじゃった。僕を生んで5年ぐらい後に病気でね……。その部屋の棚にある写真に映っている女の人が僕のお母さんだよ」

 キッザーの声は僅か《わず》に震えていた。

(無頓着すぎたか……?)


「私を作ってくれたのは、だ」

リボは服を全て脱ぎ捨て、黒いタンクトップのみ履いてドアの側で座った。

「え?」


きょとんとする声がドアの向こうから聞こえる。


「お前がさっき聞いただろ? 私を作った人だ」


「いいの?」


「直してもらった礼だ。これくらいしか礼が出来ないからな。こんなことでいいならいくらでも話してやる」

「ありがとう」

キッザーの笑い声が聞こえる。あの震えた声は聞こえない。リボはその声を聞いて用意していた服を一枚、一枚話しながら履いていくことにした。


「名前は知らんが、優しくて、私を本当の娘のように思い、育ててくれたんだ。私は、174年前の人形戦争で戦っていた中の一体だ」

「人形戦争って!」

 人形の整備士としてなのかキッザーは酷く、辛そうに驚いていた。人形戦争というのは、歴史的にあまりにも有名になり語り続けられた戦争になっているみたいだ。あるいはこれだけ人形を愛しているキッザーだからこそこの戦争は印象に残りやすく、許せない歴史としてあるのだろう。


リボは昔の傷心した思い出にふけるように軽くうなずく。

「私は戦った。そして、その戦争で戦線に立った人形の中で唯一生き残ったのが私だけだったと思う。私はただの人形じゃない……! 私は人間の感情を持つ人形。私はこれからの目的は人間になるための方法を知ることと人間になることだ。私の製作者であるが、私に「お前が人間だったら、いつまでも一緒にいられるのに」と言っていた事があった。だから、人間になりたい……! もし、それをが願うのなら……!」

 リボは言語に力が入りつつあった。


リボの言い方でキッザーにはその製作者を大切に思っていることがとても伝わった。

「そっか……。教えてくれてありがとう」


キッザーはリボのことを教えてもらい、溜息をもらした声がドアの向こうから聞こえる。

キッザーにお礼を言われて黙って立ち、残った服と武器を身につけ、部屋を出た。

そして、リボが少し過去を話してくれたことでキッザーはリボとのきずなが深まったことに喜びんだ。

しかし、リビングから轟音がした。


二人がリビングに向うとブルットがいなかった。

「父さん?」

 キッザーの声が力なく震えていた。

 リビングは、無残に破壊されて瓦礫がれきだらけだった。屋根はなんとかあったが壁にはぽっかりと大きな穴があった。

「……」

 リボは黙って大きな穴の下に行き、家もないただ寂しい風景を見渡した。

 リボは目の中の遠隔レンズに切り替え、穴が開いている場所から外を左右に見渡した。

「!」

 リボは遠隔レンズに人影が入るとすぐキッザーの方を向いた。

 キッザーは弱々しく瓦礫の中を探っていた。


手にガラスの破片が刺さっていても血が出ていても瓦礫の中を探っているキッザーの姿はとても痛々しかった。キッザーはブルットが瓦礫の下に埋まっていると思っているのだろう。

「キッザー。お前の親は南方にいる9キロ先だ」

 リボはレンズの元に戻す音を立てて、キッザーに言った。

「お前の親には借りがある」

 リボはキッザーを軽々と担いで外に出た。

「一緒に連れて行ってやる」

 リボは例え人形だとしても女性に担がれていることに恥ずかしがっているキッザーに言った。

「急ぐだろう?」

 そして、チラリとキッザーを見た。

「うん」

「……」

 キッザーは恥ずかしさを凌ぐとぎゅっとリボの服をつかんだ。

 それを確認するとリボは人間ではありえないスピードで走っていた。


リボの背中の中で震える手を押さえてキッザーは父親の安否だけを願う。


(父さん、今から助けに行くから。どんな手を使っても助けるから……)


 


 


「テメーらの相手はこの俺様だ!!」


廃地となった場所で鉄の棒を持ったブルットは棒を振り回した。


『そんなの振り回していても当たりませんよ?』

機械兵が言う。中で人が操縦しているのだ。

その時だった。ヒゥッと風の切る音がした。


『っ!!』

声も出ない間にその機械は上から岩でも落ちてきたかのようにあっという間に潰されてしまった。

しかし、機械兵を潰してしまったのは岩ではなく黒い影だった。


機械兵はただスポンジのように黒い影に乗られてあっけなく潰れてしまう。

「借りを返しにきた」


その影は――。


リボであり、凛とした表情で、ブルットに向かってそう言った。

「なんだ……。来たのか、リボ。こんなの俺だけで十分だったのに」

 苦笑して言うブルット。


それに対し、リボは鼻で笑った。

「キッザーはどうした?」

 機械兵から降りたリボにブルットが話しかけた。

「岩陰だ」

 リボが指で指した方に目を向けると、キッザーが手を振っていた。

 すると、すぐブルットはキッザーのほうへと走って行った。

 ブルットがキッザーに抱きついた。

「大丈夫だったか? キッザー!」

 ニシシと笑うブルットはキッザーの頭を撫でた。

 キッザーは半べそをかいてブルットに抱きついた。

「それは僕が言いたいことだ!」

 リボは、二人の姿を遠いところから見ていた。

 すると、ホッとしているのもつかの間で、岩陰の後ろからまだ残っていた一体の機械兵が出てきた。

「危ない!! 逃げろ!!」

 突然の出来事に、リボは大声で叫んだ。

「とおさあぁぁん?!!」

 呆気あっけなくキッザーは機械兵に捕まってしまった。

「キッザー!」

 ブルットの顔が青ざめて叫ぶ。

『一本取られたな!! このアマ!!』

 機械兵からドリルが出てきた。そして、キッザーの頭の横に配置された。

「ふぇ……。父さん、母さん助けて……!」

「キッザー……、頼むからそれだけはするな。俺が助ける」


泣きながら言う、キッザーを歯痒はがゆい気持ちでいっぱいでブルットは呼んだ。

リボは何か違和感を覚える。

(それだけはするな? それはなんだ?)


ブルットは何か制するようにキッザーに落ち着かせるよう言うが、キッザーは泣きじゃくり落ち着くどころではなかった。

『こいつを殺せば大人しくなるよなぁ? なぁ? アマ!』


機械兵の声はリボの圧倒する強さに怯え、上擦うわずりつつ理性が間に合わなくなっている。

(ヤバイ。こいつ正気を失っている?!)

 リボはキッザー元へと走った。

 機械兵のドリルは高く上がった。

「やめろ!! やめてくれぇ!!」

 ブルットが叫んだ後、ドリルが思いっきり、キッザーを刺すように振り落とされた。

 その瞬間だけゆっくり、もの凄くゆっくりと時が刻まれているような気がした。


リボは思いっきり走ったが、そこまで手が届かなかった。

 そして、リボの目の前には血の海が広がっていた。


「「!」」


リボはそれを見て、その場で立ちすくんでしまう。


刺されてしまったのはキッザーではなかったのだ。


刺されていたのはキッザーの父、ブルットだった。


「と、父さん!!」


掠れた声でキッザーが言った。


『っくそ!!』


機械兵は、またキッザーを刺そうとすると、いつの間にかリボがその機械兵に、リボが真上から思いっきり乗り、勢いでそのままに潰してしまう。


その振動でブルットの体は地に落ちた。


キッザーも上手く着地しブルットのほうへ駆け寄った。


「お父さん? お父さん!」


キッザーはブルットの体を揺すった。


「……キッザァー……」


ブルットはまだ息があり、キッザーを見つめた。


「大丈夫?! 今、医者のところに……」


「もう、無理だ」


ブルットは泣きじゃくるキッザーの手を払いのける。


そして、キッザーの頭を撫でて、リボの方を見た。


「キッザー、よくやった。よく我慢できたな。お願いがある……。リボ、お前に……だ……」


血で真っ赤に染まったブルットが言った。


「なんだ?」


リボは屈んでブルットの口元に自分の耳を持っていく。


「俺の……息子を頼む……」


「……」


ブルットは瀕死ひんし状態だというのに嬉しそうに笑った。何かを隠しているのにそれすら言おうとしない。ブルットは清々しい顔でリボを見ているだけだ。


「できるだけ……息子を守ってほしいんだ……。寂しがる息子をあの世で見たくないんだ……。だから……ぅぅ。だから……息子を守ってほしい……。キッザー。父さんの、最後の頼みだ。わかってくれ」


どんどんかすれる声をキッザーはうつむきながら聞き取った。


「どうして!? 父さんが死ぬ必要があるんだ! 父さんは何もしちゃいないのに! 僕のせいで……。俺がこんな人形を拾っちゃったから。もし、拾わなかったら父さんは死なずに済んだんだ! もし、俺がぁ……。こんなものを拾ったから!」


キッザーは立ち上がってリボを睨んだ。優しい眼差しをしたキッザーだが、今は興奮のあまりか鋭くギラギラした眼差しでリボを見ている。


キッザーのその言い文も一理あり、リボは何も感じやしない。そう思いたいのかもしれない。


だが、今のセリフに更に何かが引っかかるような思考にられる。


(俺? キッザーは第一人称は僕って言う奴じゃなかったか?)


リボはキッザーの様子をうかがっていたが身体がガタガタと震えていたが、その震え方は何か異変を感じるほどだった。


キッザーの目が先程と違い、鋭くなったような感じする。リボが勘違いかもしれないと思った。その鋭さは、憎悪ぞうおを感じさせられた。ブルットは咳き込み、血を吐いた。キッザーは心配して座り込んで両拳を地面に叩きつけて力なくささやくように呟いた。


「父さんこそ。なんで止めたんだよ。俺があの力を使えば父さんは――――」


「ばっかやろう! お前は、誰の息子で、何を! 仕事を! しているんだ?! お前は……!」


突然、ブルットはキッザーの呟きを掻き消すように襟首をつかみ上げ、叫んだが、また咳込みキッザーの服に血を吐いてしまう。その叫びと訴えに突然先程の憎悪と興奮は恐怖へと変わる。


その血を見て、キッザーの頭が何も考えられずに真っ白になり、体は震えが止まる。ただ固まってしまった。


「父さん!」

その声はただ父親を心配する息子の声だった。あの変化はなくなっていた。


「いいか。 お前は今何の……仕事を手伝っ……ている? お前は何故この仕事をしている?」


キッザーが咳込み、そでで涙を拭いて答える。


「僕は人形技師であり、整備師でもある。この仕事を手伝っている理由は、父さんの作業している後姿がただかっこよかったんだ。人形が汗水垂らす父さんに直してもらって、父さんが直して動かした人形がすごくて、僕も人形のために何ができるんだろうって。父さんみたいな技師になりたくて、だから、だから……」


「キッザー……。もう、答えは出ているじゃないか」


「え……?」


「お前は人形のために……動いた。父さんは……お前をほこりに感じるよ」


ブルットはキッザーを安心させるようにかすかに笑って見せた。


「父さん……」


キッザーはその笑顔を見たときに肩の力を少しずつ抜いていく。肩の力を完全になくし、父親を心配そうに見つめる。


「俺もたぶん……そうしていたよ。お前は正……しい。人形を助けて……何が悪い? お前はさ……すが父さんと母さんの子だ。二度とあんな弱音を吐いたら化けて出てやる……からな……」


キッザーは泣きながら笑い、服の袖で涙を拭き取った。


「さっきはごめんなさい。あんなことを言って」


キッザーの目は先程異様な鋭さではなく、リボの目と見合うと、眼光のように鋭く見えた。何か一つ成長したように、その時のキッザーは不自然に大人っぽく見えた。


ブルットはキッザーを見ながら懇望こんがんした。


「この通り頼む。リボ、危険なのはわかっているよ。でも、このままだとこいつ一人なんだ……」


リボは改めてキッザーの目を見た。


キッザーは赤くれた目でリボを見つめ返した。


その目は海のような青い目が強い眼差し《まなざし》を見せた。


何か心が強くなったその目。


リボは少し悲しそうな目でキッザーを見た。


(まるで、自分を見ているようだ)


戦争で無理に酷い現実を直視したリボは、今あまり感情を出さなくなっていた。感情石を持つ自分が最も出せるはずの感情が出にくくなっている。


キッザーも同じようになるかもしれないと言う不安が脳裏のうりを過ぎった。


だが、キッザーはリボとは違う。キッザーは人間なのだ。


リボはキッザーにけることにした。


「わかった。私に任せろ。キッザーはこの私が連れて行く!」


リボはブルットの腕の傍で屈んで言った。


「ありがとよ……、リボ。これで俺は安心して逝ける。じゃあな……息子よ……」


そこで、うっすらと笑みを浮かべて目を閉じて逝ってしまった――――


 


 


泥だらけの姿でキッザーはブルットを埋めた墓の前にいた。


隣には少し古いお墓がブルットの墓と並んでいる。リボはキッザーに聞いた。


「その横の墓は?」


キッザーは涙を流して拝んでいた。キッザーはリボの声を聞いて立ち上がり、袖で涙を拭いて笑いながら、リボの方を向いた。


「母さんのお墓なんだ。父さんと母さんは一緒にさせたくて」


「そうか……」


リボは悲しく、美しく、ただ笑った。

その可憐さにキッザーは魅入みいられる。


「キッザー、行くぞ!」


リボは自分の荷物を持って歩きはじめる。


キッザーは自分の荷物と溶解ゴーグルを頭につけて、リボに続くが、一旦いったん、墓の方を振り返って、いっぱいの笑顔で言った。


「行ってきます!」


 


 


墓には白色の百合の花と、母と父とキッザーが三人で撮った写真を置いて、リボと一緒にキッザーは旅立った。


 


 



 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 

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