七、幼馴染、それは仲の良い兄妹のような関係
コーディーさんは時間通りの九時にホテルに来てくれた。
来なかったら勝手にまわれるから、急病にでもならないかな、などと不届きな事をほざいていた二名が少々残念そうな顔をしていたが、大人の対応で放っておく。
「こちらの車にどうぞ」
ホテルの前に止まっていたのは、辺境ではメジャーな四輪駆動の自動車だった。
「うわっ」
グリーンががっつり食いついて、四方八方から観察を始めた挙句、車の下に入り込み、何かぶつぶつ言っている。
……ちょっと怖い。
「早く出てきて、出発しますよー」
あたしの呼びかけに、グリーンは車の下からぴょこっと顔を出した。
驚愕した表情になっている。
うん、グリーンの思っている事の予想がついちゃった。
「この、車に、乗って、行くのよ。ここでは、こういう車が、普通の、移動手段です」
「僕達のホバーカーを使った方が良いと思うんだけど……」
「別に構わないけど、主要道路しか舗装されてないと思うわよ? コーディーさん、車の方が良いですよね」
「そうですね。今日は街中なのでそれ程ではありませんが、埃や塵もそれなりにありますし、ホバーカーだと汚れたり細かい傷がついたりするかも知れません」
あ……グリーンの目が死にかけてる。
そのまま情けない顔をブルーにめぐらすも、そうだと頷いているブルーにとどめをさされた様子。
今回のミッションは、お坊っちゃま泣かせの連続になってしまって、ちょっと可哀想な気がしてきた。
……で、も、ね。
「はいはい、機械関係はレッドちゃんに任せて、グリーンはメインのお仕事を宜しくね」
あたしはコーディーさんに聞こえないようにちっちゃな声で続ける。
「あ、な、た、の、お仕事は?」
「メカニッ……いえ、プログラマー……でした」
よろしい、と指で丸を作る。
今回の偽造身分証だと『エンジニア』という事になっているレッドちゃんは、車の運転席を覗き込んでいた。
お仕事を演じているのか、何となく見ているだけなのかはわからない。
結局運転席にはコーディーさんが座って、近場から案内してくれる事になった。
町の視察という事なので、ライブラリーや競技場、学校や消防署なんかをゆるゆるまわる。
目的に該当する人物なんて、確実に潜んでなさそうな場所だけれど、あたし達の目的が知られるわけにはいかないので、早く帰りたいグリーンと、とにかくぶっ飛ばして終わらせたいブルーには我慢して付き合っていただく。
「やっぱり中央の方はお若いのにお仕事が大変なんですね」
「あたし以外は、です。あたしは元々防衛惑星の出身で、視察に向けて少し前にチームに組み入れられたんですよ」
「それでも、中央に呼ばれたんですから、ドクター・フォフナーは優秀な方ですよ」
『フォフナー』?
……危ない危ない、もう少しでうっかり聞き返しちゃうところだった。
一瞬、誰それ? とか思っちゃったわ……。
だいたい、素直な乙女のあたしが人を偽る偽名なんてものを使うって事がそもそも間違ってるのよね。
清く正しく可愛らしく、そんなあたしに似合わない。
「あー……ええと。ありがとうございます。そうそうコーディーさん。あたしの事は『ぴんく』って呼んでいただけると嬉しいです」
「そういえば皆さん、イメージカラーで呼び合っていらっしゃるんですね」
「そうなんです。後からチームに合流したあたしが、早く仲良くなりたくって提案したんですぅ。あたしは元々ヴェルナにいた時から、そう呼ばれてたんですけど」
助手席に座ったあたしとコーディーさんが当たり障りのない会話をしている間、レッドちゃんやブルーが状況を確認してくれている。
本来なら、グリーンが営業スマイルを浮かべつつ、小粋な会話を展開してくれる筈なんだけど、寝不足気味だし精神が不安定なのでちょっと任せられない。
面倒だけれど、あたしの役に立つ所をレッドちゃんに認めてもらえるし、うっさいブルーも頑張るあたしの有用性がよーくわかる筈だもんね。
◆
あちこちまわっているうちに、お日様も真上を通り過ぎた。
「そろそろ食事にしませんか? この先のレストランが美味しい羊のグリルを出すんです」
「食べたいです! 楽しみ」
どうかグリーンが食べられるものがありますように……。
コーディーさんが案内してくれたのは小綺麗なレストランだった。
一安心して奥のテーブルに着くと、コーディーさんのお勧めをオーダーする事に。
その間に、午前中に撮っておいた写真をチェックする。
よく撮れているけれど、役に立つのか立たないのか……うん、多分役に立たない。
ふとコーディーさんが視線をレストランの入り口に向けた。
「スフェーン!」
手を振るコーディーさんの笑顔の先には、二人の男性が立っていた。
「やあ、コーディー」
グレーの髪と瞳の二〇歳過ぎの男性が手を上げて応える。
やや目付きがきついけれど、好青年って感じ。
同じ位の歳のもう一人は茶色の髪と瞳。
ちらっとあたし達を見たけど、そのままテーブルに着いてメニューを眺めはじめた。
「こんにちは、お友達ですか? あたしマリア・フォフナーって言います。コーディーさんに町を案内していただいてます」
スフェーンさんとやらに笑顔で手をぱたぱた振る。
「ドクター・ピンク、こちらはスフェーン・リレイ。私の幼馴染です」
「幼馴染!? 素敵な響きですよねー」
「初めまして、リレイです。コーディーが皆さんを案内? ははは。ちゃんとお役に立ってますでしょうか」
「幼馴染、それは仲の良い兄妹のような関係! 二人にいつしか芽生える愛、でも長い付き合いが自分の気持ちをうまく読み取ることが出来ない。周りにからかわれて素直になれない」
「あ、あの……ドクター?」
「まわり道をしながらも、自分の気持ちに気付く二人。それでも恥ずかしさに打ち明けられないっ! ああ、二人のすれ違う愛はどうなってしまうのかっ!」
それが幼馴染!
ああ、何て素敵なのかしらん!
残念ながらあたしに幼馴染はいないけれど、かわりに運命の相手のレッドちゃんがいるから、羨ましくは無いわっ!
……。
……いえ、ちょっと……いいえ、結構……ううん、かなり。かなり羨ましい!
やっぱり幼馴染という運命と歴史には、すっごいパワーが詰まってるわよね!
いいなぁ……。
「桃色頭、少し落ち着いて座れ」
「……はうっ!?」
どうやらあたしは軽く遠い世界に行ってしまったらしい。
幼馴染って言葉には魔力があるわね……はふぅ。
「あら? 幼馴染さんは?」
「サンドイッチ買って出てったぞ」
ちょっと呆れたような顔のブルー。
いつもならグリーンが状況を教えてくれるとこなんだけど、昨日からグリーンがまともに機能してないので、態度の悪いブルーがフォローしてくれたらしい。
ブルーもこういう所はちゃんとしてるんだけどね、もうちょっとあたしに優しい物言いをして欲しいものね。
「あいつら何か気に入らねぇな」
コーディーさんに聞こえないように、ぐっと声を落として続ける。
あたしが見た限りは単なる一般人っぽかったけど……。
「今は余計な事をつつかねぇ方が良いな。しょうに合わないが、完全に引っ込まれちゃあ面倒だ」
ブルーの言葉に小さく頷く。
そいえば、グリーンは少しは辺境に慣れたのかしらん?
本来のお仕事である『円滑な折衝』が出来ないくらい本人基準での大自然に翻弄されて弱っているグリーンは、レッドちゃんと一緒に無表情で昼食を取っていた。
もうちょっと何とかならないものか……。
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