六、紙のメニューに朝の小粋な会話
むむ?
ナイトランプがぼんやり部屋を照らしている。
体を起こして見回すと、睡眠バンドをつけ「体が、うまく動きません……」と謎の寝言を呟くグリーン。
……まあ、とりあえず睡眠は取れている様子。
うむっ、ドクターとして仲間の健康には注意を怠らないあたしって、やっぱり有能ねっ。
窓辺にはブルー、目を閉じているものの、椅子に座って手にショックガンを掴んでいる。
「起きたのか? 見張りを交代という訳にはいかないから、もっと寝とけ」
確かに、あたし達のチームの戦闘力はブルーに依存している。
しかもブルーと交代したとして、何かあった時にブルーが戦闘態勢を取るまでの間、対応出来そうなのはグリーンしかいない。
といっても、レッドちゃんに戦闘力が無いと言い切る事も出来ない。
一応レッドちゃんも軍事訓練は受けている筈だけど、ネットランナーがどんな訓練を受けているか、あたしは知らない。
「今の所、何も無さそう?」
「ああ」
難しい顔でベッドをちょいちょいと指差すブルー。
早く寝ろという意味らしい。
ぷぷー。
あたしだって、繊細な乙女なんだから、何があるかわからない状況でぐっすり寝られないわよ。
グリーンとレッドちゃんがそれなりに睡眠が取れている事を確認してから、ころんっと寝転がるあたし。
これでさっくり眠れたら、無神経よねぇ……ぐぅ。
◆
……結局、あたしはぐっすり眠れて、次に目が覚めた時は、翌日の気持ち良い早朝だった。
やっぱり、あれよね、命を救うドクターが寝不足なんていう不養生をしちゃだめよね。
背中や脇腹や腕や足が痛いなどと言うグリーンに、血行を促すクリームを出してあげつつ、みんなの健康チェックを行う。
うむ、グリーンが寝不足気味なのを除けば、問題無し。
辺境での初めてのお泊まりでこれなら素晴らしい。
「スリープポッドが無いと、こんなに睡眠障害が起きるんですねえ」
グリーンの表情は暗く、いつもの営業スマイルは開店休業状態。
ま、コーディーさんが来たらスマイルも再入荷するでしょ、たぶん。
「ポッドが無い場合の必要睡眠時間はかなり長くなるから、ブルーも時間がある時に休んでおいてね。戦闘になった時、いつもみたいに動けません、なんてなったら嫌でしょ?」
「わかった」
「あたし、朝ご飯食べて来るわ。みんなはここで携帯食食べるんでしょ?」
「ここ以外にどこで食べるんですか?」
「向かいの露店」
「な……」
「あ?」
絶句するブルーとグリーン。
「昨日、様子見にきた人達がこっちを見ていたあの辺りからだと、こちらはどう見えるのかなと思って。あ、もちろん朝ご飯は普通に食べて来るね。大丈夫、身体壊す様なものが出たらわかるし、もし故意に悪いもの出して来る様だったら、あたし達を実力で排除しようとする連中がいるって証拠になるもの」
まあ、食べ物に何か細工すれば証拠が残っちゃうし、そんなあからさまなことはさすがにしないと思うけど。
「ああ、あとは急に襲われたら、そうねぇ……ま、何とかなるでしょ」
「何ともならねぇだろっ! 頭の外も中も桃色かお前はっ!」
「しっつれいねぇ。可憐な乙女の献身的潜入捜査と言ってくれていいんだから」
「僕も行く」
それまで黙っていたレッドちゃんが口を開いた。
「は?」
「危ないですよ?」
「えー、レッドちゃんが一緒なんて嬉しいわぁ」
「なに言ってんだよ、桃色頭!」
「そうですよね、狙われるかも知れないし、それにまともなものが食べられるとは思えません!」
「えー」
ちっちっち、とあたしは顔の前で人差し指を振った。
「狙うんなら寝ている夜のうちに来てるわよ。それに、帝国に比べて人が少ないといっても、一応ここ惑星の統轄事務局がある町よ。一番大きくて人が多いとこの真昼間、露店でご飯食べてる時に狙うわけがないじゃない」
「相手が過激派なら気にしないで狙うだろうよ」
「だったら昨夜のうちにホテルごと大爆発とかさせようとしてるんじゃない?」
ブルーとグリーンが言葉に詰まる。
「相手の動きわかる」
「もしかすると、昨日の監視者が近くに来るかも知れないし、ね」
溜息をつく野郎共。
「俺が一緒に行く」
「僕も行きますよ」
あれえ?
朝食デートがいつもの仲間達になっちゃった。残念。
「僕が食べられるものがあるんでしょうか……」
お坊っちゃまはレムルスに来て、数え切れなくなった溜息をまた一つ。
溜息も深呼吸と一緒で、体の空気を大きく入れ替えて健康に良いのよね。
これでいつものにこにこ笑顔が出れば、ストレス解消にもなるんだけど……それは無理そうね、やっぱり。
◆
あたし達はぞろぞろとホテルを出て、向かいの露店でテーブルを囲んだ。
「埃っぽい。汚れてる。椅子が硬い」
いちいちうっさい感想を呟くグリーン。
面倒が起きないように静かにしててとお願いしたので、眉根を寄せつつも、向かいのあたしにぎりぎり聞こえる位の声で、辺境の無情を嘆いている。
黙れというのはかわいそうなので、あたし達以外に聞こえないのなら許してあげる事にする。
あたしったらやっさしー。
「紙」
レッドちゃんは紙のメニューを珍しそうに、表裏と何回も返しながらしげしげと眺めている。
「モーニング」
最前線の戦闘地域も経験しているブルーが、あっさりと注文を決める。
メニューの一番上にあったから、そのまま読んだって感じ。
どれでも良いのなら、それが正しいとあたしも思う。あたしは頼まないけど。
「あたしはベーコンオムレツとトーストのセット、紅茶で。レッドちゃんどうする?」
「これ」
レッドちゃんはメニューの端っこのイラストを指差した。
あ、それ、単なるイメージイラストだから……。
もさもさと注文の朝食を食べるあたし達。
約一名が茹で玉子やトーストを四方八方から眺めてみたり、あたしに要求して手に入れた色々な試薬のスティックを珈琲に突っ込んでみたり、食事ではなく観察と分析みたいになっているが、それも許してあげる事にする。
愛の天使は心が広いのよぉ。
……いちいち突っ込むのが面倒だからでは断じて無いわ。
いつも通り『今日の天気は良いかしら?』とか、『今日は町の中心からぐるっとまわってみましょう』とか、『この
む?
何か悪い物食べた? ブルー。
……あ、わかった。
ブルーってば、周りに会話を聞かれた時に、疑われない様にしてるのね。
むう、ブルーのくせに気が利いてるわね。
隣に座っているレッドちゃんを見る。
「おいしいね」
棒読み……。
でもでも、レッドちゃんも朝の小粋な会話に参加してくれるだなんて。
何て素晴らしいの、レッドちゃん。
朝から愛の力がびんびんだわぁ。
「あ……みなさん、おはようございます」
なんだかんだでゆったりと朝食を楽しんでいたあたし達に、聞き覚えのある声が近づいて来た。
声の方を振り返ると、コーディーさんの笑顔が見える。
手には紙袋を持っている。
昨日は事務局の制服だったけど、今日はざっくりしたニットのワンピースにブーツを履いている。
くっ、豊かな胸部を魅力的に見せる私服ね。
でもでも、あたしの溢れ出る可愛らしさには及ばないはず、はず……。
「コーディーさんおはようございますぅ、お家近いんですか?」
「はい。雑貨屋に用があったので。皆さんもう出発されます?」
「昨日お約束していただいた時間でお願いします」
「わかりました。それでは後ほど」
グリーン顔負けのにこにこ笑顔で去っていくコーディーさん。
結局あたし達の朝食はつつがなく終了した。
あたし達のお部屋にカメラを取り付けた連中は、朝の爽やかなお天道様の下であたし達を襲撃したりはしなかった。
ブルーは安心した様な、物足りない様な顔で、めんどくせぇ相手だなと呟いていた。
こぉの、戦闘民族め。
ブルーにしてみれば、こそこそと裏で何かしている方がやっかいなんだろう。
正面切って襲って来てくれる方が分かりやすく、対処もし易いって感じかしら?
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