五、盗撮盗聴、そして第三の可能性

 あたしは一人でホテルのフロントから外を眺めていた。

 別に面白いものが見られる訳でも無いし、面白くないものが見られる訳でも無い。

 辺境とはいえそれなりに人は住んでいるし、町の眺めはそれなりに街っぽい。


 そういえば到着前にグリーンと話したけど、彼は辺境惑星に対してかなりの偏見というか、誤解というか、ずれたイメージを持っていた。


 曰く、宇宙生物が飛来し、住人が襲われる。

 曰く、電気が最小限しかなくて、ランプとか松明を使っている。

 曰く、水道の発達が遅れていて生水を飲むと危ない。

 曰く、住人同士が縄張り争いをしている。

 曰く、きんが出る。


 ……うーむ。

 ずれたというか、大間違いといった方が正しいかも知れない。


 宇宙生物が飛来する様な事があれば、流石に帝国軍が排除にあたるし、そんな場所にあたし達が派遣される筈がない。

 反乱分子なんかをちまちま探したりしないで、外敵ごと吹っ飛ばした方が効率が良い。


 電気は最低限の生活を送るのに必要。

 前に、薪を拾って火を起こす話をした事があったけれど、どうやらそれで勘違いをさせてしまったようだ。

 確かに、イレギュラーな作業をする余分な電力は無いけれど、普通の住人がそれなりの生活を送る分には充分な電力は確保出来ている。


 だいたいグリーンは最初、『ランプ』や『松明』という言葉を知らなくて、あたしが「こんな感じかな?」と言いながら描いたイメージを見て「そんな感じですかね」などと腑抜けた顔をしていたし。


 水道も電気と同様、人が生きるのに必要な設備だし、ちゃんと整備しないと、伝染病の温床になってしまう。

 第一お坊っちゃまなグリーンが生水を飲んでいる所を見た事が無い。

 あたしが外で紅茶や珈琲を淹れるときも、ミネラルウォーターを使っているかさりげなく確認しているようだし、気にする必要もないんじゃないかしら。


 縄張り争いに至っては、どうしてそんな発想が出たのか謎でしかない。

 内戦なり内紛なりは中央から懲罰の対象になる。


 最後のきんは、どうなのかしら……。

 廃坑とかが残っていれば、金鉱石の取りこぼしがあるかもしれないけど。

 帝国の資源探知能力は優れているから、夢の一攫千金はありえないんじゃないかしら。


 ……まあでも、夢はあるわよね。夢だけは。

 金に限らず万が一お宝が出た場合、どう考えても中央に没取されて終了でしょうけど。


 故郷のヴェルナを出てからそんなに経っていないけれど、よく似た風景を見ていると懐かしい感じ。

 子供が走ってたり、買い物客が行き交っていたり、道端で串焼きを売っていたり……。


 ……ん?

 ふと道路を挟んだ向こう側、オシャレに言うとテラスカフェ、実際は違法座席を備えた露天に座って、こちらを窺っていた男性と目が合った。


 推定年齢二〇代半ばから後半。

 黒い髪に黒い瞳。

 顔立ちは至っては普通。


「やほーやほー」

 軽く手を振ってみる。

 あ、顔を背けられた。

 可愛いあたしに手を振られて顔を背けるとは……怪しい。

 銀河的美女の魅力に屈しないなんて、おかしいに決まってる。


 ともあれあたしが気がついたんだから、警戒警報ばんばん状態のブルーは気がついてる筈。

 だとすると、既に素性はわかってるだろうし、あたしはのんびりあたし流に過ごせば良いわよね。


 ぴぴぴぴぴ……


 手許の通信機が鳴った。

「はいはーい。銀河的美女、ぴんくちゃんでーす」

『僕です。部屋に戻って下さい』

「了解でーす」


 あたしは再度、道路の向こうに視線を巡らす。

 謎の彼はそのまま座っている。

 その視線は……上。

 ……うん、あたし達の部屋の窓ね。


     ◆


 部屋に戻ると机の上に小さな機械が一〇個置いてあった。

「盗聴器とカメラだな」

「何て事をっ! あたしの可愛らしい姿や声を盗撮盗聴しようだなんてっ!」

「問題はそこじゃないかと思いますが……」


「わあってるわよ。でも、今ここにあるって事は、部屋に入った時からあったんでしょ? で、あたしが辺境惑星の事を一節ぶってる間に注意しなかったって事は、対処出来てたんでしょ?」

「ええ、こんな事もあるかと思ったレッドさんが、宇宙港から無線や電波にジャミングをかけていたそうで、相手には何も伝わっていません」


「これが無反応なのを気にして、わざわざ様子見においでになった連中が三人いた」

 ブルーが端末を見せてくれる。

 ふむ、あたしが見た相手の他に、二人いたのね。


「妨害された事をどうとるかはわからねぇが、こんなもんレッドじゃなくても感知出来るからな。逆に中央から来た人間の行動があっさりわかる訳がねぇ」

「排除しない方が不自然ですよね」


「問題は誰が仕掛けたか、ね。デュフォンさん達だと思う人手を挙げて」

 ブルーの目つきがぶっ殺す系になり、グリーンはにこにこ笑っている。

 レッドちゃんはぼんやりベッドでごろごろ……あたしの予想通り、誰も手は挙げない。


「やっぱり反乱分子さん達がつけたと思う人は?」

 レッドちゃんが律儀に素早く手を挙げてくれた。

 やぁん、ちゃんと答えてくれるなんてすってきぃ。

 ブルーはわかりきってるだろとか何とか呟き、グリーンはうんうんと頷いている。


「ふむ、よろしい。ブルーとグリーンは挙手しなかったので、第三の可能性に投票って事で」

「ちょっと待て、何だその第三の可能性って」


「宇宙港でぴんくちゃんを見かけたダンディなおじさまが、あたしのあまりにも気高く美しく可愛らしく可憐かつ優美な様子に心を打たれて、ついついやっちゃったという可能性です」

「ねぇよっ!」


 叫ぶブルー。

 にこにこしながら首を傾げて手を横に振るグリーン。

「なるほど」

 小さく呟くレッドちゃん。


 いやん、やっぱり?

 その可能性を認めてくれるレッドちゃんは、やっぱりあたしとラブラブなのねぇ。

 あ、もう一つ重要な可能性があったわ。


「一応四番目の可能性は、宇宙港でレッドちゃんを見かけた麗しのマッダームが、そのあまりにも凛々しく素敵な様子に一目惚れして、ついついやっちゃった場合。この場合の犯人は、あたしが全力をもって駆逐するわ」

「ええと、三番目と四番目は除外して良いかと思いますが……。実際の所はやはり反乱集団がやったんでしょうね」

「俺も同意だ。これを囮に何とか出来れば話は早いんだが、相手が何人いるのかわからないのが痛いな」


「設置するにはそれなりの知識が必要ですけど、そんなに難しくは無いでしょうしね。僕達が宇宙港に着いて、統轄と話している間に、泊まりそうなホテルに設置したんでしょう。ホテルもそんなにありませんし」

「中央からの人が泊まれるホテルは少ないわ。それ以前に宿泊施設の絶対数が少ないけど」


「ホテルの人間も一枚噛んでるのか?」

「それはどうかしら。ブルーはセキュリティがちがちの中央やその周辺と、最前線の野宿しか知らないでしょ?」

「そうだが?」


「辺境の人間がホテルに泊まる理由は、田舎から町のお友達の所に遊びに来たり、レジャーを兼ねた遠出のお買い物だったり、海が見たくなったりした時なのよ。たいしたものは持ち歩かないし、セキュリティもゆるゆるなのよ。このホテルも、裏から屋上に上がって、非常階段から侵入とかあっさり出来ると思うわ。部屋のカードキーも単純だし、何でこんな物がついてるんだと思う?」


 あたしはドアの前に立って、とんとんと指で内鍵をつついた。

 いわゆる掛け金というやつで、中から引っ掛けるタイプが縦に二つ付いている。


「それ、何ですか?」

 うあ、この人達、物理的な掛け金を知らないらしい。


「原始的な鍵よ。こうやると、ほら、ドアが開かなくなったでしょ? もしカードキーが複製されたり盗まれたりしても、中にいてこれを掛けておけば、普通の腕力の持ち主では開けられないの……あ、そこで胡散臭い目付きをしているブルーが押し開けたらとかの可能性は言わないでね。想定外だし。大体、のんびりした辺境のホテルで襲撃されるって事は先ず無いんだから」

 ドアをぶち破って「使えねぇ」と言いかねない不満顔のブルーに釘をさす。


「何れにしても、今出来る事はあまり無さそうですね。交代で睡眠を取りましょう」

 あたし達はお船から持って来た携帯食パックで夕食を取り、交代で寝る事にした。

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