一、この出会いは運命、そして愛よさようなら

「ふおおおおおお……」


 あたしの口からどうしようもない声というか、ため息というか、あたし自身訳のわからない音が出た。


 初めて見た帝国首都の建物は、無駄に高く、無駄に大きく、無駄に快適な空間だった。

 あたしの住んでいる辺境惑星とは大違い。

 こんな凄いとこに住んでる人もいるんだね……無駄にアレなとこが多いけど。


 太陽系の端っこの辺境惑星、というか小惑星群の中の一つからいきなり連れ出された理由は全くわからない。

 説明を求めたんだけど、返事は殺意のこもってそうな視線だけだった。


 ……そりゃそうよね、帝国の軍人様が辺境小惑星なんぞに転がっている、ドロップアウト組の民間人を随行する仕事なんか命じられて腐らないはず無いし。


 とにかく、理由も不明、滞在期間も不明、誰が呼んだのかも不明のまんま、あたしは帝国首都のアルカイックに連れて来られて、当然初めて見る建物の一室にぶち込まれ、愛想だけは良いお嬢さんに無言で炭酸水と思しき物を出されて二時間ちょっと放置されている。


 最初は動いたら警備員だか軍人だかが出てきて捕まっちゃうかもなんて考えて大人しくしてたんだけど、いい加減飽きちゃったし、窓から外を何回も見たりして時間を潰している。


「このまま忘れさられたらどーしよー」


     ◆


 安全かつ、平和に脱出する方法を数十回シミュレーションして、全てが不成功に終わるという悲しい妄想を展開していると、やっと部屋のドアが開いた。


「お待たせしましたね。ドクターファラウ」


 ドアから入ってきたのは二〇歳を超えたくらいの軍服を着た女性と、一〇歳位の素敵な男性、二〇歳前位の男性二人の四人組だった。


 一対四……数で考えたら確実に負ける。

 それ以前に、あたしの戦闘能力だと、一対一でももれなく負ける。

 断言した上に、何を賭けたっていい。負ける、激しく、痛烈に、確実に、絶対に。


 もろ好みの彼は赤い髪に赤い瞳。

 一四歳のあたしより年下だけど、軍に所属しているエリートさんみたいだし、恋に歳の差なんて関係ないよねっ。八歳過ぎたら成人だし。大人同士の関係だもんね。


 おまけの二人は、青いのと緑の。

 青は粗野な感じだし、緑はなんか頼りなさそう。

 ……あたしの好みではないな。女性は……どうでもいいや。


 なんて、とりとめなく考えながら、さりげなく赤の彼を観察していると、どうでもいい彼女が口を開いた。


「私はアポロニア情報律令省中佐アイディス。今日は今後ドクターが所属するチームメンバーとの合流を見届ける任務でここにいる。今後、ドクターと会う事は無いと思われるがしばしの間よろしく頼む。取り急ぎ現在の状況を説明しよう。質問は最後にするように」


 年長の中佐様は入ってくるなりいきなりまくしたてて、あたしの質問は受け付けないらしい。

 中佐の後ろの素敵な推定一〇歳の男性がいなかったら、思いっきり「なんでー?」とか言ってる。言いたい。


 でも、素敵な男性の前であわてても可愛くないので我慢する。実に可愛いあたし。


「情報律令省では現在いくつかの小チームを作成し、各チームごとに様々な任務を遂行している。その際、必要とされるメンバーを外部よりピックアップしているのだが、今回、ドクターには上等兵の地位を与え、こちらのリーヴァン少佐のチームに合流して貰う事が決定した。以後、帝国の為、職務に一層の精進を敢行する様に。以上」


 ………。

 しばし沈黙。


 と、いきなり中佐は部屋を出て行ってしまった。高速で。止める間も無く。


 ………。

 質問受付、無かったなー。

 なんだかいたたまれない沈黙の中に佇む、あたしと彼とおまけ二人。


 ………。

 誰も口を開かない。


 ここであたしが質問をするのも、ちょっと気がひける。

 だいたい、呼び出しっていうか、いきなり強制的にここに連れてきたのは軍の人で、説明責任はあたし以外にあるんだから、彼かおまけのどっちかが話を始めないとだめでしょ。


 ………!

 ま、まさかあたしの可愛さに、恋に落ちちゃって、声も出ないとか? 出ないとか?


 うん。ありえる。

 可愛さって罪よね……。


「じゃあ、まあ、行きましょうか」と、緑。

「行くって、何処によ? あたしをどこに連れてく気? 何なの? あたし以外に何でもわかっちゃってるの?」


 緑はちょっとびっくりした顔になった。

「リーヴァン少佐、ご説明いただいてよろしいでしょうか? 貴方がリーダーですから」

 緑が赤い髪の彼に声をかけた。


「中尉。説明、続けて」

 ここで初めて彼が口を開いた、と思ったら、ふたことで終了。


「ドクターは何もきいていらっしゃらない?」

 続ける緑に、こくこくと頷くあたし。

 やっと話が進みそうなので、赤い瞳の彼が説明してくれないという事への不満はいったん納める事にした。


「私達はチームです。四人で帝国の簡単な仕事をこなします。チームリーダーはこちらのリーヴァン少佐。正確には、少佐の為のプロジェクトであり、我々三人がそれをサポートします。少佐の外部実践経験を積む為に編成されました」


「んんー、つまり、この彼の為に頑張ればいいのねっ!」

 あたしは俄然燃え上がった。心が燃えたし萌えた。


 戦いの中、あたしと彼の間に生まれる愛。

 そして犠牲にならんとするおまけ達の窮地をあたしの素晴らしい手腕で防ぎ止め、深まる二人の絆!


 そう!

 エンディングはあたしと彼の結婚式ぃ!


「宜しくねっ! あたしマナよ。マナ・ファラウ。愛の妖精、白衣の天使、命の守護者のドクターよっ。小さな怪我から瀕死まで、あたしにお任せしてねっ」


「それはそれは、頼りになるお言葉ありがとうございます。僕はラウル・ルーディス中尉、メカニックをしています。チームの使用する機器類は大きな物は宇宙船から、小さな物はナノマシンまで引き受けますよ」


 緑の顔には張り付いたような笑顔、芝居の様に片手を上げて挨拶。ぺこり。

 人に接する事に慣れている様子。


 ビジネスライクな笑顔と挨拶だけれど、挨拶は大事よね。

 人と人の架け橋だわっ!

 あたしもぺこりと頭を下げる。


「ジン・グラント軍曹、コマンダーだ。戦闘を全て引き受ける。貴様の上官になる。死ぬ気で付いて来い」

 偉そうに言い放つ青。


「えー、やだぁ」

「貴様、いきなり規律違反か? その無駄に良く回る舌を引っこ抜くぞ!」


「まあまあ、グラント軍曹。軍に所属していなかった方に厳しくされてもお互い良い結果が出せませんよ」

「そうよ、良いこと言ったわ」

「貴様……」


 青の視線が痛い。

 けど、あたしには関係無いもんね。

 あたしは愛に生きるのよ。


「二人の事は大体わかったわ。宜しくね。で、彼の下の名前は? 何リーヴァン少佐なの? お仕事は? 好みの女の子のタイプは? 付き合っている女の子はいる? あたしの第一印象は?」


 緑の後ろで穏やかに佇んでいる彼の横に回り込みつつ質問するあたし。

 すすすっと彼との間に割り込む緑。


 ……なにこいつ気が利かなーい。


「あ、それから勘違いされている恐れがあるのでお伝えしますが、少佐は彼ではなく……『彼女』です」

 何だそんな事、あたし達の愛には障害なんて……って……え?


 お、女ぁーっ?

「ぐっばい、まいらぶ……」


 あたしは深く深く落ち込んだ。

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