九、相手からの接触、単刀直入な質問の狙いは何?

 ――レムルス二回目の朝。


 元気いっぱい、体調良好、今日も一日頑張るぞー。

 ……って、何故か緑と青がちょっとやつれ気味な表情で、宇宙怪物でも見るような視線をあたしに向けて来ているけど、そんなことは気にしない。

 だいたいきみたちは便利な道具にいつも頼りすぎているからそうなるのです。


 あたしなんか中央に呼ばれてからも、待機の日は普通に寝てたもんね。

 帝国から支給されたお部屋に、睡眠カプセルとベッドが並んでいる状態で、ちょーっと邪魔だったけど、もし追い返されたらどっちもお持ち帰りする予定だったし。


「今日は郊外にドライブするんでしょ? お弁当持って、ピクニックぅ!」

「違う」

「簡易食パックの方がお弁当よりも安全だと思いますよ」


 おや?

 皮肉っぽいことも言えるだなんて、緑もそれなりに立ち直っている様子。


 いつのまに用意したのか知らないけど、グリーンがベッドの上にこれでもかという程の荷物を広げている。

 保温毛布、熱反射シート、食品パック、ミネラルウォーターパック、超小型水質浄化装置、救援キット、簡易医療キット、移動用衝撃吸収ベスト、などなどなど。

 ……って、おーい!


「ちょっとぉ! ぴんくちゃんバカにしてんのぉ? 何で簡易医療キットがあるのよぉ。あたしも同じの持ってるんだからいらないでしょう?」

「もし、病原菌の入った物を飲食して、ピンクさんが倒れたら困るじゃないですか。ピンクさんの医療セットには、毒物も入ってますよね。間違って僕達が使ったら困ります」


「毒物って言うのは心外だわ。使いようによっては『毒に変化することもある薬品』と言っていただきたいわね」

「……毒じゃねーか」


「違うわよ! 専門知識により有効利用出来る薬品よ。それ以前に、何であたしがおかしなものを食べたり飲んだりするのが前提になってるのよ。あたしそんなに意地汚くないわよ、しっつれーね」

「そうではなくて、僕達を伺っている相手が、飲食物に何かを混入して、それによってピンクさんが倒れたらという心配をしているんです。医療のプロのピンクさんが、自ら失敗するとは言ってませんし、思ってもいません」


「俺からすれば、桃色頭は何でも気にせず食べている様に見えるがな。毒味役としてちょうどいいから放っとけとグリーンには言ったんだが……念の為自分で管理出来る医療セットを持っておきたいんだと。朝からわざわざ宇宙船ふねまで取りに行ったんだぜ、こいつ」

「はぁ? 可愛いぴんくちゃんを毒味係扱いするなんて、しっつれーね! 言っておくけど、育ちが違うんだから、あたしが飲んで平気な生水でも、グリーンは水当りするかも知れないでしょ? あんまり役には立たないわよ」


 あたしの言葉にグリーンの顔が、どよーんと暗くなる。

 あ、ちょっと失敗したかも。この惑星ほしにいる限りあたしの顔『これ美味しいわよね、食べてみて』みたいな声かけは信じて貰えなそう。


「まあ、それはそれとして、それどうやって運ぶの? 多すぎない?」

 ベッドの上半分に、広がるお坊っちゃまの最低限装備。

 グリーンは手慣れた様子で、毛布やベストを圧縮パッキングしたり、ザックに積み木みたいに荷物をきっちり詰め込んだりしている。


「車に乗せられるくらいにまとめます」

 その車を爆破されたりしたらどうするの?……と口に出しかけて、ぐっと止める。

 余計な事を言うと、さらにその先を心配して、最後には宇宙船おふねで移動しましょうとか言いかねない。


「皆んなはここでご飯食べるんでしょ? あたし向かいで食べてくるね。可愛いぴんくちゃんに危害を加えそうな人がいたら、こっから即座に狙撃してちょうだい、麻酔で。レッドちゃんは行く?」

 ふるふると首を横に振りつつ、固形食を食べているレッドちゃん。

 どうやらホテルのお外の偵察は一日で充分らしい。


「狙撃ついでにその桃色頭も吹っ飛ぶかも知れないから、先に謝っとくべきか?」

「ばっからしいわ。ブルーが目標を外す筈が無いじゃない。そこんとこは信じてるんだからよろしくね。もし吹っ飛んだら、それは故意以外無いでしょうよ」


 ふっふーん、と笑うあたしから目を逸らして、ブルーが舌打ちした。

 一応、あたしは仲間を信頼しているのよ、うん。


     ◆


 グリーンが言うところの、埃っぽくて汚れている露天のテラス席に陣取ると、部屋の窓からレッドちゃんがぱたぱたと手を振っていた。

 振り返したいけれど、あたしが見張られていた場合、よろしくないので心の中で『届けあたしの愛』と念じる事にする。


 すっとレッドちゃんが見えなくなって、青いのがこっちを伺っているのがわかった。

 何か、見守られているっていうより、あたしが狙撃されそうな感じ。

 もうちょっとあの目付きを何とか出来ないものか。


 ふっと目の前に影が射す。

「おはようございます」

 顔を向けると、昨日見たリレイさんの連れ、茶色の彼が座っていた。


「おはようございます」

 これは、もしかして、刹那の出会いをした銀河絶対可憐優美なあたしの姿に一目惚れという展開?

 でもだめよ、あたしには運命の相手、レッドちゃんがいるんだからっ!


「お仕事ご苦労様です。私はレムルス商業担当長をしているトルク・マイアスと言います。昨日ちょっと貴方をお見かけして、声をかけさせていただいたのですが、今お時間大丈夫でしょうか?」

「いえいえー。えーっと、コーディーさんのお友達さんと一緒にいた人ですよね。あたしに何か用ですか?」


 彼は一瞬躊躇うように視線を彷徨わせてから、あたしをじっと見つめて口を開いた。

「あなたは同じ防衛惑星出身だと聞きました。同じ境遇にある者同士、我々の気持ちについては理解頂けるものと思い、単刀直入にお聞きします。この惑星ほしに何をしに来たのか……教えてくれませんか?」


 ……どうやら、一目惚れではないっぽい。

 なーんだー。


 あたしも医者として、心理学にもちょっと通じている。

 好意を持った態度と、そうじゃないの位はわかる。

 彼が何をたくらんでいるのかは知らないけど、何か聞き出すならあたしが一番与し易いと踏んだっぽい。


 しかも直球で聞いても大丈夫な扱いで。

 うん、まあ、それ、大正解だけど。


「防衛惑星の視察です。古くなった施設や悪くなった物などがあれば、必要に応じて整理する事になってるんですぅ。田舎だとどうしても物資や人員が不足しがちで、そういう作業に手が回らないじゃないですか。もしそれで事故とかあったら困りますもんね」


 マイアスさんの目付きがちょっと悪くなった。

 あー、うん……あたしが建前でしゃべってるなーんてコト、どう考えてもわかっちゃうわよね。

 でも、ごめんね。あたしを見つめてるはずのあっちの青っぽい狙撃者の視線の方が、あなたよりも脅威だから。


「本当の事を話してくれませんか? あなたは知っている筈だ。辺境に中央の人間が来る事は滅多にないし、中央からすれば、辺境惑星の人間が滅亡しようが、星そのものが消滅しようが、何の問題も無い事を。私達の不安はわかるでしょう?」

「それはわかるんですけど、あたしの知っているのはさっき言った事だけなんです。施設や機器の老朽化の基準も、専門外だからわからないし、あたしに求められているのは、チームメンバーの傷病の治療なんですよ。あたしも中央所属になるまでは、中央のやり方をぼんやりとしか理解してなかったんですけど、ほんっとうに専門の仕事のみを特化してやれって言われるんですぅ」


「でもチームなんですから、打ち合わせとか情報伝達とかしますよね」

「それなんですけどぉ……」

 あたしはぴっと指を立てて、マイアスさんの目を見つめる。と。


 ぴぴぴぴぴ……


「ちょっと失礼します」

 手許で鳴った通信機を見ると、小さなモニターにレッドちゃんが映っていて、うんうんと頷いている。

 ……何だろ、この仕草?

 えーと、もしかして……あたしの愛の力で判読するしかない?


 うーんと、あーっと……多分……そう、わかったわ!

 このまま『ごーっ』て事ねっ!

 もし違ったら……いえ、あたしの愛の力が間違えるはずが無いわっ!


「すみません、ご用が出来ましたか?」

「いえいえー、大丈夫です。まだ時間があるからゆっくりどうぞって事でした」


 よし、こっから更にあたしの実力を発揮しちゃうわよー。

 レッドちゃんの期待に答えちゃうんだから。


「お話、中断して失礼しました。えっと、あたし達の状況がどうなっているかお知りになりたいんですよね。あたしも故郷にいた時に中央から人が来たら絶対お話を聞こうとしますもん」

「ご理解いただき助かります」


「でも、ですねぇ、あたしある意味仲間外れなんですぅ。部屋にいる三人は生粋の中央育ちで、あたしが中央に所属する前からチームだったそうなんです。だから、三人の中にドクターが組み込まれただけで、お仕事の遂行は三人でやっちゃうんです。彼らにとってドクターは、体に不調が出なければ居なくてもいいんですもん。保険ってやつですよね。だから、一人で故郷に似てて落ち着く朝ご飯を食べているんだし、今頃今日の行き先をあれこれ話してるんじゃないかしら。あたしが聞いているのは、今日は郊外を視察するって事だけです」


 繰り出される秘儀『にっこり』。

 実際、詳しい事聞くの面倒だから知らないんだけどね。

 あの人達、なんだかんだ言って遅寝早起きで、あたしの知らない間に打ち合わせ終わってたりするし。


 レッドちゃんに至っては「僕脳波。変える。短時間。間。寝れる」と健康診断の時に教えてくれた位で、体が動いてなければ、脳波を自分で制御して、睡眠状態を秒単位で取得し積み上げて休めると人間外な宣言をしてたし。

 それを初めて聞いたとき、実はレッドちゃんはぼーっとするのが好きなんじゃなくて、いつものアレが通常運転の休息だったってことを理解してびっくりしたもん。

 ……やっぱりネットランナーって、人智を超えちゃってるわよね。


「そうですか……」

 マイアスさんは視線を伏せて、少し考えている様だった。


 あたしに話せば当然レッドちゃん達には知れてしまう。

 だから、どこまで話せるかを考えているんだろう。

 今迄あたしに話してきた程度のことなら、辺境の住人なら当たり前に考える内容だから問題無い。

 ……でも、それ以上のことがもしあるのだとしたら。


「では、あなたを信じてお願いがあります。もしも、視察以外、私達住民に危険が及ぶ様な事になるようでしたら、教えていただけませんか? 古い設備を撤去したり、荒野や海で実験したり、状態が変化するのは私達にとって脅威なんです」

 ふむぅ……。

 まあ、これもそんなにおかしくはない話よね。


「わかりました。連絡先教えていただけます?」

 レッドちゃんに聞けば即わかるけれど、あたし達の出来る事をオープンにするのはまずい事位あたしにもわかる。えっへん。


     ◆


「たっだいまー。ねぇねぇ、何の話してたか知りたいぃ?」

 部屋に戻ってしゅぱっと元気に手を上げたあたし。


「いらん、知ってる」

「えー?」

「盗聴させていただいてました。相手の方のデータも全部取れてます。僕達で彼らの狙いをいくつか検討しました」


「がーん。あたし頑張ったのに」

「大した事聞けてねぇけどな」

「青は死ね」


 あたしが青を罵倒すると、そっとレッドちゃんが近づいて来て、頭を撫でてくれた。

「きゃー!」

「うっせぇ!」


「助かりますよ。向こうから攻めて来ない相手ですから、少しでも考える材料が出て来るのはありがたいです。しかも、相手はピンクさんをそれなりに信頼出来る相手と認識して接触して来ている。今後は色々な手段が取れますよ」


 かなり立ち直ったらしい緑にお得意の営業スマイルが戻っている。

 うんうん、良かったわね。

 ……でもまあ、今日はまた新たな試練があなたを襲うことになるんだけども。

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