第2話 放送

クラスの中で誰かが言った『職業の確認をしよう』という言葉にそれとなく全員が従い、一人一人順番に自分の職業を言っていく。

これがいつもの日常なら、順番にならずに煩くなるはずだ。それが、こんなにも静かな状況で行われるのは、やはり今先の金沢と若原のことがあったせいか。

まあ、一部の人間はそんなことを気にしていない人間もいるが。そんなことを考えていると、いつの間にか全員の職業が確認出来ていた。

ちなみに、レベルも全員言っていく過程で、レベル1の人間も居たら、俺みたいに上がっている人間もいた。


このクラスでの最高レベルは48。


山井 三奈のお気楽屋だった。そんな感じしてるけどな。

俺にとっては興味の対象外だ。面白い、というより変といった方がしっくりくるこのクラス一の変人。

変だからといって面白いわけじゃないので見る必要は無いな。


なんとなく思考がズレてしまったが、クラスでの話す内容はこれからについてだ。確かに、なにも決まってない状態では、動きたくても動けない。


誰も意見が出ないまま、時間がすぎる。


そんな時、放送が鳴った。

クラスの殆どの奴らがビクッと反応し、放送に耳をすませる。


『こーんにーちはー!西響高校二年四組の皆さーん。そして、岩本 心火さん!おめでとう!が日本全国の中で初めての職業のレベルアップした人だよ!それを祝して心火さんに新しいスキルと職業をプレゼント!やったね!じゃあ、二年四組の皆、協力して頑張ってね!』


放送がなり終わるとやはり、岩本に話しかけている奴がいた。

職業が何になったのか聞きに行ったようだ。岩本は嫌そうな、困ったような顔になりながら答えた。薬師、という職業らしい。何故嫌そうなのかは、今ここで薬になりそうなものがないから、だそう。確かに教室内では役に立ちそうな職業ではないな。


「これから、どうすればいいんだろう……」


クラスの中の誰かが言う。


静かな教室内にその声はよく響いた。言った奴は分からないが、殆どの奴は考え込んでしまった。そして、また話し声がそこら中から聞こえてくる。チラリと岩本の方を見ると机に突っ伏して眠っているようだった。考える気がないのだろうか。なんとなく、そう思うがすぐに違うな、と思い返す。考える気がないのではなく、考えても分かるわけがないのだ。これからのことなんて。今までの常識は通じなくなっているわけなのだから。なら、眠ろう。気を張り詰めていても疲れるだけだ。何に気を使えば良いのか分からないのなら、眠ってしまおう。


そう考えながら机に突っ伏して、目を閉じる。

そのまま、意識がゆっくりと沈んでいく。


そう感じている時、目の前にウィンドウが出現してきた。


《番組が放送されています。閲覧しますか?》


は?いきなり、なんだ? 言っている意味がわからず、取り敢えず『はい』と頷いてみる。そうすると、ふわりと体が浮かんだような錯覚に陥り、気付いたら目の前に巨体な掲示板のようなものがあった。そこには、変な名前や、言葉が並べてある。例えば『童貞男がずっと喋るだけ:DTクルベ』や『小学生が挑戦する〇〇:りんご』など。名前が変なのはここでの日常なのだろうか。すると、ピックアップみたいな感じで目の前に一人の女の子が喋っている映像が出てきた。上に『永久 深化のgdgd TV』と書かれている。俺は、女の子の顔を見て、画面に手を伸ばすと、掲示板が消えた。その代わり画面が全面になり、笑顔動画のようにコメントが流れている。


そして、今先と違うのは音声が流れていること。


『え?自分が好きなもの?甘いものかな。でも甘すぎるのはダメ、絶対。何事も程々が一番だと思うんだよね。あ、一人増えた。いらっしゃい。良ければコメントなんかを残していってね。リクエスト、質問なんかでもいいよ。じゃあ、次は……』


画面の中で喋っている女の子の顔が岩本にどことなく似ているものの、こんな喋り方で、こんなに喋るとは思っていなかった。岩本かもしれないが、そうではないかもしれない。なんて考えながら見ているとステージが変わる。中で映っている女の子の服装もいつの間にか変わっていた。何が起きるのか、少し楽しみにしながら音楽が鳴り始める。何が始まるのか、少しドキドキしつつ見ていると、ダンスを踊り始めた。外見からして、綺麗で優雅なダンスなのかと思っていたら全然違う。元気いっぱいで、可愛い、という感じだ。たまにあるウィンクやピースが可愛らしくて、つい頬が緩んでしまう。俺は、心の中で小さく呟く……可愛い、と。その瞬間画面に可愛い、という文字が流れていった。なっ……これは、もしかして、笑顔動画の生放送のようなものなのか……?そんな事実に驚いていると、コメントが何故か荒れていく。醜女やら、不細工やら、なんとも酷い言葉が流れていた。その中で一つ、そんな言葉に反対するようなコメントがあった。


『なんでだよ!精一杯踊ってて可愛いだろーが!』


そのコメントをきっかけに、次々と永久さんを擁護するようなコメントが増えていく。永久さんのダンスが終わる頃には、アンチが全員謝罪をしているところだった。


『あら?コメントが荒れてるから止めようと思っていたけれど、全然荒れていないわね。んー?なるほどなるほど……。FP-02さんが自分にコメントをくれて、LG-92さんが一人で荒らしてたのね。それを、FP-07さんがきっかけになって抑えてくれたみたいうん。可愛いって言ってくれたFP-02さんありがとう。FP-07さんは勇気を持って発言してくれてありがとうございます。いつも見てくれているよね?それと、コメントも残していってくれてるし。本当にありがとう。これからも、よろしくね!』


本当に嬉しそうな顔でお礼を言う永久さんに、コメントが流れる。



俺も見てるよ、私もいつもいるよー、僕を忘れないで、など。永久さんは少し驚いたような顔を一瞬だけ見せたあと、満面の笑みを向けてくれた。


が、俺はそれよりも気になることがあった。今先の永久さんの発言の中で、分からない言葉が出てきたのだ。『FP-02』これは、なんのことだろうか。心の中で呟き、同じような言葉が画面にコメントとして流れていく。それを見た永久さんは少し悩んだ素振りを見せたあと、きちんと教えてくれた。


『えーっと、FP-02について、か……なるほど。君は初心者なんだね?いや、日本が変わってしまったあとにようやくここの存在を認知した人なんだ。なるほど。今まで初心者が自分の放送を見ることなんて考えてなかったからね……この際だ。長く見てくれているFP-07さんたちに確認問題として聞いてみよう!さぁ!FP-02、これはなんだったかな?』


永久さんがそう聞くと、コメントが色々と発言していく。


なんだっけ?

忘れちまったわ……。

うわぁ、なんだっけ!?

ほら、あれだよ、あれ!

IDじゃなかったか?

←それだ!

↑それだ!

←それだ!

←それだ!

↑それだ!

IDだけじゃ、説明不足じゃね?

←じゃあ、教えてくれよ。

いや、忘れたけど。

全く、ダメだなぁ。

←うるせぇ。

頭の中に埋め込まれてるんじゃなかった?

←違うだろ?

←そんな物騒なモンじゃなかったような……。

人によって長さが違うって聞いたぞ?

なんだっけ。

忘れちゃってるよなぁ。

半年も前だしなぁ。

もー。

わかんねぇー。

教えてー。


まとめるとこんな感じになるのだろう。まとめてみたが、そこまでまとまっていないのが少し悲しいところではあるな。だが、永久さんは嬉しそうに頷いて説明を始めてくれた。


『まあ、色々と説明が足りないけれど、ID、という答えであってるよ。このIDというのはね、日本国民全員に与えられるものみたい。でも、一番最初からあるわけじゃない。意味が分からないよね?このIDを取得するためには、なにかの番組を見ないといけないんだ。番組表を見るだけじゃダメ。番組を見ることによってIDというものが自分自身の体の中に刻まれることになっているんだって。それが、本当かどうかなんて私には分からないからね。らしい、みたいな話し方になっちゃうの。ごめんね。さて、話を戻そう。FP-02の、Fって、なにか覚えてる?』


笑顔で質問してくる永久さんに見ている人たちはコメントで意見を述べていく。大量に流れるから、その一部分しか見ることは出来ないが、流し読む。


なんだっけ?

最初の何かだよ

覚えてないわ

番組の……

忘れた

昔のことなんて覚えてない

記憶にないわー

知らん

チャンネル

意味わかんね

早く教えてよー

意地悪はダメ

誰か覚えてないの

あー、思い出しそう

むりだわ

あきらめ

教えてー

ほら、チャンネルの!

なんだっけ??

スライドがなんとか

ていうか、歌ってー

踊って欲しい

今度譜面送るからしてよ

音源送るから振り付けしてー

チャンネルだよね?

録画したヤツ投稿してよー

お願いー

教えてー

だめ?

まだー?

ねぇねぇー

最初に見たチャンネルの番号的な?

チャンネルの文字ー


などなど。話している内容はまだあったが読み切れなかった。永久さんは笑顔で説明をしてくれた。


『ふふふっ……ちょっとは覚えている人がいるみたい。半年も前の事だから皆忘れてると思ってたよ!じゃあ、もう全部まとめて説明していくね。FP-02のF。これは最初にみた番組がやっているチャンネルの記号。まあ、記号って言ってもA~Zのアルファベットなんだけど。現在はHまでチャンネルが開いてるんだ。そして、FP-02のP。これはこの番組を示す記号だよ。これもチャンネルと同じようにA~Zまであるの。それで、最後の02。これは本当に適当なの。順番じゃないなんて不思議だよね。その理由は自分には分からないけどさ。まあ、でもFP-02さんは自分の番組が最初に見てくれたのかと考えるととっても嬉しいな』


そう言ってふにゃりと永久さんが笑う。内心、俺はほっこりしていた。コメントも暖かいコメントが流れていく。その中に、なんでこの機能は最近追加されたばかりなのに、ほかの人たちもそうだけど使い方がわかってるの。というコメントが流れていた。確かに。言われてみれば何故永久さんや他の人たちはこんなにも使い方を知っているのだろう。おかしな話じゃないか。この機能は、ついさっき追加されたはずなのに。一体、何故。


『んー、そろそろ時間だね。初心者さんはお気に入り登録してくれると嬉しいな。えっと、お気に入り登録っていうのは、登録された番組が始まると自動的にウインドウに通知が行くみたい。どんな仕組みかは全くわからないけどね。えっと、場所はこの辺りかな?』


そう言って永久さんが指さすところには星のマークが浮かんでいた。そこを見つめていると、目の前にお気に入り登録しますか、と出てくる。俺が小さく頷くと登録しました、と出て消えていった。どうやら、これで本当に登録出来たらしい。


『じゃあ、最後の質問に答えて今日は終わりにしようかな。えーっと。なんで番組の仕組みを知っている人がいるのか、この機能は閉じ込められて追加されたのではないのか、かぁ。なるほど。これは説明してなかったね。ここにいる人たちで、一時期掲示板やTwitterを騒がれていたこと、知ってるかな……?一部の人たちが、ウィンドウが見えるようになった、とか。スキルというものが使えるようになった、とか。目を閉じたら、笑顔動画のようなものが見れるようになった、とか。かなり騒がれていたんだけど、知ってるかな……?』


そこで、コメントが二つの回答に分かれる。知っている、という人と、知らない、という人だ。ここでは圧倒的に知っている、と答えた人が多かった。俺は当然知らない人側だが。コメントを見て永久さんは説明を始めた。


『やっぱり知らない人もいるね。じゃあ説明していこうか! まず、ステータスなどが見れるようになった、ととある掲示板に書き込まれたのが三ヵ月前。でもその時は職業だけしか見えなかった。その日の夜。また掲示板に見えるようになったという人が現れた。その人は職業だけじゃなく、スキルも見えるようになったみたいね。でも、2人だけなら嘘乙、で済まされたんだけど、呟くところや、その掲示板に続々と見れるようになった、という人が現れた。その時に、この笑顔動画のような配信が見れるって人がいたらしいんだよ。その噂も広まっていって、見れる人が増えた。私もその時見れるようになった1人だしね。でも私は気付いたら配信する側になっていたんだけど。まあ、私の話はまた今度にしよう。てなわけで、ここにいる人たちは前から見える人たちが沢山いるんだ。でも、これは今先みんなに聞こえた神とやらが、今の日常の娯楽になり得るかどうかの実験だと、私は思うんだよね。いうなれば、ゲームのテスター? ベータ版みたいな。だから、初心者たちはゲームで言うところの製品版ってところかな。これで伝わってくれるといいんだけど』


説明ベタだからなー、あはは、と困ったような顔で笑う永久さんにコメントはそんな感じでおk、というようなコメントが流れていく。永久さんに対して暖かいコメントを見て俺はホッコリとした。コメントを見て永久さんは泣きそうな顔で笑う。その事をつつくコメント。心がポカポカしながら永久さんの放送は終了した。画面が暗くなり、白い文字のコメントも消えるかと思われたがなくならない。逆にコメントが増え始めた。


なんか久しぶりにここの説明聞いたー

もっと踊って欲しかった

次は色っぽいの期待

エロ期待

初心者沢山いたなー

この機能も全国民が使えるようになったのか

はぁ、初心者のためにヘルプ用意してくれよ

噛み噛みな喋りを期待してたのに

tk、これから毎回説明してもらうのか?

次はなに踊るんだろ

楽しみwktk

え、説明を毎回?

そんなのムリ!

絶対認めない!

ありえない!

いやだよー

どうすんだ?

どうするよ


俺はそのコメントを見て考える。俺達みたいな初心者がいるせいで永久さんの放送が本来の番組が出来ない。だが、俺達は何も出来ない。そう思っていると、画面が明るくなっていく。


お?

お?

ん?

あら?

おお?

なんだなんだ?

もしかして

お?

お?

ざわ

ざわ……

お?

ざわ……


『はいはーい。本日二度目の配信。皆さんさっきぶり? かな?』


そう言って、画面に苦笑いの永久さんがあらわれた。どうやら、コメントを見ていろいろ考えたらしい。そして、こんな提案をした。録画した動画を流し続けるのはどうか、と。どうやら、この番組は永久さんだけの番組らしく放送が終わったらずっと真っ暗なままらしい。その間に録画した動画を放送したら良いのではないか、という提案だった。コメントはそれでいい、ということだったので配信が終わったあとに動画が流されることになった。そして、永久さんがいなくなって、画面が一瞬暗くなった瞬間に説明講座が始まる。


俺は一通り見て、目を開けた。


そして、チラリと時計を見てみると全く時間が進んでいない。いや、進むには進んでいるが、一時間以上経っているはずが、十分くらいしか進んでいなかったのだ。おかしな現象だな、と考えながら取り敢えず友達に永久さんの番組を勧めておいた。

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